「ISを動かせる男 少年格闘家、織斑 一夏」 後編3
今日は厄日だ。
顎髭の精悍な、しかし髪の毛は薄くそろそろ体力の衰えを感じている
初老の警部は不機嫌を隠す事無く乱暴に足を組み、
バスジャック犯の潜む廃港に向かって街中をすっ飛ばしながら
サイレンを鳴り響かせるパトカーの助手席に座っていた。
そしてそのすぐ後ろや後方の空では、スクープの匂いを嗅ぎ付けたハイエナ……
もといマスコミのワゴンやヘリがパトカーから
幾分距離を置きつつ警察達の動きを追跡する。
相手なりに気を使っているのだろうが、
それでも事件現場までしっかりと着いてこられたのでは
結局の所邪魔としか言いようが無い。
それにしても、こんな事件の通報さえ来なければ、
否、奴らがバスジャック事件さえ起きなければ
本当なら今頃はおよそ数年ぶりに取れた
久しぶりの休暇で、中々会えなかった幼い孫娘を
遊園地なりどことでも連れて行ってやる約束だったのに。
それがたった一度の出動要請で全てがパア。
遊びに行けなくなった事を知った孫娘に
目の前で泣かれたのはショックだった。
こんなに不愉快な事はない。
それもこれも全てバスジャックを起こした奴のせいだ。
平和が一番と知っていて自分達の仕事を
増やしたがる馬鹿共がムカついて仕方がない。
警部は助手席の窓の外から身を乗り出すと、
マスコミが生中継でカメラを回していることも構わずに、
感情を爆発させるかのように盛大に叫んだ。
「畜生ッ!! 犯 罪 者 の ク ソ バ カ ヤ ロ ウ ッ ! ! !
俺の仕事増やしやがって絶対許さんからなああああああ!!!」
「落ち着いてください警部!」
興奮する警部を左手で抑えるは、右隣の運転席にて
ハンドルを片手で握る20代半ばの若手の刑事であった。
こちらは顎鬚の中年とは対象的に、髭の剃り跡一つなく
濃淡のしっかりした眉毛に整った顔立ち。
スポーツマンのようながっしりとした体格の彼は
世間一般では二枚目と評される外見だろう。
「仕方ないですよ、何せ人質となったバスの乗客の中に
あの『篠ノ之博士の妹さん』も囚われてるって言う話ですし、それに――」
「50人超えの武装集団で装備も充実、しかもIS乗りまで
雇ってるって言われたらもう私達が出るしかないじゃないですか」
若い刑事の声を遮る様に、パトカー内のダッシュボードに備え付けられた
無線のスピーカーから聞こえるは、刑事よりも更に若い女性の声。
一緒に声を聞いた警部が身を乗り出したまま上を向く。
「そう、ISにはISを……私達IS機動部隊の出番ですよ♪」
警部の見上げる春先の青い空、視界の中央に映るは
パトカーと僅か7~8mしか離れていない超低空を飛ぶIS。
声の主である緑髪のショートヘアで眼鏡をつけた女性が、
自慢の大きな胸を張りながら悠々とパトカーの群れの上を、
マスコミのヘリの傍で飛行していた。
時々ヘリ内のニュースキャスターの男性から
マイクを差し出され、笑顔でインタビューを受けている。
余裕な態度の彼女は、国内のテロリスト・暴徒鎮圧を主な目的とする、
警視庁隷下の『第17IS機動部隊』に所属するパイロットの1人。
名前は『山田 麻耶(やまだ まや)』、エースパイロットの最有力候補であるが
去年の4月に配属になったばかりの勤務歴1年にも満たないルーキーでもある。
身につけているISは、フランスの企業デュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』。
機体のバランスや応答性、信頼性共に国内製の打鉄に比べて、
1台辺りの単価は高いがそれに見合う優秀な機種で、
純正は勿論サードパーティ製の武器、救急装備も豊富に取り揃っており、
国防面は勿論の事、災害救助用や治安維持など
様々な用途にて採用されている実績を持つ。
現にその高い汎用性から世界第3位のシェアを誇る。
加えて彼女の機種の仕様は、元々深緑だった装甲の色を
警視庁管轄と言う立場に合わせて白黒のツートンに塗り替え背部に赤色灯を追加、
対テロリスト用に市街地での戦闘を考慮して反応速度周りに
ライトチューンを施し、かつ誤射の危険性を減らす為
ホーミング性の高い映像識別方式のミサイルポッドをはじめ、
視覚強化の為、熱源探知やナイトビジョン、X線、
二酸化炭素の濃度変化を色で識別する呼吸探知機まで付いている。
あと、非殺傷性のゴム弾やフラッシュバン等も装備済み。
……少し話は逸れたが、警部は身を乗り出したまま空を飛ぶ彼女を見つめ、
「……そうか」
たった一言言い残して、大人しく車内へと身を引いた。
どこか複雑そうな面持ちになる彼もまた、ISと言う機動兵器を好んでいない。
ただそれは女尊男卑がどうとかそう言った感覚ではなく、
いくら性能が優れてるとは言え、世界にたった467台しかない
得体の知れない兵器に安全の保障を委ねていい物かと言う懸念である。
(抑止力ってモンが理解できん訳じゃないんだがなぁ……)
何と言うか腑に落ちない。
結局は人が扱う兵器には違いないし、いつの時代でも不正を行う輩は存在する。
こうして敵の手に渡って一悶着を起こしているようでは
まだまだ自分達の仕事がなくなる日が来る事はないな。
治安維持を飯の種にしているとは言え、警部にとっては同時に頭痛の種でもあった。
「――あれは!?」
そんな事を考えていると、ふと上を飛んでいた麻耶から声が上がる。
「どうした? 何かあったのか?」
運転中の刑事が無線越しに声をかけると、
「ISです!! 犯人グループの物と思わしきISが2機暴れまわってますッ!!」
「「2機!?」」
警部と刑事は同時に驚いた声を上げる。
通報の内容では、確かに盗品と思わしきISは2機ある可能性は示唆されていた。
だがそれを操るパイロットは1人しか見当たらなかったと聞いていた筈。
もしかして見間違いなのではないかと勘繰った警部は
再び車外に身を乗り出して港の方を眺めた。
「見えん……」
年のせいか、風が目に当たって視界がぼやけたのか、
周囲の鉄筋コンクリート製の2階建てビルや、港に近いだけあって中央分離帯に
数メートル間隔で植えられたソテツが規則的に流れてくるばかりだ。
一向にISが暴れまわっている光景など見えてこない。
「見える訳ないじゃないですか警部。
ここから港はまだ数キロ離れてるんですよ?」
「私はISのハイパーセンサー越しに見てるんです!
万に一つも見間違いなんかありえません!」
……年のせいではなかったようだ。
部下2人にあきれられながらも、老化が原因でない事には安堵した。
「とにかく!! 廃港であんなのが暴れたら
街中に流れ弾が当たりそうで危険です!! 先に行きますよッ!!」
「お、おい!! ちょっと待て!!」
刑事の制止に耳も貸さず、麻耶はラファールの
背部に搭載された4枚の推進翼を展開し、急加速。
超音速のISに時速たかが80kmのパトカーで追いつけるわけもなく
ツートンカラーのラファールは瞬く間に黒い点となって見えなくなった。
マスコミのヘリも追いつける事は無いとわかっていながらも、
出力を最大にしてパトカー達の事など目もくれず
我先に事件現場へと飛んでいった。
あれでは本隊よりも早くに現場に到着してしまう事になる。
「あーあ……」
「……若いっていいよなぁ」
皮肉交じりに警部と刑事の2人が呟いた。
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……………………
数分前、廃港にて。
「だあありゃあああああああああ!!!!」
風を切り裂かんばかりの勢いで、白式こと一夏がオータムの打鉄に飛びかかる。
対してISの操縦に慣れているオータムは、
慣性力を相殺できるPIC(パッシヴ・イナーシャル・キャンセラー)の
特性を生かし、ブーストを交えた小回りの効いたカーブを描きつつ
一夏とは一定の間隔をあけつつ、アサルトライフルで一夏を迎え撃たんとする。
大して一夏はやはりISの仕組みを感覚的にしか理解していない素人なのか、
所々動きが大回りになり、機体に振り回されているような素振りを見せる。
それでも、放たれた弾丸はその1発も
白式の装甲を掠める事なく明後日の方向へと飛んでいく。
時折部下のいる方向へも流れ弾が飛び、部下を大いに
混乱させ逃げ惑う風景を作る原因にもなっているが
両者ともそんな事を気に留める暇もない。
(……胸糞のワリぃ素人だぜ!)
荒削りなのは見え見えだが、しかしオータムにとって
一夏に対する有効打は今の所一発も当たっていない。
こちらがいくらライフルやミサイルの弾幕を放とうとも、
その全てを掻い潜っては、武器の使用を前提としたISの闘いとしては
極めて稀な素手による超至近戦闘をやってのける。
一夏に対し、心の中で毒づくオータム。
生身にして自身の駆る打鉄さえも振り切った
一夏の身体能力は敵ながらある程度の評価はしていた。
が、それでもISに乗れる事が判明し、実際に
目の前にISを着用して立ちはだかった所で所詮は素人の筈。
付け焼刃の技術で自分を圧倒するほどではないだろうと
考えていたオータムの予想は見事に外れていた。
ISのインターフェースが既存の兵器の様な操縦桿を持たず
自分の四肢の延長線上にあるというのが災いしたか、
格闘家……にしても些か強すぎる一夏には鬼に金棒だったようだ。
ISを乗りこなしていない今ならまだ十分一夏を倒せるが、
もしそうでなくなった場合は保証はできない。
自身もISパイロットとしてそれなりの自負があったが、
ここまで素人に追い込まれては面子を潰されたも同然だった。
最早オータムには相手をいたぶるだけの余裕は無い。
「絶対にぶっ殺してやらぁッ!!」
まるで自分に言い聞かせるかのごとくオータムは叫び、
リロードしたばかりのアサルトライフルのトリガーに指をかけた。
「思った以上に気の短い奴だな!」
<だが油断するな、そういう奴は何をしてくるか分からないからな>
「分かってる!!」
一夏はホログラムのHUD(ヘッドアップディスプレイ)越しに
ヘッドセットを身に着けた箒と連携を取りながら着実にオータムを追い詰めていた。
操縦に関しては直感的に体を動かすだけでいいので
特別難しい訳ではないが、空を飛ぶという行為は
生身の人間に可能な範疇ではないIS特有の動作な為
少々慣れが必要であった。 しかしそれらも箒が
的確なサポートを入れてくれる為、戦闘が始まってから今に至るまで
決定打と言うべき致命的なダメージは一度も貰っていない。
それどころか相手と互角に渡り合えてる節さえあり、
素人にしてはむしろ出来過ぎとも言える。
……話は変わるが、箒が白式に無線をつないできた事には一夏自身驚いていた。
ISの無線システムは旧来の無線機と互換性を持ち、
ISにも個々に割り振られた無線の周波数というものがある。
大体の機種には配備される時点で既に周波数が定められている物が多いが、
白式のような試作品や完全な新品のISは番号が全て0に設定されている。
ISを操れる女性である分、一夏よりもISに対する知識が豊富であろう箒には、
見ただけでこの白式が世間に認知されていない新型であると分かっただろうが、
そもそもマニュアルを読んだだけで無線機の使い方を理解し、
あまつさえ一夏のISと無線越しにコンタクトをとろうなどとは
とっさの判断にしては些か機転が利き過ぎている気がしなくもない。
改めて彼女の多才な能力に驚かされるばかりであった。
そう考えている内に荒々しくも自分よりかは洗練された動作で
空を飛び回るオータムが再び大量の映像識別式のミサイルを多数放つ。
「チッ!! こいつが結構厄介なんだよ!!」
うねりを加えながら、空間を噴煙で埋め尽くし飛来するミサイル。
一夏は舌打ちしながらもミサイルと向き合いながら後退、
そのまま機体を縦横無尽に曲げる軌道を描き、
自身を執拗に追尾する凶弾をすんでの所で回避する。
しかし白式を追いかけるミサイルも、究極の機動兵器ISを
撃破するべく開発された高性能の空対空ミサイル。
ISの機体からフィードバックされた技術で製造されたそれは
白式の軌道をなぞる様に、数を減らす事無く束となって襲い掛かる。
一夏は左腕のアームガンを展開し、腰元から取り出した50連装のロングマガジンを
アームガン機関部右側面から挿入、マガジンそのものを
グリップとして握りつつ毎分800発の小径高速弾を発砲する。
腕部に格納できるサイズなので銃身も短く、使用している弾丸の種類
(各国の採用しているIS用主力アサルトライフル、9×60mm撤甲弾)を
考慮すると、反動の強さも相まって集弾率はそこまで期待できないが
激しいマズルブラストと発射音を上げながら何とか数機を撃墜した後、
接近した残りの分は雪片弐型を両手剣状態にて実体化、
右手とマガジンを排出したアームガンを出したままの左手で柄を握りこみ
大きく剣を振りかぶると素早く3発分を真っ二つに切り落とした。
空中で四散するミサイル、だがその間にもオータムは続々と別のミサイルを発射する。
一体何発分装備しているんだと文句を言いたい心情であった。
<どうした一夏、随分と手間取っているな>
「今返事してる暇は――」
話の最中にミサイルが側を掠め、少し離れた所でワンテンポおき爆発する。
背後から伝わるミサイルの熱風とは裏腹に、一夏の額に冷や汗が流れ落ちる。
危なかった。
ほんの一瞬、箒の無線に気を取られただけで
攻撃を貰いそうになった事に一夏は唾を飲み込んだ。
「貰ったぜぇッ!!」
動きを止めた一夏にここぞとばかりに更なる猛攻を仕掛けるオータム。
アサルトライフルを放ちながら、空いたもう片方の左手で
ライフルのハンドガード下部に装備されたアドオン方式の
グレネードランチャーのトリガーに指を掛け、引き金を引く。
同時に、瓶詰めの詮を引き抜いた時のような間抜けな音と共に、
アドオンランチャーの大きな銃身から円筒が放物線を描いて白式めがけ飛来する。
「まずい!!」
一瞬放心状態にあった一夏は慌ててその場を飛び引いた。
しかしオータムの放ったグレネードは短時間にセットされた時限信管が
装備されており、対象に着弾しなくとも空中で破砕する仕組みになっている。
結果、白式には大したダメージではないにしろ、
後ろに下がった一夏の姿勢を崩すには十分だった。
「ぐあああああああああああああああッ!!!」
<一夏ぁッ!!>
グレネードの爆発の勢いに飲まれ、そのまま背中から地面に落下する一夏。
だが厳しい修行の過程にて受身の取り方を心得ていた為、
少しでも衝撃を和らげる為、地面めがけて白式のブースターをフル稼働させ
右手の雪片を量子化しつつ左腕のアームガンを格納すると、
激突の瞬間両腕で地面を叩き衝撃を相殺、僅かに跳ねた勢いで
身体を後ろに反らしながら回転、両脚を大きく開き見事着地した一夏は
右の掌で地面を擦りながら後方30m程滑走した後、吹き飛ばされた勢いを相殺しきった。
「クソッ、油断した!」
<済まない一夏!>
言われたそばから攻撃を貰ってしまった事を自嘲し、
無線越しに負い目を感じている箒に気にするなと相槌を打つ一夏。
そんな一夏の姿をオータムは嘲笑っていた。
得意げにこちらを見下ろすオータムに恨めしい目線を送りながらも、
爆発か、それとも着地の衝撃かで噛み切ってしまったか、
舌上に鉄の味を感じつつ少し血を垂らしている唇を親指で弾く。
一夏はISの状態を確認する為、
ホログラム方式のHUD(ヘッドアップディスプレイ)を展開する。
そして白式のエネルギーの残量に目を通すと一夏は眉をひそめた。
そこには右回りに反対側から2/5程欠けた円状のグラフと
直ぐ右隣に60%という数字が浮かび上がっていた。
IS同士の戦闘が始まってから10分足らず、
気づかない間に一夏は半分近いエネルギーを失っていた。
移動から攻撃、シールドバリア、分析など
さまざまな行動において全て共通のエネルギーを消費するISにとって
この消耗具合は大きな痛手であった。
(これは思った以上に厄介だぞ)
生身で回避できたのだから大した事はないだろうと
タカをくくっていたが、改めて対等の条件で対峙してみると、
避け続けるだけならいざ知らず中々攻めに転じる事ができないというのは、
じれったい事を嫌う一夏にとってフラストレーションを感じざるを得ない。
せめてあのミサイルさえ無力化できれば……。
<一夏、その兵器の種類が分かるか?>
考えていた所で、箒が落ち着いた声で一夏に声をかける。
一応敵の使ってくる兵器は白式が自動識別してくれた為
ある程度の情報は頭に叩き込まれているが、
それを見たからといって具体的に何がどうなのか、
兵器の1つ1つの特性までは精通している訳でない一夏には理解できないでいた。
なのでとりあえず一夏は、彼女の言う兵器の種類というのはミサイルの事か、
とりあえずあの忌々しいロケット花火の情報を有りのままに伝えた。
<映像識別方式か。 じゃあお前はどんな装備を持っている?>
尋ねられた一夏は倉庫の中で見た白式の装備、
雪片弐型とアームガン、それに煙幕弾の事を箒に伝えた。
<……いけるな>
伝えるや否や、確信めいたはっきりとした声で呟く箒。
何の事だと首を傾げたくなる一夏であったが、
<いいか一夏。 もし次にミサイルを撃たれても怯まずに敵めがけて突進しろ!>
引き続き箒の口から飛び出したのは、更に首を傾げたくなるような内容だった。
<そしてミサイルが迫った時に煙幕を張れ、センサーを撹乱できる!
あの武器は発射直後は直ぐに次弾を装填出来ない、そこを叩くんだ!>
「本当にそんな事ができるのか?」
<できるできないではない、やるしかないのだぞ!?>
できるできないではなくやるしかない。
その言葉は一夏の心に火をつける一言だった。
ならばここは1つ賭けの乗ってみようか、判断を下した一夏は
体を強張らせて次にくるオータムの攻撃に備える。
「はっ! 覚悟を決めたってツラだなぁ……」
ISの機能にて音声を拡大したオータムの声が届く。
そんな彼女はアサルトライフルを構え、
脚部や肩、およびその周辺に展開されたミサイルポッドの照準を向ける。
オータムとてここに至るまでかなりの武器弾薬を消費したはずだ。
恐らくは次の攻撃で全弾撃ち尽くしてでも一気にとどめを刺しにくる。
醸し出される空気からその様子が伺えた。
「だったら……とっとと死ねよッ!!!」
オータムが叫ぶ。
直後、無数の弾幕が地上にいる一夏めがけて襲い掛かった!
一夏の目にははっきりと見えていた。
空を切り裂いて雨のように飛来する鉛弾が、
蛇さながらに噴煙のうねりをくわえ己を喰らい尽くそうとするミサイルが、
そして何よりも、勝利を確信したオータムの見下すような目線が。
間違いなく彼女は一夏が反撃に乗り出せるなどとは思ってもいない事だろう。
(今だ!!)
一夏は目を見開くと、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
雄叫びを上げてオータムめがけて一気に突進する。
放たれたミサイルも一夏の正面に集束し、真正面に噴煙の壁を形成する。
しかし一夏はそれでもなお止まる事無く直進する。
ミサイルとの接触の危険を省みず。
「ギャハハハハハ!! ヤケクソもいい所じゃねぇか!!」
気でも狂ったとしか思えない一夏の行動に、オータムは笑い転げそうになった。
そして一夏とミサイルの距離僅か20m、今から回避行動に移った所で
一夏の操縦技術では絶対によけ切れない距離に差し掛かった所で
右手に煙幕弾を実体化、それを大きく振りかぶり、後10m、
「食らえッ!!」
ミサイルの束めがけて煙幕弾を投げつけた!
投げられて宙を待った灰色の先端が緑に塗装された円筒は
飛来するミサイルと真っ向からぶつかり合い、
ミサイルの爆発と同時に緑色のスモークを周辺に撒き散らした。
歩兵の用いる煙幕手榴弾とは異なり、空中での使用も考慮されている
IS用の煙幕弾は時間をかけて煙を放出するのでなく
爆発の勢いで瞬間的に周囲を煙に巻くように設計されている。
「何ぃッ!?」
驚愕の声を上げるオータム。 それもその筈である。
何故なら、彼女の放った映像識別式のミサイルが
一夏の投げつけた煙幕の緑のカーテンにより
目標である一夏を見失った上、それでもなお直進しようとしたミサイルが
煙に触れた途端小さな閃光に包まれ、その全てが明後日の方向へ飛んでいったのだから。
一夏の投げた煙幕弾は、つい1ヶ月ほど前に開発されたばかりの新型で、
近年幅を利かせ始めている映像識別方式のミサイルや
レーザー兵器を仮想敵とした、撹乱装備としても実用可能な煙幕である。
緑で着色された透明の有機質で周囲を覆った、超小型のマイクロコンピュータで
構成されたこの煙幕は、発煙すると同時に内部の機械が作動し、
レーダーの妨害電波を出しながら発熱、電波欺瞞紙(チャフ)と欺瞞熱源(フレアー)の
効果をも併せ持つようになっている。
映像識別方式に対しても、ただ着色されたスモークで対象を覆うだけでなく、
接近すればカメラのストロボさながらに光を焚いてセンサーの光量調整機能に
深刻なダメージを与え、確実性を向上させている。
表面を有機質で覆っているのは、透明な素材による偏光効果でレーザー兵器を
屈折させると共に、呼吸等を通して人体に吸い込まれた時に
肉体への拒絶反応を和らげる目的を兼ね揃えており、
使用者や善意の第3者を保護する役割がある。
ちなみに、1発辺りの値段は1000万円であるが、
この場にいる全員がその事実を知る由も無い。
薀蓄はさて置き、スモークを掻き切らんばかりの勢いで
握り拳の右手を突き出した一夏が飛び出してきた!
「スキありいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」
大声で叫びながら、突き出した右手でそのまま
オータムを殴り飛ばさんとする一夏。
とっさの判断で反撃に乗り出そうとするオータムだが、
箒の言った通りミサイルポッドは次弾の装填までに若干のタイムラグが存在する。
アサルトライフルもIS用の大型サイズなので装弾数は50発あるが、
既に撃ちつくしてマガジンの交換を迫られている状態なので発射は不可能。
顔面に迫る一夏の拳に、オータムは反射的に目を閉じる。
「待ちなさい!!」
女の声がすると共に一夏の左側から、銃弾が鼻先を掠めた。
予想外の出来事に一夏はオータムを殴りつける事無く急停止した。
「まだ仲間がいたのかッ!?」
横槍を入れられた一夏は銃弾と声のした方向を振り向いた。
そこには、白黒のツートンカラーのIS、ラファール・リヴァイブを
着用したスタイルの良い緑髪で童顔の眼鏡の女性が、
オータムの物とはまた違う種類の、機関部とマガジンが
トリガーの後方に置かれた所謂ブルパップ方式のアサルトライフルを構えていた。
一夏達には知る由も無いが、先程仲間の警官隊を振り切って
我先に現場へと文字通り飛び込んだ山田 麻耶その人である。
麻耶は一夏と目が合うと、酷く驚いた様子で言った。
「……そんな、男性がISを?」
動揺を隠せないのか、レーザーサイトを装着している為、激しい戦闘で
巻き上がった土埃に透けた赤い光線が微妙に震えていた。
しかし驚いていたのも束の間、麻耶は直ぐにライフルを構え直し一夏達に警告する。
「私は警視庁の第17IS機動部隊の者です!!
速やかにISを降りて投降しなさい!!」
「第17……?」
<ISの特殊部隊だ。 やっと警察が到着したらしい>
一夏は特に聞いた事も無かったが、箒には耳に覚えがあったようだ。
箒曰く対ISテロリスト用に結成された
エリートのISパイロットばかりを集めた総勢6名からなる精鋭部隊らしい。
そんな彼女の構えるライフルのレーザーサイトの先には……一夏の額に向けられ、
汗の浮かぶ皮膚の上に赤い斑点が浮かび上がっていた。
だが、相手はオータムではなく自分に照準を向けている。
銃を構えるにしても主犯格のオータムに向けるべきだろうと言う
考えが頭をよぎるが、とは言え一夏にしてみれば
ようやく応援が到着した事で内心安堵していた。
敵に1発拳を叩き込み損ねたのは心残りではあるが、今は状況の収束を優先したい。
言われるままに、抵抗の意思が無い事を伝えようと、
「助けてください!! この人がテロリストの主犯格ですッ!!」
「なッ!?」
した所で、何の前触れも無くオータムが一夏を指で指し叫んだ。
油の切れた歯車のようにぎこちない動きで首をオータムの方に向ける一夏。
「この人、仲間のグループのほぼ全員とで私達を
取り囲んで嬲り殺しにしようとしたんです!!
私は必死で逃げようとしたけど、この人がISまで持ち出してきて……。
たまたま見つけたもう1機のISが無かったら今頃は抵抗もできずに……!!」
「……何ですって?」
一夏と自身の立場をそっくり入れ替えて語るオータム。
麻耶もオータムの話を真に受けたか、眉をひそめている。
冗談ではない。
むしろ人質をいたぶろうとしていたのは他でもないこの女自身なのに。
ある事無い事を平気で捲し立てるオータムに、一夏の脳裏には嫌な考えが浮かび上がった。
(……まさかこいつ!?)
まるで自分は被害者だと言わんばかりの論調。
間違いない、この女は自分のした事を擦り付ける気でいる。
それを悟った一夏は居ても立っても居られなくなった。
「ふざけるなッ!! 俺に罪を被せる気か!?」
<一夏!?>
激しい剣幕でオータムの両肩を鷲掴みにする一夏。
箒も無線越しに伝わる一夏の怒号に、つい名前を呼ぶ。
しかしオータムはまるでその瞬間を待っていたと
言わんばかりに嫌らしく口元を釣り上がらせた。
一夏は今にも相手の顔面を殴りたくなる衝動に駆られるが、
同時に麻耶から注がれる目線が鋭くなるのを感じた。
冷や汗をかき唾を飲み込む一夏に対し、麻耶には
見えない角度でしてやったりといった表情を浮かべるオータム。
(しまった……!!)
この女が好き勝手わめいた所で大人しくしていれば
まだ弁明するチャンスはあっただろうに、
自分が上手く乗せられたと気づいた時には遅かった。
嘘吐きの憎たらしい女を横目に、目線を横にずらして行くと、
「その人から手を離しなさい……でなければ」
敵意むき出しの目つきな麻耶が、改めて一夏の額にライフルを構え直し、
「鎮圧しますッ!!」
発砲した。
一夏はとっさの判断でオータムを突き飛ばしつつ、上半身を横に逸らした。
さっきの射撃では当たらない様に鼻先を掠めるだけの威嚇射撃だったはずが、
今度という今度は頬の皮膚の直ぐ横を通り、弾道に沿った一直線に薄い切り傷を作る。
頬に走る小さな痛みと血の滴る感触を覚えながら、
身を翻しアサルトライフルの弾丸から逃れようとする。
「待ちなさいッ!!」
これ見よがしに機動部隊の隊員を味方につけ、
それでいて相手には見えないようにほくそ笑みながらも、
2人とある程度の間隔をあけながら後を追うオータム。
「畜生ッ!! やっぱりこうなるのか!!!」
今にもエネルギーの残量が半分を切りそうな中、
白式のバーニア出力を最大にして敵の追撃から逃れる一夏。
味方どころか敵を増やしてしまい、俄然不利になってしまった。
最早今の彼には、捨て台詞に近い悪態をつきながら、
2人に増えた追跡者から逃げるしかなかった。
<どうした一夏!! 何があった!?>
箒がひどく慌てた様子で声をかけてきた。
無線越しにも余計ややこしい状況に巻き込まれた事が分かったのであろう。
HUD越しに不安そうな心情を感じされる面持ちでいるのが見える。
そんな箒に、一夏は絶え間ない背後からの攻撃を
機体を世話しなく縦横無尽に振る様な軌道で大回りに回避しながら、
それでいて酷く申し訳ない様子で叫ぶように言った。
「すまない箒!! しくじった!! 機動部隊の女が敵に回ったッ!!」
<はぁッ!?>
幼馴染の発言に、箒は一転して素っ頓狂な声を上げ、
それこそ喉の奥が見えそうな程に大口をあける。
<私は『助け』を呼んだのだぞ!?>
「あのオータムとか言うクソッタレが被害者面したせいで
こっちが敵だって思われてしまったんだ!! ああクソッ!!」
武装した特殊部隊の隊員等と臨戦態勢の状態で遭遇した場合、
何があっても相手の指示に従って敵意が無い事を伝えなくてはならない。
下手に反抗すると、敵と間違われ最悪誤射されてしまう可能性もあるからだ。
とは言え、猪突猛進な一夏にとって冤罪を吹っかけられそうな時に
そんな対応を律儀に取れるわけもなかった。
箒の映像を前にしても言葉を荒げる一夏。
当然である。 今の彼には言葉遣いに気を使う余裕など無いのだから。
自分達を誘拐し、今に至るまで散々振り回し続けたこの忌々しい連中が、
警察の到着により幕を下ろす、あるいはリーダー格であるオータムを倒して
万事解決というのが一夏の描いていた理想形であった。
だが現実は助けに来た筈の警察のISまで敵に回り、
あろう事かついさっきまで戦っていたオータムの味方までする始末。
一夏がオータムと対等に戦ってこれたのは、箒のサポートを受ける事が前提で
相手が1対1の戦いを挑んで来たからこそ可能なものだった。
それがここにきて、機体のコンディションが万全な上に正規の訓練を
受けた相手まで加われば、消耗している一夏にとって大きなハンデを背負う事になる。
「逃がしませんよ!?」
一方で麻耶は背中の4対の推進翼を展開し、一夏を追いかけるべく急加速する。
その過程で同時に白式のアームガンと同口径のマシンガンを
搭載するオプションを実体化、その数4つ。
敵味方、及び一般人の誤射を防ぐ様情報がインプットされた、
内蔵されている自動識別装置のレーダー・熱源・映像の3系統からなる
センサーが猛禽類さながらに全力で逃げ回る一夏の白いシルエットを捕捉、
後方はツートンカラーのラファールを駆る麻耶と打鉄を操るオータムの2名が、
左右からISの航行速度よりもなお速いスピードで鋭角的に移動する
オプションが、ありとあらゆる角度から一夏に猛追撃する。
IS本体ほどの火力ではないにせよ、4つの攻撃オプションは
近接戦闘に特化した白式には相性が悪い。
一夏は雪片を両手剣に実体化すると、辺りを飛び回っては
射撃の度に空中に静止、撃ち終われば再び周囲を飛び回り
自身を翻弄するオプションに剣を振りかざす。
しかし空を飛び回りながら剣を振るのは余りにも命中率が悪い。
元々刀剣類は腰元が肝心で、足腰に力が入っていなければ
剣自体の重量と振りぬいた際の慣性力でバランスを大きく欠いてしまう。
先程のミサイルだけでも切り落とすのに苦労したが、
加えてオプションはヒットアンドアウェイを繰り返す
変則的な軌道を描く為、命中率の低下に拍車をかけていた。
その上こちらに気を取られれば、残り2名の攻撃に注意を払えなくなる。
既に白式のエネルギー残量は40%を切っていた。
このままではあと1分もしない内に撃墜されてしまうだろう。
一夏は武器のHUDの中から再び煙幕弾を選択する。
残り弾数僅か1発、もう少し温存しておきたい所ではあるが、
窮地に追い込まれてる現状において出し惜しみする意味は無い。
焼け石に水だという思いが頭をよぎるも、
せめてあのオプションだけでも無力化できれば幾分楽にはなるだろう。
剣を右手に薮蚊を払う棒のように振り回しながら
空いた左手で煙幕弾を実体化、素早く真上に円筒を放り投げようと試みる。
「させるかよ!」
だが煙幕の円筒を握った左手はオータムの放ったライフル弾と共に、
空中に投擲する事無く砕け散り、残り1発の貴重な煙幕弾は
白式の左腕の根元から2/3と内蔵されていたアームガンの残骸と共に、
粉砕したパーツ類に混じりながら港のアスファルトの路面へと落ちていった。
「うおおおおおおおおおおおッ!!」
脂汗さえ浮かびかねない苦悶の表情で、一夏は壊れた白式の左腕を押さえた。
上腕第2関節から1/3だけを残し、先端は千切れた青赤のコネクタが
電気火花を放ち、レアメタル製の外骨格が力なく垂れ下がっていた。
無くなった部分からは一夏自身の左手の指先が見え隠れしている。
もう少し付け根に近い部分を狙われていたら一夏は左手を失っていた。
いかに絶対防御でも、それを上回って物理的な損傷を
招いた場合にはやはり無事ですむ訳が無いのだ。
加えて今の攻撃で一夏自身がダメージを負った訳ではないのだが、
自身と密接に一体化したかのように稼動するISが何かしらのダメージを
負うという事は、パイロット自身のダメージにも感じられる場合があると言う。
現に一夏の左手は無傷でも、一夏自身は左腕を失ったかのような感覚に囚われる。
そのショックで雪片は散らした左腕のパーツと同じく地面に落としてしまっていた。
「……この野郎ッ!!!」
一夏は怒りを露にして勝ち誇った表情のオータムを睨み付けた。
2人がかりで一夏を執拗に追い詰めるばかりか、
ここぞと言う所でオータムはいつもこちらの神経を逆撫でする行動をとる。
言葉遣いの悪さは言わずもがな、助けに来たはずの警察を騙して味方につける、
ISで生身の人間2名を執拗に追いかける、そして何より
箒に暴力を振るい、あまつさえ顔面に唾を吐きかけた事。
闘いの最中、一夏はこれらオータムの蛮行が粘着質に頭にこびりつき
どうしようもない不快感が心の奥底にあった。
とは言え格闘家として激情に振り回される事は
相手に付け入られる隙を自ら与える事になる為、箒や人質を助ける
大義名分の下、何とか心の奥底にしまい込み割り切ろうと勤めていた。
それらがこうして窮地に立たされることにより、
地面から染み出す黒いタールのように沸々と湧き上がり、
だんだんそれは一夏自身の目を血走らせ、歯軋りをすると言った形で現れた。
(こいつだけは絶対にまともな負け方はさせない……!!!)
状況を省みず、オータムを叩きのめす事ばかりを優先的に考える一夏。
全身の血と言う血が沸騰し、こめかみに血管さえ
浮かび上がらせながら次第に冷静さを欠いていく。
そしてその事が、ついには一夏に致命的なダメージを与える事になった。
「貰った!」
いつの間にか後ろに回りこんでいた麻耶が、
隙だらけの一夏めがけて先程とは違う、ハンドボール程の口径で
旋条(ライフルリング)の施されていない穴開きの滑腔銃身の付いた
大掛かりな四角い機械をこちらに構えていた。
片目を閉じ、右目のみで展開したラダーサイト越しに一夏に
狙いを定めるその姿を確認した時、我に返った様にブーストを起動させる。
だが遅かった。
麻耶がフェザータッチ仕様の引き金に指をかけた瞬間、
銃弾ではない何かが放射状に飛び出し、丁度瞬間的に加速し始めた
白式の全身を、太さおよそ0,8mmの
黒いワイヤーで構成された網が纏わり付いた。
絡まれる瞬間反射的に右手を挙げた為、
そこだけは何とか巻き込まれずに済んだが、残り全身は
しっかりと取り込まれてしまった為、身動きの取れなくなった一夏は
死に装束と化した白式と共に地面へと落下した。
これはISを用いたテロリスト等を安全に
捕獲するために開発された暴徒鎮圧用の捕獲ネットである。
ワイヤー自体はチタンをベースとした合金素材でできているが
ネットの付け根にはISの機能を麻痺させるEMP発生装置が
取り付けられワイヤー自体の中にそれを通す為のコードが内蔵されている。
金属の素材ゆえ通常の刀剣類による防刃性には優れているが、
白式の雪片のようなエネルギー系の武器に対する耐性は無いに等しい。
もし雪片を持っていたら何とかして脱出もできただろうが
それは先程地面に落としてしまった為手持ちには無い状態になっている。
結局抜け出すこともままならないまま、
右腕を残す全てを絡めとられた状態で落下していった。
土埃が舞い上がる地上を見て、
麻耶は捕獲ネットの発射機から頬を離し、呟いた。
「任務完了ですね」
続く