今回はゆきなみとあすかの護衛艦時代のお話で、2人が艦娘として出現する前(みらいがタイムスリップする前にいた世界)のストーリーとなります。その為、今回は艦娘はおろかジパング側の登場人物も出てこない、完全にオリジナルキャラクターのみの登場となります。展開の都合上めちゃくちゃ端折ってますが、一応戦闘シーンもありますよ。ではどうぞ。
第三章:決意の刻(前篇)
「両舷停止」
「錨降ろせ!!」
艦橋の内部では、停泊の為そこかしこで様々な号令が飛び交っている。海上自衛隊イージス護衛艦『ゆきなみ』艦長の平原敦志一等海佐は、少しずつ音量が下がっていくガスタービンエンジンの音に交じるそれらの声を聴きながら、同様に前方に停泊している先行艦、『あおば』『はるか』『あまぎ』の3隻の姿をじっと見つめていた。
多国籍演習に向け、彼女ら3隻とともに横須賀を出航したみらいが突如、ハワイ沖で消失したという一報が届いた時、ゆきなみは姉妹艦であるあすかとともに、ミサイル攻撃を想定した対空戦闘訓練を房総半島沖で実施していた最中だった。本来は、それぞれ佐世保と舞鶴の両基地に所属するこの2隻が当時関東近海にいたのは、4隻もの護衛艦と補給艦を送り出し守りが手薄になった横須賀をカバーする目的で、みらいと同じ最新鋭のゆきなみ型イージス艦である彼女たちが招集を受けたためだった。
それにしてもいくら最新鋭艦だからとはいえ、艦首に描かれている艦番号を除けば艦影が全く同じデザインになっており、夜間ともなれば捜索隊による誤認の危険性も極めて高い同型艦を、それも2隻もわざわざみらいの捜索活動の為に送り込むとは。全く、海上幕僚監部の連中は一体どういう了見をしているのか。命令が下った当初、平原はそう内心では愚痴をこぼしたものだ。尤も総合的にその時の状況を判断すれば、機動的に動かせるのはこの2隻しかどうやらいなかったということらしい。
その後、みらいよりも早い3日でゆきなみとあすかが現場海域に到着した頃には、そういう雑念もいつの間にか消え失せていた。今、彼の頭にあるのはいかにして早期にみらいを発見し、かつて阪神・淡路大震災の時に同じ阪神基地隊の一員として働いていた、艦長の梅津三郎一佐以下240名のみらい乗員、及びともに乗船しているとされるカメラマンの人命を救うか、ということのみだ。「妹」のピンチを助けるのは「姉」の仕事、と平原は心に決めていた。
「艦長、停泊作業無事完了しました」
航海科所属の隊員から報告が上がる。
「『海猫』と内火艇の方はどうなってる?」
ゆきなみの後部格納庫に収容されている艦載機「海猫」は、航空科の隊員たちで構成される339航空隊が運用する機体だ。あすかの340航空隊が保有する「海蛇」、みらいの341航空隊が保有する「海鳥」とは形や仕様こそ全く同じだが、区別の為にそれぞれ異なる名称がつけられている。もちろん交信時のコールサインも別個に持っており、海鳥の「シーフォール」に対して海猫は「シーキャット」、海蛇は「シースネーク」とどちらもそのものズバリである。
「既に、どちらも海難対処の準備は整っております。あとは艦長のご命令次第で、いつでも始められますよ」
「相変わらず、お前らは準備が良くて助かるな。了解した、ご苦労」
平原はそう答えると、頭に装着していたヘッドセットの電源を入れた。みらい捜索活動実施にあたっての艦内通達の為だ。
「達する。艦長の平原だ。皆、ここまで大きな体調不良や機関の異常などもなくやってこれたことを嬉しく思う。だが、我々にとってはここからが本番だ。今一度、各員とも気を引き締めてもらいたい」
艦橋や甲板、後部のヘリ格納庫など、それぞれの持ち場に就いた各隊員は、平原の言葉に黙ってじっと耳を傾けている。
「これより、本艦は僚艦のあすか及び先行艦のあおば・はるか・あまぎ乗員とともに、本海域での消失が報告されているみらいの捜索活動を実施する。現在は夜間の為、特に本艦自身や隣に停泊しているあすかを同型艦として誤認する危険があるが、時間的猶予がないことから直ちに始めるものとする。先行艦からは、みらいの消失当時の本海域は、巨大低気圧の発生に伴い大荒れの天候であったとする情報も入っている。我々の捜索中にも同じようなことが起きないとも限らん。特に内火艇搭乗者及び航空隊は、くれぐれも天候急変に対し警戒を厳となせ」
平原はそこまで言うと、不意に言葉を標準語から故郷・福岡の方言に切り替えた。真面目な場面では徹底的に真面目な一方、元来ムードメーカー気質の持ち主でもある平原は、緊張が続き息の詰まる艦内を自らリラックスさせようと、時折冗談めかしたことを言うことがある。彼が受けを狙った発言をする時は、決まって博多弁でものを言うのが常だ。
無論、彼の部下である238名の乗員たちもそれと知っているので、この時ばかりは肩の荷が若干降りた気分になる。彼以外にも、佐世保がホームグラウンドであるゆきなみの乗員には九州男児が多いし、それ以外の面々も付き合いが長いので艦長の発言内容は理解可能だ。目の前の状況は決して楽観的なものではない。平原の発言はそこに向かっていく乗員たちに対する、上官としてのせめてもの配慮だった。
「お前らン中にはひょっとしたら、『誤認の危険性ばあるいうこつば十分分かっとろうに、わざわざみらいと同型艦の俺らやあすかば送り込む海上幕僚監部は、一体全体何を考えよるんか』思うとる奴もおるやろうな。というか、間違いなくおるとやろう?」
恐らく、冗談めかした自分の言葉にも内心ギクッとした奴が何人もいるだろう、と思いながら平原は言葉を続ける。
「おう、もしそう思っとって『こんなこつば言いよったら艦長から説教ばされかねん』とか考えとる奴がおるなら安心してよかよ。そんな下らん理由でお前らの説教ばしとるほど、俺は暇じゃなか。大体俺もお前らと同じこつば考えとったけん、怒るに怒れんたい」
平原がそう言った瞬間、艦橋からどっと笑い声が挙がった。恐らく、他の場所でも彼の言葉に吹き出した人間は少なからずいるだろう。どうやら、彼と同じことを考えていた人間は想像以上に多かったらしい。狙い通り受けが取れたこと以上にそれを嬉しく思いながらも、平原はなおも博多弁で語り続けた。
「ばってん、海上幕僚監部も何も戯れで俺らのこつばここに送り込んだわけじゃなかよ。俺たちが乗っとるゆきなみ型は、あすか・みらいともども我々海自における最新鋭の護衛艦。しかも、俺たちのゆきなみはそのネームシップたい。当然その船自体の能力にも、その乗員としてあてがわれとる俺らの能力にもあいつらは期待しとるとよ。俺らはその期待に応えんといけん。そこのところは、これを機に改めてよう自覚しとけ」
ここで、彼の言葉は再び標準語に切り替わった。リラックスの為にわざと弛緩させた艦内の空気が、一瞬にして再び引き締まったものに戻る。
「いいか、我々がその期待に応えるための方法はただ一つ。みらいとその乗員を何としても見つけ出し、横須賀へと連れ帰ることだ。ここまで大急ぎで来たとはいえ、既に消失したとされる時刻から72時間が経過している。もし海上でみらいが転覆し、乗員たちが海に投げ出されているとすれば状況はかなり困難だが、ここに送り込まれたからには簡単に諦めるな。この作戦の成功如何はお前たちの頑張りにかかっている。お前たちの最高のパフォーマンスを引き出す為の努力を、惜しむつもりはない。くれぐれも頼んだぞ。私からは以上だ」
そこでいったん言葉を切ると、平原は右脇に控える副長兼船務長の真藤隆正二等海佐に目配せした。「早速始めるぞ」という合図だ。真藤が頷いたのを確認した平原は、先ほどまでの落ち着いた口調から一転して大声で艦内マイクに向けて怒鳴った。
「海難対処始め!!探照灯、直ちに点灯せよ!!339航空隊『海猫』は準備出来次第発艦!!内火艇降ろし方用意!!」
「海難対処始めー!!」
「探照灯点けろー!!」
「内火艇降ろし方よーい!!」
その一声を部下たちが復唱するや否や、再びゆきなみ艦内は忙しなさと騒々しさを取り戻した。皆、この救出作戦実施にあたり時間的猶予が限られていることは分かっている。
(頼むぞ、梅津。そしてみらい。必ず見つかってくれ)
平原は祈るような気持ちを抱えながら、再び夜の闇に覆われた眼前の海域へと目を転じたのだった。その海に、最早彼らが探し求める船は存在していないことも知らずに…。
捜索開始から20分が経ち、未だみらいが見つからないまま時間だけが過ぎていた時だった。突然、艦橋に連絡が入る。
「艦橋、CIC。レーダーに感!!2時の方向に光点1、24ノットで本海域に向けて真っすぐ接近中。アンノウン目標と本艦との距離30000!!」
「何っ!?」
その報告に艦橋が色めき立った。真藤がCICに対して呼びかける。
「CIC、艦橋。その当該船舶は軍艦の類と思われるか?」
真藤の発言は暗に、「その船がみらいである可能性はあるのか」と尋ねていた。無論、それは艦内にいた誰もが知りたいと思っていたことだろう。だが、CICからの返答はその期待を裏切るものだった。
「いえ、残念ながら軍艦に類するものとは思われません。光点の大きさと航行速度から判断するに、どうやら民間のコンテナ輸送船のようです」
「チッ、当てが外れたか…」
真藤は舌打ちした。だが、平原はそれ以上にそのアンノウン目標が航行する方向と速度が妙に気にかかる。
「コンテナ船が、向こうから24ノットで突っ込んできてるだと?輸送船の航行速度としてはトップギアの状態じゃないか。妙にスピードが速すぎる」
「しかもCICの報告通りなら、このままでは封鎖中の本海域にも突入することになりますよ。本艦隊による捜索活動の妨げとなるばかりか、場合によっては内火艇に搭乗している隊員も危険に晒しかねません」
真藤が忌々しそうな表情を崩さずに応じる。これは厄介なことになった、と思いながら平原は手元の受話器を手に取った。
「エクスプローラー、スノーウィザード。本艦のCICが、レーダー上にこちらに向かって航行中のアンノウン目標の姿を捉えた。そちらでは同様の船舶を確認できているか」
コールサインを使って無線通信で呼びかけた相手は、ゆきなみの左側に停泊中の姉妹艦『あすか』の艦長である虎川航一佐だった。それぞれスノーウィザードはゆきなみ、エクスプローラーはあすかを示している。ちなみにみらいのコールサインは「フォーチュンインスペクター」と呼ばれる。
停泊当初は彼らの前方にいた3隻は散開して、現在は捜索の為にゆきなみとあすかの艦尾方向に回り込んでいる。その為、今はゆきなみとあすかがアンノウン目標に対して最前線にいる形なのだ。受話器からは即座に虎川の声が聞こえてきた。
「スノーウィザード、エクスプローラー。本艦でも全く同じ映像を見ている」
「こちらのCICは、当該船舶を民間コンテナ船と推測している。貴艦の所見は」
「たった今、同じ結論に達したところだ。みらいではなくあいにくだがな」
どうやら、あすかの側でも自分たちと全く同じことを考えていたらしい。
「どうする。あっちは最大速度の24ノットで航行中だ。依然として我々との距離は離れてはいるが、このままでは本海域に突っ込んでくる可能性があるぞ」
「当該船舶がどのような目的でこちらに向かっているのか、現段階では時期尚早につき詳細には意図を判断できないが、警戒はしておいた方がいいな。捜索活動中である我々のど真ん中に特攻されるのは、流石に困る」
「とりあえず、まずは向こうの出方を探らなきゃならん。15000まで近づいた時点で状況に変化がなければ、本艦から当該船舶に向け警告電文の送信を実施する。その際は全艦とも内火艇は一旦引き上げ、本艦の海猫と貴艦の海蛇は上空で警戒監視に当たらせよう。内火艇引き上げの指示はこちらから送る。後方の3隻も含めた全艦への通達は虎川一佐、貴艦の方でよろしくお願いしたい」
「了解、スノーウィザード」
虎川の声はそこでいったん途切れると、今度はその場にいた全5隻の護衛艦及び補給艦に向けた通達として、改まった調子でスピーカーから鳴り響いてきた。
「艦橋、CIC。本艦とアルファ目標との距離、15000を切りました!!目標の航行速度及び方向、依然変化ありません!!」
再びCICから艦橋に報告が挙がった。アルファ、と命名された当該船舶は、依然として先ほどまでと変わらず航行を進めている。その艦影らしき影が遠くに見え始めた。確かに当初の報告通り、その姿は明らかに戦闘艦の類ではない。
「あいつら、まさかこっちの状況に気づいてないのか?流石に民間船と言えど、この距離なら気づいてなきゃおかしいはずだが」
様子をずっと見ていた真藤がひとりごちる。
「どちらにせよ、静観できる状況ではなくなったな。通信員、僚艦4隻への内火艇引き上げを指示せよ!!警告電文用意!!内火艇引き上げ始め!!」
平原のその一言で、通信科の隊員がまずあすかをはじめとする他4隻に対し、「アルファ目標、15000まで急速接近。至急内火艇戻せ」の指示を送る。それが終わるや否や、今度は航行してくる船舶に対する英語での警告電文が「警告、こちら日本国海軍。停船せよ」の発光信号とともに送信された。
「航行中の船舶へ。こちらは日本国海軍第三護衛艦隊である。現在、貴船の前方15000の位置において、本艦隊が任務遂行のため作戦展開中である。貴船の即時停船及び船名、所属、船籍及び航行目的の通告を要求する」
こういった緊急時の対処においては、海上自衛隊は実際には存在しない組織の名称である「日本国海軍」を名乗る。素直に海自だと名乗っても理解してもらえない事態の深刻さが、海軍だと名乗れば途端に相手に伝わるのだ。そうした現場の知恵はこの場面でも効果を見せたようで、程なくしてアルファ目標とみられる船舶からは返信が打電された。
「日本国海軍第三護衛艦隊へ。こちらメキシコの海運会社『ラ・エクスプレッソ』所属のパナマ船籍貨物船、ディエゴ・ガルシア。現在弊社クライアントからの要請により、エンセナダよりフィリピン・オロンガポに向けて貨物運搬業務の為航行中である。スケジュールの都合上、残念ながらそちらの停船要求には応じられない」
ここからは音声での通信である。平原はヘッドセットの電源を入れ、通信機の周波数を民間船舶向けのものに合わせた。
「貨物船ディエゴ・ガルシア船長へ、こちらは日本国海軍第三護衛艦隊司令官の平原敦志だ。現在、当海域は本艦隊の作戦行動実施の都合により封鎖中である。停船不可ということであれば、航路の変更にご協力願いたい」
「第三護衛艦隊、平原敦志司令官へ。ディエゴ・ガルシア船長のホセ・アントニオ・ガルセスだ。本航行は現地への到着予定日の指定がある故、目的地への最短距離を最高速度で進行する形を採っている。搭載している燃料の都合もあり、航路変更は困難である。そもそも貴国から遠く離れたハワイ沖で、わざわざ日本の海軍が一体何を目的に作戦行動などしているのか」
スペイン語訛りの英語で返ってきた返答に、平原と真藤は顔を見合せた。自分たちの作戦行動の詳細を、民間船に対して開示するなどもっての外だ。まして、それが突如消失した自軍の艦艇の捜索であるなどと、口が裂けても言えるわけがない。
「あいにくだが、本艦隊が実施中の作戦の詳細については、軍機に属する故お答えいたしかねる。現時点ならまだ変更は可能なはずだ。航路変更を願いたい」
ゆきなみからの再度の呼びかけに対するガルセスの返答は、依然として言葉遣いは紳士的ながら、幾分いらだちを含んだものに変わっていた。
「残念だがその要求は承服いたしかねる。こちらも海運業務上の機密事項を開示した。いくらそちらが海軍艦隊とはいえ、一方的にこちらの情報だけを聞いて自らの停泊理由は開示せず、おまけに停戦や航路変更を要求するとは不公平ではないのか。そもそも、貴官らは何の法的権限があって当海域を封鎖し、こちらに航路変更を要求するのか」
「要求ではない、こちらの作戦実施に対し協力を願うと申し上げている」
「その協力を当方がせねばならないような、そちらの作戦とは一体なんだ。詳しい中身を開示せよとまでは要求しない、概要だけでもこちらが納得できるよう説明願いたい」
ディエゴ・ガルシアは依然として速度を維持したまま近づいてくる。先方の感情的にも思える返答に業を煮やした平原は、一度大きくため息をつくとその近づいてくる艦影を睨みつけながら答えた。
「本艦隊が現在実施しているのは人命救助活動だ。この近辺で船舶が事故に遭ったという報告を受け、現在その乗員や当該船舶の捜索にあたっている。事態は一刻を争う。貴船がこのまま航路変更せずに本海域への突入を強行すれば、周辺に投げ出されているかもしれない乗員と接触する可能性もあるのだ。そういう事態を避けるためにも、ご協力をと申し上げている」
みらい消失という核心部分は上手くぼかしつつも、なるべく相手にも納得してもらえるよう伝えたつもりだったのだが、何故か相手は聞く耳を持とうとしない。
「海難事故だと?いつ起きたんだ」
「3日前だ」
「そんなことが起きたなどという情報は、当方は受けていないぞ」
「これは軍機に属する話だと申し上げたはずだ。本来我々の方で秘密裏に処理すべきところを、危険回避の必要性がある故特別に開示している。ご理解願いたい」
平原のその言葉は、どういうわけか相手の怒りの導火線に火をつけてしまった。
「ふざけるな、そんな海軍の勝手な事情になんか付き合ってられるか。海はお前ら軍人だけのものじゃねぇ。相手が民間船舶だからってバカにしやがって。大体、仮にお前らの話が本当だったとして、3日も前に事故った船の乗員が太平洋のど真ん中で、今頃生存してるわけがねぇだろうが」
「状況を冷静に判断してくれ、ガルセス船長。こちらとて民間船相手に事を荒立てたくはないが、本艦が現代兵装で武装した軍艦であることを忘れていただいては困る。本艦には分間44発が発射可能な主砲や、弾頭重量454kgの誘導攻撃火器もあるのだ。このまま突っ込んでくるというなら、こちらとしても警告だけでは済まなくなるぞ。頼むから、感情に任せて状況を悪化させるのはよせ」
「うるせぇ、いいから黙って道を開けやがれ、このファッキンジャップ!!」
それっきり、ディエゴ・ガルシアからの返信はなくなってしまった。
「あんの野郎、何がファッキンジャップだ、ふざけやがって。こんだけ艦長が丁寧に事情を説明してるというのに。今度どっかの港で見かけたら絶対にシメてやる」
「よせ、隆正。お前が怒り狂って暴れたところでどうにもならん」
怒り心頭に達して壁を一発思い切りぶん殴った自分の部下を、平原はなだめた。尤も、彼自身の顔も怒りの色に染め上げられていたのは事実だったが。
「ですが…!!」
「自分の怒りは、正しい方法で効果的に表現しなきゃならん。あれだけこの航路にこだわる先方の理由は分からんが、向こうが海自護衛艦相手にもひるまないというなら…。こっちもそれ相応のやり方で対処するだけだ」
平原はそう呟くと、「内火艇は全て引き上げ終わってるのか」と艦橋内に呼び掛ける。「引き上げ作業終了済みです」との答えが返ってきた。続いて、平原はCICへと呼びかける。
「CIC、艦橋。アルファ目標との現在距離、知らせ!!」
「本艦との距離、5000を切りました!!」
「了解」
平原は答えると、再びヘッドセットを通じて館内全体へと呼びかけた。
「達する。艦長の平原だ。接近中のアルファ目標に、自発的な停船や航路変更の意思は認められない。よって、第1段階の通信による警告は失敗と判断。本艦はこれよりアルファに対し第2段階に移る」
「第2段階って…。まさか艦長、あの船に対する対水上戦闘を下令するおつもりですか?仮にも相手は民間船舶ですよ?」
「馬鹿を言え、俺たちはあくまでも自衛隊だ。物理的な攻撃を受けていない現段階で、こちらから発砲などできるか。それは最後に取るべき手段だと思っとけ」
焦りを隠せない部下に対し、平原はその先走りを戒める。
「アルファに対して主砲を向けた状態で、ゆきなみおよびあすかの2隻で奴の航路を塞ぐ。3000まで近づいた際には、海面に向けて主砲による警告射撃を実施。だが、それでもなお相手が止まらず、こちらに追突などして一撃食らわせたなら…、その時は覚悟しておけよ、お前ら。…、始めるぞ!!航海科、錨上げろ!!主機起動!!」
平原の練った戦略は海自護衛艦と補給艦計5隻の手によって、彼の思い描いた通り完璧に実行された。そう、即席で臨時に結成された形となった第3護衛艦隊側の動きは、まさに完璧だったのだ。ただ、残念ながらアルファ目標ことディエゴ・ガルシアの動きが、彼らの目論見通りいかなかったことを除けば。
ゆきなみとあすかの的確な操舵技術によって航路を塞がれたコンテナ船は、流石に主砲を向けられて一旦は怯んだようだが、海自側の予想に反してあろうことか強行突破を図ってきた。そして警告射撃の雨をもものともせず、予想外の動きに慌てて反転しようとしたあすかの艦首右部分に、そのまま勢いよく突っ込んだのである。
さらに驚いたことに、このディエゴ・ガルシアなる船やその船員たちは小銃や機銃、機関砲などで武装しており、あすかに衝突するや否やゆきなみに対しても銃撃・砲撃を加えてきた。こうなれば、立派な個別的自衛権の発動案件だ。法律で厳しく足枷のはめられた自衛隊であろうとも、もう情けは無用である。臨時司令官たる平原以下自衛官たちの対応は素早かった。
「現在時刻2207を以て、アルファ目標を敵性勢力と認定する。レーダーと主砲照準をアルファにロック!!対水上戦闘用意!!」
「対水上戦闘用意!!これは演習ではない!!繰り返す、これは演習ではない!!」
「主砲、レーダー照準よし!!」
「左対水上戦闘、目標、甲板上の機銃二門。主砲、撃ちー方始めー!!」
「てぇっ!!」
方や日々過酷な戦闘教練に臨み、その練度にかけてはあの米海軍ですら舌を巻くと言われる海上自衛隊。方や武装も練度も海のものともつかない民間船舶の船員たち。偶発的な非正規戦は、下馬評通りなら海自側の圧勝で終わるはずだった。
だが、装甲を犠牲にして機動力と射撃精度の高さで勝負する現代の軍艦は、ロングレンジでの撃ち合いには強くてもこうした捨て身の特攻とはすこぶる相性が悪い。そして、法令上最初に向こうから一発もらわなければ反撃が許されない自衛隊の交戦規定は、残念ながら「1発でも食らえばアウト」という現代戦の特徴にはそぐわなかった。最初にあすかが食らった一撃は、彼女の艦体に想像以上のダメージをもたらし、やがてそれは他の僚艦たちによる攻撃行動をも無情にも蝕んでいった。
開始から約30分後に痛み分けに終わった戦闘は、海自側にとっては文字通りの悪夢となった。あすかは必死に沈没に耐え、虎川を筆頭とするその乗員もあおばによって全員救助され無事だったものの、無謀な特攻を決行したディエゴ・ガルシアもろとも沈没。一方、平原の乗ったゆきなみも銃撃戦の中でやはり艦体に修復不能なダメージを食らい、必死のダメージコントロールの甲斐もなく同じく海の底へと消えた。はるかにより部下ともども救助された平原は、自分がつい先ほどまで乗艦していた最新鋭護衛艦が、妹ともども海の底へ沈んでいく様を、ただ黙って放心状態のまま見つめることしかできなかった。
海上幕僚監部の下した判断は、見事に裏目に出た。この瞬間、海上自衛隊はゆきなみ・あすか・みらいという最新鋭護衛艦を3隻も失うこととなったのだ。失意の中日本に帰国した平原や真藤、虎川がその後、『ラ・エクスプレッソ』社の正体がメキシコシティを本拠とする麻薬組織のフロント企業であり、ディエゴ・ガルシア号がフィリピンへの麻薬密輸船であったという事実を知ったのは、事件から1週間後のことだった。
「関東生まれ関東育ちなのに、博多弁のセリフをねじ込むとか無茶しやがって…」
自分は根っからの関東人の為、それっぽく頑張って書いてはみましたが平原の博多弁のセリフは完成度にいまいち自信がありません。一応、さだまさしさんの「精霊流し」を参考にはしています。福岡及びその周辺にお住いの皆様、間違ってましたら遠慮なく誤字報告してくださいませ。
『鎮守府のイージス』はあくまでも日本国防海軍がメインの舞台なのですが、みらいをはじめとする護衛艦が艦娘として登場する都合上、海自側も一度掘り下げて書いてみたいと思っていました。どこまでせりふ回しなどにリアリティがあるか分かりませんが、雰囲気が伝われば何よりです。
次回は艦娘になったゆきなみ型三姉妹が、ついに原作ジパングでもカギとなった「あの船」をモチーフにした艦娘に出会う予定です。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。