「なあ、知ってるか? ダンジョンってのはかつて、領主の専有物だったんだ」
その話はとてもよく知っているものではあったけど、あえて遮ることはしない。
フランツが重度の話好きだってことは、この道中で嫌というほど思い知らされたからだ。内心すっかり辟易していたものの、こいつは反応の有無なんて頓着せずに舌を動かし続ける。まるで対極だ、と思う。
「なんといっても資源の宝庫だからな。狩猟林なんてのを設けるのと同じように、ダンジョンにも番を立てて、許可の無いヤツは立ち入れないようにしていたんだ」
控えめな反発の心地よいベッドに腰かけ、おざなりな相槌をうつ。
今日はもう夜も近いため、ダンジョンに潜る準備は翌日に回してひとまず休むことに決めていた。
フランツの紹介してくれた宿は確かに勝手のいいところだ。持ち込んだ安物の鶏肉は上質な唐揚げに劇的な変身を遂げて食卓にのぼった。あれはうまかった。
「その体制が変わったのは、百年あまり昔だな。……ガーデナー、って呼ばれてる魔物が、ある日突然ダンジョンに現れた」
――ガーデナーは領主の有する兵のことごとくを打ち破り、猛威を振るい続けた。それによってダンジョンの恵みに依存していた都市オーデルは困窮を極めることになる。
まだ幼いころ、母さんが語ってくれたのと殆ど同じ内容が目の前で繰り返されている。細かな口調はもちろん違っているが、逆に言えばそのくらいだ。
「そんな危機を救ったのは、近所の村に住んでいた男だったらしい。そいつは単身ダンジョンに潜り込み、《魔法》を使ってガーデナーを討ち取った。そういう経緯があったから、領主はそれ以上ダンジョンを自分だけのものにはしておけなくなったんだな」
ドアのすぐそば、壁面に背を預けて滔々と語り続けていたフランツはここで息継ぎをし、
「それからダンジョンは自由の象徴となり、すべての人々に開放されるようになった。競争は活発化し、都市に行き渡る富は大幅に増加。いっぽう、死者も格段に増えたらしいな」
いままで規律ある少数の精鋭が担っていたものが玉石混交の雑兵と取って代わったのだから、死者が増えるのは当然のことだろう。それでも俺は、ダンジョンの公共化を嘆く声などほとんど聞いたことが無かった。
いまやダンジョンでは、誰もが夢を見ることができるのだ。
気まぐれに口をひらいた。
「それで、その村人は?」
「あん?」
「その魔法でガーデナーを倒したっていう、村人はどうなったのかな」
「ああ、――そいつは、英雄になった。平穏な土地を与えられ、そこで生涯を終えたらしい」
「……ふうん、そっか」
相槌をうつと、フランツもまた口をつぐんだ。どうやら話はここで終わりらしい。
明日の集合時刻を確認すると、痩せた身体を翻して部屋を出ていく。去り際にまたな、と声をかけると、じゃあな、と返ってくる。
薄暗い部屋に、自分ひとりが取り残される。
思えば今日は色々なことがあった。
炎上する家、都市での彷徨、それに青年の拳の硬い感覚。明日はいったいどんなことがあるだろうか。特にわくわくするなんてこともなく、ただそれが生きるために必要だからと突き進んでいる感が強い。水車がくるくる回転するのに、理由など無いのと同様に。
鋏で蝋燭の芯を切り、灯を消す。さっさと寝てしまうことにした。ひどく眠たかったし、どうせ夜更かししてみたところで、碌なことを考えはしないだろうと知れていたから。
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冒険者の心得:お人好しには務まらない
顔面を直撃する朝陽によって目が覚める。言葉に成らない自分の呻きが、意識を次第に覚醒させてゆく。
見慣れない木目の天井。にわかに渦巻いた疑問は、すぐに霧散する。きのう目に焼き付けた火の景色が走馬灯のように過ぎり――ゆっくりと身体を起こす。
すぐに、部屋の様子がおかしいのに気が付いた。
具体的にここがおかしい、というわけではないけれど、無意識がしきりに違和感を訴えている。そのせいで身を包む布団の心地よさも目覚めた直後の気だるい余韻も、すっかり吹き飛んでしまった。
部屋中ひっくり返すまでもなく、違和感の正体はすぐに突き止められた。
具体的には無くなっているものがひとつ、増えているものがひとつ。
「あの野郎、」
くしゃり、と手元の紙片を握りしめる。増えていたのはこれだ。冒険者の心得などと、ふざけたことが走り書きしてある。
代わりに、全財産の収まった財布が忽然と無くなっていた。枕の下に隠しておいたのにも関わらず。
遥か遠くから鐘の音が聴こえる。都市での仕事の開始を告げるそれは、集合時刻の目安に決めていたものだ。けれども部屋に昨日の喧騒はない。
暗闇のなか施錠された扉を潜り抜け、隠された財布を正確に誰にも気取られずに盗み取ることなど、普通はできないはずだ。おおかた、宿屋の連中もグルなのだろう。
――フランツ。きっとこれも偽名に違いない。軽薄な顔つきと振る舞いが脳裏に蘇って、また腹が立つ。
「クソッ!」
思い切りベッドを蹴りつける。足が痺れ、じくじくと痛みはじめる。階下から宿主の抗議が届くが知ったじゃない。
俺は蝋燭に火を灯し、皺だらけの紙切れを燃やすことにした。
小火騒ぎにでも発展すれば愉快だが、この微弱な火がそんな大事を起こすとはとうてい思えない。多少を床を汚すのがせいぜいといったところだろう。
思わず自嘲する。なんて陰険で、つまらない仕返しだろうか。
音もなく炎上するそれをそのままに出立する。伴う荷は、もはやなかった。