ある日の午後、クリューの特訓中に一通の手紙が届いた。
「…クリュー、休憩時間だ、今のうちに水分補給と息を整えておけ。」
「は…はい…。」
息を切らしながらへたり込むと回復剤入りドリンクを飲み始めた。
「えー…と、宛名は…毒沼の魔王?」
封筒を開き中身を確認しようとしたらとんでもない毒気が鼻を突き抜けた。
「うぐっ…。」
目眩と吐き気、意識が遠退くと同時に手足が痺れてきた。
「日加那さん!?」
「ゲホッ…死、死ぬ…。」
「げ、解毒魔法を…!」
「その必要は無いわ。」
「えと…貴女は?」
金髪ツインテ、廻りに紫の煙が立ち込めるその姿は…。
「その書状の送り主…とでも言えば良いかしら?」
「お前が…ぐぅ、毒沼の魔王…!」
「日加那さん!?しっかりしてください!」
クリューが揺するが意識が遠退く一方で、もう…。
「えいっ。」
「っ!?」
天井裏から降りてきたコフィンさんがブスリと注射器を首筋に打ち付けると体の異常がどんどん和らぎ、今なら魔法を放てる位まで回復した。
「ヴォルカ!」
「バリアっ!」
腕で軽く防がれたが結構なダメージが入ったと伺えるのでクリュー経由で魔力を魔石に込める
「ヴァイオレンス!サンダァァァァ!」
「ミストシールドっ!」
浮遊していた霧が盾となり守るがランクが1つ上のヴァイオレンスサンダーが難なく弾き飛ばす。
「止めの…!」
「とーっぷ!待ってください!」
小柄なメイドが毒沼の魔王の前に仁王立ちする、コイツは…。
「あら、テンさんじゃないですか。」
「先輩も止めてくださいよ!今本気でこの人殺そうとしていたのですよ!」
「いきなり毒殺しようとした奴には良いんじゃないんですか?」
「そのー…それは…。」
どうやら二人は知り合いのようだ。
「テン、下がってなさい…それは私の口から説明するわ。」
「姫様…分かりました。」
よろめきながら立ち上がる毒沼の魔王は指を指し、大きな声で言い放った。
「ブルフェイアル家の!貴方が奪って行った『毒制の秘宝』を返して貰うわよ!」
「…何だそれ。」
全くもって身に覚えが無い。
「…日加那さんちょっと良いですか?」
「何だ?」
耳打ちしてくるクリューは、とんでもないことを言った。
「勇者に渡したアレが前魔王の盗品ー!?」
「ちょ…声が大きいです、聞こえて…。」
ちらっと横目で見てみると…まるで全ての希望を断たれたような顔をしていた。
「…クリュー、どうするよ。」
「えっと…勇者さんに返して貰うか同一の力を持つ別の秘宝を取りに行くしか…。」
「取りに行けるのか?」
「はい、それは城の地下迷宮の最下層に保管されています。」
「…長そうだなぁ、でも仕方ないか。」
魔石を握り締めて衣装を装着し、演劇モードに入る。
「コフィン、明日から迷宮に行って来る故2日ほど城を頼む。」
「畏まりました。」
「私も同行します、少しは道案内出来る筈なので。」
「…待ちなさい、私も行くわ。」
こう来るとは思ったが…まぁ致し方無いか。
「構わん、勝手にしろ。」
「そう…テン、私の分の荷物を準備しなさい。」
「えぇ!?正気ですか!?」
「当たり前よ、私は…うっ。」
立ち上がった瞬間によろめき、俺にもたれ掛かって………!?
「…ぅあ。」
溢れでる毒が瞬時に体に回り、意識がどんどん遠退く。
「キャー!日加那さーん!」
やべー、サンズリバーの奥にグランマが…。
これは…夢?にしては随分と懐かしい感じがする。
「王子様、お迎えに上がりましたわ。」
あれ?何か思い出しそうなんだが…何処か…靄が…。
「王子様?王子様ったら…魔王様!」
「はうぁ!」
頭を叩き起こしたのは黒髪のお姫様なんかじゃ無く黒髪メイドのコフィンだった。
「…お姫様は?」
「…ボケて無いでさっさと起きてください。」
「いたもん!黒髪超絶美少女いたもん!」
「はぁー…どんな方だったんですか?その黒髪超絶美少女ってのは。」
「えーとな…何処か懐かしい感じのする子で、若干コフィンさんに似てて、俺の事を王子様って…。」
「!!?」
「あれ?コフィンさん?」
咄嗟にうつむき、何かぶつぶつと呟いている。
「おーい、コフィンさ…。」
「…魔王様、お許しを。」
「え?」
胸ぐらを捕まれ、口移しで何かを飲まされた。
「!?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
あたまが、ぐらつく、なんか、もう、かんがえられない。
「日加那さん起きてください、もう朝ですよ。」
「んえ…?クリュー?」
あれ?昨日なにしたんだっけ…。
「毒の影響で眠ってたんですよ、覚えてませんか?」
「あー…何か迷宮に行くとかって言ったような…。」
「もう…あんまり無茶しないでくださいね。」
クリューから抱き締められる、胸が大きいせいでちょっと苦しい。
「…悪い、心配かけちまって。」
「いえ、私は魔王としても不十分なのでこれくらいは…。」
「朝からいちゃつくとは随分余裕ね。」
「毒沼の魔王…。」
クリューを後ろに行かせいつでも魔法を放てる準備をする。
「その呼び方は嫌いよ。」
「じゃあ何て呼べば良いんだよ。」
「…ベフィス・ルレンティア、上の名で呼びなさいブルフェイアル家の。」
「ああ、短い間だがよろしく頼む。」
「…所でアンタ、人間なんですってね。」
「…悪いか?」
「別に、影武者を使うのは珍しい事では無いから。」
質問の意図がさっぱり分からないがまぁ嫌悪しているわけでは無いようだ。
「さっさと行くわよ、時間が惜しいもの。」
「ああ、分かった。」
ベフィスも国の事を思って居るのだろう、急いで支度された荷物を背負い、魔石をポケットにしまう。
「…準備完了、で、どうやっていくんだ?」
「えっと、それはですね…。」
小柄な包丁を取りだし、両手で構える。
「え、クリュー?」
「貴方を殺して私も死ぬ…。」
何か物騒な事言ってる!
「ちょっ…まっ…。」
腹部に包丁が突き刺さり、悲しみの向こうへとたどり着けそうになる。
俺を呼ぶ声が聞こえる、誰だ?蜘蛛男か?
「日加那さん、しっかりしてください。」
「…クリューてめえ、なに何事も無かったような顔振りしてんだ。」
「え、えっと…ごめんなさい、こうするしかなくて…。」
「我説明求。」
「か、かくかくしかじかです。」
「成る程分からん。」
「はぁ…じゃあ代わりに私が説明しましょうか?」
「出来るのか?」
ベフィスがため息を着き、俺を突き刺さしたであろう包丁(仮)を取りだし、指で弾くとダイレクトに痛みが走った。
「いでっ!?」
「これは包丁みたいに見えるけど立派な秘宝よ、その名は『魂離の小刀』…その名の通り魂と体を一時的に引き剥がす曰く付きの秘宝よ。」
「引き剥がす?理由が見つからん。」
「…ここの迷宮、実は上級魔族しか入れない場所なんです。」
「…………は?」
「ごめんなさい!説明忘れてました!」
成る程、だから魂引き剥がしてーってか。
「おいクリューよ、ちょっとこっちに来いや。」
「は、はい…。」
近寄ってきた瞬間に手足に肉体強化を掛けて瞬間的に背後に回り、腹辺りで腕を回してがっちりつかみそのまま背後に反り返った、人はそれを「バックドロップボム」と呼ぶ。
「紛らわしいわぁぁぁぁ!」
「にゃぁぁぁぁぁあ"っ!」
石畳が剥がれるほどのバックドロップボムを解き、ベフィスに向き直る。
「…一応聞くがその小刀を俺に渡して貰うことは出来るか?」
「無理に決まっているでしょ、言っておくけどもし何か有ったら…へし折るから」
末恐ろしい事を言いつつ懐に小刀を仕舞いこむ、やはりそう簡単には渡してくれないよなぁ…。
「クリュー、お前いつまで寝て…縞か。」
クリューのスカートを軽く捲り中を確認すると水色と白の縞、この魔王縞パンだ。
「何を見てんのよっ!」
ベフィスがスパァンと良い音を響かせ頭を叩いた。
「いや、男たるものスカートの中が気になるのは当然なんだよ。」
「そ、そうなの?」
「俺の目を見ろ、嘘をついてるように見えるか?」
「…目を泳がせてるから嘘ね。」
「良く分かったな、才能有るぞ。」
「嬉しく無いわよ…ほらあんたもさっさと起きなさい!パンツ見られてるわよ!」
「!?」
「何を仰る、言い掛かりはよしたまえ。」
「…何色でした?」
「水色と白の縞だったな。」
「見てるじゃないですかぁぁぁ!」
更には距離を取られる始末だ。
「はぁ…あんた達と一緒に居ると何日掛かるか分かったもんじゃ無いわ。」
ベフィスが一人でつかつかと歩きだすとカチリ、と妙な音がした。
「………。」
「…よしクリュー、さっきのバックドロップボムで出た大きめの石を取ってくれ。」
「は、はい。」
クリューから大きめの石を受けとるとベフィスに向き直る。
「さぁ毒沼の魔王さんや、交渉と行こうじゃないか。」
「あんたクソ汚いわね!」
「罠を踏んだのはお前だろ?つか手紙に毒仕込んでたあんたも十分汚いぞ。」
「ぐっ…それは…。」
「さ、これで同等だ。」
「誰があんたなんかと同等ですって!?」
一歩こっちに踏み出してきたらガコンと鈍い音が響き、俺とベフィスの足元に穴が空いた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」」
「日加奈さーん!?」
奈落の底へと落ちて、何が待ち構えて居るのか…とりあえず切に願うのは、只生きたいと言った感情だった。