トリステイン魔法学院 土の塔 大講義室
「では、誰かに実演してもらいましょう」
教壇に立つミセス・シュヴルーズが適当な生徒を探そうと教室に目を走らせながら言う。
「では、あなたにお願いしましょう。お名前は?」
この子なら大丈夫だろうと当たりをつけ、真面目にメモを取っていた桃髪の女の子を指名する。
「はい。ルイズ、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです」
指名された女子生徒は名乗り、教卓へ足を進める。
「ミス・ヴァリエール、錬金したい金属を強く思い浮かべるのです」
桃髪の女の子―ルイズはうなずき、教卓の小石に杖を向け、呪文を唱える
―レル イン ヤン―
小石が光に包まれ…
姫とお嬢と虚無の使い魔1 学園サイト プロローグ
「これは、真鍮ですね」
ミセス・シュヴルーズが茶色い光沢を放つ無機物の塊を見て、嬉しそうに言う。
「まだ不純物が多く混じっているようですが、真鍮の錬金そのものは成功しています。
研鑽を積めば間違いなくトライアングルクラスになれますよ、ミス・ヴァリエール」
その言葉に桃髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは可愛らしい笑みで応えた。
トリステイン魔法学院 学院長室
「今年度も無事、何事もなく始まったの。学院長としてこれほど嬉しいことはない」
すっかり白くなった髭と髪を長く伸ばした老人が、傍らに立つ男に語りかける。
「じゃが心を緩めてはならぞ、コルベール君。特に明日の使い魔召喚の儀式は」
「わかっております。オールド・オスマン。」
コルベールと呼ばれた、額から頭頂部にかけて禿げあがった男が答える。
「始祖の降臨以来、大きく動くことのなかったハルケギニアが再び変わる、その一歩となるやもしれぬ事案です」
「深刻な事を言う割には楽しみにしておったようじゃがのぉ。まぁ今からそんなに気を張り詰めるでない。可能性があるだけじゃからの。ただ彼女の“可能性”が周りに気取られぬよう細心の注意を払ってほしい。この学院で知ることが許されているのは、彼女自身を除けばワシとお主だけじゃからの」
「はい。それに彼女なら“そうであった”としても冷静な判断をくだせますよ。無用の混乱が起きることはないでしょう」
そうじゃの、とコルベールの言葉にオスマンは応え、仕事を与えていた使い魔と視覚の同調を始めた。
トリステイン魔法学院 女子寮 階段
「あら、ルイズ、こんばんは」
食堂で夕食を取り、自室に戻るルイズに、燃えるような赤い髪のグラマラスな女性が親しげに話しかける。
「気安く話しかけないでよ、ツェルプストー」
「明日の使い魔召喚の儀式が楽しみね、火のトライアングルである私はどんな使い魔を召喚すると思う?」
ルイズの刺々しい態度を気にした様子もなく赤髪の女性はまくしたてる。
「うるさいわね!アンタが何呼ぶかなんて知らないわよ!私は明日の召喚でアンタなんかよりずっとすごい、神聖で、美しく、強力な使い魔を呼び出して見せるんだから!」
ルイズは赤髪の女性、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハンツ・ツェルプストーの事が大嫌いだと思っている。
貴族の位を金で売り買いする下品なゲルマニア人であることが気に食わない。
実家と因縁のあるフォン・ツェルプストーの人間であることが気に食わない。
体にくっつけた卑猥な脂肪の塊で誘惑した男を常に隣に侍らせているのが気に食わない。
なにより学年で唯一のトライアングルクラスのメイジである事が気に食わない。
公に明言されているわけではないが、誉れ高きトリステイン魔法学院の学年トップの座が留学生のものであることが悔しい、という思いがあるからだ。
だからキュルケのメイジとしての実力を自慢するかのような物言いを聞いて激昂してしまったのだ。
「あら、ラインメイジのあなたがトライアングルの私より強力な使い魔を呼び出すというの?それは見ものね?」
「うるさい!今日の授業でミセス・シュヴルーズも言っていたわ。私はきっとトライアングルになれるって!だから明日の儀式でアンタよりすごい使い魔を召喚することだって…」突然目の前に大きな杖が差し出され、怒鳴り散らすルイズの言葉がさえぎられる。
杖を出しているのはキュルケの隣に立つ青い髪の小さな少女だ。
キュルケに気を取られて存在に気づいていなかったが、最初からいたようだ。
名前はわからないが同じ学年で授業を一緒に受けている子のはずだ。
「どうしたのタバサ?」
ルイズが口を開く前にキュルケが問いかける。
「夜。迷惑。」
少女は簡潔に答えた。
「ふん、こんなところでツェルプストーと話している暇はないわ!」
その答えを聞いてルイズは、はしたないことをしたと反省したが、ツェルプストーの者の前で失態を認めるのも癪なのでその場を去ることにした。
注意してくれたタバサと呼ばれていた少女には、今度会った時に謝らなければと思いながら。
「つれないわねぇ。ねぇタバサあなたは私がどんな使い魔を召喚すると思う?」
ルイズの背中を見送りながら、キュルケが問う。
「わからない。でもあなたはトライアングル。ふさわしい使い魔を呼べるはず」
「ありがとうタバサ」
遠回しにではあるが、良い使い魔を呼べるはずだと言ってくれた彼女にお礼を言う。
キュルケはこの無口で不思議な友人が少し心配だった。
彼女はコモンマジックは問題なく使えるが、系統魔法のルーンを唱えると、なぜか爆発を起こしてしまうのである。
しかもその爆発は固定化等の魔法を無効化して破壊を作り出す。
本人に確かめたことはないが、その“謎の魔法”の正体をつかむために他国から留学してきたという噂もある。
タバサを見ると、やはり儀式の事が気になっているのだろうか、不安そうな顔をしているように見えた。
「大丈夫、あなたもきっと良い使い魔を呼べるはずよ。ひょっとしたらものすごい使い魔が召喚されるかもしれないわね。あなた、あんな不思議な魔法が使えるんだし」
だから少し冗談めかしながらも励ましたのだ。
「がんばる」
小さく微笑みながら口に出されたその答えを聞いて、少しは勇気づけられたようだとキュルケは満足した。
とりあえずプロローグです。
こうしたらええやん?とか、ここがだめよ?みたいな意見を感想に書いてくれると嬉しいです。