そして11月17日早朝、デボラを新たに仲間に加えたリュカ一行はサラボナを出発しようとしていた。旅支度を整えたリュカとデボラは、ルドマン邸の前で家族に別れの挨拶をしていた。悪阻の件で世話になったヘンリーとカリンも同行しているが、残りのメンバーはすでに街の入り口で待機している。
「じゃあね、パパ、ママ、フローラ。」
「ルドマンさん、何かとありがとうございました。娘さんは責任を持って幸せにします。」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。君のような懐の深く邪心のない人間だからこそデボラを安心して預けられるというものだ。それに、復活が噂されている魔王を止めるのだろう?しっかり励んでくれたまえ。デボラ、達者でな。しっかりリュカを支えてやってくれ。」
「お姉様、お会いできなくなるのは残念ですけど、どうかお幸せに。」
「言われるまでもないわ。あんたたちも幸せにやるのよ。アンディ、もしフローラを泣かせたらすぐリュカのルーラで飛んできてぶっ飛ばすからね。」
そしてデボラはサラボナに残る家族それぞれと抱擁を交わす。それを見届けると、カリンが一歩前に進み出た。
「ルドマンさん、それに奥様や使用人の皆さんにはお世話になりました。ほんまに助かりました。」
「いやいや、良いのだ。困っとる人間が目の前におるのに、助けんわけにはいかんからな。それとリュカ、デボラはあまりサラボナから出ておらんし、甘やかして育ててしまったこともあって少し世間知らずなところがあるかも知れん。そんな時はしっかり手綱を引いてやってくれ。」
「わかりました。」
「それにカリンとヘンリーも先達として面倒を見てやってくれたまえ。」
「「はい。」」
「それと、この書状をやろう。」
するとルドマンは懐から細い筒に入った一枚の書状を取り出した。受け取ったリュカが中身を確認する。………そしてそのままフリーズした。
「おーい、リュカ?どしたん?」
カリンがリュカの顔の前で手を振ってみるが、全く反応がない。仕方がないのでリュカの手の中の書状を引ったくって目を走らせ………フリーズした。
「何だ?何が書いてるんだ?」
ヘンリーはカリンの肩越しに書状を覗き込んで………フリーズした。
「その書状の通り、君たちにポートセルミにある船を1隻譲渡する。」
いち早くフリーズから復活したカリンがルドマンの肩を揺さぶりながら詰問する。
「おい、冗談か?冗談やんな!?船1隻って!船1隻て!!太っ腹にも程があるやろ!?トチ狂ったんか?娘2人同時に嫁入りして娘可愛さ余って頭がお花畑になったんやろ!!?思いとどまるんや!!絶対壊して帰ってくるからな!?無事に船返せる保証なんてどこにもないからな!!とにかく落ち着いて考え直せ!!」
「別に返してくれなくても良いのだぞ。壊したら新しいのまたあげるから。」
「っておい!何子供のおもちゃ感覚で船の話しとんねん!!」
「まあまあ落ち着かないか。」
「デボラさんも何とか言ってやってくださいよ!」
「あら、船1隻くらい安いもんじゃない。世界を滅ぼす大魔王ぶっ倒す先行投資なんでしょ?」
「お、おう………。」
ようやく正気を取り戻したヘンリーが震える手をカリンの肩に乗せて宥める。
「ま、まあな。ひ、人の好意を無下にするのもアレだし?素直に貰っとこうぜ?」
「せ、せやな………。ま、まあルドマンさん、ありがとうございました。この恩はあんたの娘婿がキッチリ利子まで付けて返すんで。」
「そうだな、リュカ。期待しておるぞ!わははははは!」
ルドマンは豪快に笑った。カリンはしてやったり顔でリュカを見、デボラとヘンリーは肩を竦めて笑いあう。それをアンディとフローラが楽しそうに見つめる。当のリュカはフリーズが解除された瞬間にとんでもない約束を取り付けられ、顔を引きつらせていた。
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そしてリュカ一行は船のあるポートセルミに向かうべく、旅を再開した。一度通った道でもあるし、そこまで苦労することもない。死の火山や水の洞窟で鍛えられたリュカ一行にとって、道中の魔物は大した脅威にはなり得なかった。
基本的には馭者台でパラソルをさしているデボラであったが、戦闘になると好んで前線に出てくる。しかしただ無鉄砲というわけでもなく、サラボナを出た当初は少し後ろから連携等を確認し、慣れてからは連携を崩さないように補助呪文や攻撃呪文を叩き込む。さらになかなか腕っぷしも強く、襲いかかって来たパペットマンを回し蹴り一発でバラバラにした時には、素直に仲間から拍手が起きた。
「ま、これくらい当然よ。」
そう言いながら顔は真っ赤であった。カリンがそれを見逃すはずもなく、弄りの格好の標的になったことは言うまでもない。
パーティーも何だかんだで人間がリュカ・デボラ・ヘンリー・カリン・ヨシュア・ビアンカの6人、魔物がモモ・スラリン・ブラウン・ドラッチ・ピエール・JP・メッキーの7体にまで膨れ上がっている。それでも彼らはあまりそれまでと変わることなく、ピクニックより不真面目に旅を続けていた。
そしてサラボナを発って31日、12月18日にリュカ一行はポートセルミに到達した。
「わしがこの船、スフィーダ号の艦長のケビンだ。よろしく頼む。」
「これから長い付き合いになるでしょうけど、何卒よろしくお願いします。」
ポートセルミに着いてすぐリュカ一行はルドマンに譲渡された船のあるドックに向かった。そして船の前で腕組みをしてリュカは一行の到着を待っていた筋骨たくましい初老の男と握手を交わす。
「さて、こいつの説明っつーか、自慢をしておこうか。」
「自慢?」
「いいか、このスフィーダ号はな、ルドマンの親父がプライベート用に特別に拵えた船だ。最新の技術を至る所に使い倒している。何よりもこの船はちょっと小ぶりだが頑丈で速い。ちょっとやそっとの嵐じゃあビクともしねー。速さも従来の船の1.5倍は出るな。まあ高性能にこだわった分船室がちょいと地味なのが玉に瑕だって親父は言ってたが、旅するだけなら十分だろう。」
「ますますこんなええ船何でくれたんかわからへん……。」
「まあ貨物室が狭いってのが1番じゃねーかな。通常の貨物船の半分くらいしか積めねー。親父のプライベート旅行なんて商談のついでみたいなもんだからな。そうなると使う機会が結構限られちまう。」
「なるほどな〜。」
「さあて、もう出航するぞ!乗った乗った!どうせなら新年は故郷で迎えたいだろう?この船なら天気が良ければ間に合うぜ?」
「マジか!?」
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そして一行を乗せたスフィーダ号は12月30日早朝にビスタの港に到着した。荷物の積み下ろしを待っている間に船を降りたヘンリーとカリンがスフィーダ号を見上げながら肩を寄せ合って言葉を交わしている。
「聞きしに勝る快足やったな。」
「ああ。前は15日かかったのにな。」
「それにしてもいつのまにか冬やなあ。寒いのは苦手や。」
「本当にあっという間の一年だった。去年の俺に脱走に成功して色んなとこで人助けして、あまつさえこんな良い嫁を迎えてるなんて教えたらどんな顔することやら。」
「ウチもこんな幸せな思いしてるなんて想像すらしてへんかったな。」
2人は顔を見合わせて笑い合うと、腕を絡めてしばし荷物の積み下ろしをぼんやりと眺めていた。
一方のリュカとデボラのカップルはビスタの港の復興時に新設された待合所でコーヒーを啜っていた。
「どうだい、デボラ?僕たちと1ヶ月半旅してみてさ。」
「悪くないわね。誰からもお嬢様扱いされないって結構新鮮で楽しいわ。」
「考えてみたらヘンリーとカリンなんてあれで王族なんだからね。礼儀も品格もあったもんじゃない。」
「………あんたってサラッとものすごい毒吐くわよね。」
「あれ、知らなかった?僕あんまり性格良くないよ。」
「あんま………り…………?」
「そういうデボラは本当に優しいよね。高飛車なようで意外と気が効くし、カリンの悪阻ちょいちょい気にするし、魔物達とも結構積極的に触れ合ってるしね。」
「…………。」
デボラは顔を真っ赤にして俯いてしまう。それを見て幸せそうにリュカは微笑んだ。
荷物を積み下ろした一行はビスタの港を出て北に進み、昼下がりにサンタローズの村に到着した。カリンの結婚式以来、3ヶ月半ぶりの凱旋である。