翌9月19日、体調を万全に整えたリュカ一行は遂に砂漠越えに乗り出した。初めは意気揚々として出発したのだが、9月21日になると流石のヘンリーやリュカも音を上げ始めた。
「ひー、覚悟はしてたけどなかなかあちぃな。」
「そうだね。水を頭から被りたい気分だよ。」
「何弱音吐いとんねん。まだ半分行ってへんで。」
カリンが額の汗を1つ拭って突っ込む。暑い方が得意なカリンも長袖の旅装束を脱ぎ捨てて上半身はサラシ一枚である。健康的な肌に浮かぶ汗が烈しい陽光によってキラキラと輝き、その美貌とスタイルがより強調され、男性陣は目のやり場に困っていた。
「それにしてもカリンは平気そうだな。」
そんなカリンの男の欲望をくすぐる姿から目を逸らしつつヨシュアが感心したように言う。
「うーん、まあいくらウチが寒いのより暑い方がマシとは言うてもそろそろ勘弁して欲しい感じではあるんやけどな。モモなんかウチらと違って毛皮着てんねんで。それに汗かかへんからな。」
モモは激しくハアハアと舌を大きく出して口で息をしながらも文句1つ漏らさずについて来ている。
「それにピエールもあの鎧絶対暑いで。」
ピエールもその表情は兜で隠れて見えないが、しっかりとついて来ている。
「そうだね。僕たちも負けてられないね。」
「ああ。カリンのあの役得な姿を見られるなら頑張ろうって気にもなるもんだ。」
「お?そんなにこの格好エロい?」
「うん。正直。」
「そうだな。」
「夜だったら確実に襲ってる。」
その反応を見てカリンが少し茶目っ気を出す。
「じゃあ鑑賞料1000Gな。」
「うわあ、高い。」
「いやしかしそれに匹敵する値打ちは……」
リュカもヨシュアも馬車の中の金庫に向かおうとする。それを見てため息まじりにヘンリーが突っ込んだ。
「バーカ。その金俺たちの金だから意味ねーだろ。」
「今のツッコミは91点やな。」
「お、残り9点は?」
「顔。」
「それどうしようもねーじゃねーか!!」
ヨシュアもモモもその夫婦漫才に暑さを忘れてゲラゲラと腹を抱えて笑う。スラリン、ドラッチ、ブラウンも主人たちの楽しそうな様子を見れて嬉しいのか、全身で喜びを表現している。
「そうだね〜。それにカリン、ドヤ顔が鬱陶しいから8点マイナスしよ!」
「ムムッ!流石リュカ審査委員長、きびしいぃ〜〜〜」
「てめぇ!勝手に減点すんな!!」
この幼馴染のカリンーリュカのラインのボケもキレッキレである。そこでヨシュアがある事に気付いた。
「おや、それにしてもピエール殿はこんなに面白い漫才を見てもクスリとも笑わんのだな。」
「え?ピエールって割とゲラな方やろ?」
「うん。いつもは声は出さないけどクツクツ笑ってるよ。」
「おいおい、こいつまさか………」
モモがピエールの肩をつつく。するとピエールの体は物理法則に従って横に倒れた。
「あかん、こいつ熱中症なっとる!」
「と、とにかく幌の中だ!」
「ヨシュアさん!甲冑脱がすの手伝って!」
「てか何気にピエールが甲冑脱ぐん初めてちゃう?」
「そうだな。いつも鎧着っぱなしだし、水浴びの姿見せねーからな。」
「そもそもこの甲冑の中身が何なんだ?男か?それとも女か?」
「一応妖精の類いらしいんだけどね。」
「てかこの下のスライムは別もんなんや。」
「おいおい、こいつ謎な部分多すぎねーか?」
ベラベラと口を動かしながらも一行のピエールを処置する手は止まらない。カリンはヒャドで氷を作り出してそれを手早く布にくるんだものを幾つも作り、ヘンリーは熱を持った鎧を冷ますためにピエールに水をぶっかけ、リュカは主人が倒れて慌てふためくピエールが乗るスライム=スラッシュを宥めて落ち着かせ、ヨシュアは鎧の留め金を次々に外していく。ついにカリンによって兜が外された。
「女や………。」
「しかもめっちゃ美人じゃねーか。」
兜の下から現れたのは十分に美少女と称しうる少し大人びた少女の青ざめた顔であった。黒紫のストレートの直毛を後ろでポニーテールにしている。そして妖精であることを示すように、顔の横の耳は尖っていた。
リュカが顔に浮かぶ大粒の汗を拭き取り、カリンが先ほど作った氷枕を額と首筋、脇の下に挟んでやる。ヨシュアも鎧を脱がせ終わった。鎧の下にはごく普通に薄い旅人の服を着ていた。
「結構スレンダーやねんな。顔は大人びてんのに、勿体無いな〜〜。背もあんまりあらへんし。」
「論評してる場合か?」
すかさずヘンリーが突っ込む。
「………モモ、あんたは幌の中に入って看病したって。状況に応じて水とか飲ませたってな。」
「ふにゃあ。」
体の大きなモモが馬車の幌の中に入れるように先にカリン以下の人間が全員幌から出て再び歩みを進めた。
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砂漠という場所は常に灼熱地獄ではない。中学校の理科で学習する通り、陸地というのは非常に熱しやすく冷めやすい。つまり、一旦日が沈むと、湿気がない砂漠には涼しく過ごしやすい夜が訪れるのである。
ピエールはうっすらと目を開けた。どうやらピエールは横たわっているようで、満天の星空がピエールの視界に飛び込んでくる。ピエールは確か真昼の炎天下の砂漠を、体調の悪さと格闘しながら歩いており、リュカが頭から水を被りたいと言っていた記憶はあるが、その後の記憶が曖昧であった。
「あ、ピエールが目を覚ましたよ!」
リュカの能天気な声が聞こえる。それに反応しようと体を起こそうとする。しかし、いつもより体がなぜか軽かった。その違和感の正体を探るため、ピエールは視線を自分の体に移す。すると、いつも着ているはずの鎧を着ておらず、ほとんど水浴びの時にしか見ない旅人の服の姿であった。
「おいこら、無理に起きようとすんな。病人は大人しく寝てろ。」
起きようとする自分の肩を押しとどめて、ヘンリーが再びピエールを寝かせる。そこへヨシュアとスラッシュが駆け寄って来た。
「全く、無理をするでないぞ。心配するではないか。まあ、一番慌てていたのはスラッシュだったがな。」
「ぽよーん、ぽよーん!!」
しきりに"大丈夫だったか"と聞いてくるスラッシュの頭に手を置いてやる。
「お、起きた?飯食えるか?念のために消化のええお粥作ってきたけど。」
「………す、すまない。」
「わお、なかなかなハスキーボイスの持ち主で。いや〜、それにしてもあのピエールも仮面を外したらこんな美少女やとは思わんかったな〜〜。」
そう言われてピエールは赤面してしまう。そしてカリンの作ったお粥を食べ切り、器をカリンに返した。
「何から何まで本当に済まない。貴重な水も多く使っただろうし………。」
「構へん構へん。ウチらは仲間やねんから、逆にもっと頼って欲しいぐらいやで。」
「………ありがとう。」
「うわ、なんかピエールが感謝するとかちょっとレアな光景ちゃう!?………みたいなアホくさいボケはさておき、なんであんたってそんなに自分の姿見せへんの?」
「いや、これと言った大きな理由はない。放浪して暮らすことが長かったから、例え夜と雖も気を抜けない癖が抜けていないのだろう。」
「んじゃ、水浴びを1人でしたがる理由は?」
そこへヘンリーからの質問が飛んだ。
「それは………」
「なんや、貧乳見られんのが恥ずかしいんか?」
カリンが茶々を入れた。
「違う!断じて違う!!」
「じゃあ何なん?」
「単に私の一族のしきたりとして裸を見せるのは将来を誓い合った相手とだけというしきたりがあるだけだ。全く、すぐに人の話の腰を折って笑いに変えようとするな!」
「ちぇっ、つまんねー」
「つまらなくなどない!れっきとした事実だ!」
「まあ冗談はさておき、そういやウチらあんたのこと全然知らんねんな。ちょっと自分語りとかしてみる?」
「………そうだな。あまり私のことは話した事が無かったな。
………私は端的に言えば大地の精霊と言われる一族の出だが、その精霊の役目を果たせるのは長子だけでな。顔を普段から見せれるのも長子だけだ。私は三番目だったから、物心ついた時から友達だったスラッシュとともに流浪の剣士となった。長子は大地の力を糧として行きていけるが、私たちのような者はちゃんと飯を食って行きていかねばならない。それまではなんとか商隊の護衛などで生計を立てておったのだが、例のラインハットの政情で商隊どころでは無くなったから、お主らと出会った時は食いっぱぐれておってな、手当たり次第人を襲っていたのだ。」
「なるほどな。そういう経緯があったんや。とにかく、体調には気いつけや。あんたに倒れられたら困るから。」
カリンがそう締めると皆も寝所や見張り場所へ散って行った。ピエールは、自分を気遣い、そして信頼してくれる仲間とともに旅をする喜びと幸福を噛みしめるのであった。