「それにしても暑すぎん?」
洞窟に突入してから30分、上半身は胸に巻くサラシ1枚になっているにもかかわらず、既にカリンの額には大粒の汗が大量に浮かんでいた。その問いに、上半身素っ裸のヘンリーがため息混じりに答える。
「まあ死の火山って言われてるだけはあるな。いくら防御力が下がるとはいえ、鎧脱いで来て正解だぜ。」
「そういやヘンリーって、この大陸に初めて渡ってくる時の船でサラシ一枚になったカリンのこと見て興奮して鼻の下伸ばしてたよね。しかも他の船乗りたち追い返して一人でさ。」
「リュカ!何バラしてんだ!」
「おお、意外とヘンリー殿下は嫉妬深いのだな。」
「シスコンもおちょくってんじゃねーよ!」
「何に怒っているのだ?いいじゃないか、ラブラブで。それとそのシスコンネタはいつまで引っ張るつもりだ?」
「え?マジ?恥っず!」
「ていうかお前はそもそも無防備過ぎるんだよ!下手したら酒入ってる方がガード固いんじゃねえの?ってぐらいにな。今も後ろでJPが鼻の下伸ばしてんぞ。」
「いやあ、若いっていいもんだな。」
「お前は黙っとれ。お前だけそこの溶岩にぶち込むぞ。」
カリンを始め、他の3人も冷ややかな目線をJPに向ける。
「おっと、どうやら俺だけいつのまにか氷河の中にいるようだな。くわばらくわばら。」
「カリンはヘンリーの裸とか見て興奮しないの?」
「んー、今はせえへんな。ギャラリーが多すぎる。それにヘンリーはそっちのモードに入ったらチャラ男捨てて情熱的になるからなあ。そういう状況の方が興奮するわ。」
「バッ!余計なこと言うなよ!」
「恥ずかしがるヘンリーってやっぱ可愛くてオモロイわ〜。」
少し2人の世界に入り始めた2人を見て、リュカとヨシュアが少しウンザリした表情を浮かべる。
「あー、熱くて見てられないね。」
「全くだ。ただでさえクソ暑いのに。」
「やっぱ若いっていいよなぁ。」
カリンたちが歩いている、明らかに道と分かるように均された場所を除いては溶岩がグツグツと煮立っている箇所もあり、所々の壁からは高温の蒸気が噴き出していた。
「しゃあない。魔力ケチるために今までやってなかったけど、あれ使うか。」
「あれ?」
「トラマナ!」
カリンたちの周りに薄い光の結界が張られた。これで外の熱気や冷気、毒素、電磁波などを遮断できる。
「やっぱこれ使うだけでだいぶ違うな。それでもまあ暑いっちゃ暑いけど。」
「しかし油断は禁物だ。一度ここに潜ったことがあるが、魔物もかなり手強い。」
JPが注意を促す。JPの忠告通り、外にもいるメタルハンター、ばくだんいわ、魔物使い、キメラ、ランスアーミーの他に、メタルスライム、へびこうもり、灰色のドロヌーバ・マドルーパー、宝石を溜め込むわらいぶくろの亜種・踊る宝石、メラミをやたら連発してくる有翼の馬面悪魔・ホースデビル、頭頂部と両手に炎を纏った魔人・炎の戦士などの強力な魔物が続々と出現してくる。そんな中で主に戦力になったのはヒャド系の呪文を使えるJPと氷の息を吐くことのできるメッキーだった。
「やっぱりこういう場所に住んでるような魔物ってヒャドとかに弱いんだな。」
ヘンリーが散らばっているゴールドを回収しながら呟く。
「まあ当然ちゃ当然やけどな。」
「やっぱり奥に来るにつれて人も少なくなってきたね。」
洞窟に潜ってからすでに2時間近くが経過している。入り口近くではあっちでもないこっちでもないと右往左往して魔物と渡り合う冒険者や、彼らに薬草や武器防具を売り捌く行商人たちで賑わっていたが、ここまで来ると人っ子ひとりいなくなっていた。
「まあな。ウチでも好奇心だけで潜るには環境が過酷すぎるわ。ましてや財産目当ての貴族のボンボンか、そいつらに雇われた金目当ての傭兵が気安く来れるとこちゃうわ。」
「しかしまだアンディを見てないとなると……」
「よっぽどの実力者か、根性だけで乗り切ってるか、って感じか。」
「ウチらとしてはできれば前者であって欲しいな。」
「かなり話を変えるが、リュカとカリンよ、10年前には金髪のおさげの女の子を連れていただろう。あの娘はどうしてるのだ?」
JPが古い話を持ち出してきた。
「ああ、ビアンカなあ。あんた、あの後ラインハットでゴタゴタがあったんは知ってる?」
「確か王の長男が行方不明になって、そのショックで国王が死んで、長男誘拐の容疑をかけられた村が滅ぼされたというやつか?」
「よう知ってんな。まあ、ウチはその滅ぼされた村におって、旦那のヘンリーがその行方不明になってた皇太子やねんけどな。」
「ほう。そうか、皇太子と一緒にラインハットを救った流浪の旅人ってのはお前たちのことか。」
「まあそういうことや。んでビアンカは戦乱からの避難と病弱やったお父ちゃんの療養を兼ねてこの大陸に引っ越したってとこまではわかってんねんけど、その後がさっぱりわからんって感じやな。」
「なるほどな。そう言えば、サラボナの北にデカい川があっただろう。あそこを北上すれば名も無き秘湯があるっていう村があったはずだ。そこで湯治すればどんな病気もたちまち良くなるという噂を聞いたことがある。どうせ行ったことは無いんだろう?この件がひと段落したら訪ねてみたらどうだ?」
「なんやJP、お前めちゃめちゃ役に立つやん。」
「この大陸も長いからな。」
「なんか癪やわ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フローラが好きだ。
その想いだけは誰にも負けないと自負している。
誰よりも長くフローラと接した。フローラと同い年の17歳。彼女が子供の頃からずっと一緒に遊んでいた。いわゆる幼馴染というやつだ。その頃からフローラに対して淡い恋心を抱いていた。それをよくフローラの3歳上の姉のデボラにからかわれたものだ。もちろんその想いは今も一ミリも変わっていない。
だから今回のフローラの結婚相手募集に真っ先に飛びついた。フローラやデボラにバレるのが恥ずかしくて変装し説明会に潜り込んだ。その試練の内容は炎のリングと水のリングをそれぞれ死の火山とグレートフォール山麓の洞窟から取って来ること。この試練は予想通りだ。あまりにもフローラへの求婚相手が多いから、篩にかけるために何らかの試練を設けるという情報を得てからこのための準備を進めてきた。街の周辺の魔物たちと戦って経験を積み、彼らが落とすゴールドで、サラボナで買える1番良い装備を揃えた。この修行にはよくデボラも付き合ってくれた。
"弱いあんたじゃ、いつ死ぬかわかったもんじゃ無いわ。私の暇つぶしのついでにぶっ倒れたあんたをおじさまのところへ運んであげるわよ。"
全くデボラも素直じゃない。本当は僕とフローラの結婚を応援してくれているのだ。……というのはフローラとデボラのお母様に聞いた話だ。
その修行の甲斐もあってか、死の火山に至るまでに現れる魔物には全く苦戦しなかったし、死の火山の中の魔物も、最初は強くて面食らったがやり過ごしたりうまくおびき寄せて他の魔物と戦わせたりして、ついに丸一日かけて最深部までやって来た。デボラに教えてもらったトラマナをずっと掛けていたせいで魔力は限界に近い。だが手探りで進んで来た行き道より、帰り道の方が遥かに早いはずだ。それくらいの魔力なら残っている。あとは目の前に鎮座している炎のリングを取って来た道を戻ればいい。
と思っていた。
僕がリングに手をかけようとすると、周りの溶岩流の中からマドルーパーに似た、しかし体表がマグマで覆われていて、しかも強烈な殺気と魔力を溢れさせている魔物が三体現れた。しかし、交戦している余裕はない。僕はリングをバッと掴むとそのまま真後ろに向いて駆け出した。しかし、背後から猛烈な熱気と炎が僕を襲った。熱さで悶え死にそうになる。
薄れゆく意識の中、誰よりも想い続けた、蒼髪の女性の顔が脳裏に浮かぶ。
「ごめん、フローラ。愛してるよ…………。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
死の火山に入って4時間、カリンたちも遂に最下層に到達した。
しかし、そこには予想外の光景が広がっていた。
1人の男が全身火だるまになって横たわっており、その周囲を朱色のマドルーパーに似た魔物が三体で取り囲んでいた。彼らの目線の先には、男が握るリングがあった。
それを見たカリンが矢を放って魔物たちの気を反らす。それと同時にリュカとヘンリーが男を引っ張りこみ、JPがヒャドで作った氷を溶かした水をぶっかける。
「大丈夫!息はあるよ!」
「ドラッチ!そいつの面倒みといてくれ!」
「キキー!!」
「さーて、たっぷりお相手しましょうかね。」
死の火山での決戦の火蓋が切って落とされた。