飯の材料を調達して帰ると、家がわりの水車小屋が燃え上がっていた。
夕暮れに映える黒煙がもうもうと空に昇っている。水車はきいきいと悲鳴に似た甲高い音を立て、既に動きを止めている。これでは倒壊までもう間もないだろう。
悪食の限りを尽くし止める術もないほどに膨れ上がった炎は、意志を持って襲いかかる魔物のようにすら見えた。
村のやつらの仕業か。それとも領主の差し金だろうか。あるいは、澄ました都市民どもか。ぼんやりと下手人に思いを馳せるが、すぐに打ち切る。恨まれている相手が多すぎたし、そもそも詮無いことだった。
誰に訴えたとて、再建は叶わないだろう。恨むなら、そう、祖先を措いてほかにはない。
ああ、煉瓦造りにさえしてくれていれば!
不意にこみあげる涙をあわてて拭う。煙が沁みたのだと自分に言い聞かせた。間違っても、あいつらに泣かされたりなどするものか。そんなことは絶対にあってはならない。
十六年の生涯を過ごした世界が終っていくことに、感慨はなかった。どうせたいした思い出があるわけでもない。
「強がってなんか、いない」
しばらく喋っていなかったせいだろう、声は掠れていた。
踵を返す。
背の低い雑草で覆われた道に、間延びした影が揺れていた。
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かくして財産のほとんどは灰燼と化し、辛うじて手元にあるのは一万ゲインの入った財布、それに夕飯の宛ての鶏肉のみ。とてもじゃないがこれで生活していくことは出来ない。なんらかの食い扶持を確保するのは急務となった。
案は複数あったが、実際には限られている。
祖先の暮らしていた村に行ってみたところで結果は知れている。追い出されれば運のいいほう、私刑に遭って命を落とすのが関の山だ。かたや街路を辿って新天地を目指すにしても、余所者の定住を認めるところなど多くはない。追剥ぎも出る。
だからこうして、俺は燃えた水車小屋からほど近い都市をほっつき歩いている。
迷宮都市オーデル。延々と連なる山脈のふもとに位置する川沿いの都市だ。規模は中ぐらい、周囲に目ぼしい都市が隣接しているというわけでもないが、ダンジョンから産出される豊富な資源によってそれなりの賑わいを見せていた。
肉やパンのような食料品から薬草や軟膏などの消耗品、それから武器防具に至るまで、およそ無いものは無いと言って大げさにならないくらいの店が道の両脇に居を構えている。日没の近いこの時刻になっても、まだ店じまいの気配はない。
「つっても、なあ……」
ため息は行き交う人々のざわめきに打ち消された。
これらの店の全てが職業ギルドに所属して、同業者との厳密な約定を守っている。その輪にいまさら加わることは極めて難しい。
都市の空気は自由にする――そんな言葉があるらしいが、実際に此処で食っていくのはなかなかに難しいのだ。
やはり、ダンジョンに潜るしかないのだろう。
燃え上がる生家を目撃したときから漠然とそんな気はしていた。その予感は小一時間の彷徨の末、より強固なものとなっている。楽な道ではないが、仕方がない。生きていくためにはいばらの道を敢えて進まねばならない場合もあるのだ。今日がそのとき、とは、未だに実感が湧かないけれど。
「――ッ」
あれこれ考えながら歩いていたら、不意に後頭部を衝撃が襲った。
よう、と陽気な声が続いて、どうやら誰かに絡まれたらしいと察しがつく。
地味に痛むそこに手をやりながら向き直ると、ひとりの青年が立っている。
「だいたい見てりゃあ分かるんだ。あんた、この街は初めてだろ。――オレが案内してやるよ」
自分より背が高い。くせの強い茶髪に少し垂れた眼、主張の控えめな鼻梁、薄い唇。軽薄な印象は首元から垂れる深紅のスカーフによってさらに強化されている。歳は二十前半ぐらいだろうか。
「んなことないよ、何度も来てる。残念だったな」
「ありゃ、そうなのか? おっかしいなあ……」
にべもなく返すと、青年は釈然としないような表情で頭を掻いた。
彼の推測は半ば当たっている。都市民でないのは事実だし、今まで来た時には買い出しだとか明確な目的が定まっていた。今回はそうではないから、戸惑っている風に見えたのだろう。
実際、ダンジョンに潜ったこともなければ近づいたこともない自分にとって、先達の存在は心強い。意地の悪い拒絶はそこそこにして、ここは素直に甘えるべきだろう。
それにしても、と思う。必要最低限の事務的なやり取りを別にしたら、こんな風に他人と話をするのはずいぶん久しぶりだ。なにかおかしなことを言っていなければいいのだが。
「まあいいや、案内を頼む。いくら取るんだ?」
「なに、その美味そうなメシの相伴に預からせてもらえれば充分よ」
そう言って青年が指さしたのは、手首からぶらさげている鶏肉。いちおう葉で包み、紐で縛ってある。そんなもので済むならずいぶんと安いものだ。
頷いて、
「俺はトーリス。寝床と、ダンジョンに潜る準備が必要なんだ。あんたは?」
契約の受諾を告げるのに代えて、軽く自己紹介を済ませる。道のど真ん中に突っ立って会話をしている状態だから、そろそろ周囲の視線が痛い。
青年は少しだけ考えるそぶりを見せたのち、答えた。
「フランツだ。新米冒険者の手引きなら慣れてる、任せとけ」
そのまま拳を突き出してくる。
奇妙に思って首を傾げていると、知らないのか、と照れたような声が問うてきた。
「こうやって、こうすんの。お互いの信頼を確認するわけ」
言われるがまま、拳に拳をこつんとぶつける。
こんなしょうもない儀礼で信頼が生まれるとはとても思えなかった。都市民の文化はよく分からない。
けれども不思議と、悪い気はしなかった。