これについては本文中の物が、過去に投稿してた当時に設定した話数であるからです。
普通に読む分には差し支えは無いと思われますが、これについてはどうぞご容赦くださいませ。
「ISを動かせる男 少年格闘家、織斑 一夏」 中編
「全員降りろ」
後部座席の窓際に座らされていた箒が目を覚ますと同時に、
サラリーマンの男が人質と化した乗客に指示を出した。
勿論その右手には逆らえないように拳銃を突きつけながら。
殺されるかもしれないと言う恐怖におびえる乗客は、泣く泣くその指示に従ってバスを降りる。
乗客が次々とバスを降りる中、箒は周囲を見渡した。
バスは箒の意識が無い内に本来のルートからはずれ、どこか見慣れない風景の中で停車していた。
寂れた倉庫に囲まれ、その反対側には船が一隻も泊まっていない埠頭が
見える所から、ここは放棄された港なのだろうと思った。
そしてバスの周囲を取り囲むように立ち、
乗客たちが逃げ出さないように目を光らせている男達(内何名かは女性だが)、
9ミリ拳銃弾を発射する発射するサブマシンガンや、木製グリップ及びにストックや
ハンドガードの装備されたアサルトライフルを携えた彼らは、
恐らくはこのバスジャック犯の一味であろう。
(バスジャックにしては随分と豪勢な装備だな)
恐らく彼らの持っている装備は軍部の払い下げになった装備の横流し品や、
或いはどこかのゲリラ辺りから裏ルートを通して融通してもらったものだろう。
ただのバスジャックにしては余りにも装備が充実しており、
強盗グループどころかテロリストの線もあると箒は睨んでいる。
「何をしている、お前も降りるんだ」
思考を巡らせる箒の前に現れたのは、ギプスを付けていた男。
あの怪我は武器を持っている事を悟られないようにする為の
カムフラージュだったのだろう。 ギプスがついていた筈の右腕には
怪我一つ見当たらず、寧ろ健康そのものの腕で箒の頭に銃口を向けていた。
「けが人じゃなかったのだな」
こちらを見下ろすギプスの男に、箒は軽蔑の意味を込めて言葉を投げかける。
箒が気を失った時点では只のけが人だと思っていた目先の人物だが、
明らかに乗客全員が恐怖に怯えてバスから降ろされているこの状況の中、
サラリーマン風やニット帽の男と同じく銃を持っている事から、
3人はまず間違いなく『共犯』と見て取れる。
(どうする? 今なら相手も油断しているかもしれないが……)
箒は思考を巡らせた。
彼女とて剣道を通して一通りの体術は学んでいる。
その上中学生クラスではあるが、全国大会優勝のお墨付きをもらっている実力者だ。
万全の状態でこの至近距離ならば、
相手の不意を付いて武器を奪う事ぐらいは出来たかもしれない。
だがそれは現実的ではない話だった。
相手の実力も分からない上に、目覚めたばかりで意識の混濁した状態で、
その上頭上から銃を突きつけられていては、
流石の彼女もリスキーな選択であると言う事は理解できる。
仮に武器を奪えたとしても、周囲にこれだけの武装した相手がいれば
抵抗しようものなら即座に箒の体は、バスの窓ガラスや外板もろとも蜂の巣にされるだろう。
そんな彼女がとった選択は。渋々相手の指示に従って両手を後頭部に回し、
あくまで今は抵抗しない意思を見せる事だった。
「ほう、物分りがいいな」
男は箒を立たせると、後ろから銃を突きつけながら彼女をバスから降ろすように誘導する。
舌打ちをして露骨に嫌な表情を取る箒であったが、
バスの降車口の段差を降りようとした時、ふとある事に気がついた。
「……一夏はどうした?」
幼馴染の彼の姿がどこにも見当たらない。
箒は前を向いたまま後ろにいるギプスの男に問いかけた。
「ニット帽の銃を取り上げた私と同じ年代の男だ」
「……ああ、俺に銃で撃たれたあいつの事か?」
「え?」
銃で撃たれたのくだりで箒は一瞬硬直する。 だが男は驚く箒を意に介さず話を続ける。
「只の麻酔銃だ、人質に死なれては困るんでな。 奴ならこの港に着いた時、
真っ先にお前の言うニット帽がこの辺にあるどれかの倉庫の地下室に閉じ込めに行った。
あいつかなりあの若いのを警戒してたからな」
「……まさか何かしたんじゃないだろうな?」
「そうだとしたらどうする?」
今ここでお前の首をへし折ってやる。
そう言いかけるも、箒は口にでそうになったその言葉を飲み込んだ。
下手な発言で相手を刺激すれば、箒のみならず一夏自身にも危害が及ぶかもしれないからだ。
無意識の内に箒は下唇を噛んでいた。
「心配するな。 今の所はまだ何もしていない、今の所はな」
今の所を2度繰り返して強調する。
だがそれは、今後の出方次第では待遇が変わるかもしれないことを意味している。
人質に死なれては困ると言うくだりも、人質にとって一安心に見えて
結局の所は状況が変わり次第、何か『宜しくない事』をされる可能性があると言う事だ。
とりあえずは一夏が無事だと分かると箒は安心する。
「話は終わりだ、とっとと歩け」
3人から十数人へと、大きく数を増やした犯人グループに
箒や他の乗客達が連れてこられた場所は、港にある倉庫の中でも一番大きなものであった。
水色に塗られていたであろう外壁の塗装は、
潮風にさらされ続けた為所々下地のコンクリートを露出させており、
灰色の貨物搬入用のシャッターも同様に、
塗装の剥げ落ちた箇所が赤々と錆を浮かび上がらせていた。
けが人を装った男がシャッターに近づくと、
入り口の脇に設置されたシャッターの開閉ボタンのカバーを開け、
上下が白、中央がオレンジの3連スイッチの一番上を押す。
ろくに整備もされていなかったのであろう。
シャッターは錆びた金属の擦れる不快な音を上げながら、ぎこちない動作でゆっくりと上昇する。
開いた口から倉庫内の埃が白い煙のように立ち込め、
長年人の手が入っていない事を物語るようだ。
大量の埃が潮風で舞い上がり、思わずむせ返る箒たちであったが、
「入れ」
犯人の男達が意にも介さないように銃を乗客たちに突きつける。
乗客たちは従う以外に無かった。
箒達が倉庫の中へ歩かされると、一番後ろにいたギプスの男がシャッターを下ろす。
外がそれなりに明るかった分、日の光を遮られ照明のついてない倉庫の中はやはり暗い。
喘息患者と埃アレルギーの患者がいれば即座に呼吸困難に陥りそうな埃まみれの空気、
春先と言うだけあってまだまだ寒い気温の上、放棄された鉄筋コンクリート製の倉庫は湿っぽい。
肌寒く汚い空気にさらされた乗客達は不快感を露にする。
「なんでこんな事になったのよ……」
不意に、乗客の一人である女子中学生が今にも泣き出しそうな顔で恨みの篭った声を上げる。
「本当なら今頃はIS学園の受験会場にいて試験を受けてる頃なのに……!!
何で私がこんな所で人質なんかにされないといけないのよ!!」
状況を弁えず、感情のままに大声を上げる中学生。
不用意な発言や態度で犯人を刺激するとどう言う事になるか、
周りの乗客が慌てて彼女を抑えようとする中、箒はただ一人冷静であった。
(IS学園……か。 そうか、こいつも私と同じ受験生か)
箒は思い出したように手荷物の鞄の中から紙を取り出す。
彼女の顔写真と氏名及び生年月日が書かれた受験票であった。
そう、バスが予定通り運行されていれば、彼女もまたこの中学生と同じく
件の『IS学園』の入学試験を受けている筈だったのだ。
ちなみに、『IS』とは――――――――
「静かにしろ!! 死にたいのかッ!!!」
銃声。
風船の割れるような乾いた音、実際には命中しただけで
場合によっては即死すらありえる物騒な破裂音が、オレンジ色の閃光と共に建物内に走る。
乗客は恐怖の余りパニックに陥りそうになるが、
立て続けにもう数発、今度は叫んでいた女子中学生の足元近くの地面にめがけて発砲する。
地面に鉛弾がめり込み、コンクリートの破片が散る。
跳弾が発生しなかったのは不幸中の幸いだろう。
直後、乗客達からは声すら上がらなくなり、一部は失神する者も出た。
叫んでいた女子中学生も、糸が切れた操り人形のように脱力し膝をつく。
「そうだ、それでいい」
発砲したのは、貨物搬入用シャッターの直ぐ側にある、小さな扉から戻ってきたニット帽の男だった。
引きつった顔で膝をつく女子中学生を見て、得意気な笑顔を浮かべる。
発砲した拳銃の銃口を口元に寄せると、
軽く息を吹きかけて銃口から立ち込める硝煙を吹き消した。
「あ……あんた達!! 自分のしてることが分かってるの!?」
「ん?」
腰が抜けた女子中学生が半ば泣いているような声でニット帽に問いかける。
「今に見てなさいよ!! きっとその内警察が来るわ!! 『アレ』さえ来ればあんた達なんか――」
「ああ、『そんな事』か」
脅し文句とも取れる中学生の叫びを軽くあしらうニット帽の男。
するとニット帽は銃を胸ポケットにしまい込むと、
倉庫の入り口辺りに立っているギプスの男に声をかける。
「それにしてもやっぱ電気のついてない倉庫は暗いな。 今つけてやるよ」
ニット帽は自身の直ぐ側の壁にかかっている照明のレバーを引いた。
ワンテンポ遅れて、仄暗い倉庫内に電灯の光が満ち溢れる。
幾許かは割れていたり寿命を迎えているのもあったが、
それでも何も無いのに比べると随分見通しがよくなった。
尤も、箒達の目は暗い環境に目が慣れ始めていたこともあり些か眩しく感じたが。
眩しさに思わず目を閉じた箒であったが、薄目で電灯の明るさを少しずつ視界に入れる。
「……ん?」
薄目になりながらも明るくなった周辺を見ると、箒の視界に何かが映った。
「お、おい! アレって」
「マジかよ!! 何でアレがこんな所に!?」
それとほぼ同時に周囲の乗客達も騒ぎ出す。
余程この場にふさわしくないものが置かれているのだろうか。
箒は重たい瞼をゆっくりと開き、
そして驚愕した。
そこには、人の胴部と四肢を大きく長くしたような、
鎧武者の意匠が込められた機械の鎧が鎮座していた。
周囲に置かれた、銀色のトランク状の大型のバッテリーパックと
大小様々な絶縁ケーブルに繋がれ、何時でも起動できるよう電力を充電されたまま、
搭乗するべき主人を待ちわびているかのようだった。
「インフィニット・ストラトス……」
箒の呟きに、ニット帽はこちらに歩きながら笑みを浮かべる。
「そうだ、お前らが普段『IS』って言ってる奴の1種さ。
こいつは打鉄(うちがね)って言う機体だそうだ」
IS……正式名称「インフィニット・ストラトス」
10年前に当たる西暦2011年において、ある1人の天才科学者によって開発された、
宇宙空間における活動を前提としたマルチプラットフォームスーツの流れを汲む、
現時点世界最強にして一騎当千の戦闘能力を誇る有人式人型機動兵器である。
1つ、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)なる慣性制御システムを有し、
主力戦闘機が出しうるマッハ1~2の速度域にて
非常に鋭敏な加減速、旋回、及び空中静止が可能となっている。
1つ、被弾時のダメージ緩和にシールドエナジーが、
別系統で搭乗者の最低限の身の安全を確保する絶対防御が搭載されている。
1つ、四肢を延長したような形状から、武装はIS本体に
装備される大砲やミサイルポッド等固定装備に加え、
刃物類やライフル・カービン等歩兵装備の延長線上の装備が用いられる事が多い。
1つ、建前上は軍事利用は禁じられており、現在では主に競技目的に使用されることが多い。
1つ、ISを構成する中心の部品に「ISコア」と呼ばれる特殊金属製の核を備える。
戦闘経験、稼働状況、搭乗者の個人情報等全てが詰まったISコアは
全世界で僅か467個、いずれも国家やIS関連の大企業が所有する。
「……どうしてお前らがこんな物を」
「つい先週強奪したんだよ。 このISの開発元の倉持技研からな」
箒の問いにニット帽は自慢げに胸を張る。
強奪と言う手段は世間一般で考えれば不穏当極まりないが、
この男にしてみればそれらの行いに対して何一つ罪悪感などない。
だが箒は彼らがそういう類の人種である事は、彼らの起こしたバスジャックに
巻き込まれるという形で身を持って実感している為、今更そんな事は気にしていられない。
むしろ気になるのは、
「馬鹿な! ISが奪われた話なんて聞いた事がないぞ!」
「当然だ、ISの開発や量産は国家の威信をかけた一大プロジェクトだ。
コアの都合上世界で467台しか存在しない内の1つが盗まれたとなれば、
そんな不祥事を表沙汰にすると思うか?」
そう言われて箒はぐうの音も出なくなった。
例え盗まれたのが量産機とはいえ、1台で一騎当千が可能な国の技術の粋が奪われた、
ましてやそれが2台分となれば、この事が他の国に知られれば国家の名誉は失墜するであろう。
そう、2台分ともなればなおの事――
「2台分?」
「おっと、口が過ぎたか」
そこまで箒が口に出した所で、ニット帽がうっかりした様子で口を手で押さえた。
確かのこの男は今、ISを2台奪ったと言った。
だが今目の前にあるIS、打鉄は1台しか見当たらない。
それではもう1つは一体どこへ?
その事をニット帽に問おうとした時、
「その辺にしときな」
上の方から女性の声がした。
箒をはじめ周りの乗客達や犯人グループが見上げると、
「ハッ、人質があれこれ質問してるんじゃねぇよ」
倉庫の2階に縦横に敷かれている金網で出来た通路に、柔らかなロングヘアの、
その傍ら表情は高圧的な鋭い目線で箒達を文字通り見下す、
競泳水着のような両手両足の露出の多い服を着た女性が手すりに腰掛けていた。
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水の滴る音と通風孔のファンの回転音が時折響く、
薄暗く湿っぽいコンクリートずくめの窮屈な一室。
周囲には、無造作に置かれた数々の今にも朽ちそうな木箱がある。
1匹の鼠が部屋の隅を走り回り、壁伝いに剥き出しの配電ケーブルが
敷き詰められた天井、点灯と消灯を不規則に繰り返す電灯。
「うう……」
おそらくはどこかの使われなくなったであろう古い倉庫の地下室の中で、
全身埃塗れになりながら、一夏はゆっくりと目を覚ました。
「ここは……?」
意識のはっきりとしない中、一夏は辺りを見渡す。
すると一夏の横腹に鋭い痛みが走る。 一夏は顔をしかめ痛みの発する箇所を強く押さえた。
それと共に、一夏は昏倒する直前の記憶を思い出した。
一人の男が銃を取り出そうとするのを取り押さえたと思えば、
駆け寄ってきた箒が背後からサラリーマンの男に羽交い絞めにされ、
慌てて駆け寄り、ギプスをしたけが人の横を通り過ぎたあの瞬間を。
思い出した瞬間、若干混濁気味だった一夏の頭がはっきりと目覚める。
(そっか、俺撃たれたんだな)
ジャケットを皺寄せるように強く握り締めながら、一夏は気を失う直前の瞬間を思い出していた。
箒がスタンガンで気絶させられた瞬間、頭の中が真っ白になった一夏は
彼女を気絶させた男を倒そうとして横から発砲された。
だが服には自身の血はおろか風穴も開いていない。
服を睡眠中に着替えさせられた形跡もない。
恐らく何らかの非殺傷性の弾薬で気絶させられていたのだろう。
気絶する前の状況……武器を隠していた3人の男の存在と
彼らがバスの運転手と乗客達にそれを突きつけて何をしようとしていたか、
そして一夏自身が今密室に閉じ込められている現状、
一夏はバスジャック、及び自身を含む乗客全員の誘拐事件に巻き込まれたと結論付けた。
(つまり、俺達は人質にされた訳か……くそッ!)
心の中で悪態を付くと、一夏は歯軋りしながら思いっきり地面を殴りつけた。
目を閉じて顔をしかめる様子から、悔しさに打ちひしがれる様子が伺える。
(あの3人が怪しい事はわかっていたのに……何やってるんだ俺はッ!!)
明確な確信こそなかったが、実は一夏には箒とバスに乗った時点で、
サラリーマン、けが人、及び後で乗り込んできたニット帽の男が
周囲の客とは雰囲気が異なっていると言う事に薄々は気がついていた。
しかしあの時は横にいた箒の機嫌を取る事に気を取られていた上、
ニット帽が乗り込んで事を起こすまでは特に怪しい素振りを見せなかった為、
只の自意識過剰と思い込んで警戒を怠ってしまったからだった。
常人なら寧ろ仕方がないレベルの出来事なのだが、
少なくとも一夏自身は己の至らなさが招いた油断だと強く後悔していた。
「暗い密室に一人ぼっちで閉じ込められ……まるで『あの時』と一緒だな」
自嘲気味にぼやく一夏。 そんな彼の脳裏にはある出来事が思い出されていた。
それは2年前、一夏にとって人生の岐路に立たされる事になった事件。
世間では『織斑 一夏誘拐事件』と言われる重大な出来事であった。
当時まだ中学2年になったばかりだった一夏は、
通学の最中黒ずくめの男達に数人がかりで押さえつけられ、
訳も分からぬ内に車に積み込まれて誘拐されて、今みたいな狭苦しい密室に
両手両足を縛られ閉じ込められたことがあった。
姉への憧れで始めた格闘技により一般人よりは強いものの、
それでも精々素人に毛が生えた程度のものでしかなかった一夏には
現状を切り抜ける力など持ち合わせてはいなかった。
抵抗する術を持たず、ただ暗さと孤独感、そしてこれから先
どうなってしまうのかと言う不安感で押しつぶされそうになり、
屈辱感で満たされた一夏は泣き出しそうにさえなりかけた。
その小1時間後、ISに搭乗した実の姉、
織斑 千冬が救助に駆けつけた為事無きを得たのではあるが……。
(ピンチの時何も出来なかったあの無力感……。 俺は絶対にあの時の事を忘れない)
一夏は悔しさと共に奥歯を噛み締める。
憧れだけでは強くなれないと言う事を一夏は実感させられた。
たとえ格闘術を学んでいても、人生の全てをかける位でなければ、
家事や姉の身の回りの世話を行う片手間にやる程度では全く駄目だと思った。
無力な自分を鍛え直したい。 そう思った一夏の決断は早かった。
それまでの、友人に囲まれた充実した毎日を捨てる決意をし、
姉と共に世界を回って武者修行の旅に出る事を選んだ。
そうして数分間ほど昔の事を思い出していると、一夏は静かに立ち上がった。
(……いや、たった一つだけ違う所がある)
後ろ向きな考えを振り切るかのように、一夏は己の両手を目先へと上げて、
今の自分の人生の全てとも言える格闘家の手を見つめる。
傷だらけで拳にタコが出来ている一夏の手は、お世辞にも綺麗とは言えない。
だがこのボロボロになってはいるがその中は筋肉の手甲に包まれている。
それは一夏がこの2年間の武者修行の旅で培った修行の成果だった。
(そうだ、俺はあの頃の無力な自分じゃない)
昔のような片手間の格闘技ではなく、今の自分には
平和な日常を捨ててまで得ようとした、この体と鍛えぬかれた技がある。
勿論自分はまだまだ半人前だ。
たかが15年の人生で自身が追い求める理想像にたどり着いたとはいえない。
そこまで考えた所で、一夏はふと気づく。
(これは俺に課せられた試練なのかもしれない)
そう、この程度の事で……あの時と同じように誘拐され密室に閉じ込められた程度で
つまづいているようでは、自分は強くなったとはいえない。
寧ろ今こそ、弱かった頃の自分を乗り越えるチャンスなのではないか?
単なる一般人なら震え上がって何も出来やしなかっただろう。
しかし自分はもう一般人でいるつもりなど無い。 何故か?
憧れの存在であり、超えるべき相手である姉に負けない漢(おとこ)となるために。
「……やってやろうじゃないか」
一夏は決意した。
自分の目の前に立ちはだかるバスジャック犯と言う壁を乗り越えてやろうと。
あいつらを『やっつけてやろう』と。
心に火のついた一夏の行動は早かった。
とりあえず一夏は部屋の唯一の出入り口である、覗き窓すらついていない鉄製の扉に近寄った。 所々錆び付いて、
ドアノブさえ満足に動かせるかどうか分からないその扉はやはり鍵がかかっていた。
「だろうな……」
わざわざ密室に運び込むぐらいだから当然と言えば当然なのだが、
だが一夏の表情には落胆の色は全く見受けられない。
「なら『アレ』をやるか」
呟くと、一夏は鉄の扉に両手でもたれかかりながら、頭を近づけて右耳を扉に押さえつけた。
そのままそっと目を閉じて、全神経を聴覚に集中させる。
すると鉄の扉を通して一夏の耳に、誰かの寝息が聞こえてくる。
大方一夏が暴れたり部屋から抜け出そうとしないようにする見張り役、
犯人グループの一味であると一夏は判断する。
だが人質の一人を、鍵の突いた部屋に閉じ込めた程度で安心して眠りについてしまっては、
『万が一の事』を考えれば迂闊と言わざるを得ない。 一夏は軽く呆れるばかりだった。
それにしても、通常は人が眠っている様子など、部屋を隔ててしまえば
余程大きないびきでない限りそうそう聞こえるものではない。
しかし、神経を研ぎ澄ませる今の一夏にはそんな事は些細な問題であった。
やがて一夏は扉から頭を離すと、数歩後ずさりする。
(よし……見張りは1名、早々の事じゃ起きたりはしないな)
頭の中で呟き、一夏は目先の扉を見据えると、
「はああぁぁぁぁぁぁ…………!!」
大きな唸り声を上げ、足腰を大きく横に開いて中腰の姿勢で踏ん張ばりながら、
両手の拳を力の限り、腕に筋肉の筋が浮かび上がる程に握りこむ。
「流派、東方不敗……!!」
左腕を前に突き出し、右腕は次の動作の為力を一層溜めながら後ろへと引く。
全身の力と言う力が引いた右手に集まり、だんだんと熱と重みが篭っていくのが実感できる。
そして一夏の右手の『熱』がある一定を越えた瞬間、
目を見開き鉄製の扉めがけて一気に踏み込む……
伸ばしていた左肩を締め込みながら、右腕を突き出し掌底を叩き付けた!!
「光輝唸掌(コウキオンショウ)ッ!!!」
一夏の右の掌が鉄の扉の中に叩き込まれたその瞬間、
まるでクレーン車の鉄球が叩きつけられたかのようなけたたましい炸裂音が鳴り響き、
扉のヒンジ及び周囲の壁の一部が砕け散り、掌を叩きつけられた扉は
無残にも右手の型に合わせてひしゃげながら、
目にも留まらない速度で部屋の向こうまですっ飛んでいった。
「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!」
ドアの吹き飛んだ先に見張りが寝ていたのか、見張りの男と担いでいたアサルトライフルや
仮眠に使ったであろう木製のテーブルと木箱を巻き込み、
その全てが隣部屋の奥の壁に叩きつけられ、木箱とテーブルを
クッションにする様に盛大に破片を埃と更なる炸裂音をぶちまける。
ドアをぶち破った時点である程度威力が減衰していた為か、
流石に向こう側の壁にまでめり込んで磔になってしまう事は無かった。
「ぐ……え……」
それでも衝撃は十分に大きかった。
只でさえ眠っていて完全に無防備な所へあんな勢いで
重量のある鉄の扉を叩きつけられれば男も只では済まない。
扉と壁にサンドイッチにされる形で、蛙の様な声を上げて
突進してきたドアと共に後ろに倒れこみ失神する男。
もし間に木箱やテーブルが挟まって緩衝材となっていなければ、
大怪我あるいは即死は免れなかっただろう。
一夏は余裕の表情で部屋の外に出て、倒れている男を一瞥する。
白目をむき、大きな口を開け舌をだらしなく垂らして泡を吹く男、
無様なものだ、一夏は素直にそう思った。
そんな姿にしたのは紛れも無い一夏であるのだが、彼自身は
全く悪い事をしたなどとは思っていない。
力を持って立ち上がる者にはそれなりのやり方を持って対峙する。
そして最終的に『どんな結果』になろうとも決して後悔はしない事。
死ぬのも死なせるのも嫌なら、最初から力など取るべきではない。
それが一夏自身の人生哲学であった。
早い話が、武装したバスジャック犯の一味なんだから
やり返されても文句を言うなよ、そう言う事である。
一夏は男の手元を離れて落ちていたアサルトライフルを、
機関部の部分を踏みつけて変形させ、使い物にならないようにする。
「さて……と」
これだけの激しい音を立てたのだから、
仲間と思わしき連中が様子を見に来るのも時間の問題だ。
そして部屋の荒らされようを見ると恐らくは大事になる事は間違いないだろう。
だがそんな細かい事は考えていない。
猪突猛進の一夏は最初からこそこそ隠れて事を運ぶ考えなど無い。
一夏は気絶した男に指で十字を切り、
「おやすみ」
一言だけ呟いてその場を走り去った。
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…………………………………………
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「『オータム』の姐御!!」
犯人グループが2階通路の手すりに腰掛けていた女性に叫ぶ。
すると『オータム』……大方偽名であろう名前で呼ばれた女性は
腰を浮かせ、そのまま2階から飛び降りる。
一瞬驚いた箒達であったが、オータムが何事も無かったかのように
綺麗に着地すると、驚いて言葉が出なくなった。
「2階から飛び降りるぐらい楽勝だっつーの、で? 守備はどうだ?」
余裕の表情で驚く箒達を鼻で笑い、犯人グループに話しかける。
「姐御、人質はこの通り全員連れてきました。
少々不手際もありましたが今の所は特に問題はありません」
先程とはうって変わり謙ってオータムの問いに答えるニット帽。
周りを取り囲んでいる犯行グループの男女も畏敬の目線をオータムに向ける。
どうやらこの女が今回の事件の主犯格と言った所だろう。
「不手際? てめぇ等がそうそうヘマするとも思えねえが?」
「はい、乗客の奴にガキですが手だれの奴がいました。
麻酔銃で眠らせて第3倉庫の地下2階の部屋に閉じ込め、下っ端に見張りをさせていますが」
「そいつは男か?」
「男です。 万一逃走して『アレ』を見つけたとしても奪い返される心配はありません」
「なら問題ねぇな……で、それはそうとだ」
オータムは目線を逸らすと、自分達の会話を見ていた箒を
怪訝な目つきで一睨みし、こちらへと歩いてきて一言。
「お前、どっかで会った事あるか?」
剣道の全国大会優勝で各方面のお偉いさんとは
それなりに面識ある箒であったが、いくらなんでも彼女の知り合いに犯罪者はいない。
彼女の問いに黙って首を横に振る箒。
「ふん……まあいいさ。 それよりもISの稼働状況は?」
「はい、今の所は問題ないみたいです」
「そうかい、一応もう一度だけ言っておくがこれは私のISだ。
もし実戦でなにかトラブルが起きたりしたら承知しねぇぞ」
そう言って部下達にハッパを掛けるオータム。
どうやらこの女が目の前のISのパイロットらしい。
「そうか……だからISスーツを……」
オータムの服装を見て呟く箒。
ISには操縦桿などと言った明確な操縦インターフェースは存在せず、
装着者の意識と同期して手足を動かしたり空を飛んだりする事が出来る。
そしてその意識との同期のくだりだが、これはISが操縦者と直に触れ合う、
素肌で接触している時の方が同調しやすくなる。
その為ISを装着する際は、なるべくISとの接触面積を増加させ、
かつISの装甲で覆われない胴体周りを保護する為、
水着のような形状の、かつ防刃、防弾性能に優れたスーツを着用する事が多い。
それが今オータムの身につけている水着のような服、ISスーツである。
それにしても、このグループがどれ程の規模かは分からないが、
ISを強奪してそれを自分達で運用すると言うことが出来る当たり、
かなりの規模である事には違いは無い。
そうなると横のつながりは勿論、もしかすると黒幕の存在と言う線もある。
一体どんな連中が背後にいてこのグループを指揮しているのか、
そもそも何の目的で自分達を誘拐したのか、
そんな事を箒が考えている最中だった。
シャッター付近に立っていたギプスの男の持っていた通信機から着信音が鳴り響く、
ギプスの男は通信機を送信側にセットすると、
「どうした? 何かあったのか?」
一言だけ喋って通信機のスイッチを受信側に切り替える。
「た、大変ですッ!!! 部屋に閉じ込めておいたガキが脱走しましたッ!!!」
「なッ!?」
思わず驚愕の声を上げるギプスの男。
その驚いた様子にオータム達もギプスの男の方を振り向いた。
「馬鹿な!! 武器の類は持っていないはずだ!!
それにカラシニコフを持たせた見張りが――」
「……倒されてました」
「……は?」
「地下室の内側から何か凄い力でドアを吹き飛ばされて!!!
見張りの奴がテーブルごと潰されて倒れてたんですよ!!
一体どうやったら爆弾もなしにあんな真似が出来るんですかぁ!?」
「なにいイイイィィィィィッ!?」
ギプスの男の叫びに、オータム達が駆け寄ってくる!
「おい、何さけんでやがる!!」
「姐御!! 地下室に閉じ込めてたガキが脱走しやがりまし――」
言いかけた所で、オータムはギプスの男の顔面に力一杯張り手を浴びせた。
女性の力とは言え、いきなり頬に走った衝撃にギプスの男がひるむ。
「武器の確認はしたんだろうな、ああッ!?」
「そんな、間違いありません!!! 確かに部屋に放り込む時にチェックを――」
「じゃあ何で逃げられてんだよッ!!! クソボケがッ!!!」
ニット帽の必死の弁明も、激高したオータムには関係なかった。
「いいか!! 逃げたガキは絶対に捕まえろ!! いざとなったら殺せ!!
舐めた真似してくれるクソガキに分からせてやれ!!!
万が一逃がしやがったら手前らもボコボコにしてやるからな!! 分かったかッ!?」
激しい剣幕で役立たずな部下に怒鳴りつけるオータム。
ニット帽とギプスの男と、その他大勢は完全に気圧されていた。
「は、はいぃ!!」
「分かったらさっさと行け!! クソッタレが……!!!」
「あ、あの俺は……」
「てめぇは人質逃げねえようにギプスと一緒に見張ってろ!!!」
「は、はいぃッ!!!」
部下達は怯えた様子で倉庫から出て行く。
箒達人質はそれを黙って見つめる以外なかった。
この瞬間、港一帯が騒然とした空気に包まれた。