お待たせて申し訳ありません。
ルチアと別れて宿屋に戻ると同じ宿屋を拠点としているとキリトとアスナがロビーに居たのだが、背後から見る二人の様子が少しおかしい。なんというか、少しぎこちない感じがする。
「何かあったのでしょうか?」
「キリトさんがアスナさんの怒りを買ったと見るね」
「むしろアスナの方が肩身が狭そうで、キリトがそっぽを向いているように見えるが、どうだかな」
もっとも、アスナが怒り過ぎて冷静になった後でああなった可能性も否定できず、ノエルの意見が間違いとは言えない。
「まぁ、プライベートっぽいので首を突っ込まない方がいいですね」
「そだねー、あとでからかうネタに取って置きたいし」
「そのうち笑い話になればいいがな」
とりあえず、何があったかは触れないことで意見は一致したので二人に声をかける。
「キリト、アスナ、戻ったぞ」
「ん、お帰り」
「お、おかえりなさい」
よそよそしいというよりは、やはり何か変な空気感が漂う二人だが事情が分からない以上は下手に首を突っ込むこともできない。
「何があったかどうでもいいが、あまり引きずるなよ」
特段話すこともないので、二人の横を通って自室に戻ろうとするとキリトが声をかけてきた。
「ちょっと、三人に伝えたいことがある」
「どうしたました?」
普段とは違う、真剣みを帯びた声にエリスが反応する。
「もしかしたら、詐欺パーティがいるかもしれない」
「詐欺?」
「多分、武器強化詐欺だ」
ピクリと、その言葉に反応する。
「ほぉ、なるほどな、それは吊るし上げねばならんな」
ビクン!
普段のディアとは全く異なる、何か異質な声色に恐る恐る視線を向けると、そこにはディアの姿をした何かとしか形容できないモノがいた。
「ディ、ディアだよな?」
何か薄っすらと周囲に黒々としたオーラのようなものが見える、気がする。
凄まじいまでの寒気を催す何かは間違いなく、この場にいないネズハをはじめとする詐欺集団に向けられているはずだ。
「ククク、武器強化で失敗するたびに恨みを重ねるというのに詐欺だと? 吊るし上げて二度と表を歩けなくする程度のことはしなければ割に合わんな」
何か武器強化に恨みでもあるのか、かつてないほど冷酷な言葉が聞こえてくる。
ドゥモニだの煽るとか、失敗を流すなとかいろいろ聞こえてくるが、何が彼をそこまでさせるかが分からずとも、武器強化に偽りがあるのが許せないという事だけは分かる。
「お、落ちつけディア、まだ限りなく黒い灰色だから、証拠がない」
「ならば集めればいいだろう、それが何かは知らなくてても発生する確率が分かれば後は試行だけだ」
さらっと検証勢的なことを言ったディアの笑みが怖い、絶対に物証で追い詰める気だよこの人。
「と、とりあえず話を聞こう? まずはそれからにして、っていうかすごく怖いから!」
ノエルが必死で訴える、若干怖がりの彼女にはこの空気がすでに耐えられないものだろうし、アスナも若干顔を引きつらせていて早急にどうにかする必要がある。
「そうだな、確率が分からなくては検証の手立ても決められん」
とりあえず、普段通りに戻ったディアにほっとしてから話を始める。
大雑把にキリトの話をまとめると
・成功確率95%の強化に失敗した
・失敗した結果に本来あり得ない《武器破壊》が出た
・その後、担当した鍛冶師のパーティが詐欺を行っているらしきは会話をしていた
・もしかしたらと考え、武器の所有権が残っている場合の救済措置を行った結果、破壊されたはずの武器が戻ってきた
「状況証拠はあるが、物証に乏しいというところか」
「正直、シラを切り通されたらつらい。鍛冶を依頼した人間が、難癖をつけているとみられるのがおちだ」
「ふむ、成功確率95%で武器破壊の発生確率を多めに見積もって5%、一回で出る確率は0.25%、試行回数が1000を超えないと確率で追い込むのは厳しいな。逆に武器破壊のペナが失敗の中で出る確率を求めた方が早いか」
「アークスも確率検証するのか?」
「ん? 俺はあまりやらないが、中には潜在能力の倍率検証するために1000回ほど試行した連中もいるぞ。確率とは少し違うが、データは数が無ければ信頼性ができないからな」
なんにせよ、検証の方向性は武器破壊に絞った方がいいのと、その方法を考えねばならんか。
「やるなら、武器破壊が生じる可能性を求めた方がいいな。それなら200回ほど失敗して、武器破壊のペナがつかなかったことを証明すれば十分だ。誰かここにいない人間を証人に立てて、鍛冶の結果を記録してもらえば一人40回ほど失敗すれば済む話だ」
「せ、せめて150回くらいになりませんかね? 30回でも今のコルの半分が吹き飛ぶんですが・・・・・・」
序盤という事もあり、武器強化は一回500コル程だがそれでも30回やれば約15,000コル、ステータスを開いてみると俺の所持金は30,000コル、余裕で半分ほどは吹き飛ぶ。
キリト達の似たような懐事情を考えると、エリスの言う通り衣食住に装備の維持を鑑みて、その位が限界かもしれない。
「それでも武器破壊が出ない確率は0.05%か、十分信頼できそうな値だが、問題は誰を証人に立てるかだな」
余り俺たちと利害関係のない知り合いで、ある程度他のプレイヤーからも信頼のあるものとなると限られているが全員の意見をまとめた結果はディアベル、アルゴ、エギルの3人。
それに加えて、場所を分散させるためにもう一人は欲しい。
「あっ、ルチアちゃんは? 今日会ったばっかりだし、キリトさんやアスナさんなら一度も会ったことないから大丈夫でしょ?」
「なるほどな、頼みごとができて接点がない人間という意味では最適ではある」
あの真面目そうな白髪おさげ少女なら、嘘を吐く真似はしないだろうから証人としては最適だ。
さすがに時間が遅いので今日今すぐにというわけにはいかず、明日検証したいことがあるからその証人として付き合って欲しいとのメッセージを送り、手持ちの使う気のない武器系統をピックアップする。
「短剣が2本、槍と細剣が各1本、それに初期装備の曲刀が1本、ツインダガーとパルチザンのように使えればと取っておいたのが幸いしたな」
強化に失敗しても仕方がないと割り切るしかないが、これでも1本当たり平均6回は失敗する必要がある。素材は手を抜けるとしても、武器は安物を1,2本余計に買った方がよさそうだ。
「私は片手斧2本と短剣1本、あとは槍がやたらと多くて4本だね。最初に練習で壊せるように安いの一杯買ってよかった」
まあ、そのおかげでしばらくの間はノエル一人だけ宿が貧相だった。
この事件が終わったら真面目にノエルにも槍の使い方を教えておきたいし、今回の検証で作る槍を使った《決闘》形式で教えるか。
「そういえばノエル、いつの間に片手斧なんて買ったんですか? てっきり槍一本で通すものかと思っていましたが」
「この前のボス牛の後ね、槍だけだと懐に潜られたときに危ないからリーチが短くて振り回しやすいうえに、そこそこ一撃が重い武器が欲しいと思って買ったの。少しスキル枠がもったいないけど、空いてる枠があるのに使わないのも、ね?」
こいつなりに考えているのだと思って、頭を軽く叩いてやる。
「うにゃー」
「これでも褒めているつもりだ、あとで片手持ちの重量武器の使い方も教えてやる。斧の経験はないが、
「じゃあ、お願いします」
とりあえず明日以降考えていると、メッセージの着信を示すマークが表示される。
「早いな、アルゴからの返信か」
やけに早いと思いつつ本文を表示すると、そこには日時と場所が指定されており、そこに来るようにとのこと。ついでのように武器強化の検証結果はもう出てるから、こっちではやらなくていいというのが書いてあった。
キリトにも同じメッセが届いたらしく、2人で残る3人に事情を説明して明日の予定を変更する。
「まぁ、それを基に考えるとしよう。仮に武器強化失敗にペナがあったら悪い偶然、無いなら無いで別方向からアプローチすればいい」
「だな」
他の連中にも謝罪と予定変更のメッセを出すと、気にしなくていいという返信が帰ってくるが、ルチアだけは明日会いたいので構わないという返事が来た。何やら、武器強化絡みで相談事があるとのことだ。
「キリト、さっき話したルチアだがアルゴとの話に同席させても構わないか? 武器強化がらみで相談したいと返事が来た」
「多分、大丈夫だと思う。アルゴの奴が話したくないなら人払いするだろうし、ルチアって子が相談したいことがアルゴから買える情報で解決する可能性もある」
「分かった、情報屋が来るというのとアルゴからと同じ場所と時間を伝えておく」
とりあえず、武器強化詐欺がどういうトリックかを見抜くためにもアルゴから武器強化の検証結果を聞いておくに越したことはない。ルチアの武器強化絡みの相談もそれで解決すればよし、解決しなければ、トリックを暴くヒントの一つになるかもしれない。
「とりあえず、今日は寝るか。夕方からさっきまで結構神経張ってたせいで、フワァ、急に眠気が」
「そういえば、夕方競争してちょっと休んだ後に強化詐欺疑惑だったもんね。・・・そのあとに私があんなことしちゃったし」
「いや、アレは事故だからノーカン、というか今後は触れないことにしよう」
……気になるが、触れない方が良さそうだな。
ノエルと
「やっぱり、何かあったんだね」
「本人たちが触れたくないことを無闇と尋ねるものでもありませんよ」
「さすがにそんなことはしないよ」
とりあえず、時間も時間なので各々が部屋に行く。
……全員が寝静まった深夜に緊急クエストの夢で目が覚めて、30分ほどフィールドのモンスターを狩り続けた以外は平穏な夜だった。
第2層主街区《ウルバス》
転移門の前はほとんどの場合人が多く行き来している、というよりもここしか人の往来が集中する場所がないといった方が正しい。
解放された各階層間を安全かつ最短でつなぐ経路である以上人は集中するし、それが2か所しかないのならなおさらだ。そんな場所に大勢で待つわけにもいかず、ルチアとアルゴの二人に顔を知られているディアが待ち合わせ場所でコーヒーを啜って待っていた。
「そんなに飲んでると、カフェイン中毒になるゾー」
「安心しろ、リアルではとっくにカフェインジャンキーのあだ名をもらっている」
皮肉を交えて挨拶をしてきたアルゴを迎えると、割と呆れた顔をしていた。
「一応、冗談のつもりだったんだけどナ。リアルのディーさんが心配だヨ」
「健康状態に異常はないぞ? もとより丈夫なカラダだ」
そもそも、アークスはアンティでそういったものを無毒化できるので二日酔いなどにも縁がない、なっても大体すぐにアンティ・レスタされてダルイ体を引きずって出撃していく。
「そうかイ」
そうしていると、もう一人の方も転移門から出てきた。
フードの下とはいえ、少しくすんだ灰髪は遠くからでも見間違いようがない、ついでに俺の装備であるダルムアーマーも蒼に黄色と目立つ色遣いで見つけやすい。軽く手を振ると、すぐ此方に駆けてきた。
「おはようございます!」
「ん、おはよう」
「おはよう、っていうか初めましてだナ。俺っちはアルゴ、情報屋だヨ。何でも買うし、コル次第で何でも売るから欲しい情報があったら、おねーさんに訊きに来るといいヨ」
「よろしくお願いします、アルゴさん」
「一応知ってるとは思うが、コイツはルチアだ」
当然といった感じでアルゴがそれに答える。
「ディーさんの言う通りだナ、白髪の子なんて珍しいからちょっとした噂になってるヨ。おねーさんとしてはちゃんとフードをかぶっているのは安心したヨ」
「はい、二日目の時点で身に染みてます……」
とりあえず、転移門の近くではゆっくりしゃべることもできないので、広場の近くで待機していたノエルたちと路地裏にあるカフェに移動する。
俺が最近見つけたこのカフェは路地の路地とでもいうべき細い道の突き当りの陰にあるため、よほど歩かなければここに辿り着くことはない。
俺が辿り着いたのも、道を一本間違えて転移門広場から宿に向かう途中迷ったからだ。
「ディーさんがこんな気取った店を知ってるのは、意外だナ」
「私もアルゴさんと同じ意見です。ディアさんって戦闘以外はあんまり関心なさそうだし、こういうお店に来るイメージが……」
「本人を前にして言ってのける図太さは、褒めておこうか」
アルゴとアスナのコメントはまぁ、そういう風に思われている程度で流す。
今までの付き合いだとそう思われても仕方ない部分は多いし、戦闘以外の私的な面もほとんど見せたことがない。
「これでも嗜好品、特にコーヒーにはこだわりがあるからな。街中を歩いているときもこの類の店は場所を覚えるようにしている」
「そういえば、私とディアさんが街に戻ってきたときにもコーヒーとココアを買ってくれましたね」
昨日のことを思い出したルチアがそれを肯定するような発言をする。
付き合いの長いエリスとノエルも首肯し、隠れたというほどでもない趣味が明かされる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そんなくだらない会話のうちにコーヒーと菓子が目の前に運ばれてくる。
コーヒー独特の芳ばしさに多少甘い香りが混ざったものが、ここにいるメンバーの周りを包む。
「さてと、飲み物も来たことだし今日の本題に入ろうか」
そう切り出したキリトに対して、申し訳なさそうにルチアが声を上げる。
「えっと、私も一緒で問題ない感じでしょうか?」
「大丈夫だろう。下手に公になると困る話だが、知られることに対して問題はない」
強化詐欺疑惑の話なので、他にも類似の出来事があったプレイヤーがいるか知る意味でもルチアにいてもらった方が好都合だ。
「とりあえず……」
赫赫云云とキリトとアスナが遭った出来事について話し、他の6人は黙ってそれを聞く。
カップの中のコーヒーが半分程度まで減ったところで話は終わり、それについてのアルゴの見解が問われる。
「……多分、確実に詐欺だナ。武器強化の検証はとっくにされてて、通常の武器の強化範囲内で《武器破壊》のペナがつく確率は0%だヨ。なにせ、初日にスタッフから配られたパンフに書いてあったからナ」
「さいですか」
「茅場明彦が何者かは知らないが、そんなに信用していいものか?」
「それについては信用してもいいと思うヨ、彼は『ゲームでもあって遊びではない』『SAOのチュートリアルはコレで終了する』って言い残していたからナ、チュートリアルやマニュアルに嘘は無いって判断するべきダ」
確かに、巨大なアバターで全てのプレイヤーにチュートリアルと称する説明をした人間がそんなくだらない嘘を吐くとも思えないし、ゲーム内で残っているマニュアルに《武器破壊》の失敗ペナが記載されていないのもおかしい。
「だとすると、通常の強化範囲外では《武器破壊》が起こるということか」
「さっすがディーさん、頭の回転が速いネ」
「えっと、どーいうこと?」
「???」
全く話についていけていないノエルとアスナに、俺の言葉の意味を察したルチアが説明する。
「アルゴさんがさっき、『通常の強化の範囲内で』っていったじゃないですか。それはつまり、通常じゃない武器の強化をすると《武器破壊》が起こるってことですよね?」
「おー、ルーちゃんは気付いたカ。キー坊とエリちゃんはとっくに気付いてたっぽいし、ノーちゃんも気付いたみたいだから、気付いてないアーちゃんに説明するヨ」
通常でない武器強化、アークスならばOP付けともいわれる特殊能力追加や潜在開放、NT武器の限界突破で思い当たる節があるし、ゲーマーでないアスナ以外はそれに類するシステムに心当たりがあって気付いたらしい。
「というわけで、武器の性能を上げる以外にも、鍛冶屋ができることにはいっぱいあるのサ。ちなみに強化で武器破壊が起こる条件はただ一つ、《武器強化限度》が0のエンド品で《限界突破》や《インゴット変換》をせずに《強化》を選択した場合ダ。これに限っては100%破壊される、設定的には武器が耐えられる回数の打ち直しを超えてるってところだナ」
「じゃあ、あの鍛冶屋さんはそれを利用して……」
「何らかの方法で預かったのと同じ武器のエンド品とすり替えてるってことか」
「キー坊たちの話を聞く限りだと、多分そうだろうナ。エンド品はステータスのわりに安いし、同じ武器で強化値が高めの非エンド品とすり替えて売ればそれなりに儲かるし、自分で使ってもいい」
そこまで言ったところでアルゴがコーヒーに手を付けると、全員が考え込む。
武器破壊が起きる理屈は分かった、問題はどのように武器を入れ替えているかだ。
とはいえ、このまま悩んでいても仕方がないので、別の話題を切り出す。
「ルチア、お前の質問は何だったんだ? 武器強化がらみのことらしいが」
「はい、私の訊きたいことも実は今の話題と同じで、私の知り合いも詐欺にあったみたいなんです。それで武器破壊が本当に起きないのかという事と、どうにか取り戻す方法はないものかと情報屋さんに……」
残念ながら、直接鍛冶屋と交渉して取り戻すしかないというのがアルゴの見解だった。
キリトのように偶然詐欺があった可能性に気づいて、《全アイテムオブジェクト化》をすることによる救済措置を取らなければ離れた場所にあるものを取り戻すのはほとんど不可能。そして、その時間もとっくに過ぎている。
「やはり、どうにかして武器すり替えのトリックを見破るしかないようですね。それにしても、鍛冶の動作の中でどうやって武器をすり替えているのか……」
アイテムを入れ替えるという事は何かしらの方法でオブジェクト化したものを入れ替えているという事だが、その方法は見当がつかない。
鍛冶屋の動きを再現するようにキリトが手を動かすが、その間に別の動き、特にアイテムの入れ替えを行うような動きは見られない。
「練習を重ねてウィンドウの操作を早くすれば」
「そうだとしても、ウィンドウは私たちからも見れるんだから無理でしょ。仮にアイテム確認の時にすり替えたとしても、そこでステータス以外の部分を見ればすぐに分かるはずだわ」
キリトの言葉にアスナから突っ込みが入る。
アスナの言う通り、どこに入れ替える行動をとる余地があるかというのが問題だ。
「じゃあさ、武器の束を用意しておいて、いったんそこに置いたように見せて実は別の武器を取ってるって可能性はないの?」
ノエルの言うことも一理あるが、ウィンドフルーレのようなそこそこレアな武器を何本も確保するのは難しい。アルゴの言うようにエンド品を安く買ったとしても、そこまで大量に用意できる可能性は低い。
「だとすると、裏技のようなテクニックがあるのかもしれませんね」
「それです」
エリスの言った言葉に、ルチアが反応する。
「ディアさんが私と会ったときに短剣を投擲した直後に曲刀で戦っていたじゃないですか。仮に曲刀をウィンドウで装備し直しているとしたら早すぎますし、何よりもオブジェクト化した武器をそのままにしていたはずなのにその場からは消えていました。これって、武器が入れ替わったってことじゃないですか!」
「そうか、《クイックチェンジ》……。確かにアレなら最低限の動作で武器を一瞬で入れ替えることができる。しかも、習得難易度も低いから鍛冶メインだとしてもすぐに習得できる」
盲点だった、使っている自分ですらアレは無意識のうちに戦闘時にしか機能しないものだと思っていたが、スキルリストを表示して説明を見てみると場所の制限はない。
《クイックチェンジ》は武器をショートカットメニューを用いて瞬時に入れ替えるスキルと言い換えることもできる、俺の場合は右手の《曲刀》に加えて左手に《短剣》を登録しているがその設定項目は多岐にわたる。手だけではなく武器を収めことができる場所全てに武器を出現させることも可能だし、スキルを習得していない武器でも制限されない、ショートカットの出し方も自分で設定できる。
つまり、この方法によるすり替えの可能性は大いにある。
「すこし、試してみるか」
「頼む」
キリトに言われるまでもない。
全く同一名の、外見上はほとんど差異の無い二本の短剣を一度テーブルの上に置いてから、一方を《クイックチェンジ》の対象に登録する。
モーションを軽く左手の指で空をかく動作に変えれば準備は完了。
「今からテーブルの上に置いたのと、ストレージに戻した奴を入れ替える。ノエルとエリスは反対側に回ってくれ、正面からでどの程度動きが見えるか知りたい」
「オッケー」
「お任せください!」
二人が反対側に回ったところで一度キリトに短剣を渡し、それを再び右手で受け取ってテーブルの上に置き、鍛冶と同様に右手で材料を投げ入れる仕草と同時に、前からは見えないように左手を動かして《クイックチェンジ》を発動させる。
ヒュン
という音と共に短剣全体が光に包まれると、そこには一見して何ら変化が起きたとは思えない短剣がそのまま置かれていた。
「今の工程で、何か気付けたところはあったか?」
全員が首を横に振る。
「いや、正面からだと全く気づけなかった。実際に入れ替えのエフェクトが起こるまで、何をしていたかもだ」
「あの鍛冶屋さんはここと違って地面に直接店を広げていたからテーブルの下ほど見えない場所があるわけじゃないけど、武器の陰とか何かの操作に見せかければ十分入れ替えの操作をする余裕があると思うわ。あとは、実際の鍛冶だと材料を炉の中に入れればその時に強く光るから、それに合わせて《クイックチェンジ》を発動すれば……」
「武器の入れ替えとエンド品による武器破壊、そして自分のストレージにアイテムを残すことができる」
「仮に武器破壊をしない失敗でも、ステータスが下がったといえば同じ武器でステータスの低いのを入れ替えれば済むシ。仮に文句をつけられたとしても、今度は逆の手順で元の武器に入れ替えて鍛冶をして返せばバレる可能性はまずないナ。詐欺としては理想的なダヨ」
キリトとアルゴの言う通り、これをされて普通は気付かない。
そして、武器破壊のペナがついたときの依頼者の落胆を利用して取り戻す可能性を消すという点は特に悪意を感じる。
「さて、手口も分かったところで、その鍛冶屋を潰そうとしようか」
「と、とりあえずは穏便な手段で行きましょう。強硬策に出るとあまり……」
「ならば、とりあえずは事情聴取するか。個人的には鍛冶屋を潰して名前を非公開で手口を晒し、二度と同じ人間が犯罪をしないようにして、犯罪の手口は絶対に暴かれるという事を示したかったんだが」
「……意外と穏便ですね」
エリスには一度じっくりと俺のことをどう思っているのか訊く必要がありそうだが、俺とてそこまであくどいことをするつもりはない。私刑で個人を裁いても、それが今後の個人を裁く基準にはなっても困るし、最悪死刑とでもなればそれはこの世界で殺人が裁きの手段として認められることになる。
ならば、下手に個人を裁くよりは手口を明らかにして犯罪を出来なくしてしまう方がはるかに楽だ。
「この方法なら、今の状態でという限定付きだが、犯人が自首と償いのチャンスを与えることもできるからな。詐欺なら現実でも初犯なら執行猶予付きだ、俺だってそこまで揉めるようなことはしたくないし、多少は大目に見る」
そうして、この事件への対処も決まったところでアルゴに今回の事件の概要と手口の噂、それにあった場合の対応策について《盗み》対策も兼ねて5日後から公布してもらうことにしてその場はお終わった。
5日後
目の前にいる男性プレイヤーは、難儀そうにコーヒーカップを手に取ると口へと運んだ。
「話は聞かせもらったぞ、ネズハ、いや、ナタクと呼んだ方がいいか?」
「どちらでも構いませんよ」
彼、《Nezha》の本来の読み方は《ナタク》、インドという国に伝わる古い話の登場人物らしい。
「別に、この場で何かするつもりはないが、お前がどうしようとしているか知りたくてな」
目の前にいる男こそが、今回の強化詐欺実行犯であり、ある意味で被害者ともいえる人物だった。
「貴方のことはキリトさんから聞きました。今回の件が余り大ごとにならないよう、事件を噂レベルに抑えて私が犯人だとは直接示さないようにしたのも貴方だと」
「今回だけだ、次回からは少なくとも街には入れんようにする。それに、お前の事情も事情だ、純粋な悪人ならもう少し楽だったんだがな」
俺の目の前にいるコイツはFNC、Full-Dive Nonconformity:フルダイブ不適合のプレイヤーだった。
視覚、というよりは遠近感の認識がギアを通して上手く行うことができす、結果としてモノの距離感が分からずにほとんど平面で世界を認識した状態でこの世界にいるらしい。
そのため、チームの仲間に負担をかけているという罪悪感に付け込まれた面もあり、非戦闘職の鍛冶屋として詐欺の片棒を担いだ。それが事件の顛末だ。
「十分に悪人ですよ、他人の武器を私欲のために売ったりしたんですから」
「それでも、生きて償おうとしているんだから良いよ」
「それも、キリトさんとアスナさんのおかげです。アスナさんに死ぬなと言われ、キリトさんに生き抜く手段をもらいましたから」
そう言ってテーブルに置いたのは二つの金属製の輪、一見してタリスのように見えるが、チャクラムという投擲武器らしい。
「この後、このスキルのクエストを受けてきます。そして、自分が武器を砕いた人たちに、同じものを返還しようと思っています。それができるのは多分、その武器が必要ない時かもしれませんが、私にできるのはそれぐらいですから」
「分かった。それともう一つ、ポンチョの男について教えてほしい」
そういうと、ナタクは首を横に振った。
「すみません、そのことはキリトさんに話した以上のことは何も。この世界に規則は無いと犯罪をそそのかされたこと、そして人をうまく乗せたこと、純粋な日本人ではないという事しか」
「いや、本人の口から知れただけでも十分だ。とりあえず、死ぬなよ?」
「えっ?」
意外そうに、ポカンと口を開けてナタクが俺を見る。
「自分で罪の償い方を見つけたんだ、殺されそうになっても生き延びて、自分なりに罪を償ってからまた考えろ。それで許されるわけでもないが自分の罪を数え直すんだ、そこでまた見えるものもあるだろう」
話すこともこれ以上ないので、コーヒー代だけ置いて店を出る。
「あの、」
「人生、死んでみるまでどんな結末になるかなんて全知でも予測できないんだ。容易く死ぬだなんて考えるなよ」
少し芝居がかった会話だったが、アイツが自分なりに自分の罪に向き合おうとしているのは分かったから良しとするか。
だが、問題は一つ残った。
「犯罪を唆す黒ポンチョの男か、情報が無くてどうにもならないが、嫌な予感がするな」
【敗者】ほどでなくても、人心掌握や餌による誘導で人を動かせる人間はいる。
黒ポンチョが大したことのない奴であればいいが、この後も犯罪に関わってくるようであれば……。
「そのうち、手を打つ必要があるか」
正義を騙るつもりはないが、悪を許すつもりもない。ましてや、他人をたきつけて自分はそれを楽しむような人間なら、どこまで被害が広がるか分かったものでもない。
「やれやれ、悩みごと増えるな」
その後の顛末、ナタクの仲間であったチーム《レジェンド・ブレイブス》を交えた第二層ボス攻略戦はディアベル率いる《聖竜連合》を中核として俺たち五人も参戦して行われた。
一時はブレス攻撃に対応できるプレイヤーが俺とキリト、ディアベルとその場で対応したアスナを除いてほとんどいなかったことから戦線が瓦解しかけたものの、ナタクがチャクラムによるヘイト取りで2分もの間ボスを釘付けにしている間に体勢を立て直し、ボス撃破に成功した。
そして、その場でナタクの謝罪と断罪が行われて処刑になりそうだったものの、俺が彼に彼なりに罪に向き合う覚悟とその証を残す方法を決めていること、《ブレイブス》の他のメンバーも彼のNFCに付け込んで詐欺行為を半ば強要していたことを白状し、自分たちの装備を被害者の弁済とすることで一応の手打ちとなった。
「これは、今回のボス戦で君がいなければヤバかったことも酌量の一つになっている。君が死を恐れずに罪を償う覚悟を着てここに来たから、彼らも君を殺すことを選ばなかった。だから、絶対にそれを裏切るな」
こういう時、カリスマのディアベルがいると話がまとまるので重宝する。
一応は《守護輝士》だの《アークスの英雄》だのと言われている俺と違い、実績だけではなく天性のカリスマという奴だろうか。俺の場合は実績がとんでもないせいで、馴染みじゃ無いアークスからはプロパガンダの誇張戦果扱いされてるし。
「キリト、ディアベルがいて助かるな」
「同感、俺やお前は実力で物言わせるタイプだからああはなれないな」
アスナあたりは持ってそうだと言うと、キリトが頷いたので、そのうちアイツがチームの団長やまとめ役になる日も来るかと予感する。
こんなに長く期間空いたにも拘らず読んでくださりありがとうございます。
社会人、忙しい。