11月10日夜、リュカは1人で酒場のカウンターで飲んでいた。薄く淹れたブランデーを飲みながらリュカはこれからの自分について考えた。つまり結婚相手のことである。
(僕が結婚か…………。想像がつかないな。)
「あら、小魚じゃない。」
リュカが声のする方に振り返ると、デボラが来ていた。
「隣いいかしら?」
「どうぞ」
リュカは自分の隣の椅子を引いてやり、そこにデボラが座った。デボラは赤ワインを注文する。
「あんた、随分辛気臭い顔してるじゃない。どうやらこの私の美貌の虜になったってわけでもないようね。」
「随分自信家なんですね。まあ僕はこれからの人生に思いを馳せてたってところです。」
「それってパパが言ってた結婚相手のこと?」
「まあ、そういうことです。」
「そうよね。あんたは流浪の身だし、相手を幸せにできる自信がない、か。まったく、小魚のくせにちゃんと考えてるのね。」
「そういうデボラさんだってアンディのこと好きだったんでしょう?」
「あら、小魚のくせに察しも良いのね。そりゃあいつだってなかなか良い男じゃない?しかもフローラは長いこと修道院にいたから私の方が接する時間が長かったし、それなりにアプローチもかけたのに、あいつは初恋の相手を最後まで想い続けてたわ。もうあそこまでいったら諦めざるを得なかったわね。」
「つまり、未練はないと。」
「そうね。逆にあそこまで相思相愛だったら応援したくなるわよ。ていうか、何で気づいたの?」
「実は、僕もカリンのことが好きだったんですよ。」
「あら、あの妊婦?」
「ええ。でも、ヘンリーとカリンが相思相愛なのが痛いほどわかって、結局は手を引いたんです。それで、デボラさんがフローラとアンディに向けていた暖かい、けどどこか寂しげな視線が僕のカリンとヘンリーを祝福するときの心情を表したような視線だったので、ひょっとしたら同じ気持ちだったんじゃないかなって思った感じです。」
「ほんと、小魚のくせに生意気ね。」
「お褒めに預かり光栄です。」
2人は肩を竦めて笑い合い、お互いのグラスをカランとぶつけた。
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11月11日、カリンの病室代わりとなっている、ルドマンの別荘の寝室にはヘンリーが来ていた。
「へ〜。早速デボラがアタックしたんか〜。」
「戦果は上々だったみてーだぞ。」
ヘンリーはデボラが入店した後にたまたまバーで2人が談笑する姿を肴に飲んだようだ。
「いやー、これでビアンカも負けられへんくなったな〜。なんせヘンリーの酒代が懸かってるもんな〜。」
実はこの2人、リュカがどちらを結婚相手として選ぶかでしょーもない賭けをしていた。負けた方が勝った方に一杯奢りで、カリンがデボラに、ヘンリーがビアンカに賭けていた。
「そういえばあんた、誕生日いつなん?11月って前に言うてた気がすんねんけど。」
「あ!え?11日だから………今日だな。って今日!?」
「自分で忘れるとか、ほんまに世話ないやっちゃな〜。ほれ、プレゼント。」
カリンが小包を渡した。
「なんだ、知ってたのか。」
「この前の結婚式の時に堂々と読み上げられてたやん。それ覚えてただけや。まあ18歳おめでとう。」
「ちなみにリュカとカリンはいつなんだ?」
「リュカが確か2月かな。ウチは3月14日。ビアンカは10月やからもう過ぎてるわ。19歳のはず。」
「そうなのか。ところで、この小包の中は?」
「開けてみ。」
ヘンリーは促されて縦長の小包を開けた。すると、中には縦20センチ、幅は5センチに満たない竹でできたものが入っていた。
「何だこれ?」
「まあウチの前世であったやつを見よう見まねで作ってみたんやけどな。扇子っていうもんで、端っこ以外は真ん中で上側は紙、下側は竹の骨組みでできててな、こうやって開いて扇いで風立てる道具。まあ季節外れっちゃそうやねんけど、思いついたんがいかんせん夏やったから。」
「いや、普通に嬉しい。ありがとう。」
「んで、みんなからのプレゼントは無いけど、手紙預かってるから渡しとくわ。」
「…………泣いていいか?」
「え、いや。」
「何でだよ!感動の涙だぜ!?」
「ま、そんなことより、次のウチの誕生日、期待してるからな。」
「お、おう…………」
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その日の夜、リュカの寝室を訪ねたのはビアンカである。
「どうしたんだい?ビアンカ。こんな夜更けに。」
「その………一昨日のルドマンさんの話についてはリュカはどう思ってるの?」
「ああ、結婚相手ね。」
「その、デボラさんなんかお似合いなんじゃない?」
「デボラさんね。仮にそうだとして、僕は世界を飛び回って伝説の勇者を探す身だからね。相手を幸せにできるかどうかわからない、いやそれ以上に不幸にすることの方が多いんじゃないかな?だから、全てが終わってからの方が良いと僕は思うな。」
「なら、奥さんが一緒に旅について行ってくれるって言ってくれたら?」
「それならありかな?とは思ってるんだけどね。そんな都合の良い人いるかな?」
「じゃあその………私なんかは?」
ビアンカは核心に触れた。
「ビアンカが…………?」
リュカは固まった。しかし、1つ頭を振ると、ビアンカの肩に手を乗せた。
「ビアンカに僕なんかは勿体ないよ。僕よりもビアンカを大事に思ってる人は、意外と近くにいると思うよ。」
どうやらリュカは、ヨシュアがビアンカに好意を寄せていることに勘付いていたようだ。そしてそれと同時にビアンカも、リュカが好意を寄せる相手に心当たりがあった。
「やっぱりリュカはデボラさんがのことが好きなのね。」
「うん。まあ。」
リュカはここで初めて本心を暴露した。
「私は恋愛対象じゃなかったの?」
「うーん、これでも結構迷ったんだよ。久しぶりに会ったらびっくりするくらい綺麗になっててさ。昔のまんまで明るくて元気になれたし。でも、ここで僕とビアンカがくっついちゃうと………」
「そうね。カリンがレヌール城メンバーの中で1人、蚊帳の外に置かれちゃうわね。本当にリュカは優しいのね。そういうところに惚れちゃうわ。」
「ごめんね。ビアンカの気持ちに応えられなくて。」
「良いのよ。リュカがしたいようにすれば。でも歳上のお姉さんとして1つだけ言わせて。」
「なに?」
「デボラさんに想いを伝えるなら"全てが終わってから……"なんて悠長なこと言ってないでさっさと告げちゃいなさい。」
「でも………。」
「もし誰かに先越されたらどうすんのよ。それこそ後悔するわ。もしリュカがデボラさんを幸せにできなかったとしても、それはリュカを選んだデボラさんの責任よ。よくカリンが言ってるじゃない。"決めるのは個人の自由。だけど、一旦決めた以上はその選択に対して最後まで自分が責任を取らなきゃいけない。"って。」
「………わかった。フローラさんとアンディの結婚式までにはなんとかするよ。ありがとう。」
「困ったらいつでも私を頼りなさい。」
「そうするよ。」
ビアンカは笑ってリュカの部屋を辞した。そして、その足でバーに向かう。そして、カウンターに座り、この店で1番度数の高い酒を注文した。そのあまりに高い度数でビアンカは少し噎せてしまう。そのビアンカの目の前にグラスに入った水が差し出された。ビアンカはとりあえずその水を飲み干して呼吸を整えた。
「ビアンカ殿、そんな飲み方をしては体に毒ですぞ。」
「あなたの方が歳上なんですからそんな他人行儀な呼び方じゃなくて良いですよ、ヨシュアさん。」
ビアンカに水を差し出したのはたまたまバーで飲んでいたヨシュアであった。ヨシュアはそのまま自分の酒を黙って飲み進める。
「なにがあったかとかは聞かないんですか?」
「私はそんな野暮な人間ではないと自覚している。だから………別に泣いてもいいのだぞ。」
ビアンカはヨシュアの見た目に反する(と言うのは失礼だとビアンカも自覚しているが)優しさに少し驚いた。しかし、泣きたい気分だったビアンカはヨシュアのその優しさに甘えることにする。リュカと話している間もずっと堪えていた涙を解放してあげる。涙は止めどなくはらはらと流れ落ちた。
ビアンカの初恋は、ほろ苦い形で幕を下ろした。しかし、そこに後悔はなかった。ただ、完全に吹っ切れるまでの少しの間だけ、ビアンカはヨシュアの優しさに甘えて涙を流し続けた。