シザース&スタンプ(仮題)   作:なからい

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推敲前


三話:不本意な出会い

 金が無い。記憶も無い。

 気が付いたらどこかに倒れていた。身体中が熱く、頭がくらくらする。

 寝転がったまま身体を曲げて、すべてを遮断することにした。なにも見えない。なにも聴こえない。なにも感じない。なにも――

「……大丈夫ですか?」

 その声はたしかに、俺の鼓膜を貫いた。じっさいに貫いたわけじゃない。ただそんな気がした、ってこと。

 声のするほうを見上げる。――逆光、薄暗い顔。

 女……いや、少女か。

「これが大丈夫に見えるのかっ」

 叫ぶと、少女がひるんだ。ざまあみろだ。

 満足したので眠ることにする。目を閉じ、数秒。肩をゆすられた。「大丈夫、ですか?」……まただ。

 ゆっくりと身体を起こす。その場であぐらを掻き、右手で頭を抑える。ひどく痛む。

「なんだよ?」

「ここは寝るところではないので、起こしたほうがいいかと思いまして……」

「浮浪者くらいそこらに腐るほどいるだろう。どうして俺に声をかけるんだ。俺には金もない、家もない。騙したって、全くの無駄なんだぜ」

「いえ、そういうことではなくてですね……」

「なんだ、これか。こんなもんが欲しいのか。あさましいやつめ、そんなに欲しいならくれてやるよ!」

「ちょっ、やめてください、――やめてください! やめっ……」

 シャツに手をかけ脱ぎかけたところを、細い腕が止めに割り込む。その膂力が案外強く、意地になって渾身の力を込めた。すると少女の力がますます強くなり、かっと頭に血がのぼる。――

「やめろ!!!!!」

 至近距離での絶叫。今度こそ鼓膜がどうにかなりそうだった。

 その声量もさることながら沸き上がる迫力に圧倒され、俺は自分の衣服からそっと手を放した。

 すぐに、彼女もそうする。

「……」

「……」

 頭が冷えてくると、だんだん居心地が悪くなってきた。短いやりとりの全てを俯瞰するだけの余裕が、ようやく出てきたということだ。

 全てを失ったあと、俺はポケットの奥底から数枚の硬貨を見つけ、その金で買えるだけの酒を買った。その延長線上に今がある。親切心から声をかけてきた相手を威嚇し、挙句に怒鳴りつけてしまったのだった。汚濁した感情がこみあげ、自己嫌悪が募る。

「……ごめん」

 おずおず謝ると、少女はほっとしたように口許をほころばせた。本当に騙しているのでなければ、ずいぶんと辛抱強く、人の良いやつだ。

 そんなやつが、どうして俺に話しかけてくるのか? そればっかりは依然として分からない。

「いえ。気持ちは分かりますから」

 そう言って笑いかけてくる。

 本当に分かっているとは思わないが、気を遣ってくれているんだろう。

 素直に感謝しようとしたところ、遮られてしまう。彼女の言にはまだ続きがあったらしい。

「私も家と、お金を失くして……ひとりぼっちで困っていたところなんです」

 これには流石に驚いた。なんと、彼女もまた似た境遇にあったらしい。この時初めて、俺は相手のことをまともに意識して視線を向けた。

 まず目に入るのは大きくて黒い眼。意志の強さ、好奇心の強さ、そういったものを連想させる。笑みをうかべた口許には犬っころのような人懐こさがあり、自然と好感情を抱かれやすいタイプだと分かる。濡れ羽色の髪は後ろでひとつにまとめてあった。彼女の美的感覚からというよりかは、動きやすさを重視してそうしているような気がする。それぞれのパーツのあどけなさからして、歳は俺と同じくらいではないだろうか。

 総合して明朗快活、あるいは天衣無縫を絵に描いたような印象の女だった。日陰者の俺と接するにはとても相応しくない、出来たやつだ。この手の輩が浮浪者になど、なったりするものなのだろうか。改めて疑問に思う。

「……起こしてもらって悪かったな。今は感謝してる。それじゃあな」

 ともかくこの場を辞去することにした。

 無私の親切はありがたいが、それだけだ。この場に留まってあれこれ話をする理由にはならない。そもそもこの少女がそんなことを望んでいるとは思わない。別れくらいは自分から告げるのが、せめてもの礼儀というやつだろう。

 ぺこり。申し訳程度に頭をさげ、踵を返す。

 行く宛ては決まっているが、気が進まない。それにまだ頭が痛かった。さて――

 まただ。またしても、肩を掴まれる感触。

「あの。少しだけ、よろしいですか?」

 

 

----

 

 

 寝転がっていたのは郊外に位置する路地だったらしい。延々ここで立ち話もなんだからということで、続きは都市の中央部に戻りながらということにした。現在は太陽の具合からして明朝といったところだろうか。金を騙し取られてからほとんど丸一日が経過している。

 ずいぶんと長い間の記憶を失ったらしい、やっぱり酒は早かったかな、なんてことを思う。いずれにせよ文無しだから、飲みたくったって飲めたりはしないのだが。

 俺はよっぽど不機嫌そうな表情をしていたらしい。自分から引き留めておきながら、少女には遠慮している気配がありありと見て取れる。怒っているというより不思議に思っていただけとは、伝わりそうもない。

 彼女のように(そして"彼"のように)人懐こく誰からも好かれそうな人物が俺のような――陰気で、愛想がなく、万人に嫌われている――人間に話しかける理由があるとしたら、それは詐欺を措いて他にはない。これはたっぷりと思い知らされたばかりだ。だから自然と警戒心が表に出ていたのかもしれない。

 とはいえ、萎縮させるのは本意じゃない。それに今さら騙されたところで失うものがあるわけでもない。会話をこちらから拒絶する理由は、特にないはずだ。

 薄汚れた髪をがしがしと乱暴にかき混ぜる。

 すると少女が反応してきた。

「灰? 銀色? 珍しいですね」

「……まあな。それより、別に俺の髪の話をするために話しかけてきたんじゃないんだろ」

「ああ、はい。そうですね。えっと、……私とパーティを組んでくれませんか、っていう話なんですけど」

 耳を疑った。

「パーティ? あんた、本気かよ」

 思わずまじまじと見つめてしまったが、当の少女は何の問題があるのか分からないという風にきょとんとした表情で見返してくる。

 パーティを組むということは言うまでもなく、連れ立ってダンジョンに潜るということだ。このぽけっとした少女とダンジョンは、逆立ちしたって結びつかない。

「武術か魔法か、何かやってんのか」

「弓術なら習っていましたよ。もう5、6年も昔ですけど」

「死ぬかもしれないんだぞ。というか、死ぬぞ」

「でもどうせ他には仕事はないって、そう言われました」

「まあ、そりゃあそうだけど……」

 なんて聞き分けのいいやつなんだ。そう言われたからといって簡単に死のリスクを犯す気になるものだろうか。依然としてこの少女のことがよく分からなかった。ただのお人好しかと思えば、突飛なことを真顔で言い募ってくる。

 こちらの戸惑いをよそに、それに、とさらに重ねてくる。

「あなたと一緒なら、何とかなる気がするんです。まあ、直感なんですけど」

 こちらを絆すための媚びた笑い方ではなく、どこか確信に満ちた微笑。それが少女の顔に浮かんでいる。

 ……ここで素直に受け取ってはいけない。根拠もなくおだててくる輩には、必ず打算があるものだ。舞い上がって調子に乗るのは馬鹿のやることだ。

 それに俺には理由があった。誰と一緒にもならず、独りでダンジョンに潜りたい、そういう理由が。

「……」

 ――しかし。これだけ意思が固いのであれば、俺が拒絶したところでこの少女はダンジョンに潜るのだろう。後々こいつの死体なんて拝むことになったなら、しばらく悪夢に出てきそうだ。このまま突っ返すのも、気が引けた。

 そしてなにより、彼女は恩人なのだ。

「一階層か二階層くらいなら、何とかなるんじゃないかって、言われました。なにとぞ、なにとぞ!」

 ぱちんと両手を合わせ、詰め寄ってくる。

 困ったことになった。自棄酒なんてやるものじゃない。

 頭を掻く。

「……約束してくれ。何を見ても、何が起きても、俺を軽蔑したりしないって」

 少女は丸く大きな目を見開いて、首を傾げてくる。意図がわからない、とでも言いたげな表情。当然だ。

 俺はすぐに愛想笑いを張り付ける。

 流石にこんな口約束、何の意味もない。

「いや。なんでもない。とりあえず今日一日は、一緒に行ってみるか」

 早起きな冒険者向けの種々の店から、威勢の良い声が飛び交うのが聴こえる。気づけば随分な距離を歩いて来ていたらしい。

 喜び勇む少女。その感情を上手く受け止めることができなくて、俺は足早に目的地を目指す。

 

 ふいに脳裏を掠めるイメージがあった。それは不愉快なものだったから、さっさと振り切ろうと務めたのだが、うまくいかない。

 それは意識の端にしつこくこびりついて、なかなか離れてはくれなかった。

 

 

"冒険者の心得:お人好しには務まらない"

 

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