天空の盾が伝えられているという情報を元に、リュカ一行は稀代の大商人ルドマンがその根拠地として築き上げたサラボナの街を目指して、ルラフェンの町から南へ向かって進んでいた。新たに旅に加わったヨシュアの槍捌きは以前神の塔やラインハット革命の時よりも一層洗練されており、他の面々の戦闘時の負担は大きく軽減された。
「あー、あれ絶対マリアさん取られて悔しくて槍ばっか振ってたんやで。」
「いや、マリアさんがいなくなって暇を持て余したんだろ。」
「聞こえてるぞ!」
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西の大陸は北半分と南半分に分割することができる。これまで旅をしてきたポートセルミ、カボチ、ルラフェンはいずれも北半分にある。そして、北半分と南半分を区別するのは、ルラフェンから南に伸びるサラボナに至るまでの街道、その中間地点に位置する砂漠地帯である。
ルラフェンを出発し、グレートフォール山を横目に見ながら南下すると、陸地がまるで漏斗のように収斂し、最終的にその幅は50キロほど、つまり一日かければ横断できるほどになる。そして、その幅の細い陸地が250キロほど続くのだが、その全てが砂漠地帯なのである。
バギ系の呪文を操る紫ローブを纏った怪人のグレゴール、白い毛むくじゃらの怪力の魔物のビッグスロースなど魔物も強力で、通り慣れた人間でも稀に砂漠特有の環境故に行方不明者を出すほどの、文字通りの難所なのである。リュカ一行も、ルラフェンを出発して6日目に、その砂漠地帯の入り口に到達した。
「さて、この砂漠越える前に一泊しとく?この先やばいらしいし。」
9月18日の昼下がり、カリンの提案によってこの地点で一泊することとなった。旅の途中とは思えないカリンの豪華なお手製の料理(とは言ってもただのカレーライス)に舌鼓を打つ。スラリンたち魔物にも好評で、一応15人前炊いたカレーの鍋も空っぽになってしまった。
「ふぅー、食った食った。」
ヘンリーが腹をさすりながら言う。
「移動してる時ならまだしも、今の瞬間だけを切り取ったら旅をしてるようには全く見えないよね。」
リュカが皿を洗いながら返す。
「まあでも砂漠通るからこの先はあんまり贅沢できひんで。あと残ってんの日持ちするもんだけやし、いかんせん水が無いからな。さっき行商人から買い上げたけど、元々の備蓄と合わせても飲み水だけで10日が限度やからな。ちびったらもうちょい持つけど、倒れられるのが一番困るから遠慮せんと飲めよ。」
そして、カリンのその言葉を皮切りに砂漠を渡る際の注意点などを確認し合う。その後、しばらく雑談タイムとなった。以前リュカ一行に同行した時は急ぎで余裕が無かったため、そのゆったりとした様子に慣れていないヨシュアが独り言のように言う。
「我々はピクニックをしに来たのか?」
独り言にしては少し声が大きく、結局全員の聴くところとなった。そして、それにカリンが絶妙に切り返した。
「いや、ちゃうな。ピクニックなんてもんはもっと真面目にやるもんや。」
一同は大爆笑に包まれた。
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夜が大分更けた。夜空に輝く星々の海が寝静まるリュカ一行を見下ろしている。リュカとヨシュアは寝袋にくるまり、魔物たちもそれぞれ自分の好きな場所で丸まって眠っている。しかし夜は最も魔物たちが活発になる時間帯であるため、警戒を怠るわけにはいかない。そのため、リュカ一行は2人ずつ三交代で夜の見張りを行なっている。一組目がモモと、カリン以外で唯一モモとコミュニケーションが取れるようになったリュカ、二組目がヨシュアとピエール、そして三組目が現在見張りを行なっているヘンリーとカリンの新婚夫婦である。
結婚したからといってこの2人が急にいちゃつき出すなんて事もなく、友達の延長線上という言葉がぴったりという関係であった。普段は馬鹿話か他人をイジることに精を出し、基本笑いが絶えない夫婦であったが、この時ばかりは幾分真剣な表情で話をしていた。
話を切り出したのはカリンである。
「なあ。」
「何だ?急に改まって。」
「今天空の防具集める旅してるやんか。」
「そうだけど。」
「なんか導かれし者たちみたいな伝説あるけど……。」
そこまで聞いてヘンリーは大方の事情を察する。
「カリン、まさか………。」
「そのまさかや。」
「知らねえんだ………。」
この世界で最もポピュラーな導かれし者たちの伝説をカリンは知らないのだ。本来なら幼い頃にこの伝説を子守唄にして育つのだが、その頃既に精神年齢20代後半である。カリンの母ユリーナもそれが分かっていたため、無理に聞かせようとはしなかった。
「全くもって興味が無くて………。」
「あー。精神年齢的に御伽噺に現実味感じないもんな。」
「専ら弓の練習と料理してたからなあ。」
「で、教えてくれと。」
「この世界においては伝説とか御伽噺って馬鹿にならんらしいからな。」
「カリンの世界には御伽噺とか無かったのか?」
「アホか。あったけどこの世界の御伽噺と一緒な訳ないやろ。ウチが言うてんのは歴史も御伽噺として伝えられるってとこや。ウチの世界では歴史は全員がハッキリと資料に残ってることだけを年代順に並べて詰め込んで学校で学ぶもんやったんや。裏を返せば学校に行かれへん子供は居らんかったって事やけどな。」
「なるほどな。さて、どっから話すかな。」
ヘンリーはこの世界ではかなりポピュラーな導かれし者たちの伝説を語り始めた。本来ならこの前に数回伝説の勇者云々の話があるのだが、それを語っていては日が昇ってしまう。
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昔、龍の神様が天空にいた。天空には天空城という空に浮かぶ城があって、そこに天空人がいて、地上を見守り、対抗勢力である魔界にいる魔族を牽制していた。但し、対抗勢力といっても、武装中立のような感じだったようだ。おかげで世界は概ね平和だった。
そんな時、ある男が魔族のトップに立った。彼は人間に虐められてるエルフと恋仲であり、そのエルフ虐めが原因で人間を憎んでいた。この頃から、魔族が人間のいる地上に攻撃を仕掛け始めた。そうやって天空界と魔族の仲に亀裂が入った頃、天空から誤って落っこちた天空人の女と名もなき人間の木こりの男が恋に落ち、1人の男の子を産んだ。この事が龍神の怒りに触れて木こりは死を賜り、女は天空界に連れ戻され、男児は名もなき村で拾われて養育されることとなる。
そして時が流れ、男児が立派な青年に育った頃、魔族の王が一連の出来事を知る。魔族の王は危機感を感じた。巨大な力を持つ天空人と、非常に思念の力の強い人間の血を併せ持つ者の存在。もしそんな輩が人間を贔屓する天空人の味方に付けば、その強大な力によって魔族が滅ぼされるやも知れぬ。
魔族の王は早速行動に出た。その青年に対抗するために様々な策を講じた。人間が生み出した進化の秘法と呼ばれる(詳細は伝わっていない)ものの完成を強奪し、予知夢を見る王族の城の人間を拐かし、青年を見つけるために各地に配下を派遣した。そして、遂に魔族は青年の居場所を突き止め、彼を匿っていた村を滅ぼした。
魔族は勝利の祝杯を挙げて凱旋したが、実は青年は生き延びており、彼と数奇な運命の元に彼の元に集った7人の導かれし者たちが、魔族の配下を続々と倒していく。青年の生存にショックを隠せない魔族の王にさらなる悲劇が襲った。彼と恋仲にあったエルフが人間の手に掛かって殺されたと言うのだ。
理性を失った魔族の王は進化の秘法を用いて異形の、そして最強の怪物と化し、魔界で青年の一行と対決した。対決は青年の勝利に終わり、世界には安寧が訪れたのである。そしてその時に青年が身につけていた武器防具はそれぞれ”天空の”の名が冠され、彼の仲間に預けられたという。その後青年は姿を消し、誰もその消息を知る者はいなかった。しかし、世界のどこかでその血脈は延々と続いているという。
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「なるほどな。それでその青年がいつしか伝説の勇者と呼ばれるようになったと。」
「まあ、ざっとそんなもんだ。色んな所に異説があるんだけどな。実は別の黒幕がいたとか、魔族の王はその後も生きていたとか、青年は魔族の王と相討ちになって死んだとか、天空の武器防具はそれより前の時代から存在したとか、導かれし者たちの数が違うとか、青年はその後魔族に身を堕としたとか、実は導かれし者の子孫はどこどこの誰々だとか、そもそもそんな龍神や天空界なんて存在しないとか。
ま、何れにせよ馬車に積んでるあの剣と俺らが今から取りに行こうとしてる盾は相当歴史と由緒ある剣と盾だって訳だ。」
「ふぅーん。なかなかおもろい話やな。ツッコミどころは山ほどあるけど、今はその伝承が正しいと信じて突き進むしかあれへんちゅう訳やな。
お、そんなこんなで見張りの交代の時間やな。さーて、リュカとモモ起こしてウチらも寝るか。」
「そうだな。」
少し恥ずかしげに手を繋いで2人はリュカとモモを起こしに向かう。その光景を、夜空に輝く星々は相変わらず微笑ましげに見下ろしていた。