人間の私が吸血鬼の姉になるだけの不思議で特別な物語 作:百合好きなmerrick
お暇な時にでもお読みくださいませ
side Naomi Garcia
──人間の都市 『アンリエッタ』 商業区大通り
切り裂きジャックの事件解決から三日後。今日は約束の和国遠征の日。
事件解決から二日間は怪我の影響で外に出ることを許してもらえなかったが、三日目の今日は約束の日ということもあり、自由に外を出歩く許可を貰えた。ジャクリーンに二回も同じ箇所を刺されたはずだが、思ったよりも傷の治りが早く、痛みはほとんど無くなっていた。
現在、旅に出るのに必要な物を買い揃えるために、商業区の大通りで買い物をしている。
エリーとアナンタ、リンさんとは別行動をしていた。理由は至極簡単で、ただ目的が違うから。エリーはアナンタに色々なことを教えるべく、様々な場所を回っている。リンさんはリリィの計らいで護衛代わりをしてもらっていた。
私と一緒にいるのはリリィとジャクリーンなのだが......。
「お母さん! お菓子いーっぱいあるよー!」
「買いすぎないようにしなさいよ」
「っていうか、全部私のお金なんだけどなー。姉様が使う分にはいいけどさぁ」
「お母さんがいい、って言ってるのからいいのー!」
「あぁはいはい。元は私のお金って言っただけなんだけどねー」
二人は本来の目的を忘れ、保護者である私も離れることができずに、子供らしいお店ばかりを回ることとなってしまった。
リリィとジャクリーンはあからさまに敵対することはないが、たまに喧嘩腰で話し合ったりすることがあるから、気が気ではない。
「二人とも喧嘩をするのは止めなさいよ。ジャクリーン。お菓子もいいけど、まずは旅の支度を終えてからにしましょうね」
「うんっ! わかったー!」
「過保護はやめた方がいいと思うよ? わがままになるから」
「貴方は言えないと思うわよ。ねぇ、リリィ。私の妹なんだから、ジャクリーンの面倒もちゃんと見てあげなさいよ。年齢的には微妙だから、姉としてでいいけど」
「むぅー......。姉様が言うなら別にいいけどぉ......」
リリィは拗ねた子供のように頬を膨らませたかと思うと、すぐに諦めたかのようにため息をついた。
「あ、姉様。冒険者商品、ってあるよー」
しかし、なんだかんだ言っても、流石に私よりも年上なだけある。
今も、そして今までも自分から喧嘩を起こそうとはせず、すぐに気持ちの切り替えをしていた。
「冒険者専用というよりは、旅をする人なら誰にでも必要そうな品揃えね」
「お母さん。これ買ったら、お菓子買いに行ってもいーい?」
「私が買い物している間に行ってもいいのよ? もちろんリリィと一緒に行ってもらうことになるけどね」
「子供はお母さんから離れちゃダメって聞いたの。だから、わたしはお母さんから離れないよ?」
どこで聞いたのか、しっかりとした話を知っているようで少し安心する。
──けど、私よりもリリィと一緒にいた方が安全だと思うのよね......。ジャクリーンの気持ちを何よりも優先するつもりだけど。
「そうねぇ......。貴方がそうしたいのなら、一緒にお買い物しましょうか。でも、絶対に私から離れちゃダメよ?」
「うんっ!」
「姉様ー。私にも言ってくれてもいいのよ?」
「はいはい。リリィも離れちゃダメだからね」
「はーい!」
それからは、上機嫌になった二人を連れ、商業区を歩き回っていく。
ハクア達の方でも用意してくれるらしいが、備えあれば憂いなし、とも言うように、買いすぎても損をすることはないはずだ。
と思いながら、旅に必要な物を集めていった。
そして、約一時間後。旅の買い物を終え、ジャクリーンのお菓子を買いに、お店を探し回っていた。
「お菓子ないねー?」
「ないね。姉様。別の場所探してみない?」
「そうねぇ......。でも、もう少ししたら集合時間なのよね......」
「えー! お菓子食べたーい!」
「そうよねぇ。んー......」
ジャクリーンは年相応の子供のように、周りのことなど気にせずに駄々をこねた。
この姿を見ていると、エリーが今よりも小さい時を思い出し、どれだけ時間をかけてでも探してあげたい気持ちになる。
しかし、みんなを待たせるわけにもいかない。
──最悪、私が作るしか......。
「あの、何かお困りですか?」
ジャクリーンの姿を見かねてか、私と同い年くらいの紅顔の美少年が声をかけてきた。
その少年は灰色の服に、寒い季節なのに赤い半ズボンという、おかしな格好をしている。
「え? あ、娘が、お菓子が食べたいとごねていて......。買ってあげたいのですが、その肝心のお店が見つからず、困っていて......」
「あぁー、それならいい場所を知っていますよー。さっき寄って来たばっかりなんですけどね。リベラルと言って、そこの通りの......案内した方が分かりやすいかな。私に付いてきてください」
「あ、ありがとうございます! ジャクリーン。良かったわね」
「うんっ! ありがとうね、おじさん!」
「お兄さんですよー」
「お兄さん!」
意外と打ち解け合うのが早いジャクリーンを見て、少し嬉しくなる。
ただ単に、この少年の打ち解けの早さが凄いだけかもしれないが。
「それにしても、若いですね。あ、もしかして人間じゃなくてエルフ辺りかな? ここには旅をしている最中に来たので、どの種族が主にいるのか分からないんですよねー」
その少年は道案内をしながらも、どんどん話しかけてくる。
この少年は本当にお人好しなのかもしれない。そうじゃなければ、こんなに親しみやすく話をかけてくるとは私には思えない。
──けど、どこか空虚感というか、虚ろな空気を感じる。常に笑みを浮かべている不思議な表情のせいかしら......?
「どうしましたー?」
「あ、いえ。私は人間です。この娘、ジャクリーンは私の養子で......」
「あっ、そうなんですねー。深いことを聞くのも失礼ですし、話を変えますねー。もしかしてですけど、貴方と妹さん? は私と同じ旅のお方です? 私、人族、魔族領土を問わずに旅をしているんですよね。だから、雰囲気で何となくそう思うんですよー」
見た目も喋り方もあれだが、意外と侮れないかもしれない。
そう思い、リリィが魔族とバレる気がして、内心ヒヤヒヤしていた。
「そうですか......。私と妹は訳あってここの都市に少しの間、泊まっていたんです。そして、ちょうど今日からまた別の場所に行く予定です」
「へー。奇遇ですねー。私も今日、度立つ予定なんですよー。行き先はここから西ある人間の都市『ヒューノリア』に行く予定なんですよね。平和そのもの、とか聞きましたし」
「平和ねぇ。まぁ、一番魔族領土から離れている都市だしね」
人族領土で最も西にある『ヒューノリア』では、戦争の火の粉が降りかかることは無い。
そもそも、中立を徹していて戦争から最も遠い場所にある都市が戦争に巻き込まれるわけがないのだ。
それでも、魔族や魔物であるリリィやアナンタと一緒に住むには和国に行くしか道はないが。
「平和って素敵ですよねー。あ、そう言えば名前がまだでしたね。私はルチーフェル。貴方達は?」
「私はナオミです。妹のリリィと娘のジャクリーンです」
「統一性がないですねー。それにしても娘さん、そんな格好で寒くないんですかー?」
その言葉で、改めてジャクリーンの服装を見てみる。
確かに、肩は出していないが黒いワンピースというのは、子供には寒いかもしれない。
何か温かい服を買った方がいいのでは、と心も中でひっそりと悩む。
──それにしても、ウォルターはどうしてこんな服を......?
「お母さんと一緒だから、だいじょうぶ!」
「そう言えば、子供は風の子とか言いますしね。あ、このお店ですね」
色々と話しているうちに、そのお店に着いていたようだ。
「近かったわね。......随分と古風なお店ですね」
「そういうお店ですからー。ここは和国のお菓子である和菓子を専門にしている和菓子屋なので、美味しくて珍しい物がたくさんありますよー」
「和国の......。ここまで案内してくれてありがとうございます」
「ありがとーございます!」
「いえいえー。あ、旅をしているんですよね? なら、家でのしきたりなんですけどね......はい、これをどうぞー」
唐突に思い出したのか、ペンダントを手渡してくる。
それは上下逆に描かれた五芒星に、『6』という数字が三つ並んでいるという、見入ってしまうような綺麗なペンダントだった。
「旅をする人に手渡すしきたりなんですけど、旅の安全を守る、というお守りですよー。要らなかったら捨ててもいいですからねー。では、私はこれで。また縁があれば会いましょうね」
「あ、ありがとうございます。......行っちゃったわね」
それだけ話すとペンダントを返されたくないのか、一目散に何処かへ行ってしまった。
──このペンダント......別に変な気はしないし、捨てることはないかしらね。相手も善意で渡してきたはずでしょうし。
「変な人だったね。案内して、ペンダントを渡すとか......お姉様に気があるとか? ......そう思うとなんか嫌になってくる。ま、いいや。で、そのペンダントどうするの?」
「せっかくだし持ってるわ。それよりも、早く買って行きましょうか」
「わーい! お母さん! お菓子いーっぱいあるよー」
「えぇ。美味しそうな物ばかりね」
──ルチーフェルのことは頭の片隅にでも置いとけばいいわね。
そう思いながら、ジャクリーンのために、物珍しいお菓子を買っていった。
ジャクリーンと一緒にお菓子を買うのに夢中になり、約束の時間よりも十分ほど遅れてしまった。
集合場所の都市の入口付近の噴水広場には、いくつかの馬車と一緒にエリー達が待っていた。
「お姉ちゃん達遅ーい!」
「ごめんね。ちょっと手間取ってしまったの。ところで、もう出発するのかしら?」
「するよー。お姉ちゃん達が遅かったから、お姉ちゃんの準備も私達でやっちゃったからねっ?」
「ふふっ、偉いわね。ありがとう、エリー」
「えへん! えらいでしょー」
いつものように頭を撫でると、エリーは得意気な顔をする。
そんなことをしていると、目線を感じる。
どうやら、他の二人が羨ましそうな目でこちらを見ているようだった。
「お母さん。頭を撫でてー」
「私も私もー!」
「はいはい。分かったから落ち着いて......」
「おっ、来たか、ナオ......。大変だな、お前も」
二人にせがまれて頭を撫でていると、いつの間にかハクアが来ていた。
そして、私を見るなり同情するかのような目を向ける。
「そ、その目はやめて欲しいわ......」
「す、すまないな。あぁ、もう出発するが、準備はいいか?」
「えぇ。いいわよ」
「よし。ではそこの馬車に乗ってくれ。和国遠征の開始だ!」
そう高らかに宣言するハクアを横目に、私達は馬車へ乗り込んだ────