ゆかりんの幻想的日常記   作:べあべあ

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念のため、R-15タグ付けときました



7話 くっキリング。

「ということで、教えてほしいんだけど」

「何が『ということで』よ」

 

 当り前のように、突如部屋からにょっきり現れた紫。場所は、太陽の畑にある家。

 優雅なティータイムを邪魔された幽香の機嫌は良くない。

 

「だから、たまには労わってやるのもいいかもって思ったのよ」

「何が『だから』よ。――ていうか、労わってやるって私に? そうだとしたら今すぐ帰ることが一番の労わりよ」

「違うに決まってるでしょ。一体何を言ってるの? 大体、あなた、仮にも大妖怪でしょ? 言わなくても察しなさいよ」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 あまりにも、あまりにもである。

 失礼なんてものではない。

 拳のコミュニケーションを望んでいるのだろうか。

 幽香はぎゅっと拳を作った。

 

「で、どうなの? 出来るの出来ないの?」

「だから何がよ」

「料理よ」

「はぁ?」

 

 幽香は普通にイライラしてきた。

 当然、紫はお構いなしである。

 

「何が『はぁ?』よ。始めからそう言ってるじゃない」

「ぶっ飛ばすわよ」

「もう、これじゃキリがないわね。しょうがないから要点だけ話すわ」

 

 幽香は、紫の話を聞くという行為が屈辱に思えてきた。

 

「でさ、やっぱ私って素敵な主なわけでしょ?」

「は?」

「だからたまにはご褒美でもって思って」

「ん?」

「それで手料理でも作ってあげようかなって」

「え?」

「でも私って大妖怪だし? 食べる専門なの。だからわざわざあなたに聞きに来たっていうわけよ」

「帰れ」

「で、どんなのが良いと思う?」

「油揚げでも買ってこい」

「それじゃ芸がないじゃない。あなたにはセンスってものが、もうちょっと、ねぇ……?」

「あ?」

 

 幽香の堪忍袋の限界が近づいてきた。

 しかし、温厚なお花の妖怪ちゃんを目指す幽香はぐっと、ぐっと堪えた。その上で一言だけ口にした。

 

「……お湯を沸かすだけで精一杯なやつに教えられることは何もないわ」

「失礼ね。そそぐことも出来るわ」

 

 話が通じない。

 やはり肉体でコミュニケーションか。

 幽香は拳を振りかぶった。

 家の掃除が大変なのは、もう仕方がない。

 殴ろうとした、――その時。

 

「――失礼。ここに風見幽香は、いますね」

 

 扉の方には、何とも珍しい緑頭がいた。

 

「……貴女、何しに来たの?」

 

 怪訝な顔で問う紫。

 紫の一番といっていい程に苦手な相手だった。

 

「何、と言われても、今日は非番なので――」

 

 みなまで言わずとも分かった。

 

 ――このくそ閻魔! 絶対説教しに来やがった!

 

 紫は外用の冷たい表情を作った。

 

「帰りなさい。ここはあなたのいる所じゃないわ」

「あんたもね。仲良く一緒に帰れ」

「いえ、失礼。ノックはしたのですが、反応がなく、しかし中から声がしたので」

 

 どうであろうが幽香には関係ない。

 

「私はどっちも帰れと言ってるの」

「何を言うんです? あなたが是非曲直庁まで押しかけ、私の職務の邪魔を散々したことを忘れたのですか? 私がその時何度お帰り下さいと言ったのか、忘れたのですか?」

「分かった、分かったわ。それは悪かったから、今日のところはとにかく帰ってちょうだい」

「どうしたのですか? 何か私がいるとまずいことでも? 何やら胡散臭い妖怪もいることですし、悪だくみの相談ですか?」

「あら、胡散臭いとは随分じゃない? ワカホリは黙って仕事でもしときなさい」

「ワカホリ? 貴方は一体何を言ってるのですか?」

「あらやだ、最近の言葉に疎い方は大変ねぇ。――そう、あなたは少し頭が固すぎる、ってね」

 

 あからさまな挑発。

 緑の髪の閻魔、四季映姫は、手に持つ笏を口元に当てて微笑んだ。

 目は笑ってない。

 

「白黒、つけてあげましょうか?」

「あらやだ、オセロでもおやりになるの? あ、オセロって知っていまして? オセロっていうのは――」

「知っています!」

 

 幽香は自分の家の心配をし始めた。

 事が始まる前に、二人ともぶっ飛ばした方が被害が少ないかもしれない。

 幽香は両拳を硬く握った。

 

「って、そういえば、ちんちくりんの閻魔に構ってる場合じゃなかったわ」

「誰がちんちくりんですか」

「どっかの部下を大切にしない非道な上司とは違って、私はちゃんと思いやりを持った素晴らしい上司ですの。――ということで幽香、私に料理を教えるのよ」

「料理? あなたがですか? とても似合わなそうですね」

「それはお互いさまよ。――って、私はちゃんと似合うわ。家庭的で通ってるのよ」

「それはどこの世界で? 私の知らない世界でしょうか?」

「はぁ? ちょっと幽香、あのちんちくりんに言ったげて!」

「周りも見えないとは愚かですね。構いませんよ、あの勘違いしたスキマ妖怪に言ってやってください」

 

 急に、幽香はスポットライトに照らされた。

 しかし、

 

「……もう帰っていい?」

 

 闘気的なものが萎えしぼんでいた。

 どうにでもなれ。

 めんどくさすぎて堪らなかった。

 

「何を言ってるの? ここは貴女の家よ幽香。いえ、幽香先生、かしら?」

 

 だれが先生か。

 言葉に出すのも億劫になった。

 しかし、そんな幽香を置いて、話はどんどん進んでいく。

 

「では料理で勝負しますか? あまり経験がないですが、相手があなたなら問題ないでしょう」

「言うじゃない。でも、それいいわね。よし、幽香、早く献立を決めるのよ」

 

 自分中心で話が進んでいるはずなのに、自分が話の外にいる感じ。

 

「はぁ……」

 

 幽香の心が折れた。

 本来はこの後、メディスンを誘ってお昼ご飯の予定だった。

 それがなぜか、毒人形よりはるかに毒々しいのが二体も揃ってしまった。

 あまりにもひどい現実。そしてその現実は進み続ける。

 

「――お、なにこれ。豆腐? いいじゃない、これにしましょう」

「私は問題ありませんよ」

 

 勝手に家を漁り始めている二人。

 とにかく、

 

「私は問題おおありよ」

 

 止めねばならない。

 

「それはね、揚げ出し豆腐でも作ろうかと思って私が朝一で里まで買いに行ったものなの――」

「いいわね、揚げ出し豆腐」

「いいですね、揚げ出し豆腐」

 

 思いが伝わらない。

 ハッキリ言うしかない。

 

「遠慮しろって言ってるのがわからない?」

 

 幽香は軽くに睨んだ。

 

「で、どうすればいいの? 揚げるんだし、油?」

「いえ、まずは粉でしょう。あの白いやつ」

「あの白いやつね」

 

 聞いちゃいなけりゃ、見てもいない。

 

「…………」

 

 思えば、自分という存在をここまでないがしろにされたのは初めてかも知れない。幽香の心情はもう色んなものを通り越してきた。

 

「お皿はコレ? っあ――」

 

 パリンッ。

 その時、幽香の何らかのスイッチがオンになった。

 

「――あぁもう! 準備は私がするから、そこでじっと待ってなさい!」

 

 キッチン横にかかっている向日葵柄のエプロンを掴み、着替える。

 どうしてこんなことを。そんな考えは出てこない。

 浮かぶのは、阿呆共がやらかさないように対処する為のことのみ。

 ガチャガチャと音を立てながら、急いで手を動かす。

 必死で準備をする幽香に対し、待っている二人は会話を楽しんでいた。

 

「……でも揚げ出し豆腐ってあれでしょ? 豆腐揚げて、タレのっけただけでしょ? ちょっと簡単よねぇ」

「はぁ、……所詮は地上の妖怪。その程度といったところでしょうか」

「何ですって?」

「簡単だからこそ、腕の差が顕著に出る。そんなことも分からないのですか?」

「っぐ、た、確かにそれは……」

 

 悔しさに顔を歪める紫。

 それに満足した映姫は、事の進行が気になった。

 

「――ところで、まだでしょうか? 早く勝負を始めたいのですが」

 

 ひくつく口の端を抑えながら、幽香は大きな声を出した。

 

「終わったわよ!! 後は好きにすれば!?」

 

 失言だった。

 しかし、激高した幽香にはまともな思考能力は残っていなかった。

 そのままふらふらと何かに疲れた様子で寝室まで歩いていき、向日葵柄のベッドに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し経った。

 

「――で、どうやって勝ちを決めるわけ?」

「それは、食べてもらうのが一番でしょう」

「それもそうね」

 

 クッキリング(死亡遊戯)を終えた二人は、幽香の元へと向かった。

 

「幽香~。起きて~」

 

 幽香は向日葵柄の中、ぐっすり寝ていた。

 くたびれた労働者が家に帰るやいなやぶっ倒れたような姿であったが、はた目は超がつくほどの美少女である。寝ている幽香というのは、迫力だったりオーラだったりするものがまったく無く、あどけなかった。

 

「ちょっと幽香。冷めちゃうわ」

 

 当然、紫はお構いなく、ゆっさゆっさ幽香を揺らす。

 

「……んぅ、もう何?」

 

 幽香がうっすら目を開けると、見覚えのある皿を持ったやつらが二体立っているのが見えた。

 

「揚げ出し豆腐。幽香に食べてもらって、判断してもらおうと思って」

「揚げ、出し、豆腐……? ――ぁあ」

 

 おぼろげに理解した。

 

「それじゃ私からね。はい、あーん」

 

 幽香は寝ぼけ眼で、言われるがままに口を少し開けた。

 それは何ともいいがたい食感で。

 

「んぐ、んぐっ。――うぇっ、何これっ……」

 

 幽香がべぇっと舌を出すと、その先からぬちゃっとした白いものが垂れ出た。

 そんな光景に構わず、紫は自信満々に言う。

 

「私が作った揚げ出し豆腐よ」

 

 幽香の大きく目が開いた。

 

「揚げ出し豆腐……? 何かねっちゃとした味のない何かが?」

「えぇっ!?」

 

 信じられないといった風の紫。

 映姫はそれ見たことかと、笑った。

 

「ですから言ったでしょう? 揚げ時間が短いと。衣がふやけて大変なことになってるでしょう? その上、箸でいちいち扱いすぎて、豆腐がぐちゃぐちゃにもなってます。さらには、通は薄味がどうとか言って味をまったくつけなかった。だからそうなるのです」

「何よ、――あんたのそれだって相当じゃない」

「私のはっ、……見た目がちょっとあれなだけです。味は大丈夫です」

 

 幽香の視線は、映姫の持つ皿の上の物体に釘付けになっていた。

 

「何それ。ねぇ、何それ。それ、私食べなきゃいけないの? ねぇ、何それ、私、嫌よ?」

「何を言ってるんですか。それでは勝負がつかないではありませんか」

「いやもうあなたの勝ちでいいから、もう変なの口に入れたくない」

「駄目です! これは勝負です。ちゃんと白黒つけないと!」

 

 冗談ではない。

 幽香は今まで虐めてきたすべての者に謝り始めた。

 日頃の行いが悪かったというのなら、もう勘弁してほしかった。

 最初の白いアレは、……まだ分からないうちだったから良かった。だが今はもう、ハッキリと意識がある。嫌だ。とにかく嫌だ。

 

「……一応聞くけど、それ、何?」

「何って、揚げ出し豆腐ですよ。何を言ってるんですか?」

「何で黒いの?」

「少し揚げすぎました」

「にしても黒すぎよ。醤油の焦げた臭いもするし、なんか余計なことをしたでしょ?」

「余計ではありません。味をしっかりつけるために、豆腐を醤油に漬け込んだだけです」

「豆腐ってそれ、もう大きなかりんとうみたいになってるじゃない」

「しかし、これは豆腐です」

 

 もう嫌だ。

 世界は私を嫌ったらしい。

 もう私を愛す者はいないし、私が愛する者もいない。

 花は枯れ、豊かな土壌は焦土と化し、空には日も月も昇らない。

 もうすべてが終わった。

 生まれ変わった時はただの花になりたい。

 恐怖とは無縁の秘密の花園。――楽園へ。

 

「――いいですよ、分かりましたよ。あなたの反応を見て、よーく分かりました」

「……え?」

 

 暗雲は去り、晴れが訪れた。

 全ての生命の源である太陽は、私に微笑んでいる。

 \晴レルヤ!!/

 

「……はい、あーん」

「え?」

「『え?』とはなんですか? 食べさせて欲しいのでしょう?」

 

 違う、そうじゃない。

 

「ほら、早く。はい、あーん」

「えぇ……」

 

 黒い物体が迫ってくる。

 衣も付け過ぎで、人の口に入りきるサイズではない。

 

「ほら、早くっ」

「ちょま、あがっ、あががががっ」

 

 その黒くて太いものが口に入り込む。

 揚げすぎのせいか、石のように硬かった。

 口を閉じようにも、奥に奥に押し込んでくるため、顎が痛くてどうしようもない。

 

「まっへ、ひょっと、あがががっがががっ」

 

 閻魔様直々の地獄の刑罰みたいになっていた。

 

「ひゅ、ひゅかりっ!」

 

 涙があふれ出る目で、幽香が紫に助けを求める。

 

「うわぁ……」

 

 紫は、口に手を当て、すごい可哀想なものを見る目をしていて――。

 

 ――いや、助けろ。

 

 紫へ手を伸ばす。

 ふらふらと揺れる手。

 紫はこの間やったゾンビゲームを思い出した。

 後退った。

 

 ――終わ、る。

 

 視界が白く、ぼんやり、うっすらと――。

 

 風見幽香がいるといわれる太陽の畑。

 しかし、そこで幽香の姿を見た者はしばらくいなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗神社。

 鎌を担いだ赤髪の死神が神社を訪れた。

 

「っよ! 久しぶりだねぇ!」

「あら、サボさん。また珍しいのが来たわね。いいの? また怒られても知らないわよ」

 

 サボリ魔の死神、小野塚小町である。四季映姫の部下。

 

「いやそれがさぁ、四季様、しばらく休みだっていうから、今のうちにゆっくりしとこうかと思ってね」

「へぇ、珍しいこともあるのね」

「なんでも体の節々が痛いとかで、長期休暇取るとかなんとか」

「なにそれ」

「さぁ? 私には分からん」

 

 長期休暇。霊夢は、似たような単語に覚えがあった。

 

「そういえば紫しらない? 冬眠って季節でもないのに、しばらく姿を見せないのよ」

「いや、知らんねぇ」

「まぁ、そうよね。あんたが知ってても変だし」

「もしかしたら二人で何かしてたりな」

「まさかあの二人が、そんなわけないでしょ」

「だよなぁ」

 

 ケラケラと笑い声が神社に響いた。

 

「――おはよう」

 

 もう一つ、響く音。

 

「あら、あんたも久しぶりね」

「えぇ、しばらく忙しくて」

「あんたが忙しいって、……いったい何してたのよ」

「色々? かしら」

 

 花のような笑み。

 

「まぁ、いいわ。お茶入れてあげるから、ちょっと待ってなさい」

「霊夢……」

 

 手を伸ばし、抱き寄せた。

 

「っえ? ちょっと、幽香?」

「霊夢は優しいのね。だって普通のお茶を入れてくれるんでしょう?」

「何よ。普通のお茶じゃ駄目だっての?」

「いえ、とても嬉しいわ。そう、とっても……」

「え? 幽香? え、なんで泣いて……」

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