のんびり天使は水の中 作:猫犬
「リトルデーモンのみなさん、魔力を、力を!」
「ヨハネー、ここはこうした方がいいよぉ」
「ふっ、沙漓も考えるわね」
「二人は何やってますの?」
予備予選の結果発表当日の午後。といっても、ライブの翌日なんだけど。結果を一人で見るよりみんなで見ようという千歌さんの提案により、僕たちは松月の前に集まっていた。梨子さんは一昨日あったコンクールの予選を突破し、今日が本選とのことで、今も東京にいるからこの場にはいない。
みんな結果が気になってそわそわしており、果南さんが気晴らしに走りに行こうとしたり、マルちゃんがパンを食べまくっていたり、ヨハネが儀式をしていたりしていた。僕はヨハネの描いた魔方陣に手を加えていたら、ダイヤさんに首を傾げられた。
そして、トラックが横切った風圧で魔法陣に置かれていた蝋燭の火がすべて消えてしまった。
「あっ、発表されるみたい」
スマホをずっと見ていた曜さんがそう言ったことで、みんなが曜さんの周りに集まる。
「Aqoursの“あ”ですわよ」
「……イーズーエクスプレス」
「嘘!」
「落ちた……」
曜さんが読み上げた結果、いきなり“い”だったことでラブライブは終わってしまった。ありゃ、ライブは良かったのにねぇ。
「あ、エントリー番号順だった」
と思ったら、順番がエントリー番号順であり、まだ希望はありそうだった。すると、鞠莉さんは立ち上がって自分のスマホで見始める。うん、正直のぞき込むの見づらい。
「えーっと。イーズーエクスプレス、グリーンティーズ、ミーナーナ、Aqours」
『『『Aqours!』』』
「予選、突破……オーマイガ、オーマイガ、Oh My Godー」
「何事?」
そして、無事Aqoursが予選突破したことが分かり、僕は安堵した。鞠莉さんは鞠莉さんで叫んでいた。どうしたんだろ?
~千~
「さぁ、お祝いに今朝取れた魚だよ」
私たちは松月から浦女に戻って来た。理由は予選を突破したからには今後の話をということでミーティング。果南ちゃんは一回家に戻ったと思ったら、クーラーボックスを持ってきて、その場で捌いて見せた。いや、学校で捌いていいの?あっ、鞠莉さんがOKしてる。
「なんでお祝いに刺身?ここは、夏みかんでしょ」
「
でも、チカとしてはお祝いなら蜜柑が良かったなー。魚も好きだけど。花丸ちゃんは相変わらずパンを食べてるし……。
すると、私の電話が鳴り、画面を見ると梨子ちゃんからだった。
「あ、梨子ちゃんからだ……もしもし」
『あっ、もしもし。千歌ちゃん、予選突破したんだね』
「うん!それで梨子ちゃんは?ピアノの方は」
『私もちゃんと弾けたよ。それで、賞ももらえたしね』
「そっか、よかった。ちゃんと弾けたんだね」
『うん。千歌ちゃんが、みんなが送ってくれたおかげだよ……あっ、お母さんが呼んでる。じゃ、また明日。明日には内浦に戻るから』
「わかった。気を付けて帰って来てね」
私はそう言って電話を切ると、みんなに梨子ちゃんが弾けた事を伝えた。みんな自分のことのように喜んでいて私もうれしかった。
「ラブライブで有名になって学校も……」
「説明会の応募にも期待できるかもね」
「そうそう、PVの再生回数から入学説明会の希望も……“0”?」
「えっ?0?」
「うーん、やっぱり東京都ここじゃ違うんだね」
それから、今日は解散になって私と曜ちゃんは果南ちゃんちに行って作戦会議をする。どうやったら0を1に出来るのか。
「µ’sはこの時期には学校存続が決まってたんだよね」
「そうなの?」
「うん、学校存続はほぼ決まってたみたい」
「そうだよ。そんな簡単には行かないよ。だから少しずつ頑張って行くしかないよ」
すろと、曜ちゃんはそう言ったから驚いた。私はそんなこと知らなかったけど、やっぱりここじゃ難しいのかな?あー全く分かんない!
私はわからないから考えようと思いかき氷を一気に食べると果南ちゃんちを後にした。うぅ、頭がぁ~。
~ヨ~
その日の夜。明日が練習休みということで、私と沙漓はひたすら遊ぼうと沙漓を部屋に来てもらってた。どうせ隣だから帰るのも簡単だし。
そんな感じで、沙漓とゲームをしていたら唐突に私の電話が鳴って、スマホを手に取る。こんな時間に誰かしら?画面を見ると千歌さんからでグループ電話だから他の人にも用がある感じだった。
「もしもし」
『もしもし、善子ちゃん、今時間ある?』
「ええ、平気だけど?あっ、沙漓も今いるから業務連絡ならすぐ伝えれられるわ」
『あっ、善子ちゃん、沙漓ちゃんもいるなら、スピーカーにしてもらっていい?』
「はぁ」
「ん、どうしたの?」
「さぁ?なんか沙漓もいるならスピーカーにしてって言われて」
少し話すと首を傾げながら耳元から放し、ベッドにおいてスピーカーに切り替える。そして、千歌さんはこんな時間に電話した要件を話し始める。
『私ね、明日東京に行きたいんだ』
『東京?』
『うん、見つけたいんだ。µ’sと私たちで何が違うのか。どうしてµ’sは音ノ木坂を救えたのか。何がすごかったのか、この目で見て。みんなで考えたいんだ』
『いいんじゃない?』
「つまり、再び魔都へ降り立つというのね」
「ヨハネ、東京は別に的じゃないよ。あっ、僕は賛成です」
『私は一日帰るのを伸ばせば済むけど』
『けど?』
『ううん、なんでもない』
そうしてなんだかんだで話が進み、東京へ行くこととなった。
「そういうことだから、ゲーム大会はそのうちでいい?明日の準備をしておかないとだし」
「そうね。じゃっ、また明日」
「またねぇ」
~曜~
「梨子ちゃんは?」
「ここで待ち合わせだよね?」
翌日。私たちは早い時間に沼津に集まって東京に向かい、東京の駅にたどり着いた。梨子ちゃんとはこの駅で待ち合わせなんだけど?そう思いながら辺りを見回すと、梨子ちゃんはコインロッカーに荷物を詰め込んでいた。
みんなも梨子ちゃんの存在に気付くと、千歌ちゃんが駆け寄る。
「なにしてるの?」
「あっ、千歌ちゃん。お土産を入れてるだけだよ」
「お土産?見たい、見たい!」
「あっ!」
すると、梨子ちゃんはお土産を仕舞っていただけのようだったけど、なんでか慌てた。その結果、荷物が床に散乱し、千歌ちゃんが見ようとしたから手で覆って見えなくしていた。あれ?本がいっぱいあるような。沙漓ちゃんが駆け寄るとお土産の本?を拾い上げる。なんで、千歌ちゃんが見るのは拒んだのに、沙漓ちゃんには拒まないんだろ?
そうしているうちに梨子ちゃんのお土産?がコインロッカーに仕舞われた。
「それで、どこに行くつもりなの?」
「うん……どこ行こう?」
「じゃぁ、UTX行きませんか?今日、決勝大会の場所が発表されるらしいですよ」
「そっか、じゃぁ、行こうー」
~梨~
私たちは、UTXのモニターの前に来ていた。ここで、決勝大会の場所が発表される。調べたら、例年はAKIBA DOMEで開催されているみたい。
そうして待っていると
「AKIBA DOME?」
「本当にここでやるんだ」
「ちょっと想像できないや」
今年も開催される場所はAKIBA DOMEのようだった。みんなは驚きと共に、本当に行けるのだろうかと不安そうな顔をしていた。そうだよね。まだ、µ’sと私たちの何が違うのか分からないから……。あそこに行ったら、何かわかるのかな?
「ねぇ、音ノ木坂、行ってみない?」
だから、私はそう口にした。もしかしたら、何かわかるのかもしれないから。
「え?」
「ここから近いし、前は私のわがままで行けなかったし」
「いいの?」
千歌ちゃんは、前に東京に来た時に私が行くのを拒んだから心配した表情をする。たしかに、あの時は後ろめたさがあったから行きたくなかった。でも、
「うん、私もピアノがちゃんと弾けたからね。だから、今は行ってみたい。行ってどう思うか知りたい。みんなはどう?」
今は、行ってみたい気持ちがあった。今の私からどう見えるのかも気になるしね。
「行きたい」
「私も」
「µ’sの――」
「「母校!」」
「おー、見に行くのは久しぶりだなぁ」
みんなも行きたいようだった。やっぱり、みんなスクールアイドルが、µ’sが好きなんだね。
そうして、私たちは音ノ木坂の前にやってきた。ダイヤさんとルビィちゃんはµ’sがいるかもと、目を輝かせていた。たぶんいないと思うけど?みなさん大学生か社会人な訳だし。
「ここが、µ’sのいた」
「この学校を護った」
「ラブライブに出て」
「奇跡を成し遂げた」
いざ、音ノ木坂を前にすると、みんなそれぞれの感じたことがあったみたいだった。あの頃は、私は億劫であまり好きじゃなかったけど、今日来てはっきりわかった。
私は音ノ木坂が好きだったんだと。
あの経験があったから、ピアノとちゃんと向き合うきっかけがあった。きっと、ここに一年通っていなければ、きっとこうは思えなかったと思う。
「あの何か?もしかしてスクールアイドルの方ですか?」
校門の前で考えに耽っていると、中から一人の生徒が出てきた。そして、十人で立っていたからか、スクールアイドルなのだとわかったようだった。
「はい、そうです」
「そうですか。ここに来る人多いんですよ。でも、残念ながらここには何も残ってなくて」
「え?」
「µ’sの人たち何も残していかなかったそうです。優勝の記念品も、記録も。物なんてなくても繋がってるからって。それでいいんだって」
言われてから気づいたけど、私がスクールアイドルの存在を知らなかったのも、µ’sの物が一切ないからだったんだ。
私たちは生徒さんの話を聞いてもう一度校舎を見る。
「どう?何かヒントはあった?」
「うん。ほんのちょっとだけど……ここに来てよかった」
「そう。私もここに来て分かった。私この学校が好きだったって」
「そっか」
私たちはきっと何か得ることができたのか、みんな表情が柔らかかった。すると、千歌ちゃんは一歩踏み出しお辞儀をする。私たちはそれで、千歌ちゃんが考えていることを察した。
そして、
『『『ありがとうございました!』』』
全員でお辞儀をした。すると、この後どうするかという話になる。神田明神にでも行くのかな?
そんなことを考えていると、沙漓ちゃんが手を上げる。
「はーい。そろそろお昼の時間ですし、とある場所いきません?」
「どちらへ?」
「僕の家です!あらかじめ連絡はしてあるので、問題ないですし」
「ふぇ?」
~千~
「沙漓、おかえりなさい」
「ただいまー、おねーちゃん」
「沙漓、いきなり抱きつかないでください。みなさん見てますよ」
「へいきー。みんなだもん」
私たちは沙漓ちゃんに連れられて、沙漓ちゃんの実家にやってきた。昨日発案したのによくOK出たよね?
中に入ると、沙漓ちゃんより年上のお姉さんが現れ……ってµ’sの海未さん!?沙漓ちゃんは海未さんを見るなり抱きついていた。あれ?沙漓ちゃんってこんな甘えん坊だったかな?
「ようこそ。沙漓の姉の海未です。まぁ、立ち話もなんですから中にどうぞ。簡単ではありますけど、昼食は用意してありますから」
「お、お邪魔します」
海未さんは沙漓ちゃんが抱きついた状態で、私達に挨拶をする。沙漓ちゃんは無視の方向なの?
とりあえず、私たちに丁寧に案内をしてくれたので、みんなも緊張しながら上がらせてもらった。ダイヤさんとルビィちゃんは感極まって危なそうだけど、平気かな?
中に通され、机二つが並べられた場所へ行くと、そこにはそうめんが数個のさらに載せて置いてあった。そして、私たちは机の前に座る。
「昨日の連絡があったので、このようなものですけどね」
「あれ?そう言えば沙漓ちゃんのお母さんたちは?」
「ああ、用事で家を空けていますよ。あと、沙漓。暑いから離れなさい」
「はーい」
「こんな沙漓ちゃん初めて見た……」
ずっとくっつき続けていた沙漓ちゃんは渋々離れるとちゃんと座り、なんというかいつもと違う沙漓ちゃんに困惑を隠せなかった。
「沙漓がご迷惑かけていませんか?」
「あっ、はい。逆に私たちの練習をしやすいように色々してもらって助かってます」
「そうですか……それで、沙漓はどうしてAqoursのメンバーをここに呼んだのですか?」
「んー、お姉ちゃんに会いたかったから!」
「いや、沙漓の理由じゃなくて……」
海未さんは特に訳も聞いていないようで、困っていた。そう言えば、なんで沙漓ちゃんは私たちを連れてきたんだろ?沙漓ちゃんは甘えモードを辞めるといつもの調子に戻る。
「うん。お姉ちゃんに聞きたいことがあったからね。どうして、皆さんはあそこまで頑張れたの?輝けたの?」
「なるほど。沙漓の目的はわかりました」
「え?今の問答だけで……?」
「まさか、テレパシー?」
すると、沙漓ちゃんは唐突に私が昨日思った疑問を口にした。もしかして、沙漓ちゃんはこの為に呼んでくれたの?海未さんは沙漓ちゃんの発言(全く説明が無い)を聞くとそれだけで理解していた。すごい。どうしてあれだけで分かったんだろ?
「ですが、その前に昼食にしましょう。温まってしまいますし」
「あっ、それもそっか」
『『『いただきます』』』
海未さんが話すと思ったら、そうめんがあったまっちゃうからと、食べ始めた。そして、食べている間に海未さんは話始める。
「そうですね。あなたたちが一番聞きたいのは、どうしてµ’sがラブライブを優勝できたかでしょう?」
「えっ!?どうしてそれを……」
「まぁ、スクールアイドルならばそれを知りたいと思うのは当然ですよ。少しでも、優勝を掴みたいと思うのなら」
「じゃぁ……」
「しかし、それを言うことはありませんよ」
しかし、海未さんはそうしてラブライブを優勝できたのか口にしなかった。もしかして、私たちに教える価値は無いって思われてるのかな?
「そもそも、私たち自身もよくわかっていないんです」
「え?」
「疑問に思いますよね。でも、それは本当です。最初は音ノ木坂の廃校を阻止したい一心でやっていました。そして、秋には存続が決まった」
「そうみたいですね」
「そして、第二回ラブライブが発表され、廃校問題が解決した私たちは、ただ……あのステージに立ちたい、三年生と過ごす思い出を作りたいという理由で、ラブライブに挑んだのですから。だから、これといった特別なものはありませんよ」
「そうなんですか……」
何かすごいものがあると思っていただけに、私たちは困惑した。てっきり、絶対に勝ちたいっていう意思があったとか、勝たないと廃校が阻止できないという理由じゃなかったから。でも、思い出を作りたかった。それはなんだかいいモノの気がした。
「そういう訳ですから、こうだから優勝できたようなことははっきり言えません。お力になれなくてすいませんね」
「いえ……それでも何か掴める気はしました。だから、ありがとうございます」
「そうですよ。海未さん、本人に会えましたし!」
せっかく私たちに話してくれたのに申し訳なさそうな表情をしたので私たちは逆に申し訳なくなる。
「そうですか?まぁ、それならいいんですけど。他に聞きたいことはありますか?」
そして私たちは海未さんから色々な話を聞いた。µ’sはどうだったのか、沙漓ちゃんはいつからアイドル好きなのか、などなど。その際にダイヤさんとルビィちゃんがサインをもらってた。あー、 チカもサイン欲しい!
~ヨ~
「沙漓のこと、ありがとうございますね」
昼食をごちそうになって、海未さんが片づけをしようとし、私たちが手伝おうとしたら、沙漓が「一人で十分だから座っててぇ」とか言って洗いに行ってしまい、私たち九人と海未さんが部屋に残され、海未さんは唐突にお礼を口にした。なんで、私たちがお礼言われたんだろ?
「今日見ていただけでも、沙漓はだいぶ変わりました」
「え?沙漓ちゃんが変わった?」
「ええ。あの子は本来ならもっと消極的ですよ。それに、昔ならここに人を呼ぶなんてことも無いですよ」
「消極的?」
海未さんの言ったことを私たちはよくわからなかった。幼稚園の頃の沙漓は今と変わらず、マイペースだった気がするから。でも、再会して最初の頃はみんなにも壁があった気もするか。
そんな私たちの反応を見てどこか納得し、微笑みのようなものを浮かべる。
「そうですね。あなたたちになら話せておいた方がいいでしょう。あの子の過去を。といっても、楽しい話ではありませんけど。それなりの覚悟も持ってください」
「沙漓ちゃんの過去?でも、マルは沙漓ちゃんと一緒の幼稚園だから……それに覚悟って?」
「あの頃を知っている人もいましたか。ですが、私が話すのはその少し後ですよ。沙漓がこっちに引き取られた頃の。そして、この話を聞いて沙漓に対する接し方が変わるかもしれないという」
「引き取られた頃?接し方?」
「つまり、それなりに重い話ですか」
「でも……聞きたいです」
「そうですか。まず、聞いているかもしれませんが、私は本来
引き取られたってどういうこと?沙漓が内浦から東京に移ったのって引っ越しだったんじゃ?いや、海未さんとは従姉と聞いていたけど……。
「全ては幼稚園を卒園した数日後でした。あの日、沙漓と沙漓の本当の両親は家でゆっくり過ごしていたそうです。そんな中、沙漓の住んでいた家に強盗が入り、危険を察した両親は沙漓をクローゼットの中に隠し、その直後に強盗が現れてお二人とも大けがを負いました。そして、盗めるものを盗むと家に火を放ち、瞬く間に火は家を包み……消防隊が駆けつけた時にはお二人は出血の影響か、火事の影響か手遅れでした。そして、クローゼットの中にいた沙漓は運よく火の手が来なかったことで死は免れたのですが、消防隊が救出した時には落ちた屋根に足を潰され、煙を吸ってしまいました。必死の治療でなんとかできる限りのことをしましたが、後遺症でそれ以降過度の運動ができなくなってしまいました」
「沙漓ちゃんにそんなことが。だから、踊りもできなかったのね」
「ええ。それからは沙漓の父の兄だった私の父に沙漓は引き取られたのですが、クローゼットの隙間から両親が襲われる光景を目撃してしまったことで、精神が不安定で、あの時の恐怖で誰からも距離を置くようになりました。最初に見た会った時は全ての人間に怯えるような状態で、一度部屋に入ってからは引き籠っていましたね」
「え?でも、今の沙漓ちゃんからはそんな様子は……」
沙漓が引き籠っていたことや、人間不信だったなんて思えないけど。海未さんは私たちが考えていることを見透かしたかのように話を続ける。
「そうですね。今の沙漓からは思えませんね」
「じゃぁ、その後に何かが?」
「はい。あの頃、私は極度の恥ずかしさで沙漓に近づけず、両親も幼い沙漓の傷が癒えるまで無理なことはせず、普通に接して待つことに決めていました。そして、沙漓が家に来た初日の夜、私の部屋は沙漓の部屋の隣だったこともあり、沙漓の部屋から泣き声が聞こえ、私は恥ずかしい気持ちと沙漓を心配する気持ちで揺れ、後者を選びました」
「つまり、沙漓ちゃんを心配したということになるね。じゃぁ、海未さんが?」
「それから私は毎日、沙漓の部屋に行っては声をかけました。まぁ、一切の反応がありませんでしたけど。そして、数日が経ちトイレに行っていたのか、部屋の外で沙漓とはち合わせました。沙漓は私を見るなり一目散に逃げようとしましたけど、運動を全くしていなかったからか、身体が思うように動かなくて簡単に捕まえることが出来ました。沙漓の手を取ると沙漓は怯えてしまい『痛くしないで』、『いじめないで』と怯えられてしまいましたよ。まぁ、私も少しはその反応で傷つきましたけど、それ以上に泣いて怯える沙漓を見ていられず、泣き止むまで抱きしめました」
「それで沙漓は?」
「ええ、時間が経ってだいぶ落ち着くと、それ以降は私の事はきっと平気と思ったのか、私とだけは会うようになりました。両親のことは大人だからなのか、あの時のことがフラッシュバックして当分はダメでしたけど。それからもしばらくは私だけと接し、一週間もする頃には両親に接することもできるようになり、私の幼馴染の穂乃果とことりが遊びに来て沙漓に興味を持ち、穂乃果の明るさとことりの柔らかな物腰ですぐに気を許しました。それからは、だいぶ改善されて学校にも行けるようになりましたね」
「それで、今の沙漓ちゃんになったんだ」
沙漓がなんだかんだで普通の生活を送れるようになったみたいだけど、結構大変だったみたいね。それと、海未さんにすごく甘えてたのは最初に心を開けて、接してくれたからか。
「まぁ、沙漓は初対面の人には雰囲気というか何というか……そんな感じで平気な人とダメな人を区別する謎の特技を得てたんですけど」
「なにその特技?みたいなもの?」
「沙漓はあれすらも話していないんですね。人間不信が行き過ぎた結果、初めて会う人には色が見えるらしいんです。白だと害がなく、黒に近づくにつれて害があるみたいに」
「そんなものが?」
「そう言えば、最初に会った時“色”がどうとか言ってたっけ?」
「まぁ、両親はそれが火事の際の副作用か精神に異常があるのでは?と心配して病院に連れて行きましたけど、医者からは健康そのものと言われたそうでしたよ。それ以降は誰も信じないから口にしませんしね」
色が見える能力ね……沙漓には私たちが何色に見えているのかしら?まぁ、こうして一緒に居るんだから黒ではないだろうけど。あれ?でも堕天使的には黒の方が……。
「ですが、沙漓は人と接するのは平気でも、基本的に一人で居ることが多かったのです。きっと、平気と分かっていても何処かで裏切られるんじゃないかという心配の気持ちで」
「そうだったんだ……あれ?でも、沙漓ちゃん私たちと接するときは普通だよね?それとも、あれでも距離は取っているのかな?」
すると、千歌さんはそんな疑問を口にする。たしかに、沙漓は私たちに距離を取っているようには見えないけど……。
「そうですね。沙漓が私たち以外に“僕”で接するのなら平気ですよ。気を許している証拠ですから」
「よかった。これで、距離取られていたらと思うと……そう言えばなんで“僕”呼びなんですか?」
「それは……」
沙漓の“僕”呼びを聞くと、海未さんは言い辛そうに、そして後悔しているような表情をする。まさか、それにも辛い過去が?
「それは……」
『『『それは?』』』
「……私が昔書いていたポエムの一人称を“僕”にしていたせいですよ。沙漓が勝手に見て、その日以来あんなことに」
海未さんは黒歴史なのか手に顔を当てて恥ずかしがる。あっ、ポエムを人に見られたことを思い出して恥ずかしがってる。やっぱり、黒歴史は恥ずかしい物よね。
しかし、そんな海未さんを他所に、理由が想像と違ったせいか、みんな反応に困っていた。
「と言っても、最初は“僕”呼びをクラスの男子に冷やかされて、“私”呼びに変えたのですが。癖は残って気を許している人といる時とかは、あの一人称に戻りますけどね」
「つまり、善子ちゃんの堕天使と一緒ずらね」
「ヨハネ!それを言ったらずら丸だって、ずらが出てるでしょ?」
沙漓の一人称が私と似ている感じだからか、ずら丸はそう言った。似ているけど、語尾が出るずら丸には言われたくないんだけど?
「そういうわけで、沙漓がありのままの自分でいられる関係の人と巡り合えたことがうれしいんです。だから、みなさん、ありがとうございます。これからも沙漓をよろしくお願いしますね」
「はい。といっても、私たちも沙漓ちゃんに助けられていますけどね」
「ええ、沙漓ちゃんは私たちの仲間です!」
これで沙漓の昔話は終わったようで、海未さんは最後にお礼を口にし、私たちもそれに返して締めた。まぁ、要するに沙漓は私たちにも気を許していることがわかった訳だった。
「沙漓戻ってこないわね。ちょっと見て来ます」
そうして、洗い物にしては沙漓が戻ってこないなと思い、私はそんなことを言って立ち上がる。
しかし、それより早く沙漓が戻って来た。
「ん?なんの話してるのぉ?」
後編は今日中か明日には投稿します。もうちょい書き足しておきたいので。
では、ノシ