滝の洞窟を後にしたリュカたちは、途中にビアンカがいた温泉のある山奥の村で休息をとってからサラボナに向かった。グレートフォール山に向かう際は川を逆流して進んだが、今回は川を下って行くためスムーズに船は進み、10月31日に出発した一行は11月9日にサラボナに到着した。
「あら、あんた達じゃない?まさか水のリングもう持って帰って来たの?」
魔物たちをいつものように馬車に残してサラボナに入ってから早々声を掛けて来たのは宿屋の周りをうろついていたデボラだった。
「まあそういうことになるね。ルドマンさんはいるかな?」
「いるはずよ。そういえばそこの金髪の女は誰?」
「ビアンカ。僕の幼馴染なんだ。山奥の村に居たんだけど、お婿さん探しも兼ねてついて来てるんだよ。」
「ふーん。」
そう言うとデボラは少し不快そうな顔をした。それを見てヘンリーとカリンとモモがあることに気づく。そして、ヘンリーがカリンに耳打ちした。
「あれってあれだよな。デボラってリュカのこと……」
「間違いないな。これはおもろなってきたな。」
「でもデボラはいつからリュカのこと気になりだしたんだ?接した機会って2回か3回くらいだろ?」
「お前、考えてみーや。そこそこ結構なイケメンで腕っ節強くて情に篤いヤツやで。口の悪さはマイナスやけど、それ入れても十分な優良物件や。ウチもあんたおらんかったら分からんかったで。」
「さて、リュカはどっち選ぶと思う?」
「分からん。やけどそれが分かったら分かったでおもんないやろ。」
「それもそうだ。」
一行はデボラに連れられてルドマン邸に向かった。
「おー君たち!やはりワシが見込んだだけはあるな。よし、これで指輪は揃った。フローラとアンディのための式の準備をするとしよう。もちろんブーケも持ってきておるな?」
「はい。こちらに。」
最初に山奥の村に立ち寄った際に注文し、帰り際に受け取ったブーケをルドマンに手渡す。
「うむ。確かに受け取った。ん?その後ろの女性はどなたかな?ここを発つ時には居なかったと記憶しているのだが?」
リュカがビアンカをルドマンに紹介する。
「そうか。よくぞリュカたちに協力してくれた。私からも礼を言おう。それはそうと、とにかく疲れただろう。たっぷり最高級の食事を用意させるから、存分に味わって行きなさい。」
「はい。お言葉に甘えてそうさせていただきます。」
「そういえばリュカ、お前には好きな女性はいるのか?」
「へっ?」
「結婚は早い方がええぞ。しかもお前はワシとは違ってなかなかに顔が整っておる。お前が口説けば落ちない女など1人もおらんだろう。」
「は、はあ。」
「まああれだ。とにかく式の準備にはしばらくかかる。そうだな。式は11月15日といったところかな。その間に少し考えておくがいい。」
そう言うとルドマンは豪快に笑った。その一方でデボラとビアンカは不安そうな表情を浮かべ、リュカは困惑した表情を浮かべる。それを周りのギャラリーたちは"面白いことになってきたぞ"と思いながら見つめていた。
その日の夜、ルドマンは約束通り最高級の料理でリュカ一行をもてなした。その席上にはまだ包帯を巻いているがかなり体力が回復してきているという新郎のアンディと新婦のフローラ、そしてデボラも招かれていた。旅の際の苦労話などをしながら楽しい時間が過ぎていく。しかし、その途中でヘンリーは愛する妻、カリンの異変に気付いた。
「おいカリン、どうしたんだ?こんなに豪勢な食事なのに、随分と進みが悪いじゃねーか。それに顔色も悪ぃーぞ。」
「ごめん、ちょっと気分が……。」
「ルドマンさん、お手洗いってどこですか?」
「案内させよう。」
カリンはルドマン邸の使用人とヘンリーに連れられてお手洗いに向かう。そこでカリンは戻してしまった。そのままカリンはソファーに寝かされた。
「ごめんな…………迷惑かけて…………」
「何言ってんだよ。お互い様だって。とにかくお前は休んでろ。」
そう言い残してヘンリーは席に戻る。カリンを心配したリュカとビアンカがカリンの様子をヘンリーから聞く。ビアンカはあることに思い当たってヘンリーを引き連れてカリンの元へ向かった。
「ねえ、カリン。最近女の子の日来てる?」
「え?生理?」
「おいおい、唐突に何を聞いてるんだ?」
「ちょっとヘンリーは黙ってて。うん、そうよ。生理のことよ。」
「…………そういや来てへんなあ。ここ2ヶ月くらいご無沙汰してるわ。」
「それは良かった。」
それを聞いてカリンは嬉しさ半分、困惑半分といった複雑な表情を浮かべた。
「……………あれか。おめでたとか出来ちゃったとか言うやつか。」
「そういうこと!」
「マジか!」
ヘンリーが非常に驚いた表情を見せる。
「やけど、ウチが子供産んで育ててるビジョンが全く見えへんねんけど。」
「た、確かに………。俺も父親って感じはしねーな。」
「まあ、実感なんて後から追いついてくるものよ。私、山奥の村で何回か妊婦さんのお世話したことあるけど、みんな最初は実感は無かったって言ってたし。とにかく、他の人たちに報告してくるね。」
ビアンカは皆が集まっているダイニングにパタパタと走っていった。数瞬してダイニングからは歓声と拍手が響き渡ってきた。その様子を聞いて、2人は顔を見合わせて微笑み、いつのまにか重ねていたお互いの手を握り合った。
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その後、カリンはルドマン邸の南にある、結婚後はフローラとアンディの新居になる予定の別荘に移されて安静にしていた。別荘には着々とフローラとアンディの荷物が運び込まれており、すでに荷ほどきが終わっている2人の寝室になる予定の部屋のベッドでカリンは横たわっていた。妊娠発表から一夜明けた11月10日の昼下がり、フローラがカリンの元を訪ねて来た。
「カリンさん、ちょっといいですか?」
「ええよ〜。そもそもこっちが場所借りてる身やし、何も遠慮することないで。」
部屋に入ってきたフローラはベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。
「何や?マリッジブルーの相談か?」
「いえ、まあアンディも今眠ってしまって少し暇が出来たので世間話でもと思いまして。」
「ええよ。」
「それでですね、デボラお姉さまのことなんですが……」
「ああ、あれ絶対リュカに惚れてるよな。」
「そうなんです。でもビアンカさんもリュカさんのことが好きなんですよね。」
「そうやねんな〜。見てる方はおもろいねんけどなあ。」
「私としてはお姉さまには是非とも幸せになってもらいたくて、早く結婚してほしいと思うんですけど……」
「まあこればっかりはウチらがこうなって欲しいとか思うのは勝手やけど、リュカの意思を尊重せんことにはな。」
「そうですよね。」
「ま、デボラとしては結婚式までが勝負やろな。結婚式終わったらウチらここ出るし。」
「あら、そうなんですか?」
「出産はうちの地元ですることに決めてるから。ルーラは妊婦にはあんまりええことないってベネット爺さんが言うてたって今日ルラフェンに聞きに行ったリュカが言うてたから、まあえっちらおっちら帰らなあかんからな。」
「そうなんですか。ではお姉さまにもお伝えしなくては。」
「そうやな。」
フローラは少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、カリンの元を辞した。それと入れ違いに入ってきたのは、意外なことにヨシュアだった。
「あら、ヨシュアさん。どうしたん?」
「いや、実はカリンに折り入って相談したいことがあってだな。」
「何?ついにシスコン脱却すんの?」
「だから私はシスコンではないと何度言ったらわかるんだ!?」
「ジョークやん。マジギレすんなって。で、相談って?」
「その、実は、その、どうやら私は、その、ビアンカ殿に恋をしてしまったようなのだ。」
「あー、やっぱりそうやったんや。」
「驚かないのか?」
「何か薄々そんなオーラは出てた。でも大丈夫か?ビアンカが惚れてる相手はあのリュカやで。」
「……………。」
「まあ、好きになるのは個人の自由やからな。」
「そうか。済まないな。身重のカリンにこんな相談を持ちかけて。」
いや、相談って言われるほどの話してへんやん、とは思いつつもカリンは笑顔で送り出した。
「それにしてもこれまたオモロなってきたな。」
カリンはいつものゲス顔でほくそ笑む。アンディとフローラの結婚式までの5日間は、すでに嵐の前兆を示していた。