ソードアート・オンライン−−ギルド名『草生えるw』   作:tfride

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第2話 『実際スイッチってつかう?使わんだろw』

「でだ」

唐突に出て来たウサギの言葉に皆がそちらをみる。

「…なにが?」

唐突故にキリトが素っ気なく返してしまうのも致し方ない。

ボスフロア近くの町に宿を借り、6人合意のもとキリトの部屋に押しかけたためか、数人は座る場所がなく…と言うよりも地面に座っているのだが…かなり狭い。

「取り敢えずはまぁ自己紹介から始める?」

そう切り出したローキに皆が頷くとなら言い出しっぺからと言うことで…。

「こんばんは、俺はローキ。装備は槍。短い間だけどよろしくお願いします」

天然パーマーが少し目立つローキは次は隣と言わんばかりにリクを見ると、察したのかボゲーッとしていた体勢を少しは正し。

「どうもリクだ。武器は両手斧。主にタンクが得意だ。以後よろしく」

すると半分ぐちゃぐちゃに座っているため分かりづらいが、時計回り的に言えば次はアスナ。

「アスナです。武器はレイピアを使います…」

少し他人との心の距離感が図りづらいのか、自己主張の少ない声を出す。

「えーっと、俺はキリト。武器は片手剣。よろしく頼む」

アスナを庇うようにそう続けるキリト。

その対応や、やけにアスナが睨むように、距離感というよりもニンジャをチラチラ見ていることから、敵対されているか、単純に人見知りであるのではないかと『三人』は察する。

すると少し諦めたようにニンジャが口を開く。

「ども、さっきの件で知ってる奴も多いけど、ニンジャだ。武器は曲刀を使う。以後よしなに」

そう言うと隣のウサギ―――

―――がいない。

あらら?とニンジャは周りを見渡すもどこにもいない。

皆が視線を四方八方に向ける。

「あの人、どこに行ったんですか?」

「まさかゲッダンしたとか?」

「え?ゲッダン?」

「え?ゲッダンてなんです?」

『え?』

そんなやりとりをしていると、部屋の入り口が蹴られるように激しく開く。

皆がそちらに顔を向けると、両手いっぱいに食料を持って来たウサギがおったそうな。

「テメェなにやってんだ」

そうリクの荒い言葉。

「え、お腹すいたから食べ物をと。みんなも食べる?」

「くたばれ」

繰り出されたリクのダイレクトアタックによりウサギは吹っ飛ばされ壁に激突し床に伏した。

本当にここが圏内でよかったと思う。

「あーあれがウサギだ、武器は短剣。覚えなくていい」

「はあ…?」

リクが一言、捨ててくる(自分たちの部屋に置いてくる)とウサギを引きずり歩く姿を可哀想に眺めるキリトとアスナ。

いや、可哀想というよりは珍獣を連れ歩く巨漢という図が出来上がっていた。

二人がいなくなったことにより四人のみとなった空間で、大まかに下されるであろう指示や用語を主にアスナにレクチャーしていく。

聞けばアスナはこの手のゲームは初めてらしく、キリトやローキ、ニンジャが用語を出すたびに質問を繰り返していった。

話が片付くとローキがこれまでの話をまとめ始める。

「まとめると、俺たちは周辺にスポーン(敵MOBが出現)するであろう敵モンスターの排除が目的。キリトとアスナ、リクとウサギが前衛。俺とニンジャは後衛。前衛四人が交互にスイッチ。最悪の場合後衛とスイッチして対処」

「あぁ、それで大丈夫だろう」

キリトがそれに同意する形で会議は終了。明日を待つだけになった。

と、ここでキリトが話をふっかけた。

「ところであんた、会議で話してたことは本当なのか」

「んー?」

するとニンジャは会議で披露したような戯けた態度で再び接してきた。

その対応に少し思うところがあるも、構わずキリトは続ける。

「パンフレットを作ったり、アーニルブレードのクエストアイテムを販売したり…あと聞いたぞ、最初の町で路頭に迷っていたプレイヤーに声をかけて商人になるよう呼びかけたそうじゃないか」

「あぁ、あれね」

その言葉を聞いた瞬間、気だるいと言わんばかりの態度をとるニンジャに代わってローキが答える。

「キリトくん、考えてみてよ。今回の攻略会議でβテスターが色々言われるのは目に見えてたし、そうなると指揮が崩れて何かあった時に揉めるのは当たり前。ならそうさせないために色々手を打つのは当然でしょう」

その言葉に若干の同意と疑問が浮かぶ。

その言葉を代弁するかのようにアスナが口を開く。

「でも、それだったら貴方達がβテスターでなければ…」

「βテスターだよ?」

いきなりのカミングアウトにキリトとアスナは口を開いた。

「は、え、だったら尚更そう言って聞かせた方が…」

「テスターが慈善事業するのと、テスターかもしれない奴が慈善事業するのとでは…俺だったら後者の方が手を出しづらいしなにも言えないね」

要は自分たちの二つ名の問題であった。

テスターと知られた商人ならいくらでも手を打って制裁を加える事が出来る。

しかし『かもしれない』という憶測を出ないなら、ゼロにはできないがかなりの数を減らす事が出来る。

その言葉にキリトは自分から黙った。

ステージの一件から、考えての事だったのだろうと認識はあったが、まさか…。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「ん?」

そう口を開くキリトは、先ほどの相手に押された様子もなく言葉を発していた。

「あんた達は、何でそこまでしてβテスターを守るんだ」

「…?」

その言葉の意味がわからないのか、はたまた真意がつかめないのか。

ニンジャ達は只々首をかしげるばかり。

「別にあんた達が動かなくたって、ある程度肩を持ってくれるプレイヤーはいたはずだ。そこまで徹底してやらなくても、100層はあるこのアインクラッドにいたらβテスターなんて途中から関係なくなるんじゃ…」

「俺たちはな」

そう言葉を遮るニンジャはキリトの顔に自分の顔に近づけニンマリと笑った。

「俺たちは、ゲームをクリアするつもりはない」

翌日。

キリトは思考に若干の靄が掛かりつつ、フロアボスの入り口に立っていた。

(俺たちは、ゲームをクリアするつもりはない)

その言葉だけが彼に取り憑く様に思考の邪魔をする。

それは隣で聞いていたアスナも同じだった。

ゲームをクリアする気はない?

一体なにを考えているのであろうか。

ゲームオーバーは死ぬことと同じ。HPが全損すれば脳を焼かれ死ぬであろうというのに、彼らは全くそんなことを気にせずにああ言ってのけた。

死ぬのが怖くないのか。

いや、それ以前にクリアが目的でないのなら何故商人プレイヤーを増やしアーニルブレードを広めパンフレットを仕上げた?

何故攻略会議に参加した?

この事だけに関しては彼らの思考を読み解くことはできなかった。

「死ぬな!」

そうディアベルの喝が聞こえてくる。

そうだ、今はボス戦に集中せねば。

思考を切り替え今までの疑問を隅に寄せておく。

自分の視界の左端にパーティーメンバーの名前がちらつくがちらつく。

パーティーになったことで表示された名前の数が……自分がリーダーであると言う事が妙に緊張感を心に貼り付ける。

が、ふと自分がリーダーになった経歴を思い出す。

『パーティーリーダー誰にしましょうか』

『パス』

『無理』

『やだ』

『いーじゃん♪いーじゃんすげーじゃん♪』

『……俺がやる』

何だろう、すごく奴らを殺したくなってきた。

張り付いた緊張感を引き剥がし目の前に集中する。

ディアベルが先陣の元、五十人近いプレイヤーが一歩一歩、歩を進める。

半分ほど差し掛かったところで目当ての敵が現れた。

イルファング・ザ・コボルド・ロード。

全体的に赤い皮膚に盾と斧。

その巨体と演出から彼がボスだと一目でわかった。

が。

「うっわデブがボスかよ」

「ないわー」

「やる気削がれる」

「…ふっw」

「お前らちょっと黙ってくれ」

あいも変わらない四人を制していると、ディアベルの指示が一言。

「戦闘開始!」

その言葉とともに皆が一斉に駆け出す。

剣で、槍で、斧で。

様々なソードスキルと雄叫び。

戦場と化したエリアでのキリト達の仕事は、取り巻きのルイン・コボルド・センチネルがボスを狙う本隊に向かわない様にするのが役目だ。

それを果たすために敵の剣を避け、斬りつけ、仲間と入れ替わる。

が、本隊の動向も見逃さない。

ボスのライフ残量によって取り巻きが再度出現する可能性もあるのだ。

これはあの四人と話し合った結果注意しなければならない事と決めていた。

決めていたのだが。

「イヤァアアアア!?ボス戦ダァ!?」

「落ち着け走り回るなウサギ!こいつは取り巻きだって言ってんだろ!」

「よーしウサギ、後衛に逃げてみろ。俺が殺す」

「アァアアアアアアアアア!前はボス!後ろはニンジャ!俺はどっちに行けばいい!?」

「いや普通に目の前の敵倒せば…あとそいつボスじゃない」

「お前らマジで黙ってくれ」

自由に走り回るウサギ。

キレるリク。

眺めるローキ。

殺意満々のニンジャ。

なんだこれ。

つい四人に向けて投げやりな言葉を放つも彼は悪くない。

唯一何も言わずに戦ってくれるアスナに本当にありがたく思う。

ボス戦が終わったらこの四人と縁を切ろう。

キリトは心にそう誓った。

ふと視線をボスに向ければ、体勢を崩したボスに向けて全力攻撃を行うところであった。

相変わらずふざけ合いをやめない四人に今度はアスナが注意を促している。

が、今のキリトはその光景を認識してはいなかった。

彼が見ているのは、レッドゾーンに差し掛かったボスのコボルド王が無敵演出で武器を持ち替えるその瞬間。

「刀?」

誰かがそう呟いた。

瞬間。

コボルド王が跳躍。

逃げ惑うプレイヤー。

「退避!攻撃するな!パターンを確認するんだ!」

ディアベルの指示が飛ぶ中、誰もいなくなった地面へと刀の一撃が放たれる。

が、ゆらりと揺れる巨体にわずかに傾けられる得物。

「避けろディアベル!!」

思わずそう叫ぶキリトの言葉を理解するより早く、その一撃が…周りに向けての一閃が放たれる。

その刃は確実にディアベルを捉え、巻き込み、彼の体は宙を舞う。

「クソ!」

その言葉とともにキリトは駆け出した。

周りのプレイヤーはディアベル助けるために…しかし彼の体はガラスが砕けるかの如く消えていく。

振り返ってはいられない。

自身にヘイトを集めるため、一心不乱に剣を振りかざす。

その巨体から繰り出させる一撃。

先ほどの斧とは違い全体が凶器である刀を避け、アスナが近づいていることに気づく。

「スイッチ!」

大ぶりの一撃をかまし、後ろに控えていたアスナに切り替わる。

が、彼女のレイピアが放たれる寸前に相手の大ぶりが彼女の頭上を掠め、フードを切り裂いた。

晒される容姿に少しばかり新鮮な気分を味わいながら再び切り替わるために前に出る。

だが相手の方が一枚上手か、単純に注意不足か、攻撃の上から刀を振り回し二人同時に吹き飛ばされた。

致命傷に至ってないおかげか、単純にソードスキルではなかったから、二人はまだ動くことができてはいた。

急いで体勢を立て直すも相手のソードスキルの光と接近する巨体。

「マズっ…!」

アスナはまだ立てない。

キリトは体を起こしてはいるが彼女を守りながら立ち回る?

不可能だ。

本隊の助けも間に合わない。

死ぬ。

その感覚のみが全身を支配し動くことができない。

が、意地と気合いで振り払いアスナの襟を掴みなんとか避けようと引っ張り。

ボスが数歩後退した。

「は?」

最近何度目かわからない言葉を発する。

なぜ後退したのか。

先ほどと変わったことは?

それはキリトの目の前に短剣を振り抜いたウサギの姿だった。

「あーあキリトの奴行っちまった」

そう言いながら取り巻きの相手をするリクは、視線だけキリト達の方に向けられていた。

気だるそうにそれを眺めている…というよりサボっているニンジャは曲刀を玩びながら答えた。

「ありゃディアベルのやつ死んだな」

それは罵倒でもなんでもなく、ボスのソードスキルをまともに食らったプレイヤーがどういう運命を辿るのかという話である。

その言葉を肯定するかのようにディアベルの体は消えていく。

「これは面倒臭い事になりそうだね、どうするニンジャ」

ローキの言葉に天を仰ぎながら考えるニンジャは、しかしコボルドの一撃がキリト達を吹き飛ばしたのを見た。

「…ありゃまずいな」

リクの言葉に反応してか、咄嗟に言ったかはさて置き、ローキが叫ぶ。

「ウサギ!スタン取ってきて!」

先ほどまで取り巻きの一撃をダイナミックに避けおちゃらけていたウサギは、しかし姿勢を低くし自身が出せる最高速度で駆け出した。

それに遅れて続く三人。

「そーっれ!」

その体はコボルドの刃のさらに下に潜り込み、相手の身体に接近する。

そのまま一気に短剣を上へ振り上げ、狙い撃つはコボルドの腕。

ソードスキルが放たれる腕そのものを狙った。

瞬間相手のソードスキルは中断され短いスタン状態に移行する。

これがキリトをソードスキルから救った一瞬の出来事。

成人よりも低い身長、相手より短い獲物でこれらを狙ったという事実よりも。

キリト自身には、先ほどまでおちゃらけて遊んでいた人物が相手を後ずらせ自分を救ったという事実が勝ったのか、相変わらず開いた口が塞がらないようであった。

「突っ込めリク!」

その言葉とともに巨体が斧を振り下ろす。

その一撃が開戦の狼煙か、スタンが溶けたコボルドが再び横一線。

が、寸のところでしゃがんで回避する直前に、彼の背を踏み台にして上へ飛ぶローキ。

振り抜かれた刀を無視し槍で二度突き刺すと今度はリクのソードスキルが放たれる。

途端に硬直状態に入り、その隙を狙ってかコボルドの一撃が振り下ろされ…。

しかしその一撃は刀の腹をニンジャの曲刀の柄で打ちわずかに逸らさせる。

それとともに、悪いと一言呟くとリクを後ろへ蹴り飛ばし相手の一撃は空を切る。

「あれって…」

「あいつら…練習でもしたのか…?」

その短い数撃だけで血の滲むように練習したサーカスのようにも、互いに信頼し合う共闘者にも見えるキリトとアスナは…否、その場にいる全員が一瞬唖然とする。

「なぁキリトぉー、うぉっと!?…そろそろ前線代わってくんない?あぶねぇ!?」

一撃一撃を防御ではなく、いなすという形で防ぐニンジャの言葉に我に返ると、アスナとともに駆け出した。

二人だけじゃない。

後ろに控える40人近いプレイヤーはディアベルの仇だと言わんばかりに駆け出す。

大掛かりなスイッチと言わんばかりに前後を入れ替わる四人は、ふと同じ感想を持っていた。

『結局スイッチって言わなかったな』

四人の言葉は、複数人の気合の入った雄叫びで霧散した。

派手な演出とともに目の前に大量のコルと経験値が流れてくる。

一瞬の光とともにレベルアップしたニンジャとウサギは、流れるような手つきでポイントを振り分けていく。

周りを見渡せば一歩前進した歓喜のような、リーダーを一人失った悲しみのような複雑な感情で歪んでいた。

見事ラストアタックを決めたキリトが、形でも礼をいうために四人に近づこうとして。

「なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!」

その言葉に進めていた歩みを止める。

特徴的な関西弁を喋るプレイヤーといえば一人しか思い浮かばない。

ひとり、顔を歪め周りの空気も無視してキバオウは叫んでいた。

「おい、見殺しってのは失礼だろ」

そう一歩前に踏み出たのは大柄の色黒プレイヤーのエギル。

なんとかキバオウの気を落ち着かせようと伸ばした手は叩かれ、さらにヒートアップする。

「そうやろがぁ!テスターどもは知っとったんや、あいつが刀を使うこと!最初からその情報伝え取ったらディアベルはんは死なずにすんだんや!」

少しずつ、彼の言葉に感化されてか、周りがざわついてくる。

それはそうだろう。

もし彼の言葉が本当なら、この中に嘘を紛れ込ませたβテスターが混じっているのだ。

そして、いるかも分からない敵を探すために少しずつ騒ぎは大きくなっていく。

するとプレイヤーの一人が一歩前に踏み出し、キリトのパーティーを指差した。

「きっとあいつら、元βテスターだ…だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ。知ってて全部隠してたんだ!!じゃなきゃあんな掛け声もなしに連携取れるかよ!!」

その矛先は、先ほど合図もなしに連携を取り付けたニンジャたち四人に向けられた。

「他にも居るんだろ、ベータテスターども、出てこいよ!!」

「…」

「…やっべローキ、どうしよう」

「んー…」

小さく尋ねるニンジャの言葉に、四人黙り込んだ。

黙って思考を巡らせていく。

四人の視線はキバオウと先ほど自分たちをβテスター扱い…実際βテスターなのだが…したプレイヤー。

さらには他のプレイヤーに向けられる。

正直なところ、キリトやアスナを含め自分たちを身の潔白を証明するのは簡単だ。

嘘をつくならボス攻撃のパーティーに加わったとか。

ラストアタックボーナスを狙うために前線に加担すると言い逃れるか、ディアベルの死は彼の責任であると押し通すか。

が、どちらにした所でいるかも分からない悪意あるβテスターを探す流れに変わりはない。

彼等だけではない。

特にこういった事に自分で突っ込んできたニンジャの思考は、しかしいきなりの笑い声に考えを中断する。

「……あっははははははははははは…」

全員がその笑い声の元に視線を向ける。

そこには、先ほどラストアタックを行なったキリトが満面の…否、あれは皮肉を込めた悪意ある笑顔を浮かべ立っていた。

「ハハハハ…元βテスターだって? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

「な、なんやと!!」

その言葉を聞いた瞬間。

キリトも、その場にいる全員も見ていなかった。

ニンジャ達四人の、悪戯を思いついた子供の様な笑みを。

その表情を視界に納めないままキリトが続ける。

「SAOのβテストに当選した千人の内の殆どはレべリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のアンタらの方がまだマシさ。でも俺はあんな奴等とは違う、俺はβテスト中に他の誰も到達できなかった層まで上った!!ボスの刀スキルを知ってたのは『ずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったから』だ。他にも色々知っているぜ?情報屋なんか問題にならないくらいな」

その言葉を聞いた瞬間キバオウは今までにない動揺のこもった声で、チートだ。チーターだと騒ぎ出した。

「そうだ、チーターだ、β版のチーターだから『ビーター』だ!!」

「『ビーター』、良い呼び名だな、それ。」

ニヒルな笑みを浮かべ、キリトは先ほどのラストアタックボーナスの、コート・オブ・ミッドナイトをオブジェクト化し、肩に掛けた。

「そうだ、俺はビーターだ。これからは元テスター如き何かと一緒にしないでくれ。」

それだけ告げると、前へと歩き出した。

――これでいいんだ。

何度も自分の中でそう言い聞かせる。

先ほどのボスが刀を取り出した。それはβテスト時代と情報が変わってきていると言う証でもある。

そんなことを、今この現状で告げれば、士気が下がるどころが攻略速度に影響し、最悪の場合諦めてしまう可能性もある。

そんなことがあってはならない。

――『俺たちは、ゲームをクリアするつもりはない』

――俺はあんたたちとは違う。

――待っている家族がいるんだ。

そう決意したキリトの肩に、トンっと手が乗せられた。

「と、俺らのパーティーリーダーもそう言ってるんでね」

少し下に向けられていた視線を横に向ければ、そこには先ほどまで同じパーティーメンバーであったニンジャがニヒルな笑みを浮かべて立っていた。

否、ニンジャだけではない。

リクが、ウサギが、ローキが。

皆がキリトについてきた。

その光景に戸惑うキリトは、思わず小声で講義をニンジャにぶつける。

「おい…!…あんた達まで来る必要ないだろ――」

「――なーに面白そうなこと一人でやってんだ。混ぜろ」

んな理不尽な…と心の中で一人愚痴るキリトは、もう彼らに合わせるしかなかった。

そして都合よくキバオウが声を荒げた。

「んな!?あんたらやっぱβテスターやったんか!」

「今更おせーよバーーカ」

「ばっ…!」

あぁ、話がややこしく…。

「まぁ、アクディベートだけは済ませてきてやるよ」

リクの言葉が最後になり、キリト達はボスエリアの出口に飲まれるように入っていった。

「いったいどういうつもりだよ!!」

キリトの渾身の叫びに四人は一斉に振り向いた。

既にボス部屋の出口を抜けある程度進んだ道すがらのことだ。

キリト本人も、このセリフをもしも他人に聞かれてはならないとの配慮があっての事だったのだろうが、ある程度の時間が過ぎ去ってしまい四人は全く別の話題へと進んでいた。

「え、なになに?キリトも次回の仮面ライ○ー【鎧○】第三話が気になるの?」

「どうせ誰か死んで終わりだろ」

「違う!!」

ウサギとローキの話を無視してキリトが強引に話を進める。

「さっきの俺の話聞いてなかったのか!?」

「聞いていたさ。要は自分だけ色々被って攻略組が萎えるのを抑えたんだろ?」

リクの言い方に問題はあるが、確かにキリトが行ったことは大まかそれであっていた。

βテスト時代との違い。

いるかも分からない悪意のあるプレイヤー。

それらをすべて飲み込んで、キリトは一人で進むつもりであった。

しかし、進んでみればあって二日経たないおちゃらけているようで真面目だったり不真面目だったりするようなプレイヤーも付いて来るとは思いもしなかったであろう。

すると、並行して歩いていたニンジャがキリト達の前を後ろ向きで歩きながら。

「まぁ言い方は悪いが、こっちも利潤を求めてこっちに来たんだ。悪く思わないでくれよ?」

「利潤?」

その言葉に若干の不安はあるが、キリトの自己犠牲に感化されついてきてはいないのだ。

それを知るとキリトの心の中で渦巻いていた罪悪感は少し和らいだ。

「そう。利潤。まぁディアベルには悪いけど、アイツには英雄になってもらったさ」

「お前…!」

いきなりの無神経な発言に注意を促そうとするキリトだったが、それをローキが手で制した。

「ま、簡単に説明すると…LA狙いでみんなを利用してたんだよ」

「は?…って、それなら誰だって…それこそβテスターだったら周知の事じゃないか。今更…」

「ところがドッコイ、それだけじゃないんだなぁ。情報屋に報酬払ってテスターであろうプレイヤーの退場状況を窺っていたのはまだ良かったけど、万が一自分が死んだ場合のスケープゴートを用意したり」

「え?」

「あぁ後はリーダー格を確実にするためにキバオウを利用したりとな」

「そんな…」

静かにキリトは心の中で否定した。

確かに、ディアベルとは死する時も前へ出て戦っていたため看取る事はできなかったが、自ら前へ出て、隊を指揮し、攻略を目指すディアベルからは想像もできなかった。

誰か否定してくれと言わんばかりに周りを見渡すが、視線を合わせても誰も否定の言葉を掛けない。

それどころか、ローキが静かに口を開く。

「それこそ情報屋のアルゴに聞いたから確実。隠蔽スキルが高いウサギが追跡してみれば、圏外で密談を取り合っている二人を見つけて」

ね、もう真っ黒でしょ。と皮肉気に笑って見せるローキの顔は、皮肉というよりも苦笑いに近かった。

が、キリトの視界にそんな情報は入ってこない。

なぜ自分が一人重荷を背負って出ていこうとしたのか。

それは仕組まれたことだったのか。

様々な感情が出てきては消えを繰り返し…。

「…いや、今はこの現状をどうするかだ」

「お、いいね。そうやって今を生きれる人間は嫌いじゃないぜ?」

自分の中で踏ん切りをつけ、前へ進む力が一段と強くなる。

少なくとも、キリト自身があそこで決断し実行したことは間違ってなどいない。

あれが最善の結果だったと心の中で納得させる。

「ところで、あんた達の利潤って何なんだ」

「あ、やっぱり気になる?」

当たり前だと言い切るキリトに、仕方がないと半分あきらめでニンジャが答えた。

「話は簡単で、純粋に俺ら四人組の大きな肩書が必要だった」

「…? 何のために?」

「第一層に置いてきた商人たちのためだよ。近いうちに商人ギルドとして組ませたいけど、知名度低かったら意味ないし。だからこそ実働部隊の俺らが有名になる必要があった」

「そんなことのために」

「そんなことじゃないさ。有名になれば顔が知れる。顔が知れれば商いの口が広がるこれ常識」

あっけらかんと答えるニンジャに呆れを通り越して諦めに近い感想を持ったが、一つキリトの中で疑問に持った。

ふと隣を歩くウサギ…は信用ならなかったため逆を歩くローキに話しかける。

「なぁローキ。あんた達言ったよな『ゲームクリアする気はない』って。でもあんた達のしている事…どう考えても俺たち攻略プレイヤーを支援してないか?普通だったらこう、無関心に何もしないと思うんだが」

その疑問に四人は顔を見合わせ…少し笑った。

当のキリトは何のことかさっぱりと疑問符を並べるとローキが答える。

「確かに俺たちはクリアする気はない…けど楽しむつもりではいるよ」

「ゲームを…楽しむ?」

小さく頷くローキに未だ解せぬキリト。

するとニンジャが付け足すように口を開く。

「俺たちはゲームを楽しむためにテスターに応募したんだ。だったらデスゲームになろうがやる事は『楽しくプレイする』だろ?」

なんとも簡素に、かつ異常な回答にキリトは少し恐怖した。

生きる定義が違う。

そんな感情を抱いたキリトの口は勝手に動いていた。

「…怖くないのか?」

「ん?」

なんて質問をしてるんだとキリトは自分を押さえつける。

が、漏れ出した感情は止まることを知らなかった。

「怖くないのか?怒らないのか?HP全損したら死ぬようなデスゲームにいきなり巻き込まれたんだぞ?」

あとで思い返せば、疑問というよりは同情だったのかもしれない。

誰に対してかはわからない。しかし周りの基準で考えれば突出して異常な気分でプレイしているこの四人の気持ちを知りたかった。

四人は黙る。

キリトも静かに回答を待つ。

唯一キリトが彼らの表情から察したのは、仕方がない…というような諦めの感情であった。

「じゃあ聞くけどよ」

口を開いたのはリクだった。

彼は大柄の体を少し屈ませキリトと同じ視線になる。

「車に轢かれれば重症。建物に押しつぶされればほぼ即死。この場所と違って腕を切られれば二度とくっ付かないような現実…どう違うのか教えてくれ」

「え…」

現実と同じ?

そう返されたキリトは…しかしそれを否定することはできなかった。

なんだったらウィンドウメニュー一つでやり取りし、特殊行動もスキルによる成功確率で決まる。

少しづつ理解をしてきたキリトを察してニンジャが一言。

「そ、変わらない。なんだったらゲーム内のほうが温いもんだ」

彼らは変わらないと言った。

現実より温いと言った。

この狂ったデスゲームの中で笑顔で…しかも楽しんで『プレイ』できる彼らを見て…あぁ、この人達と皆は違うんだな…そう辿り着いた思考と、目の前にウィンドウが現れるのはほぼ一緒であった。

ウィンドウにはフレンド申請の文字。

相手は、Ninja,Riku,Ushagi,Lorkiの文字。

気づけば皆各自のウィンドウを操作していた。

「ああいった以上どうせお前ソロプレイする気なんだろ?なんか買いたい物あったら連絡くれ」

呆然と立ち尽くすキリトを背に、四人は歩き出した。

キリト自身、彼の言う通りソロで動くつもりであったため、ちょうど良いとウィンドウに視線を戻す。

彼ら四人の申請に許可を出していき…キリトはゆっくり歩きだした。


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