あのスキマから出て最初に目に入ったのはそれ程大きくない、古びれた鳥居だった。
その額束には『博麗神社』と文字が刻まれ、奥には明かりのついた神社が鎮座されている。
そして八雲も僕の後からやって来た。
「それじゃあ行きましょうか」
「……あの、すいません」
「なに?」
「今更ですけど....なんの会議ですか? てか僕は何をすればいいですか?」
事実、店から今に至るまで仕事の詳細は知らされていない。そもそも何の臨時会議か分からないし、僕はどのような立ち位置でどのような仕事をすればいいのかも、何一つ分からない状態で仕事に来ている。そもそも今日は大学の仕事後に友人と酒も飲んだ。正直今、もんのすごく眠たい。店に戻って唐突に仕事と言われ疑問を持つ暇もなく素直に来てしまった。
よくよく考えたら可笑しい状況だ。だけど引き返す訳にもいかない。「秋風一家」の看板背負って来てるんだ。やるからには全力でやらなくては(社畜思考)
「貴方は何も知らなくていいわ。大丈夫。私が言う通りに動いてくれればいいの。良いわね?私の言う通りに行動してさえくれればいいの」
「……はい。ただ、アドリブは苦手ですよ。僕は」
「そんな難しい事は要求しないわよ。そこに黙って座って頷けば良いだけだから」
あぁ~、な~んだ。簡単じゃん。どうせ店長の事だから自分の面倒な雑務を押し付けたのかと思った。
……簡単、だよね?
「それじゃあ行くわよ」
そして僕は八雲さんに連れられ神社の境内に入っていった。
ーー◆ーー
「それでは、今から妖怪対策臨時会議を始めたいと思います」
小さな化け猫が司会進行をしていた。
決して大きいとは言えない畳部屋には長細い机が両側に並べられており、僕は八雲と化け猫のいる片方の机に座った。
「……??」
うん……いや、?
なんで人間の目の前で妖怪が妖怪対策の会議を進行させてるの?? ここって妖怪の巣窟とか聞いてたけど……え?
「えぇぇぇ」
「静かに」
「アッハイ」
あっち側は人間が六人か。ここ幻想郷にも人間がいるって事は集落もあるっていう事……やはり人間との関わりは切っても切れない関係らしいな。
ここを覆っている大結界でさえ世の理を変える事は出来ないのか?しかし、その大結界は誰が作ったんだろう?やっぱりあの八雲紫さんが作ったのだろうか。さっきの九尾も『ここは幻想郷でも重要な拠点』とか言ってたし、八雲は幻想郷内でも重要な立ち位置である事は少なからず理解できる。
それじゃあ、やっぱり八雲と言う妖怪は妖怪が住みやすい場所を作りたい為に幻想郷を作ったのかな?
やはり、その為には人間の『畏れ』の獲得が絶対条件なのだろうな。その為、幻想郷に人間が住まう集落を作り、そこで生活をさせている。って感じか。
向こうの人達の服装も現代人の服装に比べたら明らかに時代が遅れている。現代人のより昔の人の方が知識が乏しい上に迷信は信じやすいからだろうな。
しかし、それなら何故、妖怪の対策案を模索しているのだろう?妖怪の八雲さんと一緒に。
「この一ヶ月の間に攫われた人が20人を超えた。これらは全て妖怪による被害だと考えている。攫われた人を目撃した人の証言や足跡からそう断定した」
……妖怪だって人間無しには存在できない事は知っている筈なのに、人を攫う……か。食料の為か?いや、そもそも人を攫えば、それは本末転倒なのでは?いや、人里の住民数がはっきりしない今、その被害数は多いのか少ないのかまだ分からないな。
そもそも妖怪の習性なのか……いや、ただ知性が低いだけなのかもしれないな。八雲という知性の高い妖怪が妖怪という種族を守る為に勝手に作ったのだとしたら、人との協力も必須なのかも………だめだ。情報が少なすぎる。
だけど、少しずつだけど幻想郷の全体像が浮かび上がってきたぞ。
……ほとんど推測だけど。
「博麗の巫女がいない今、俺達に出来る事は限られている。これ以上被害が増える前に次の巫女を決めたほうがいいと思うのだが」
なんで巫女が出てくるんだ? 話の筋的に陰陽師とか除霊師の方がしっくりくるんだけど。巫女って信託とか口寄せする人達の事だよな。
「……それは何故かしら? 理由を聞かせて下さる?」
「あんな大怪我をされたのです。これ以上、巫女としての責務を果たすのは難しい。それに、これ以上、彼女は戦えないでしょう。早急に次の巫女を選んだ方が賢明だと思います」
大怪我? 責務? 戦えない?
もしかして幻想郷の巫女は除霊もやっているのか?
「それにこれ以上、彼女は戦えない……それは何故なの?」
「それは、その………」
「いいえ、やっぱり言わなくて結構よ。あなた方の現状と意見は充分に理解したわ」
「それじゃあ、彼女は……!!」
「それは却下するけどね」
バッサリいくなぁ。
「何故ですか!?」
激怒した様子で若い男が立ち上がる。しかし立ち上がったのはその男、一人だけだった。他は呆れた様子で座っている。
……巫女さんが好きなのかな? でも何で皆んな呆れた顔してるんだろ。何かあったのかな?
「お前は黙ってろ。それで?代わりの巫女とやらを見つけないのなら、俺たちはどうするんだ? このまま妖怪に攫われろってか? えぇ? 村の男達を集めて警護を固めたとしても、それがいつまで続く? 俺達ゃ不思議な力も無ければ強靭な肉体があるわけでもない。死ぬときは死ぬんだよ、お前らと違ってな!!」
「おい落ち着け。お前の言い分も分かるが、話す時ぐらい落ち着いて話せ」
「これが落ち着いてられるか!!! 俺の息子も奴らに殺られたんだぞ!! うちの女房は今も家でアホみたいに泣いてらぁ!! 」
「まだ殺されてると決まった訳じゃない!!! 」
少しの間、沈黙が続いた。
怒号をあげた彼は静かに涙を流していた。
唇を噛み締める、そんな苦悶の表情からは、どれほど苦しく辛い思いをしたか想像もつかなかいが、相当なものだろうと思えた。
「……すまん、取り乱した」
「いや、謝る必要はない。身内を攫われたのはなにもお前だけの話じゃないからのぅ。それで、私達は結局どうすれば良いのですかな? 巫女様が治られるまで待たなければならるのですか?」
「その必要はないわよ。巫女じゃないけど、代わりに村を守ってくれる人を雇ったわ」
……ん??
それってもしかして住み込みじゃないよね。仕事終わったら自分の部屋に帰って今すぐ寝たいのだけど。
「……おい、それってまさか、その隣にいる、細くて弱々しい奴じゃないだろうな」
……あ、そんなこと思われていたんだ。
「いえ、皆様方よりは怪異に対する知識はあると自負しています。勿論、その対処法も、です」
「という訳でこの方が代理の方よ。あなた達なんて相手にならないくらい強いらしいから」
紫さん。素手だと負ける気しかしません。
「……とてもそのようには見えないのですが」
はい。その通りでございます。
「そこは私が保証するわ。安心しなさい」
紫さん。今僕は何故かプレッシャーを感じています。もうやめてもらえませんか?
"ダメよ"
目で言われたよ。
すると、それを見兼ねたのだろうか。
一人の男性が立ち上がり衣を整えた。
「……フン、勝手にしろ。おい行くぞ。もうここに用はないからな」
「分かったけど、本当にあんな奴に任せていいのか?見た感じ弱そうだが」
その男性だけでなく他の者達も怪訝そうな表情を浮かべていた。確かに他所から来たヒョロが村を守ると言っても信じられないだろうけど。
「だからどうした? 俺達がそいつを認めようが認めなかろうが、あいつが変わりを用意してくれるか? 例えあいつが弱くても、最終的には俺達がなんとかするしかない。 行くぞ」
「分かった、それじゃあ行くか。魔除けの御札は皆んな持ってるな? 夜中は危険だからな」
そう言うと男達はぞろぞろと部屋を出て行った。
「あの……どう言う事ですか?」
「どうもこうも、そういう事よ。これから頑張ってね」
「聞いてませんけど!?」
「だって言ってないもの」
「……まずは店長と話させて下さい」
「別にいいわよ。このスキマに繋がっているから」
気味の悪いスキマに耳を近ずけると店長の声が聞こえた。
「もしもしー? 茂ぅー?」
「あの~店長? なんか僕、ここで仕事するよう言われたんですけど。 どう言う事ですか?」
「どうもこうもそういう事だろ? 心配すんな。大学には長期休暇という事で話はつけてある。おまえは自分の仕事をして来い」
いや、ですから
「……えええぇぇぇ!!? 店長の代わりに臨時会議に出席するだけが仕事じゃなかったんですか!? これ立派な詐欺ですよ!?」
「可愛い紫ちゃんが仕事の追加料金をドッサリ持って来るもんだから受けちゃったわけ。という訳で、依頼主に迷惑かけないよう心がけなさい。それじゃまたね~」
「ちょ、テンポ良すぎだろぉぉぉ!!?」
「そうなるように俺が仕組んだからな?」
そして電話は切られた。
あの変態野郎。帰ったら覚えてろよ。
「という訳で、これからもよろしくね」
「……ハァ、分かりました。これから僕は何をすればいいんでしょうか?」
「会議の流れのまんまだけれども。貴女には幻想郷で博麗神社の巫女の介護と世話役兼村の警護を頼めるかしら? あと、ここ博麗神社が今日から貴方の家よ」
「はい」
「あら?随分と飲み込みが早いわね」
「飲み込めてません」
「....具体的な内容は博麗の巫女さんに教えて貰いなさい。今は寝てるから起きたらね。それじゃあ私はそろそろ帰るわ」
「……あの、その博麗の巫女さんは何方に?」
「右奥の部屋で寝てるわ。あ、そうそう。机は外の倉庫にしまって、あと障子もはめといてね」
「……はい」
「それじゃあ後はよろしく」
そういうと紫はスキマを開き、消えていった。
「…………片付けるか」
究極に眠たい。
ーー◇ーー
外が騒がしい。
未だ痛みが引かない体を無理やり起き上がらせようとするが、それと同時に身体中から激痛が走り、たまらず苦悶の表情を浮かべる。
「イッ……」
外が暗い。
あれからどれほど経ったのか想像もつかないが、どうやら生きてはいるらしい。
息をするだけで胸が痛み、首はまともに動かない。満足に動けるのは目の動きだけだ。
「……」
意識が刈り取られていく。
起きたばかりなのだが、あまりに体を酷使した為か、体に溜まった疲労が未だ抜けず悲鳴をあげていた。
外の音の正体を調べようにも、この状態じゃ何も出来やしない。
…………まぁいいや。 今は寝よう。
そうして意識をゆっくりと手放し、夢も見ない深い眠りについた。
ーー◆ーー
「ふぅ。大体こんな感じでいいか」
机を外の倉庫に入れ、障子を填めた。
後は巫女さんに挨拶しないといけないが……
「もう夜だしな。寝てるだろうけど.....そう言えば怪我してるんだっけ? 紫さん言ってなかったけど。ちょっと見てみるか」
右奥の障子をゆっくりと開ける。
その中央には寝巻きを着た一人の少が布団の上で死んだように眠っていた。
静かに近づく。
彼女の顔は赤く火照っており息が乱れていた。それだけではない。更に近付くと血の匂いがする。
少しだけ心配になり布団を少しだけ捲ってみた。
「……うわ」
布団を捲り体の様子を見たが、体中に包帯が雑に巻かれていた。所々血が包帯に滲み出て、膿を出している所さえある。
「自分で包帯を巻いたのか? これじゃあダメじゃないか。代わりの包帯で巻かないと」
先ほど倉庫で見かけたので急いで取りに行く。
服を脱がせ、体の負担をかけないように体中の包帯を少しずつゆっくりと解け取っていくのだが……それは凄まじいものだった。
体の至る所に古傷があり、その上には夥しい量の新しい傷跡で覆われていた。 膿と血が混ざりあった切り傷、赤く大きく腫れ上がった打撲痕、手の甲の皮は殆ど破れ赤い肉が見えていた。
体全体が異様な熱気を持ち、呼吸は乱れている。
何をどうしたらこんなに傷がつくのか想像すらできなかったが、とにかく包帯を解け取っていった。
こんな状態じゃいくら包帯を変えてもキリが無いと悟ったからだ。
「………」
そして下半身の包帯を解こうとしたのだが……右足が無い事に気がついた。 太ももの下半分から何もなく、綺麗に切断されていた。
「……ダメだ、感染症にかかってる。まだ壊死は起こしてないな」
これ程までとは………今夜は寝れないな。