ゆかりんの幻想的日常記   作:べあべあ

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1話 割と困ったちゃん

 春の陽気の中、趣のある日本家屋が一軒あった。

 その家屋は八雲紫の住処。その在り処はそこに住むものしか知らない。

 つまるところ、八雲紫とその式である八雲藍の二者しか知るものはいない。

 

「……藍? いる?」

 

 紫はそろ~っと縁側から上がったのち、きょろきょろと見回した。

 

「いない? ――そう、いないみたいね」

 

 紫は頬を緩め、ほっとため息をついた。

 猫背気味になっていた背を真っ直ぐにすると、小ぢんまりとしたお座敷の中央にあったちゃぶ台のそばに腰を下ろした。女の子座りというやつである。そのまま、ちゃぶ台の上にあったせんべいを手を伸ばし、大口を開けて口に運んだ。

 バリバリとせんべいを食べ始めた紫は足りないものに気づいた。

 

「お茶がほしいけど、藍がいないわ。……まったく、あの子は何をしているのかしら」

 

 仕方ないから、スキマに手を突っ込んで四六時中お茶飲んでる巫女のあまり美味しくないお茶でもかっぱらうかなぁと思い始めた時だった。

 背のふすまが開かれた。

 

「紫様、お戻りになられていたのですか」

 

 見知った声だった。

 

「ええ、さっきね。それより藍、お茶ちょうだい」

「はいはい、承知いたしました」

 

 言葉遣いは気をつけてるくせに投げ槍な感じを隠さない式に、紫はちょっと不満を感じていた。

 お茶を入れに行くであろう藍の後ろ姿をちらりと見やると、藍はいつものふんわりとした道服ではなく、黒いスーツを着ているのが見えた。キャリアウーマンな感じの藍に、紫はくすりと笑った。

 常々思っていることだった。指示・命令されたものに対して思考を働かせるだけではなく、自分の意思で考え行動できるようになればと。何もかも教え導くのではなく、考える手間をわざと作ってあげるのも主の務めであろうと。従者の枠から抜け出してくれればなと。だから、お茶のひとつも任せているのだと。

 そう考えてると、いつもの道服に着替えた藍がお盆を持って戻ってきた。お盆を持っているせいか割烹着にも見える。

 

「ご苦労さま」

 

 紫はねぎらうと、はやる心でお茶を待った。

 ちゃぼちゃぼとお茶が注がれると、さっと湯呑みを手でかっさらった。醤油味のせんべいは喉が渇くのである。

 湯呑みを傾け、中の緑の液体をすする。香り高いお茶の風味と熱湯が紫を襲った。

 

「ぁちっ」

 

 紫は急いで湯呑みを置いた。勢いがついていたせいで、跳ねた熱湯が手に当たり、それもまた熱かった。

 

「――ちょっと藍、これ熱すぎじゃない?」

 

 ――これは一体何事か。

 

 眉をひそめ、当然の抗議をした。この従者は主人が猫舌であるのを充分に分かっているはずなのである。であるのにこのようなことをするのは、嫌がらせか謀反か謀反でしかない。この狐は、主人の胃袋を掴み信用させたのちにそれを利用し裏切るつもりなのである。つまりこの従者は狐ではない。女狐と呼ぶのがふさわしい。この女狐はあろうことか従者の枠を逸脱し、沸き立つ程の熱湯でもって主人に謀反を働いたのだ。許していいわけがない。

 紫は目を細くし、咎めるように藍を見た。

 すると藍は、反対に紫を非難するような目で見た。

 

「……紫様、もしや昨日のことを忘れたのではありませんか?」

 

 紫は目を丸くした。

 この咎人、いや咎狐はあろうことか私を非難する気であると。このようなことが許されていいはずがない。沙汰を下すのは私であり、ちゃっかりとせんべいを食べながらお茶まですすっている狐めがやっていいことではないのだ。

 

「お忘れのようなので、僭越ながら紫様の言葉を繰り返させていただきます」

 

 この澄ました従者の耳を引っ張り涙目にさせたところに、微弱の電気を自慢の尻尾に流してぼさぼさにしてやろうか、そう考えた。一日三回、必ず行う丁寧すぎる程の毛づくろいに、その尻尾がどれだけ気に入っているか当然知っているのだ。主人を舐めてはいけない。主人とは従者の全てを知っているものであるのだ。

 

「昨夜、紫様は私にとある雑誌を見せつけ『これによると、熱くないお茶はお茶じゃないらしいわよ。通たるもの、私も明日からは熱いお茶を飲むから、藍、お願いね』とおっしゃられましたが、よもやお忘れになられましたか?」

「――そ、そんなわけないじゃない。あぁ、あれねあれ、うん確かに言ってたわ。それでそれがどうかしたわけ?」

「……いえ、何も」

 

 そう言うと、藍はお茶をずずずっとすすった。紫もならって飲もうと湯呑みに触れたが、熱が湯呑みに伝わっており、とっても熱かったので行き場のなくした手を誤魔化すようにせんべいへと伸ばした。

 もっとお茶が欲しくなった。

 

「そういえば買ってきましたよ」

「え?」

 

 唐突に言われた言葉に紫は何のことか分からなかった。

 

「昨夜に紫様が――」

「あぁっ、あれねあれ。あれのことね、そう買ってきてくれたのね」

「今お召し上がりになられますか?」

「えぇ、そうね。そうするわ」

 

 藍はどこからか袋を取り出した。つるつるとした袋で、なんだか全体的に黒っぽく着色をされていた。上部に『ピザ○テト』と書かれてあった。

 紫はここにきてようやく昨夜の事を思い出した。

 たしかにその『ピザポ○ト』は私が食べたいと所望したもの。しかし、今ここで食べるには水分が足りない。いや目の前にお茶はある。だがしかし、まだ熱いというかあっつあっつなのは昇竜の如き湯気からして推測できる。だがしかし、ここでお茶を冷ましてもらうという選択肢は主人的にありえない。井戸から水を汲んでくるという選択肢もあるが、立ち上がりたくない。藍にやらせるか、それがいい、そうしよう。

 

「藍、私、水が飲みたいのだけど」

「水ですか?」

「えぇ、だって『ピ○ポテト』を食べるには、お茶は合わないと思わない?」

「確かにそうですね。ではこれは夕飯の後にまで取っておくことにします」

「いや、そうじゃなくて、お水が飲みたいのだけど」

 

 もう完全に『○ザポテト』を食べる気になったのに、夕飯まで食べれないなんてあまりにも非情ではないだろうか。

 紫は静かに憤った。

 藍のこのおこないは、腹を空かせ涎を垂らした飼い犬にエサを見せながらも『待て』を指示し続けるようなものではないか。これだから橙もロクに言うことを聞かないのではないだろうか。そうか、そうに違いない。しかしこの八雲紫は飼い犬ではない。しいていうなら目の前にいる藍がそうである。主人は誰か。

 

「ねぇ、藍。主人が水を飲みたがっている時、従者はどうするべきかしら?」

「申し訳ありません紫様。私には分かりかねます」

 

 この従者はこうやって察しが悪くなる時がままある。心情を察してほしい時は特に。

 

「水を飲むとき、必要なものは何かしら?」

「水を入れる容器でしょうか?」

 

 そうではない。

 飲み切ったのか、二杯目のお茶を飲もうとしている藍が恨めしかった。

 直接言うのは嫌だった。負けた気になるし、そもそも言わずとも主人の意を汲んでくるものが従者というものだろうに。

 

「……ところで紫様は私に何か言いたいことがあるのではありませんか?」

「っえ、別にそんなことはないわっ」

「そうでしょうか? ――本当にそうでしょうか?」

「……もしかしてさっきの聞いてた?」

「さっきのとは?」

「いえ、聞いてないのならいいわ」

「では私が聞いていなくてもよろしいことなのですね」

 

 藍は念を押すように言った。暗に手伝わなくてもいいのかと言っている。

 

「もしかしたら聞いておいた方がいいかもしれないけども、絶対というわけでも……」

「紫様、はっきり申しあげます。今度は何をやらかしたのですか?」

「や、やらかしたって、そんな言い方を主人に対してする?」

「私は紫様の式です。私は紫様の為に在るのです。それで紫様は何をやらかしたのですか?」

 

 藍の強い視線を避けるように紫はうつむいた。

 しかし意を決めなければならないことは重々に分かっていた。

 

 ――仕方ない。

 

 紫は意を決め、口を開いた。

 

「実は――」

 

 言い終わると、居心地が悪くなったお座敷から紫は立ち上がった。その後、どうせ立ち上がったのだからと井戸に水を飲みに行った。喉の潤いを感じると、まだ『ピザポテ○』を食べてないことに気づいたが、藍に会うのは気が引けたので夕食まで我慢することにした。




といった感じで紫ちゃんが打ち明けた話をいくつかやっていく予定です。

人称を混ぜていきたい。
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