ゆかりんの幻想的日常記   作:べあべあ

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紫と天子が憑依華参戦ということで急きょ。


10話 センチメンタルアイズ・ペンデュラム・???

 八雲紫の朝はない。

 お昼ご飯が起床の時間であり、また、その時間になっても、わざわざ藍に起こしてもらうまではお布団の中で鼻ちょうちんである。

 もし、それより早い時間、例えば朝、そんな時に起こされたとしても、『やる事ない』と、即座に二度寝を決め込むのが八雲紫である。

 つまり、起こされるイコールお昼ご飯である。

 そんな八雲紫がグットモーニングされることからこの話は始まった。

 

「ちょっと! いつまで寝てるわけ!? もうすぐお昼よ!」

 

 と、大きな声がぐーすか賢者を襲うが、効果はなさそうだった。

 当然である。

 八雲紫は起きる時間だけは、そこそこ規則正しいのである。

 お昼前に起きるなど、異変でもない限りありえない。基本は、遅めに起きることがあるくらい。

 しかし、起こそうとしてる当人はそんなこと知る由もない。

 

「こんな時間まで寝てるなんて、不良天人と呼ばれた私でもないわよ!」

 

 正確には今も呼ばれている不良天人、比那名居天子が紫を揺さぶる。

 無視されるのが一番つらい彼女は、例え寝ていたとしてもそれを許さない。

 

「起きてよ!!」

 

 目が潤んできた天子の願いが叶い、紫に変化が起きた。

 

「んぅ~? もうお昼~?」

 

 目がほとんど開かれないまま、そう言った。正確には、「もうお昼ご飯の時間なの?」である。

 天子は自分の中にあった八雲紫像が崩れるのを感じた。

 ミステリアスで、隙が無くて、美しく残酷に住ね、で……。

 人というのは、自分の中に作った勝手な人物像と現実のとを比較して勝手に裏切られただとかなんとか感じたりするものである。

 

「…………」

 

 天子の動きが止まった。

 思えば、いつからだっただろう。

 天子はこれまでの八雲紫に対しておこなってきたアプローチを思い出す。

 心に刻まれた美しく残酷なソレを感じる度、ドキがムネムネした。

 それまで、勝手に緋想の剣を持ち出そうが何しようが、大きく怒られることなんてなかった。

 衣玖が多少はいさめてくるものの、それだけ。

 だから八雲紫との一件は、天子にとって青天の霹靂となった。

 なんとかしてもう一度会えないかと、博麗神社に何度も顔を出したりもした。

 幻想郷一神出鬼没なスキマ妖怪八雲紫に会うのなら、博麗神社に行くのが一番効果的だと思ったからだ。それに、八雲紫に会えなくたって、あの妖怪神社は充分に暇つぶしにはなるところだった。

 振り返ると、天子は勝ち誇った気分になった。

 今、ここに、私はいる。

 神社で何度も待ちぼうけくらってた時とは違う。

 通常、場所すら知り得ないあの八雲紫の家にいるのだ。

 天子は、紫談義でよく張り合っていた霊夢に対して勝ち誇っていた。

 付き合いの長さ等で、いつも辛酸を舐めさせられていたが、どうだろうか。家にまで行ったのは私が初めてじゃないだろうか、と。

 もちろん家にまでたどり着くのも、簡単じゃなかった。……ような、割と簡単だったような。

 八雲紫の家の所在を知っているのは、当の紫と、その式の藍だけである。

 つまり、天子は藍を狙った。

 忠義に厚い藍に対してどうやって取り入るか、天子は普段あまり働かせない頭を総動員して考えた。幸運にも、天子の頭脳の元々の性能は良く、答えはすぐに出てきた。

 それは――。

 

 

 

 

 

 昨日のこと。

 

「ねぇ、ちょっといいかしら?」

 

 天子は、人里を歩く藍を発見すると即座に声をかけた。

 

「……なんだ?」

 

 藍は眉を寄せた。

 桃の帽子に青い髪。

 面倒な事になりそうな予感しかしなかった。

 ただでさえ、いつも雑務&雑務&雑務雑務雑務に追われているのに、これ以上何か増えてもらっては困る。

 藍は次に天子が何を言おうと構わず、話を切り上げて去るつもりだった。

 

「あの例の一日限定十食の油揚げ、あるんだけど」

 

 帽子に隠れた藍の耳がみょいんと動いた。

 

「――お茶しない?」

 

 藍は考える間もなく、頷いた。

 夕暮れ時にならないと自分の時間を作れない藍にとって、一日限定の油揚げというものはこれ以上ない魅力的な品であった。

 ということで、まんまと茶屋に連れてこられた藍は、天子と向かい合う形で座った。

 座るやいなや、天子が切り出す。

 

「単刀直入に言うわ。私を八雲紫の家に連れて行ってほしいの」

 

 その目は真剣そのものだった。

 だが、藍はその願いを叶えるわけにはいかなかった。

 

「――残念だがそれは出来ない」

 

 藍はきっぱり断った。

 

「ま、そう言うと思っていたわ」

 

 予想通りの展開に天子は、例の油揚げを机の上に置き、これ見よがしに左右に移動させた。

 油揚げの動きと藍の瞳の動きが一致するのを確認すると、天子は次なる一手を打った。

 その一手とは、自分の心の内を素直に語ることだった。

 まず、自分に敵意がないことを深く理解してもらわなければならない。

 一つでは無理でも、二つ、三つと、揺さぶりを重ねていって、目的を達成する。

 これが天子の狙い。

 よって、天子はあけすけに話した。

 恥はとうに捨てた。

 それで八雲紫に会えるのなら、抵抗もなかった。

 夕陽も沈み、空は暗い水色になってきていた。

 

「……っと、ちょっと語りすぎたわね」

 

 天子は話を止めた。

 

「ねぇ、お腹空かない?」

 

 藍はきょとんとした。

 それをよそに、天子は茶屋の店主に視線を送った。

 店主が店が出るのを確認すると、天子は例の油揚げを藍のほうへ押しやった。

 

「これ、あげるわ。話を聞いてくれたお礼。――だから、これにそれ以上の意味なんてないわ」

「いや、しかし……」

「いいから、受け取って!」

 

 しぶる藍に、天子はさらにぐいっと押しやった。

 藍は気づかない。

 この店が普段ならば夕暮れと共に閉めることを。

 店主が外に出ていった理由を。

 

「ついでに、ご馳走するわ」

「は?」

「お腹空いてるでしょ? お金の心配はしなくてもいいわ。それとも、貧乏そうに見える?」

「いや、見えないが……」

 

 ここにきて藍はようやっと不気味な思いをした。

 が、

 

「はい、頼まれたもの持ってきたよ」

 

 店主が帰ってきた。

 そして、藍と天子の前に、二つのきつねうどんが並べられた。

 

「どうも、ありがと」

 

 天子は店主に礼を言うと、大詰めに入った。

 

「食べるでしょ? もちろん、食べたからって何かあるわけじゃないわ。あぁ、でもあなたの主のこと、少し聞かせてくれたら嬉しいわ」

 

 ゆらり上がる湯気に、丼の真ん中に居座るきつねの誘惑。

 しかも、自身の主についてちょっと話せば、目の前のうどんを心置きなく食せるらしい。

 いやしかし、これは何かしらの罠かもしれない。

 藍は、ずるずる言わせながらそう思った。

 

「そういえば、あなたの猫。この間、たまたま会ったんだけど、可愛いわね」

 

 当然、橙は可愛い。

 この天人はよく分かっている。

 悪いやつじゃない。

 藍はずるずる言わせ続けながらそう思った。

 

「話もしたんだけど、ほとんどあなたについての話だったわ。慕われてるのね」

 

 藍の心が温かくなるのを感じた。

 同時に、胃も温かくなっている。

 

「駄目元で、っていうか断ってくれていいんだけど、もう一度言うわね。――あなたたちの家に連れてってくれないかしら?」

 

 出来るだけ天子の望みを叶えたい気持ちにはなっていたが、それだけは難しかった。

 藍は、断る選択をした。

 

「……悪いが、やはりそれは」

 

 その時だった。

 藍は気づいた。

 自身の目の前にあったうどんが、スープも残さずに消えていることに。

 

 ――い、一体、何がっ?

 

 藍が驚愕してる中、天子は悲しそうに言う。

 

「そうよね、分かっていたわ。仕方、ないわね……」

 

 天子の目がうるみはじめる。

 藍の心にダメージが入った。

 

「……ごめん、私、これ、食べれそうにないわ。代わりに食べて……?」

 

 天子は自身の目の前にあったきつねうどんを藍に差し出した。

 

「二杯目でお腹いっぱいで食べれなかったら、やっぱり私頑張って食べるから……」

 

 藍は目をぱちりまばたいた。

 

 ――に、二杯目?

 

 そういえば、胃の辺りに何か食べた後のような感触がある。

 視線を下に落とすと、空の丼。

 藍はようやく自分が食べたことに気づいた。

 

 ――食べた気がしない。

 

 せっかくのきつねうどんが、自分が感知しないうちに自分が食べてしまったという事実に打ちひしがれそうになった。

 

 ――いや、そういえば。

 

 もう一杯、ある。

 天子からの分。

 

 ――だが、しかし……。

 

「やっぱ、いらない? そうよね、ごめん。無理言って……」

 

 しおらしい天子。

 藍の罪悪感がマッハ。

 

「いや、食べよう。何も気にすることはない」

「ほんとっ!?」

 

 天子は腰を起こし、丼を取ろうと伸ばした藍の手をぎゅっと握った。

 

「ありがとっ!」

 

 天子はたたみかける。

 

「……本当は、あなたの主ともこうやって話したり、ご飯食べたり出来るといいんだけど、――あ、いやごめんなさい。あなたとこうやって会えたのも、もちろん楽しいわ。でも、考えてしまうの、あなたと私と、八雲紫、三人でご飯食べれたらな、って。あなたたちの家にお呼ばれして、あなたの手料理を食べれたらな、って」

 

 藍の天子への警戒はとかされていた。

 橙は卑怯だった。

 それに、天子の眼差しにはよく覚えがあった。

 

「……考えておこう」

「――ほんとっ!? ありがとう!!」

 

 天子は喜びを前面に露わにした。

 藍は正直まずったと思いながらも、発言を撤回する気にはなれないでいた。

 だってそれは、いつも自身の主が使う手だったから。

 涙目で押しに押されると藍は断れないようになっていた。

 そうやって何度も何度も何度も何度も紫の願いを叶えてきた。

 もう、あらがえない。

 

「――いや、分かった」

 

 藍はついにその一言を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 というような経緯があって、天子は八雲紫の家にいるわけだった。

 天子は、ぐーすか二度寝を決め込む紫を見下ろし、言った。

 

「いやでも、この八雲紫を霊夢は知らないはず……」

 

 天子は霊夢より一歩、いや二歩、いや一億と二千万歩くらい進んだ気がした。

 しかし、起きない。

 これではどうしようも……。

 そう思った天子にあるひらめきが生まれた。

 それもとっても魅惑的な。

 

「……せ、せっかくだし」

 

 天子は紫が起きないのをいいことに、するりと紫に寄り添うように布団にINした。

 紫の温もりを感じると、天子は緊張の類が全てとけた。

 そして、そのまま――。

 

 

 

 

 八雲紫は起きる時間だけはそこそこ規則正しい。

 例え藍に起こされずとも、お腹が空いて起きる。

 よって、紫は目覚めた。

 

「……ん? えぇ?」

 

 そして、すぐに横の物体に気づいた。

 幸せそうに寝ているそれを。

 

「え、えぇ? え、え、えぇ?」

 

 紫は目を白黒させた。

 

 ――これは一体、どういうことなのか?

 

 目の前の情報だけで考えると、どう考えても朝チュンだった。

 起き上がろうとすると、腕に抱きついた天子で起きれなかった。

 どう考えても朝チュンだった。

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 紫が天子に触れると、天子の幸せそうな顔がさらに増した。

 どう考えても朝チュンだった。

 

 紫は知らなかった。

 気をきかせた藍がわざと起こさないでいたことを。

 紫は知らなかった。

 この先、ちょこちょこ天子が遊びに来るようになることを。

 

 藍は知っていた。

 説教くらうことを。

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