お前はまだきあいパンチを知らない   作:C-WEED

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生きてます。お久し振りです。間が開いてしまい申し訳ございません。

前回のあらすじ

レン「Yes」
コゴミ「Fall in love」


20

 あるビルの屋上で一組の男女が向かい合っていた。

 

「……とうとう来たのね」

 

「元気そうだね」

 

「ここに来た目的はわかってるわ」

 

「いや、たまたまなんだけど」

 

「毒を以て毒を制す……きあいパンチを撲滅するためにきあいパンチを使う私を止めにきたんでしょう?」

 

「いやだから……「でも」……」

 

「もう、遅いわ。計画は既に最終段階。最早止められはしない」

 

「会話ができてないんだけど」

 

「私は、きあいパンチを撲滅するっ! あなたはそこで、指をくわえて見てなさい! AKF、起動!」

 

 女は背後に鎮座していた装置を起動させた。装置につけられたアンテナから、謎の電波が発信されているようだ。

 

 男は呆気にとられた様子で女を見つめる。

 

「お別れの前に教えてあげるわ。今、起動させた装置、アンチきあいフォース(AKF)は、その効果範囲内のあらゆるきあいパンチを無効化するのよ」

 

「えぇ……」

 

「これで、世界からきあいパンチを消し去ることができるッッ!!」

 

 勝ち誇った女の高笑いが響く。

 

 だが。

 

 

「きあいパンチってのは、これのことかな?」

 

 

 女が気付いた時には、すでに装置には巨大な風穴が空いていた。直後、爆発する。

 

「どういうこと!? AKFは確かに発動していたッッ! 何故きあいパンチが使えるの!?」

 

 爆風に包まれながら叫ぶ女に、男は事も無げに答えた。

 

「そんなの、君だってわかってるだろう?」

 

「っ!! まさか!」

 

 女の脳裏に浮かんだのは、男もまた、AKFを防ぐ手だてを持っている可能性。

 あり得ない話ではない。研究施設が幾つかこの男によって潰されている。そこでの研究から手掛かりを得ていてもおかしくはない。

 と、そんなことを思う程度には、女は男のことを買っていた。

 

「だって、それがきあいパンチじゃないか」

 

「は?」

 

 予測は容易く裏切られる。

 何だそれは。声にはでなかったが、女の目が、表情が、雄弁に語っていた。

 

「そんな、そんなことで……私の計画は……」

 

「気にすることないさ。今回は俺のきあいパンチが上回っただけのこと」

 

「もとはと言えば……あなたさえ、真っ当なトレーナーだったら……私は……」

 

「立てるかい?」

 

 男は女に手を伸ばす。が、女はその手を払い、もう片方の手で男のがら空きのボディに拳を叩き込んだ。

 

「ッッ!!」

 

 拳をもろに受け、飛ばされた。

 しかし、男は笑いながら立ち上がる。

 

「いいパンチじゃないか。それだけやれるなら大丈夫だね」

 

「あなたのせいで私はこうなったんだ……」

 

 計画が潰えた悲しみからか、女の頬には涙が伝っていた。

 

「返してよ……償ってよ……! 私から奪った常識をこの手に戻しなさいよ! 責任取れこのきあいパンチ野郎!」

 

 涙ながらの言葉を受けた男は、真顔で数秒考えた末、左手を見せながら言った。

 

「ごめん、俺、新婚なんだ」

 

 薬指の指輪が光る。

 

 

「そういうんじゃないんだよぉぉおおおおおお!!」

 

 

 絶叫と共に、拳が振るわれる。放たれたパンチは勿論きあいパンチ。あの旅から十数年、彼女自身が放つパンチもまたきあいパンチとなっていた。

 

 だが、男も黙って殴られはしない。迎え撃つのは勿論きあいパンチ。何故なら、彼もまたその境地に至っていたから。

 

 真のきあいパンチの使い手同士の戦いは、決着がつけばどちらかが死ぬ。それほどの激突。それほどのエネルギー。

 

 激突が繰り返され、その度、世界が悲鳴を上げる。

 

 

 そして、紆余曲折を経て……

 

 

 

 

 二人は幸せなきあいパンチをして終了。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

「なんて悪夢……!」

 

 

 無事、ホウエンリーグを制覇し、新たなチャンピオンとして君臨することになったハルカ。

 だが、それは新たな戦いの始まりでもあった。

 

「おはようハルカ。手紙が来てるわよ」

 

「おはよう……手紙?」

 

 母から封筒を受け取り、中身を確認する。

 手紙はハギ老人からで、船のチケットが同封されていた。チケットに書かれた船の名前はタイドリップ号。サント・アンヌ号は有名なため知っていたが、こちらは始めて聞く名前だった。

 

「船のチケットが入ってた」

 

「へえ、いいじゃない。乗ってきたら?」

 

 確かに、折角貰ったのだから使わないと勿体無い。

 

「うん、そうする」

 

「例の男の子……レン君? も誘ってみたら?」

 

「何でレン君が出てくるのよ……」

 

 悪夢のせいか、凄く、嫌だ。

 

「え、他に誘う相手いるの?」

 

「そもそもこれペアチケットでもないよ……」

 

「あらそう。なら気にしなくていいわね」

 

「……じゃあ、行ってくるね」

 

「いってらっしゃーい」

 

 何故朝からこのように微妙な気持ちにならなければならないのか。釈然としない思いを感じながらハルカは家を出た。

 

 ペリッパーの「そらをとぶ」によって降り立ったのはカイナシティ。今日も今日とて市場は賑わいを見せている。一人で来たハルカには関係ない話だが。

 

 用など一つしかないので船着き場に向かう。丁度、タイドリップ号と思しき船が出航準備している所だった。チケットを見せ、乗り込む。

 

 椅子に座りぼんやりしていると、ポケナビのエントリーコールが着信を知らせた。

 

「もしもし」

 

「あ、もしもしハルカちゃんかい? エニシダだよ」

 

「あ、どうも。お久しぶりです」

 

「久しぶりだね。って用件はそれじゃないんだ。まずはそう、チャンピオンになったんだってね。おめでとう!」

 

「ありがとうございます」

 

「いやあ、私の目に間違いはなかった。まあ私の眼力はともかく、そんなチャンピオンになったハルカちゃんに是非来て欲しい場所があるんだ!」

 

「場所、ですか」

 

「そうさ! バトルフロンティアって知ってる?」

 

「いいえ」

 

「強いトレーナーって、どこにいると思う?」

 

「ポケモンリーグ……ですかねぇ……」

 

「だよね! でも、ポケモンリーグの外にだって四天王並み、或いはチャンピオン並みのトレーナーがいたっておかしくないよね?」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

「そう! バトルフロンティアはそんなトレーナー達が思う存分バトルをするための場所なんだ! ポケモンリーグが強さと名誉を得る場所だとすれば、バトルフロンティアはただひたすらバトルがある場所さ。地位も名誉も関係なく、ただ戦い続ける。そこで磨かれたトレーナー達はチャンピオンになった君でもそう簡単にはいかないと思う。どう? 興味わいたでしょう?」

 

「まあ、そうですね」

 

 本音を言えば、そんな気違いの巣窟のような所は若干遠慮したかったが、今のハルカには特に何かする予定はなかったのである。つまり、断る理由もなかった。

 

「そうそう、レン君も来てるよ。かなり楽しんでくれているみたいさ」

 

「あ、そうなんですね」

 

 訂正しよう。行く理由ができた。

 

「楽しみにしてます」

 

 ぶん殴ることを。エニシダはハルカの言葉にそんな意味が込められていることを知らない。

 

「きっと楽しめるよ! なんたってチャンピオンなんだからね! っと、誰か来たようだ。じゃ、またね!」

 

「はい。また」

 

 ふつふつと、ハルカの胸に込み上げてくる熱い何か。これは奴への怒りだろうか。それとも漸く殴れることへの喜びだろうか。

 

 ふと冷静になる。

 違う。これは、怒りでも、喜びでもない。

 

 ハルカはトイレへ駆け込んだ。

 

 

 

「まもなく、バトルフロンティアへ到着致します。本日はタイドリップ号にご乗船頂きありがとうございました。お降りの際には忘れ物がございませんよう……」

 

 ベンチに横たわって過ごしていると、アナウンスが到着を知らせる。ノロノロと起き上がり、出口へ向かった。幸先のいい、とは言いがたいスタートだ。こんな調子で奴を殴れるのか。

 首を振り、きあいを入れ直す。

 そう、それとこれとは話が別。過程がどうあれ殴れればそれでいい。

 

 港に降り立ち、ゲートをくぐる。

 受け取ったパンフレットによれば、七つの施設でそれぞれに趣の異なるバトルが楽しめるようだ。

 この七つのどこかでバトルをしている。それは確かだろう。だが、どこなのか。それがわからない。

 

 ああ、あいつが好きそうなのはこの施設だな。

 

 そういうのがわかれば良い。だが残念、奴が好きなのはきあいパンチだ。間違いない。そして言うだろう。

 

「俺はきあいパンチするだけだから、どんなルールでも関係ないさ!」

 

 これほど思考を読みにくい奴もいない。少なくともハルカの交友関係にはこいつしか思い当たらない。そもそも交友関係がそんなに無いという事実には目を向けてはならない。

 

 宛もなく歩きながらバトルドームの付近に差し掛かった時、立ち話しているグループの話が耳に入ってきた。

 

「え、お前あのバトル見逃したのかよ?」

 

「まじっべーよ。ほんとっべーわ。見てないとかマジっべーな」

 

「そんなに凄かったのか?」

 

「おう、凄かったなんてもんじゃねぇよ。見てないとかお前バトルフロンティア半分も楽しめてねぇわ。恥を知れ」

 

「え、ごめん……で、どんな感じだったんだ?」

 

「あのきあいのコブシがな、なんと、決勝で、フーディン以外のポケモンを使いやがったんだよ!」

 

「な、なんだってー!!」

 

「対戦相手はバランスのいいカワモトでな」

 

「バランスのいいカワモトだって!? 流石のコブシも勝つことはできなかったんじゃないか?」

 

「できらぁ! きあいのコブシに、きあいパンチに不可能はねぇんだ!」

 

「え、ごめん」

 

「厳しいかと思われた対戦カードだったが……コブシのやつ、なんと、カワモト相手でも、きあいパンチで2タテを決めやがったんだ!」

 

「え!! きあいパンチでカワモトを!?」

 

 ……どうやら、きあいパンチ野郎は見つかったらしい。

 

 バトルドームできあいパンチをしているようだ。しかも、それなりに支持されているらしい。

 どうやらここにも私の味方はいないようだ。

 

 まあ、いい。

 

 とっとと勝ち進んでぶん殴るだけだ。

 

 そうしてハルカは超エキサイティンの殿堂に足を踏み入れた。

 

 既にバトルドームにレンはいないことをハルカは知らない。

 

━━━━━

 

 一方その頃、バトルアリーナ

 

 走る。走る。走る。走る。

 

 心拍数が上がる。呼吸が早くなる。だからどうした。

 呼吸が何だ。心拍数が何だ。ロマンティックですら止まらないと言うのにどうして足を止められようか。

 

 襖が見えた。ラストスパートだ。歩幅を広げ、たどり着く。力一杯襖を開ける。

 

「あ……えっと、お待たせ……」

 

「あ、いえ、俺も今来た所です」

 

 先程までの勢いは何処へやら、一気にしおらしくなる。それは迎える側も同様で、つい先刻きあいパンチしていたばかりにも関わらず、この初々しさである。

 

「その……来てくれて、嬉しい、です」

 

「あ、その……俺も、コゴミさんと会えて、あ、いや、バトルできて、嬉しいです」

 

 ルール上、フロンティアブレーンは規定の回数勝利を重ねたトレーナーとしか戦わない。というか、トレーナー側に挑戦権が与えられない。

 

 そして、この少年とコゴミがバトルをするのは、最初のそれを除いても、かれこれ七回目。真っ当な神経を持つ者の所業でないことは言うまでもない。受付のおっさんもちょっと呆れた顔をするくらいなのだから間違いない。

 

「今度は……負けないよ?」

 

「今回も、勝ちます」

 

「それで、ね」

 

「?」

 

「今回、アタシが勝ったら、一つ、お願い、聞いてほしいな」

 

 少年に走る圧倒的予感。ラブコメの香りが迸る。彼には頷く以外の道はない。

 

 

 実の所、コゴミもまた、きあいパンチの使い手であった。と言っても、所謂一般に普及している方のきあいパンチの、だが。

 

 二度目のバトル、すなわち、金のシンボルを掛けてのバトルでその事実がわかった時、レンは歓喜に震えた。そして思った。もっときあいパンチを知ってほしい。使ってほしい。ついでにお近づきになりたい。その一心で通い詰める日々であった。

 

 

 そんな折にこの発言だ。気になる。どんなお願いをされるのだろう。別に嫌われてはいない気がするので「もう来ないで」ということはないだろう。ああ、気になる。わざと負けてしまうことがちょっと脳裏にちらつく程度には気になる。

 

 

「勿論、アタシが負けたら、その、一個、言うこと聞いてあげるから……」

 

 この発言が幻聴でないと確認した時、彼の心から迷いはなくなった。

 

 

 

「……負けちゃったかぁ……」

 

 落ち込んだ様子で呟くコゴミ。

 今回彼女は、自身が勝ったら、レンにきあいパンチを教えて貰うつもりでいた。教えて貰うというのは、勿論ここ、アリーナではない場所で。つまり、二人でどこか別の場所で会う約束を取り付けるつもりだった。

 つまり、きあいパンチデートのお誘いをしたかったのだ。

 だが、彼女は負けてしまった。きあいパンチデートは遠退いたのである。

 

 まあ、それはそれ。コゴミはバトルの前に言った。「自分が負けたら一つ言うことを聞く」と。一体どんなことを言われるのだろう。きあいパンチ(意味深)だろうか。きあいパンチ(自主規制)だろうか。きあいパンチ(絶望)だろうか。コゴミも一応思春期である。様々な想像が頭に浮かぶ。どんなことであれ満更でもないような気がしないでもないが、やっぱり少し怖い気もする。

 

「じゃあ……」

 

 ついに、その時が来た。

 

「今度は……コゴミさんが俺に会いに来て下さい」

 

 勝った。コゴミは自分の運命力に感謝した。が、やはり気恥ずかしさから赤面した。

 

「あ……やっぱ今のなしで」

 

 コゴミは運命力なんて信じないと決めた。

 

「お忙しいでしょうし、かわりに、その、俺のこと、レンって、呼んで貰いたいなあ、と」

 

 振り返ってみると、コゴミは少年のことを一度も名前で呼んだことはなかった。成る程、これはこれで悪くない。

 だが、物足りなかった。

 こちらは勇気を出したのだ。であれば、もっと踏み込んで来るべきだ。しかし、それを言ってしまうのも無粋であろう。そも、別にそれほど忙しくはない。気持ちは嬉しいが、無用な気遣いであった。

 どうするか。考えろ。ここで退くのはなんかあれだ。踏み出した一歩を無駄にしてはならない。

 

 コゴミは決意で満たされた。あるいは、これもまた、きあいであろうか。

 

「会いに、行くから……」

 

「え……?」

 

「決めた。アタシ、会いに行くから」

 

「ええ!?」

 

「だから、待っててね……レン」

 

 この時、レンの胸に圧倒的トゥンクが去来したのは言うまでもない。きあいパンチが無ければ即死だった。

 

「はぃ……」

 

「じゃあ……その……またね」

 

 我に返ったコゴミは、顔を赤くしながら逃げるように走っていった。

 

 その場に残されたのはレンと、審判及び判定員のおっさん数名のみ。

 

「おっさんどうしよう! コゴミさん来るって!!」

 

「落ち着かれよレン殿! まずは深呼吸をするのです!」

 

「すーーーはーーー」

 

「そしてとっとと帰って寝るのです」

 

「オッケー!」

 

 レンはそのまま走り去る。

 遠ざかる足音と道場には中年男性の溜め息が響いていた。

 

 

 

 翌日、期待ときあいで胸がいっぱいで眠れなかったレンは再びアリーナにやって来ていた。コゴミは会いに来るとは言ったがいつ来るとかどこに来るとかは言っていなかった。つまり、やはり自分が会いに行くしかない。そう判断してのことだった。

 

 ところが、どうしたことだろう。アリーナは閉まっていた。

 貼り紙がしてある。そこには「フロンティアブレーン不在につき、臨時休業」とあった。

 フロンティアブレーン不在、すなわちコゴミはここにはいないのだ。

 

「いったい……どこに……?」

 

 まさか本当に会いに来ようとしているのか? 自分はどこにいるとも伝えていないのに? コゴミさんはどうやって会いに来るつもりだったんだ?

 

 普通であれば、その計画性のなさにショックを受けるところであろうが、生憎、この少年はきあいパンチに染まっている。彼がその時思っていたのは、「流石コゴミさん! やっぱりきあいが溢れてる!」であり、微塵もマイナスな感情はなかった。

 

 しかし、どうやってコゴミに会うか。その点は何も解決していない。

 

 その問題に対してレンが答えを出すのに要したのは僅か二秒。そう、答えとはつまり、きあいパンチであった。ちなみに、二秒と言う時間は、フーディンで換算すると、その場に適した5000通りのきあいパンチを算出するのに掛かる時間である。知能指数5000は伊達ではなかった。

 

 まあ、それはそれとして、レンはギャラドスを繰り出した。そう、初の有人飛行を成し遂げたコイキングの進化したポケモンである。

 

「ギャラドス、きあいパンチ!」

 

 翼が無くとも飛べる。彼らは何度でもそれを示すのである。

 

 

 

 

 一方のコゴミは、会いに行くと言ってから飛び出した勢いもそのままに、ベッドに飛び込んで足をバタバタさせていた。頭に浮かんでは消えるきあいパンチ(意味深)。そして気付く。空が明るい。足をバタバタさせて一夜を過ごすなど、初めてのことであった。

 

 眠い。だが、時計を見るともう午前10時。今から寝るのは些か遅い。出掛けなければ。

 

 さて、何だかんだ準備をしていたら既に時間は昼近く。愕然とするコゴミ。未だ自分は部屋から出てすらいないではないか。

 

 家を飛び出し、駆け出して、ふと我に帰る。

 そう言えば、肝心のレンは何処にいるのか。何も確認していなかった。

 

 なんという無謀、なんという無能。知性の欠片もない猪突猛進加減か。これならバトルアリーナでレンが勝ち進むのを待つ方がマシである。コゴミの落胆は計り知れない。

 

 そんな時だ。

 

「━━━━━ぁぁぁん!」

 

 声が聞こえた。

 辺りを見回す。心当たりのある人物はいない。

 

「コゴミさぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 間違いなく、コゴミを呼んでいた。

 

 辺りがざわつく。皆、空を指差していた。

 

「あれを見ろ!」

 

「え、なんだって?」

 

「親方! 空からギャラドスが!」

 

「何!? ギャラドス!?」

 

「ギャラドスぅ……ですかねぇ……」

 

「たまげたなぁ」

 

 空からギャラドス? そんな馬鹿げた話があるものか。訝しがりながらコゴミも空を見上げた。思っていたよりギャラドスだった。

 どうやらマジモンのギャラドスらしい。そんな馬鹿な。目の前で見せられても尚、信じがたい光景というものもある。

 

「コゴミさぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 あろうことか、コゴミを呼ぶ声はギャラドスから聞こえるではないか。聞き覚えのある声だ。まさか、いや、考えてみれば当然のことだった。この声は……。

 

「レェェェェェン!!」

 

 ギャラドスが迫る。デカイ。まともに当たれば無事では済まないだろう。

 

 だが、コゴミは前に踏み出す。

 

 そして、衝突しようとしたその時、ギャラドスが赤い光に包まれて姿を消した。光が消えた後、そこに残っていたのは、抱き締めあう一組の少年少女であった。

 

「な、ナイスキャッチですコゴミさん」

 

「と、当然よ……うん」

 

 正直、偶然の賜物であった。彼女は口が裂けても言わないが。いや、そもそも言えるような状態ではなかった。

 どさくさに紛れて、と言うか、気付いたら密着していたのである。心臓がドッタンバッタン大騒ぎだ。フロンティアブレーンでなければキュン死しかねない。

 

 レンもレンとて気が動転していた。が、きあいパンチに関しては一家言持っているだけあって、立ち直りも早かった。故、口を開く。

 

「お迎えに上がりました」

 

「迎え……? あっ! ご、ごめんね。アタシ、会いに行くって言ったのに」

 

「いいんですよ。今、こうして会えたんですから」

 

「でも……」

 

「そりよりも! これからどうします?」

 

「えっ……そうね……」

 

 ここまでノープランである。勿論、ここからもノープランだ。

 ではどうするか。考えようとするがまとまらない。当然だ。二人の体勢は先程のままである。しかし折角の機会。このまま離れるのも勿体無い。時間だけが過ぎていく。それはそれで悪くないと思わなくもないのが困りどころであった。

 

 そして唐突に閃く最適解。

 

「とっておきのきあいパンチが見たいな!」

 

 コゴミは違和感を抱いていたのだ。バトルの際使われるそれが、レンの、レンのポケモン達の全力のきあいパンチではないのではないかと。そして同時に思うのだ。抑えてあれだとしたら全力ならどれだけ凄いのだろうかと。

 レンの側からすると、別に舐めプとかそういうことではない。レンなりに全力で楽しもうとしていたのだ。単純にローブシンに負けはないというだけの話。結果が見えていては意味がなかったのだ。だからこそ全力は出さなかった。

 というわけでコゴミはレンの全力を見ることができ、レンはレンで久方の全力である。気持ちいいに決まっている。乗らない筈がなかった。

 

「任せて下さい! ……ローブシン!」

 

 レンが呼び出したのは、それまでコゴミが見たことのないポケモンであった。これで余計に確信が持てた。このポケモンにきあいパンチを使われたら、それはもう、勝てないだろう。

 

 レンを抱き締める腕に力が籠る。レンもまた、より強く抱き締め返した。

 

 カントー地方に居るピクシーが耳を塞ぎたくなる程二人の心臓は高鳴っていた。

 

 ギャラドスの下りから周囲の人が二人のやり取りを見守っていたとしても、バトルドームでハルカが金シンボルを獲得していたとしても、二人には関係がなかった。若気の至りとはかくも恐ろしいものか。あるいはこれもまたきあいの為せる業か。

 

 それはともかく、遂に指示が下される。

 

「ローブシン……きあいパンチ!」

 

 誰もが、そのポケモンに注目していた。誰もが、一挙一動を見逃すまいとしていた。だが、それでも尚、捉えることは叶わない。既に拳は振り抜かれていた。

 遅れて音がやって来る。拳圧で周囲の人々はひっくり返り転がっていった。

 

 だが、それだけでは終わらなかった。拳が振るわれた先の空間が揺らいでいた。確かに気温は高い。だが、陽炎などではない。

 その揺らめきは徐々に大きくなり、遂に、空に穴が開いた。

 

━━━━━

 

 誰しも悩みはあるものだ。

 きあいパンチができないだとか、きあいパンチがきあいパンチじゃないだとか、いつの間にかきあいパンチだと錯覚していたとか、きあいパンチが更新できないとか……。

 そう、誰だって悩む。

 知能指数5000のフーディンであってもそれは変わらない。寧ろ、知能指数5000であるからこそ、有象無象の悩みよりも重く、深刻な悩みであった。

 

 フーディンの悩み、それは……

 

 自身のきあいパンチに向上が見られないこと。

 

 フロンティアに来て何度もスタメンで戦った。何度もきあいパンチしてきた。そして勝ってきた。

 

 だが、戦えば戦う程に、勝てば勝つ程に、自分の中に不満が溜まっていく。自分のきあいパンチはこんなものなのか? ここで満足していていいのか?

 

 疑問型で思い浮かべはするものの、答えは決まっていた。良い筈がないのだ。

 

 

 

 そして、遂に時が来た。

 

 いつものようにフーディンはモンスターボールの中から主の奇行を眺めていた。

 ギャラドスに乗り、最近通いつめている女の元に向かっていた。そして女を発見、ギャラドスの落下の勢いもそのままに女に抱き着いた。そこはきあいパンチだろうと思わないでもないフーディンであったが、静観を続ける。

 女がねだったのは「とっておきのきあいパンチ」

 普段ならフーディンが飛び出すが最近伸び悩んでいるし、何より一番きあいパンチが凄いのはローブシンである。故に、更に静観を続ける。

 

 拳が振るわれる。常人や常ポケなら目で追うことすら不可能であろうが、知能指数5000のこの目をもってすれば造作もないことであった。

 

 が、フーディンは驚愕する。

 

 空に穴が開いたのだ。凡そ強力なきあいパンチと言えど、空間にまで影響を及ぼすとは思っていなかった。

 フーディンは確信する。自分はまだ先へ行くことができる。

 

 そして、サイコキネシスを使った。モンスターボールの中からとは言え、人二人くらいなら造作もない。

 

 更なるきあいパンチの為、新たな環境に身を置こう。

 空に開いた穴を見て、そんなことを思い付く。知能指数5000とはなんと凄まじいのか。

 

 

 この穴が何処に繋がっているのか。そんなことは誰にもわからない。

 確実に言えるのは一つ。

 

 

 

 フーディンの戦いはこれからだ。

 

 

━━━━━

 

 え、あの時ここで何があったのかですって?

 

 

 えぇと、確か、まずギャラドスが降ってきて……

 

 

 はい、間違いありません。ギャラドスでした。思わず三度見したのでよく覚えています。

 

 

 で、下に女の子が居て、ギャラドスがぶつかる!って思った瞬間にギャラドスが消えて、その女の子に男の子が抱き着いてくるくる回ってましたね。ええ、結構な勢いでしたから、まあ、回るでしょう。映画のワンシーンみたいで凄かったです。

 

 

 ええと、それで……そう、暫く抱き合ったまま何か喋ってて、男の子の方が、見たことのないポケモン……うーん、下半身の貧弱なゴーリキーみたいな……。で、そのポケモンがいつの間にか拳を振るってて、ギャラリーみんな拳圧で吹っ飛ばされて……ええ、飛ばされました。凄かったですよ。空に穴が開く位って言ったら伝わりますかね? まあ、ホントに開いちゃったんですけど。

 

 

 はい。空に穴が。

 

 

 で、その時不思議なことが起こりまして。

 

 

 何かその、男の子と女の子が宙に浮いて、穴の中に入って行ったんですよ。

 

 

 で、そのあと穴が閉じました。

 

 

 うーん、まあ、心配っちゃ心配ですけど……まあ、大丈夫じゃないですかね?

 

 

 

 なんか、きあい入ってる顔してたんで

 

 

 

━━━━━

 

 

 彼女はこの事実をまだ知らない。

 

 




読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。

言い訳を少し。仕事始めるとネジ外してらんないんです。週末に書こうとして「お、いけそうか?」となった所に月曜日がやって来るわけで……。
はい、頑張ります。

ところでシルバー君がシルバーちゃんだったら凄く可愛い……可愛くない?

次回新章突入!

俺はきあいパンチ親父コブシ・レン。一目惚れしたコゴミ=サンと町へやって来て、黒ずくめで赤い髪の子供の怪しげな行動を目撃する。観察するのに夢中になっていた俺は、背後から近付いてくるもう一人の俺に気づかなかった。
そして、目が覚めると……

記憶を失ってしまっていた!
コブシ・レンが生きて(ry

お前だパンチ 第2章 喪失編

乞うご期待!

あ、勿論嘘予告なので。
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