妖怪。神仏。或いは怪異と呼ばれるもの達の存在は、いつの時代にも人間と共に生きてきた。それらは人間の副産物として偶然、自我を持つようになった者達だ。例えば、妖怪は人間の未知なる恐怖心から生まれ自我を持ち、やがて自らの存在の存続のため人間の恐怖心を仰ぎ自分達の存在を認識させ続けてきた。神も人間の願いから生まれ、崇めさせ力を得る事と同じように、妖怪もその原理に沿って偶然生まれた。つまり彼らは思想的概念から昇華し具現化した者達だ。人間がいなければ神も怪異もいなかった。
私達の業界でこれが通説となっている。何の業界と言えばいいか分からないが魑魅魍魎がうじゃうじゃいる所だ。一つだけ確かな事は人いるところに怪異ありと言う事を忘れてはならない。
と言われても現代は少し違う。現代のような科学社会には、あたかも凡ゆる現象に科学的見解に基づいた説明が出来るような風潮になりつつある。
人間は知恵を得ると共に恐怖を克服していったのだ。
有名で代表的な例としては日食についてだろう。昔、日食は神の怒りだとして恐れられていたが、今やただの月の公転軌道と地球の公転軌道による偶然的事象によって起こるものだと解明された。そこには恐怖する未知の力なんてものは無く、人間が納得できる事柄に収束される。
凡ゆる事象を人間が納得できる事柄にしていくのが科学だ。ただ、現代の科学では全ての事象を説明するという事は出来ない。しかし、重要なのはそこじゃない。
人々が科学に執着し始め、現実と空想を区別していってしまた事が問題だ。科学で説明のつかない事を現実として受け止めず、それらを妄想やら幻覚と決めつけた。つまり、人間が恐怖する物事は全て妄想、幻想の中に存在するものだと勝手に決めつけたのだ。科学を手にした人間の無自覚ながらの防衛反応なのかもしれない。
そこで作られたのが『幻想郷』らしい。
幻想だと思うなら幻想になればいいと、何とも大胆な発想だが救われた妖怪も数知れず、と………
僕が噂で聞いたのはこれぐらいだ。そもそも幻想郷のように
どの道、気を抜くわけにいかないかな。
ーー◆ーー
ドアを開けると、そこにあるべき薄暗い路地裏はなく、大きな屋敷が月の光に浴せられながら鎮座していた。
妖しく光る屋敷を囲むようにして雑木林が生い茂り、木々の枝が夜風に吹かれて音を鳴らしている。
「三時の方向と七時の方向に結界石が敷かれてるな。それと屋敷を中心として三種類の特殊結界を張り巡らせている。その他諸々と」
只者ではない、そう確信した。するしかなかった。屋敷周辺の仕掛けを見ただけで、ここの主人が陰陽術にどれほどの力量と才覚を持つか容易に想像できた。
「オイ」
唐突に背後から声を掛けられ、それと同時に鋭い何かを突き付けられる。まるで針のような……いや、これは爪だな。
「振り向くな」
「えっと……何方様で?」
「こっちが質問する。貴様、何者だ」
声からするに女か。こいつが依頼主、という訳ではなさそうだな。大方、その依頼主の従者かなにかか。
「……ええと。秋風一家店長の代理として仕事の依頼を任された者です」
「合言葉は?」
「……え?」
聞いていないんですけどそれは……
「合言葉は?と聞いているんだ」
「えぇぇと………分かりません。てか聞いてません」
「フム……とりあえず排除するか」
何が胸が張って来いだよあのレズ店長!!!
いつも通りに初っ端から問題だらけじゃん!!
「先手必勝!!」
突き付けた腕を掴み寄せ、体を大きく捻り相手の横顔に回し蹴りをお見舞いする。
「うおっ!?」
「ちょっと待って下さい!!こっちは依頼を受けて仕事に来ただけですから!!合言葉は知らされてないけれども……」
「合言葉を知らん以上、貴様を信用する訳にはいかん。ここは幻想郷でも重要な拠点の一つなんでね。警戒はいつも厳しいのさ」
「穏便に事はすませられませんか? 実は先程まで友人と酒を飲みあってまして。激しい運動は」
「すまんが、主人が戻るまで辛抱してくれ。私はあくまでもこの屋敷の警護を任せられているんだ。主人の式神である以上、命令には逆らえんのさ」
「……因みに、その命令は?」
「合言葉を知らん輩が屋敷の敷地内に侵入した場合、手段を問わず排除するべし」
「へぇ」
もう、マジなんなん?
こいつ、よ~く見たら背後にデカイ尻尾がある。多分、妖狐の類の妖怪だし。しかも種族は九尾ときたか。
さっき気配を感じず背後を取られたのもこれと関係あるのか……いや、妖狐の固有能力にそんなもんはない。
式神として新たに能力を付与されたのかな?
「主人はもうすぐ参られる。その間の辛抱だ。死なぬよう努力してくれ」
「いや、九尾だろうが何だろうが式神なら話が早いです」
「…は?」
「知識だけは自身があるんですよ。少しだけ命令系列を弄らせてもらいますね」
「え?ちょまっ」
問答無用に相手の頭に手を突っ込んだ。
「これも流石としか言いようがないな。命令式をこれ程まで緻密に繊細に組み上げるとは。これを破壊するのは不可能だけど少しだけ麻痺させる事は出来るな」
「ヒャッ!?」
魔力を一部の系列に無理矢理流し込み一時的に流れを混乱させる。これで少しの間、命令は無効になるだろう。
「これでどうです?」
「……変な気分だが、まぁ戦わずに越したことはない。すまぬな。我が主人は少し抜けている部分があるゆえ」
「それは此方も同じです。それより、先ほど乱暴に振舞ってしまい此方こそ申し訳ない。痛みますか?」
「奥歯が砕けたが、もう時期治るだろ。気にするな」
地味に気になるんですがそれは。
「それは大丈夫なんですか?」
「妖獣は怪我に強いの。心配しなくていいわよ」
唐突に背後から声が聞こえ、咄嗟に振り返り身構える。
先ほどと同じく気配を感じられなかった事から別の式神か、それとも……
「………何方様ですか?」
「別にそんな身構えなくていいのよ。私は貴方の敵ではないのだから」
「と言う事は貴方が」
「えぇ、今回の依頼主は私ね」
美しく気味が悪い。それが第一印象だった。
月の光と星々の輝きに満ちた夜空に現れた大きな裂け目。そこから見える景色はあまりに不気味で、気味が悪いとしが言いようがなかった。
闇に包まれたその空間に夜空の光が差し込む。そしたら薄っすらと、幾多の真っ赤な瞳を持つ眼球が不規則に並べられ此方を覗き込んでいるのが見えた。みえてしまった。それらは微かに脈打ち、しかも禍々しい妖気を放ってる。
それはこの世のものとは思えない、まるで地獄を連想させるものだった。
しかも、そんな空間から一人の女性が姿を現した。
白く透き通った肌に長い金髪。鼻筋が通っている事から外人のような顔立ちをしていた。
特徴的な服は体のラインをさりげ無く強調し、胸や腰から溢れ出るエロスを惜しみなく際立たせている。
こりゃ店長も手を出そうとするだろうな。
「紹介が遅れたわね。この子は私の式神で名前を八雲藍と言うわ」
「以後お見知りおきを」
「こちらこそ宜しくお願いします」」
「そして私はこの屋敷と藍の主人である八雲紫よ。早速で悪いけど今すぐ仕事に行ってもらうわね」
「……はい」
「それじゃあ藍。警護はよろしくね」
「御意」
「それじゃあ行きましょうか。このスキマをくぐれば目的地に着くわ。ちょっと不気味かもしれないけど害はないから安心して頂戴」
「はい」
とは言ったものの、正直入りたくないんだよなぁ。
先ほどから隙間の中の眼球共の目線が、何故か僕に集中してるし。気味悪い、てか気持ち悪いんだけど。
……まぁ、行くしかないか。
「よっ」
ーー◇ーー
「で、藍。あの子はどうだった?」
「頭の回転が早く博学であると同時に才覚も紫様に劣りますが申し分ありません。ただ、心配な点が一つだけ」
「何が心配なの?」
「体術の心得が全然ありませんね。さっきはまぐれですし。せめて顎と頚椎を粉砕するほどの威力があれば良いのですが…こればかりは仕方ないと思います」
「まぁ、どうにかなるでしょ。あの人が寄越した子ですもの。期待して損はないわ」
「……よっぽど信頼されてるのですね」
「幻想郷はこれから大きな転機を迎えるわ。この為に私がどれほど時間と労力をかけたか貴方ならわかるでしょ?大船に乗った気でいなさい。藍」
「紫様がそうおっしゃるのなら、私も心配に越した事はないのですが、万が一という言葉もあります。どうか気を緩めないでください」
「私を誰だと思ってるの?妖怪の賢者と言われ恐れられる八雲紫よ。貴方は何も心配しないで胸でも張ってればいいの!!」
「はぁ……分かりました」
「それじゃあ行って来るわね。後はよろしく」
「はい。気をつけて」
そう言い紫も隙間へと姿を消した。
「はぁ.....」
大きくため息をつき、夜空に浮かぶ月を仰ぎ見る。
近頃の藍は慌ただしい日々を送り、ゆっくりする時間もなかった。式神である以上、肉体的疲労は極力感じないものなのだが、精神的疲労は積もるばかり。
唯一の安らぎである橙も紫の仕事の手伝いに行ったし。
私は一人寂しく、この屋敷のお守り、と言う訳か。
……後で油揚げでも買ってこようかな。