ゆかりんの幻想的日常記   作:べあべあ

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12話 他人のものはたいへん美味しいものです

「――ということなんだけど、どうしたらいいと思う?」

 

 白玉楼にうにょりと生え出た紫は問いかけた。問いかけられた亡霊は縁側でゆっくりお茶をすすっていた。そのお供は白玉。白玉楼で白玉を食べるというオツなことをしている亡霊はここの主、西行寺幽々子、人呼んで食いしんぼうれい。

 

「その『ということ』が何なのかは分からないけど、『アレ』しちゃえばいいんじゃない?」

「えぇ? アレ? でもアレは……」

「いいじゃないアレ」

「そう? でも『アレ』って何のことかしら?」

「ほんとね。私も気になるわ~」

 

 そんなことより白玉と、適当に流す幽々子であったが。

 紫には通じない。

 どんな球でも打ち返してみせると、食らいつく。

 最初だけ一緒にいた妖夢は即座にこの場から去り、庭先で剣を振っている。

 

「――で、何の用だったの?」

 

 妖夢を遠目に、幽々子は言った。

 紫も妖夢を眺めながら、事のてんまつを語りだした。

 

「かくかくしかじかで、いつも頑張ってる藍を休ませようと思ったんだけど、なんか反対するのよ」

「あら、どうして?」

 

 ゆっくりしたらいのに。

 主が主だからおかしくなちゃったのかしらと、幽々子は自分のことは棚に上げるどころか、棚も、棚に上げるものも認知していなかった。

 紫は幽々子の言に答える。

 

「それがね、『私が休むと、紫さまによるあれやこれで、家の中が目茶苦茶になってしまいます』なんて言うのよ? そんなわけないのに」

「それはきっとあれね、気負いすぎてるのよ」

「気負いねぇ……」

「よかったじゃない。紫が休ませたおかげでその気負いもきっと抜けるわ」

「だといいんだけど。でもあの子、最近頑張りすぎてるから……」

 

 ちょっと休んだだけでどうにかなるのかしら。

 紫は口をとがらせた。

 

「大丈夫よ。きっとあなたの気づかいは届いているわ」

 

 幽々子は紫の心の声が聞こえていた。

 回りくどい分かりづらいめんどくさい。そんな会話をさせたら幻想郷でトップ争い出来る二人である。この程度はお茶の子さいさいである。

 

「だいたい従者なんてのはそんなものなのよ。うちの妖夢も、たまには休んだら? って言ってるのに、あの調子よ?」

 

 視線の先には、刀をふんふん上げ下げして、呼吸器を鍛えてる妖夢がいる。

 

「まだまだ未熟。あの子、半人前って言ってるに、その意味すら分かってないのよ」

 

 幽々子はため息をつきながら、急須を傾けた。

 流れ出る香り高い緑を湯呑みで受け取る。

 

「自分で気づくようにあえて遠回しにして、直接言わないようにしてるのに。そのせいで私たち、知ってるくせになかなか素直に教えない回りくどいやつって思われてるのよ? 損よねぇ」

 

 ちゃぼちゃぼと、心落ち着く音。

 幽々子の毒は止まらない。

 

「一番いい形で教えてあげてるのに、分からない自分のせいにはしないでこっちを責めるんだから。まったく、やになっちゃう」

 

 見た目は少女なのに、口が動くとどうしても年季が感じられる二人である。

 年をとると、どうしても愚痴っぽくなってしまうのかもしれない。

 

「――そうだわ!」

 

 相づちをうっているだけだった紫は突如閃いた。

 おそらく紫の友人なんかしている幽々子や萃香以外が聞くとげんなりしてしまいそうな、そんな楽し気な紫の声。

 

「藍の代わりに家の掃除とかやってあげるわ!」

 

 『イエノソウジ』。紫の喉から発せられたその音をもし藍が聞いたならば卒倒したに違いない。まさか、よりにもよって『イエノソウジ』とは。困った時の神頼み、もはや神なら何でもよく、2Pカラーの現人神巫女でもよかっただろう。

 奇跡は起こらない。

 ここには『イエノソウジ』を止めるような者はいない。

 いるのは、食いしん亡霊と、みょんな庭師だけである。

 したがって、災厄をもたらすであろう紫の無慈悲な進撃(イエノソウジ)計画は止まらない。

 

「ついでに夕ご飯も用意しちゃおうかしらっ」

 

 早くもるんるん気分になった紫。新婚気分なのかと突っ込みをいれてしまいそうであるが、触らぬ紫にたたりなし。

 やはりそんな紫に自ら付き合おうとするのは、数少ない友人くらいである。少ないとはいえゼロではない。せつなくない。

 そもそも友人といっても、それは相互に友人と思っているかどうかも別な話であるわけで。例えば紫が一方的に友人認定している某お花の妖怪などは、『ユウゴハンノヨウイ』と聞いたならば、トラウマに苛まれながら、台所を破壊せん勢いで紫の行為を阻止すると思われる。

 つまり、常識を持ちながら、かつ紫に進言出来るものであればはっきりとこう言うに違いない。

 「お願いですからやめてください」と。

 紫から漏れ出している鼻歌などは、昇天への子守歌にしかならないのだ。迎えに来るのが天使であろうが天子であろうが救いはない。

 しかし、あの世はあの世でも亡霊であればどうであろうか。

 

「紫、それには問題があるわ――」

 

 幽々子の顔は真剣そのものだった。

 

「……幽々子?」

 

 紫は思い返す。

 幽々子のそんな顔を見るのはいつ以来だっただろうか。

 春雪異変の時だって、見なかった。

 以前見た時は確か、そう、食べ物の――。

 

「……私は生まれて死ぬまでお嬢さまよ。そして死んでからも、お嬢さま。――分かる? 私は食べる専門なのよ。つまり料理なんて出来ないの」

 

 力強い目。

 

「そして、紫? 私はあなたが料理が得意、いやそれどころか満足に出来るとは聞いたことがないわ」

 

 幽々子はこと食事に関してはリアリストだった。

 

「紫の手料理、興味あるわ。でもね、私、美味しいものしか食べたくないの。ごめんなさい。でも分かってほしいの。これはただの勘なのだけども、なんか紫が台所に立つと、寿命かと勘違いした死神がやってきそうなの。出来上がったものに箸を入れて割ると、中から反魂蝶が舞い出してきそうなの」

 

 あんまりの言い様である。

 紫がだんだん涙目になってきた。

 

「で、でも幽々子、あなた亡霊じゃない。何が飛び出してきても大丈夫じゃない?」

「違うわ。そうじゃないの」

 

 幽々子は首を振る。

 『私、美味しいものしか食べたくないの』と、再び繰り返しそうになったが、気づいていない友人への優しさで気遣った。

 代わりに――。

 

「妖夢を連れていきましょう。私たちは手伝いをすればいいのよ。ね? いい案じゃない? ね? ね?」

「……そうかしら?」

「そうよ、そうなのよ」

 

 紫は従うことにした。

 あの幽々子がここまで断定的に言うとは。ここは幽々子を立てておこう。

 紫の友人への気遣いである。

 

「ということで妖夢、そういうことだから」

 

 特に大きな声でもなかったが、少し離れた位置にいる妖夢にはっきりと聞こえた。

 

「――え?」

 

 だが話にまではついていけない。

 

「……幽々子さま?」

 

 妖夢は、ご機嫌うかがいするように幽々子のそばまで歩いて来た。

 嫌な予感しかしていない。

 

「説明は後よ。時は無慈悲。どんな美味しい食べ物でも時間が経てば腐ってしまうの。お団子の幽霊なんてまだ見たことないの」

「……え?」

 

 何のことか分からないが、とにかく嫌な予感だけは当たりそうだった。

 

「さぁ紫、行くわよ!」

 

 いつの間にやる気を出したのか分からない幽々子が立ち上がり、紫を急かす。

 

「――そ、そうね」

 

 紫は家にまでつながった隙間を作った。

 

 

 

 

 

 着いた。

 さすがの隙間。一瞬である。

 玄関。

 紫は口を大きく開けた。

 

「藍ー? いるー?」

 

 耳をすませる。

 ……何も聞こえない。

 狐ならぬ鬼はいないようだ。

 

「いないみたいね」

 

 紫は悪い笑みをした。

 盗みに来た泥棒のようである。

 

「きっとあれね、休めって言われても何すればいいか分からなかったから橙のところにでも行ったのね」

「きっと当たっているわ、名推理ね」

 

 実は当たっていた。適当に相づちを打った幽々子もびっくりものの名数理だった。

 

「それにあれね、マヨイガまで着たはいいものの家の様子が気になって、もう帰りたくて仕方なくなっているに違いないわ」

 

 名探偵紫ちゃんの推理は続く。

 

「きっち私が家事をしようとしてしっちゃかめっちゃかになってると思ってるんじゃないかしら。でも残念ね。それは万に一つもあり得ないのよ」

 

 全て当たっていた。

 思考をスキマで覗き見たのではないかという程の推理を披露する紫。

 それからもぶつぶつ推理を披露した。

 

「ね、幽々子!」

 

 紫が振り返ると、居心地悪そうな妖夢しかいなかった。

 

「あれ? 幽々子は?」

 

 妖夢が実に応えにくそうに答える。

 

「すでに壁を抜けて中へと……」

「あら……」

 

 急がなくちゃ、と紫は頬に手を当て、家の中へ入った。

 妖夢は入りづらい心持ちで、後に続いた。

 

「幽々子~? どこ~?」

 

 とてとて歩いてくと、ふいに声が聞こえた。

 

「ここよー」

 

 奥の部屋、あれはたしか……。

 紫ははっとした。

 

「ちょ、ちょっと幽々子!?」

 

 どたどたと足音を響かせた。

 向かうは、自室。

 

「はらひゅかり、はやひゃっははね(あら紫、早かったわね)」

 

 紫はがくっと膝をついた。

 

「私の、お菓子……」

 

 やわらかなシフォンケーキ。

 紫が藍の冷たい視線にさらされながらも、用事の帰りがけにコンビニで買ってきたもの。

 

「あれ? よく見れば……」

 

 幽々子の口元には、また別のものが。

 

「そ、それはあの店のプリンっ……」

 

 ピンク色でファンシーなきゃっきゃうふふなお店に、少なくない抵抗を感じながらも、意を決して買ってきたものだった。

 

「せっかくだからね。いやでも、美味しかったわよ」

 

 紫の頭が高速で動く。

 幽々子に食べられたお菓子を買い直すために必要なこと。

 チャリン。

 コインの音が頭の中で鳴った。

 お金、足りない。

 最大の障害だった。

 紫は自身のお小遣いの残りを何度も何度も思い返した。十や百、繰り返せば増えやしないかと。そんな思いで何度も頭の中で数え直した。しかし例え増えても、現実の硬貨の枚数は変わらない。紙幣の存在は無から有にはなり得ない。

 終わった。

 こんちくしょう。

 今度幽々子に何か高いものを奢らせよう。

 金持ちお嬢さまなのだから、遠慮なくたかれる。

 そんな紫の思考を読んでいたようなことを、幽々子は語りだす。

 

「紫、いつも甘味処の支払い私にさせるから」

「え?」

「いつかこんな機会があったら――って思ってたのよ」

「えぇ?」

 

 紫は幽々子の意図に気づいた。

 こいつ、元々手伝いに来る気などさらさら無かった。

 紫は奥歯をギリっと噛んだ。

 

 ――友達と思っていたのに。親友だと、……かけがえのない友だと!

 

 復讐しなければ。

 紫は決意した。

 この腹ペコ亡霊になんとか一矢報いようと。

 

「ねぇ、幽々子」

「なぁに?」

 

 紫はつとめて冷静に、表情を表に出さずに。

 

「ここに来る前、たしかに言ったわよね?」

「何を?」

「手伝う、と」

「えぇ、言ったわね」

「そう、それはよかった」

 

 言質は取った。

 紫の表情筋が早くもぐらついた。

 

「じゃあ、何してもらおうかしら……」

 

 紫はにやついた。

 理由は知らないが、嘘をついた幽々子を見たことがない。

 さて、何をやらせようか。

 紫のにやつきが深くなる。

 洗濯? 掃除? なんでもいい。お嬢さまの幽々子が満足に出来るわけがない。あたふたしているところを笑いながら、お手本、いや手伝ってさしあげればいい。

 

「ふふっ」

 

 ついに声にまで出てきた。

 

「あ、紫。言い忘れてたんだけど」

「ん、何かしら?」

 

 紫の声がもう明るい。

 すでに得意気になっている。

 

「私、家事とかしたことないのよ」

「あぁ、なんだそんなこと。いいのよいいのよ、こういうのは気持ちが大事なのよ」

 

 有頂天な紫は次の一言で体が一時停止した。

 

「そう? 紫の家の中めちゃくちゃにならないといいけど……」

 

 紫は急に冷静になった。

 

「ほら、あなたの式が帰ってきたら、その惨状を見て悲しむかもしれないわ」

 

 悲しむ?

 そんなわけがない。

 絶対に怒って、数日晩御飯のめにゅーが極端に質素になる。

 そんなこと絶対にダメ。

 幽々子にさせられな……。

 

「あ、あれ……?」

 

 考えてみると――。

 これ、詰みだ。

 幽々子には手伝わせれない。

 もうすでに私のお菓子は幽々子のあるか分からない胃袋の中。

 つまり私の復讐は……?

 

「ごめんね、紫。でも私思ったのよ」

 

 なんだ、これ以上どうやって私を追い詰めようというのか。

 

「紫の家、もう充分片付いていると思うのよ。だったらわざわざここを散らかすようなことしないで、私の家で皆でご飯食べればいいだけだと思うの」

 

 あ、あれ……?

 妥当だ。妥当すぎる。

 

「もちろん我が家にご招待、つまり紫はお客さんなんだから、奢りよ。前金はすでに頂いたのだし」

 

 ゆ。

 

「幽々子っ!」

 

 紫は幽々子に抱きついた。

 ふんわり柔らかかった。

 亡霊だけど。

 

「ごめんねっ、幽々子っ。私、私っ……」

「いいのよいいのよ」

 

 罪悪感に目が潤む紫。

 

「どうせ最初からそのつもりだったんだから」

「え?」

「でもなんか美味しそうなものあったから、つい貰っちゃっただけなのだから」

「え?」

「時々外の世界に遊びに行くのだけど、お墓の前の食べていいですよって置いてあるお菓子っていつも似たようなもので食べ飽きてたのよ」

「え、えぇ?」

 

 いろいろ突っ込みたいことはあったが、まず――。

 

「それは幽々子用のものではないわ!」

「えぇ!?」

 

 幽々子は今日一番の驚いた顔をした。


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