機動武闘伝Iストラトス   作:Easatoshi

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オマケ『野菜炒めは漢(おとこ)の味』

 

 

 

 

「お兄! お爺ちゃん! 野菜炒め定食1丁!」

「「あいよ!」」

 

バスジャック事件と同時刻の11時、古い木造建築と

新築のマンション等が入り混じる住宅街の一角、

地元民に親しまれ、現在昼食の時間帯によりピークを迎え、

店の建物は古く、テーブルや椅子も使い込まれた印象のあるテーブルながらも、

一般人や労働者達を主な客で和気藹々と賑わう『五反田食堂』の中で、

紫のヘアバンドに赤い髪を後ろでまとめた同食堂の看板娘

『五反田 蘭(ごたんだ・らん)』が木製の盆を腋に挟み、

客の注文を承る為にメモ帳とボールペンを両手に

店内を駆け回り、一方で厨房でせわしなく包丁を振るう兄『五反田 弾(ごたんだ・だん)』、

年齢80歳にして年の衰えを全く感じさせぬ豪腕で中華鍋を振るう

祖父『五反田 厳(ごたんだ・げん)』が蘭からの注文を

額に汗流しながらそつなく捌いていた。

 

「弾! もっと急げや! 後がつっかえてるぞ!」

「分かってるってば!!」

 

跡継ぎ息子のそれなりには慣れた手つきだが、大ベテランの

祖父から見ればひよっこ同然な包丁裁きに野次を飛ばす。

 

「野菜炒め2丁あがったぞ蘭!」

「はーい!」

 

そして兄とやり取りしてる内に祖父の厳は今の注文より

前の客の野菜炒めを白い磁器の皿に盛り付け、左手で中華鍋を振りながら

開いた右手で器用にカウンターに置く。

相変わらず器用な人だと蘭は思いながら、抱えていた盆の上に

出来立ての野菜炒め定食を載せ、昼食を待ちわびる客の元へと運ぶ。

キャベツではなく白菜を主な食材として用い、人参やもやし等を

味噌で絡め、こんがりと焼き上げた香ばしいこの料理は、

当店自慢の定番メニューで昔から地元民に親しまれており、

この時間帯のおよそ5割の客がこれを注文する。

 

「野菜炒め2丁お待たせしました!」

 

蘭はそれを丁寧な手つきでご飯や味噌汁、お冷を常連客の

ひげ面で小太りな、しかし中身は筋肉で詰まった土方のおじさん達の

目の前のテーブルに愛想よく置いていく。

 

「お、蘭ちゃん今日もかわいいねぇ!」

「蘭ちゃんの笑顔見てるとこっちも元気出てくるよ!」

「ふふっ、おだててもおまけは無しですよ?」

 

土方のおじさん方の熱烈なラブコールを蘭は笑顔で流し、

軽くあしらわれた事におじさん方はこれは参ったと頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

『ただいま続報が入りました、今朝廃港にて発生した

 バスジャック事件ですが、現場にて大きな変化があったようです』

 

そんなやり取りをしていると、天井の角に備え付けられた

古めかしいブラウン管のテレビから女性の声がした。

画面には、2人の男女のキャスターがテーブルに並んで座るスタジオの風景が映っている。

どうやら昼のニュースらしい、今朝からずっと

話題を独占しているバスジャック事件のようだ。

 

「バスジャック事件か……相も変わらず物騒な世の中だな」

「何でも人質の女の子が通報するまで事件発生に気づかなかったんだって?」

「そんな……」

 

土方の話に、蘭は盆を両手で抱えて不安げな表情になる。

 

「何でも犯人グループはISのパイロット抱えてるんだってな。

 しかもご丁寧に盗品の打鉄まで用意して。

 ったく、世界最強の兵器なら管理ぐらいしっかりしろってんだ」

 

厨房で聞き耳を立てていた兄の弾も、

包丁を動かす手を止めずに愚痴に近い言葉を漏らした。

全く持ってその通り、弾の言い分に蘭も心の中で頷いた。

 

『現場の弓弦さん?』

『はい!! こちら現場の弓弦です!』

 

場面が変わり、ヘリコプターの機内にいる弓弦と名乗る

男性リポーターが画面に映ると、カメラ越しに見える風景からは、

立ち込める噴煙に爆散したトレーラー、その周囲の屋根の崩落した幾ばくかの倉庫と、

山積みになった錆びた鉄骨。 その近くに2機のIS、

警視庁所属の白黒ツートンの壊れたラファールと、

ネットに絡まれた未確認機種の白い機体が見えていた。

そしてその傍にはポニーテールの女の子が

白いISのネットをナイフで必死に引きちぎっているのが見える。

 

『数時間前に発生したバスジャック事件ですが、オータムと名乗る

 主犯格のISパイロットが、警察の狙撃によりクレーンに吊り下げられていた

 錆びた鉄骨の下敷きになり、身動きが取れなくなった模様ですッ!!

 そして今、人質と思わしき1名の少女がこの期を見計らって

 ネットに捕らわれているパイロットを救助しようとしているようです!』

 

一部始終……とまでは言えないが事件の山場を見ていた

弓弦リポーターはかなり声を荒げて今しがた現場で起こった出来事を口にしていた。

いささか現実離れした光景に、テレビを見ていた食堂のほぼ全員が

慌しい現場を映し出すニュース番組に釘付けになった。

 

カメラが現場の詳細を捕らえようとレンズの倍率を上げ、ネットに絡まっている

白いISに焦点を当てると、丁度ポニーテールの少女が捕縛ネットの

機械部分にナイフを突き立てた所であった。

程なくして、中に絡まったISが自力での脱出を試みようと

唯一包まれていなかった右手を使って捕縛ネットを強引に引きちぎり始める。

 

『あっと……中にいた白いISのパイロットが自力での脱出を試みたようです……ッ!?』

 

そして中のパイロットが頭からネットをくぐった時、リポーター、カメラマン、

スタジオにいるニュースキャスター、そして視聴者である食堂の客達が

一斉に驚愕の表情に染め上げられた。

 

『しょ、少年……!?』

 

リポーターの声が上ずっている。

それもその筈だ。 何故なら捕らわれていた白いISのパイロットは男性……

外見の年齢にしておよそ15歳前後の、顔立ちの整った短髪の少年だったのだから。

 

『少年ですッ!! ネットに捕らわれていたISのパイロットは男!?

 そんな、そんな事がありえるのでしょうかッ!?』

 

食堂内にどよめきが走った。

何せこの瞬間、女だけがISを動かせると言う10年来の世界の常識を

この光景によって覆されてしまったのだから。

そして内2名は、周りの客以上に驚いていた。

 

「……一夏……だよな?」

「うん……間違いないよ、あれ一夏さんだ」

 

厨房にいる弾と、その妹である看板娘蘭にとっては

テレビで中継されている男性ISパイロットの顔を良く知っていた。

しかし弾は首を横に振って、

 

「いや待てよ、あれが一夏だって言う証拠なんかどこにも無い。

 きっとあれは他人の空似に違いない」

「お兄!」

 

兄の言い分に声を荒げる蘭。

根拠も無くそっくりさんであると頑なに否定する弾の顔は、

顔面冷や汗だらけにして、一方で口元は乾いた笑いを含める。

傍から見て自信など微塵も感じられそうにないその言い回しは、

言うなれば現実逃避と比喩するに正しいものであろう。

 

『オキウラさん、指向性マイクを!』

 

オキウラ……というのはカメラマンの事であろうか、

一夏(?)達を映すカメラが一瞬ぶれたかと思うと、数秒ほど機内の天井を映した後

素早く両手剣を手に取る白いISの姿を映しなおした。

 

すると、先程はヘリのローター音とリポーターの声しか聞こえなかった

中継の画面から、画面中央のISパイロットと

ポニーテールの少女からの声を捉えることができた。

 

『いいか一夏、乙女の私にここまでさせたんだぞ? 必ず勝て。 絶対だ』

『言われなくとも』

 

その瞬間、厨房のカウンターに両手を置いてテレビを見ていた

弾の頭が垂れ下がり、カウンター台に強く頭をぶつけてしまった。

ポニーテールの少女の発した言葉によって、あのISパイロットが

一夏であるということが確定してしまったからだ。

 

五反田 弾、2年前一夏が日本を去るまでの中学時代

よくつるんで遊んでいた、所謂親しいクラスメートであり、

妹の蘭は、兄との関係でよく家に遊びに来た一夏に片思いをしていた事もあった。

してそんな五反田家にとっては馴染み深い少年が

世界で初めてISを動かした男にして、件の事件の主犯格と

対峙している光景は、最早対岸の火事としては受け止められなくなっていた。

 

そしてテレビに映る現場に更なる急展開が。

ふとカメラの倍率が下がり、一夏達だけでなく錆びた鉄骨の山も

映し出されている範囲内に収まると、オータムと名乗る

主犯格のISパイロットの女が鬼気迫る表情で鉄骨の山から這い出して、

半分壊れかかっている打鉄のミサイルポッドを展開し、

その全てを左腕の破損したISに乗る一夏に照準を向けたからだ。

 

『ぶち殺してやる……ッ!!』

 

カウンターに突っ伏していた弾が顔を上げた。

指向性マイク越しに伝わる犯人の怨嗟。

地獄の釜を半分開いたかのようなおぞましささえ感じられる声に

食堂の客達は恐れおののいた。 だが一夏は臆する事無く

オータムを見据えると、壊れていない右手を目前にかざす。

 

『俺のこの手が光って唸る……お前を倒せと輝き叫ぶッ!!』

 

そして一夏が右手を握りこむと、青くカラーリングされていた

ISのアームが黄金色に淡く輝き始める!

 

「な、なんだありゃあ!?」

 

思わず弾が素っ頓狂な声を上げた。

突然これ見よがしな前口上を決め、腰を落とし込み

光り輝く右手を握りこむ一夏の様子に面食らっていたようだ。

 

『死ねえええええええええええええッ!!!!』

 

そしてオータムの打鉄の、両肩、両足から膨大な量のミサイルが発射され、

白い噴煙の弾幕が壁のようにまとまって一夏めがけて飛来した!

しかし一夏はその壁さえ突き破るかのように、瞬間的に最大速度まで加速。

空気の壁が破れ、ソニックブームと呼ばれる大音響が発生、

軽く音速を超えているのは見て明らかであろう。

 

ミサイルに迫った時、光り輝く右手を肩から勢いをつけて突き出すと、

右手から放射状に発するオーラが迫るミサイルを全て粉砕する。

無傷で弾幕を突っ切ったその光景に、食堂内の全員が唖然とした。

 

『そ、そんなのアリかあああああああああああああああッ!!!』

『食らえええええええ!!!! ひィィィッさああああああああああっつッ!!!!』

 

一夏のISの光って唸る右手が、打鉄の腰部にめり込み、

 

『 シ ャ ア ア ア ア ア イ ニ ィ ィ ィ ン グ ゥ ウ ! ! !

 

  フ ィ ン ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ! ! ! ! 』

 

余りにも音量の高い、指向性マイクに通せる音声の許容範囲を上回る一夏の咆哮。

体をくの字に曲げたオータムが一夏の突進を受けて

そのまま体を地面に擦らせながら盛大に吹き飛ばされる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「すげぇ!! やるじゃねえかあの坊主!」

 

歓声に包まれる食堂内。 客達は興奮の余りテーブルから総立ちになり、

中には腕を上げて一夏にシュプレヒコールを送る者まで現れた。

 

『男が偉いか女が偉いか……そんな事はどうでもいい。

           誰 が 強 い か だ ッ ! ! 』

「い、一夏さん……」

 

漢(おとこ)らしい決め台詞と共に打鉄のコアをもぎ取る一夏に、

両手を合わせ頬を赤く染め、蕩けた熱い目線を送るは蘭であった。

 

(素敵……やっぱり私、一夏さんが好きかも)

 

2年前の一夏の転校もとい武者修行の旅に出られて以来、

後を追えなかった蘭の初恋は涙ながらに終わってしまったが、

その2年後の現在、こうして改めて彼の姿を

しかもISを駆り悪辣な犯人を圧倒するその勇姿を見せ付けられ、

再び彼女の恋心に火がついてしまった。

初恋は実らないと言うが2度目ならその限りではない。

蘭は鼻息を荒くして、両手はガッツポーズを作っていた。

 

「なんだ? おめぇら何騒いでんだ?」

 

中華鍋の火を切り、厨房から厳がこりにこった両肩を回しながら出てきた。

 

「おじいちゃん!! 一夏さんよ!

 一夏さんがISに乗ってバスジャックの犯人をやっつけたのよ!!」

「ん~?」

 

画面内の一夏を指差してはしゃぐ蘭にせかされながら、

厳はブラウン管の映像を一瞥する。

 

「ほぉ……あの一夏がなあ」

 

地に伏せた敗者に目もくれず、淡い光を放つISコアを

適当に投げ捨てて、傷だらけながらしかし目は死んでいない、

悠々と歩く一夏の姿に厳は満足げに笑みを浮かべた。

 

厳は出来の良い孫娘である蘭を大層可愛がっており、

彼女に粗相を働く輩には問答無用で自慢の豪腕で鉄拳制裁を行うほどであった。

故に、2年前彼女の思いに何1つ気づかずに祖国を去り、

蘭を泣かせた一夏の事は正直複雑な思いを抱いていた。

だがこうしてテレビ越しに再び姿を現わし、修行の成果を遺憾なく発揮した

様子を見るや否や、心の中のつっかえの様な物は消えてなくなった。

 

厳には理解できたのだ。

一夏は漢(おとこ)を上げて帰ってきたのだと。

次に顔を見せようものなら1発殴って分からせてやるつもりでいたが、

どうやらその必要は無くなったと、万事納得した様子で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉし……こうしちゃいられねぇな」

「お爺ちゃん!」

 

蘭と厳は互いに目を見合わせて、

己のやる気を確認すると2人揃って弾の方を振り向いた。

蘭は恋の炎に、厳は漢(おとこ)気に満ちた目線を弾に送る。

種類は違えど、2人して瞳の中に炎を湛えるような熱気に弾はたじろいた。

 

(まずい、この眼(め)は……!!)

 

弾には幾許か経験があった。

血は争えないと言うか、2人は何らかのきっかけで心に火が灯ると

スイッチが入る……あるいはタガが外れると表現した方が適切なのか、

ペースが上がるのみならず、過剰なまでの大盤振る舞いをする事があるのだ。

それだけのスピードで作業できるなら客をさばく事に注力すればよいのに、

昔ながらの職人気質なのか、それらのモチベーションは

至れり尽くせりなサービスに向けられる為、今はまだお手伝い感覚で

腕前に関しては見習いに過ぎない弾にとって甚大な負担を強いられる事に繋がる。

既に結果は見えているものの、額からバンダナで吸い切れなくなりそうな程の

冷や汗を滝のように流しながら、弾は恐る恐る尋ねてみた。

 

 

 

しかし、その言葉が口に出る事は無かった。

 

「よし!! 一夏の活躍を記念して今日はおごりだッ!!

 野菜炒めは基本大盛りで行くぞ!! 弾、早く野菜を切れッ!!」

「…………はい」

 

予想的中。

弾が力なくうな垂れると、厨房に入っていった厳がすかさず

使い古しのお玉を弾の頭めがけて投げつけた!

鍛え上げられた腕から繰り出されるお玉の投擲は

年を感じさせぬ程の勢いで弾の額に命中し、思わず弾は転倒してしまった。

 

「漢(おとこ)なら返事ぐらいシャキっとしろや!!」

「は、はひぃ!!」

 

厳の叱咤に弾は慌てた素振りで返事すると、

祖父の後を追うように駆け足気味で厨房の暖簾を潜った。

 

(一夏ぁ……お前って奴はやっぱり罪な漢(おとこ)だぁ!!)

 

ブラウン管に映る中学時代の友人を恨めしく思いつつ。

 

 

 

 

 

 

                                 第2話に続く

 

 




以上を持ちまして、書き溜めていた未完小説『機動武闘伝Iストラトス』
の投稿を完了とします。
ここまで付き合って下さった皆様、本当にありがとうございます。
別で書いているロックマンXの壊れギャグ小説の執筆に戻りますが、
そちらも応援してやっていただけると幸いです。


それでは、次の作品でお会いしましょう!
では!

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