ゲーム開始からおおよそ7時間半後、ログアウト不可・GMコールすらも応答がない異常事態において、突如として強制転移の青い光がディア、キリト、クラインの三人を包み込んだ。
「ここは、主街区か」
転移の光が晴れるなりディアがつぶやく。
石畳と周囲を円状に取り囲む建造物、中心には石碑と石柱があり、さらに奥には鉄色の宮殿が聳える。間違いなくアインクラッド第1層の主街区はじまりの街だった。
キリトとクラインをつかんでいた手を放すと、二人も周囲を見回し、お互いに顔を見合わせていた。
「一体、何だっていうんだよ」
「そりゃあ、俺も同じ感想だな」
周囲にいるのは眉目秀麗なプレイヤーたち、髪も服の色も様々なディアたちも含むほぼ全てがここに集まっているのではないかと思われた。ようやく転移の光が落ち着き始めると、何らかの発表のために集められたことを期待していたプレイヤーたちから「何が起きてんだよ!」「GMは何しているの?」「早くログアウトさせてくれよ・・・」などなど不満の声が出始める。
そして、誰かが言った。
「おい、上見てみろ」
その言葉につられるように、ほぼ全員が上へと視線を移す。
そこに現れたのは夕陽を受けてもなお紅い、血のような真紅のローブをまとった巨大な人型だった。その顔や表情はフードに隠されうかがうことはできないが、記憶の中にある限りはゲームスタッフ、ログイン時に案内やキャンペーンを告知していた何人かと同じローブである。
「告知、というわけではなさそうだな」
「なんでそんなことが分かんだるんだよ。一応、GMのローブ姿だろ、ありゃあ」
右隣のクラインが反論する。
「よく見てみろ、ローブの中もそこから見える隙間も、全部が全部黒い靄だぞ?」
周りからは同じようにGMが出てきたする声とGMではないという疑念の声が半々で聞こえてくる。
その間に巨大な赤い影はゆるゆると、左右の手を広げて、よく通る低い声で告げた。
『プレイヤーの諸君、私の世界ようこそ』
私の世界、GMが絶対の権限を持つSAOの世界においてその言葉は正しいが、ディアはその言葉に違和感とかつてルーサーと対峙したときの既視感を覚えていた。
「キリト、クライン、多分だが大分面倒なことになりそうだ」
「え?」
「え?」
その声にこたえるように、巨大な赤い影は続けた。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
「な・・・」
隣のいる青い剣士、ディアが言ったことはある意味で的を得ていた。
茅場晶彦を名乗るアバターのその声はいくつかのインタビュー動画で聞いたものに間違いなく、否応なく白衣をまとった怜悧な風貌を想起させたからだ。
「ディア、・・・お前は何か知っていたのか?」
《事件》というのをこの出来事が起こる数十分前に気にしていたディアの姿がキリトの脳内にフラッシュバックし、せいぜいクライン程度にしか聞こえない声で尋ねる。
「・・・何かが起こることは知っていたが、その何かまでは知らなかったさ」
その言葉は、少なくとも嘘でないことは確かだった。ナーヴギアの読み取った感情はアバターの表情を分かりやすく変化させる。ディアの表情は、焦りや驚きとは違う、困惑というべき表情をしていた。
「確かに、知っていたならログアウトできたもんな」
「・・・」
沈黙が彼の気まずさを示していた。彼が悪意を持って接してきたことはないし、今日一日の間に何が起きるか気にしていたそぶりはあったが、この直前までクラインと三人で下らない会話をしていたのだから。
そうして、赤い影に再び視線を向けたときに告げられた言葉は、そのわずかな安堵を砕くには十分だった。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかし、ゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
「し・・・、仕様、だと」
クラインが割れた声でささやき、その声に被さるようにアナウンスは続く。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
ログアウト不可、厳密にはこの城の頂に立つまでは、という条件付きだが、この城というのを理解するのにディアは数瞬を要した。
「浮遊城、アインクラッドか」
その言葉は、それと同時茅場晶彦が告げた言葉によって周囲の人間の耳に入ることはなかった。
外部の手によるナーヴギアの解除・停止・分解が試みられた場合にはナーヴギアが高出力スキャンを行い脳を焼き切ること、すでに213名がナーヴギアに外部の手が加えられたことで死亡したこと、10分間の外部電源切断・2時間以上のネットワーク切断でも同等ということ、ほぼすべてのゲーム内へのメッセージは茅場晶彦の検閲を通してから各員へ送られること。
隣のキリトが安心してゲームを攻略してほしい当たりの下りで吠えていたが、個人的には今度実装されるPAクラフトやらVRミッションに乗り遅れる方が致命的なので割とどうでもよかった。
『・・・そして、諸君らには充分に留意してもらいたい。諸君らにとって、 《ソードアート・オンライン》は既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。・・・今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間』
「死ぬ、か」
『君たちはこの世界からも現実世界からも永久退場してもらう。』
そうして、ココがもう一つの現実であることを示すため、茅場晶彦に渡されたアイテム《手鏡》によって、現実と同じ体格・顔立ち・性別へと変更されたアバターたちは先程までと異なる現実的な姿のまま、この世界へと放り込まれた。
『それでは、ソードアート・オンライン、本来のチュートリアルを終了する。諸君らの検討を祈る』
そうして、赤いアバターは紅い霞となって宙へと消えた。
「・・・キリト、クライン、ちょっとこっちに来い」
「うぇっ!?」
「なっ、おいっ!?」
二人の手をつかみ、強引に広場からそこらの建物の陰まで引っ張っていく。
ちょうど広場から出るころには、アバターが消えたことで押さえ込んでいた混乱の声と恐慌があふれ、広場を埋め尽くし、圏内の広場とはいえ精神的にダメージを食らわざるをえない状況になっていた。
「さてと、どうするかな」
ログアウト不可、おそらくはこのゲームがクリアするまでの間この世界にいたことが、シャオの言っていた事件とみてほぼ間違いない。
「とりあえず、キリトの意見を聞くのが一番か」
「俺、の?」
「というかよ、どうしてお前はそんなに冷静なんだ!?」
紅顔の若武者から髭面の野武士へと戻ったクラインが俺に詰め寄ってくる。
キリトの方は少年剣士のままだが、顔立ちの方は大分柔和というか、中性的になっていた。
「死ねば死ぬ、何も変わらないだろ? だったら、何をそんなに慌てる必要がある?」
「だからってよう・・・」
「落ち着け、といっても無駄だろうが自暴自棄になるな。少なくともここから出るための方法が一つは示されているんだ。幸い、職業柄こういう状況には慣れてるんでな、手伝えることがあるなら手伝おう」
「俺は会社員だぞ・・・」
「俺は学生だ」
「ついでに言うと俺は」
さすがにアークスとは言えないな・・・。
「軍人、のようなものだな」
「「明らかに住む世界が違い過ぎるだろうが!!」」
だが、あまりにも突拍子もない話は二人をショック状態から立ち直らせる手助けとなった。
「さて、キリト。βテストのとき、こういう状況でも使えそうなレベリングと装備強化の方法は何かなかったか?」
この世界において俺には圧倒的に情報が足りていない。アークスとして戦闘者としてならばこの二人よりも格段に上だが、ゲーマーとしてはクラインより下、この世界の知識についてはクラインともどもキリトより下である。
「この街の隣の村、だいたい30分程度のところに向かおう」
すぐに、キリトから広域マップ上に大雑把なルートがいくつか示される。
「俺とディアがいれば、クラインの安全は最低限保証できるな?」
「俺が殿につこう、クラインはキリトのそばを離れるな。道中のはキリトとクラインで一撃入れて離脱、それで倒しきれないのは俺に回せ。途中ではぐれるだろうが、村までには追いつく」
地図上で推測できるのはおおよそ10程度の接敵、おそらくは二回ほど群れとの戦闘がある。
幸いにも全員が片手剣、曲刀という機敏な動きを可能にする装備のため逃げに徹して体制を立て直す、不意打ちで仕留め安全を確保しるという手段もとれる。
「・・・すまねぇ、二人とも」
そうして、話を進めていく俺とキリトに挟まれたクラインが申し訳なさそうに、苦々しそうに告げる。
「気にするな、一人くらいなら大したことはない」
「いや、そうじゃねぇんだ、俺はこの街に残る。そんで、知り合いたちとどうにかする。付き合いも長ぇし、おいてはいけねぇ」
その目は、怖れと共に強い決意を秘めていた。
少なくとも、この案が彼個人にとって魅力的であることは確かだろう。しかし、クラインという男は、ディアが思っていた以上に他人を思いやれる男のようだった。
「そうか、無理はするなよ」
「・・・すまない」
「気にすんなって、もしかしたら、誰かが安全な解除方法を見つけ出して、こっから出られるかもしれねぇんだ。だからよ、お前たちも無理すんなよ」
こうして、クラインと別れ、キリトと共に次の村を目指すこととなった俺は、回復アイテムの補充のため一度別れ、5分後にはじまりの街南西のゲートへ集合することとなった。
ポーションを買えるだけといくつかの状態異常対策、当面不要な素材を売って得たコルを確認するとディアはいくつかのメモを書き出していく。
ここまでで得られたエネミーの特性、個々の技の対処法、得られる素材、アークスにおいてもエネミーのデータは蓄積され、全体知として公開されていた。それと同じように、アインクラッドのエネミーについて、可能な限りの情報をまとめ、周知するつもりでいた。
「しかし、情報が少なすぎるな。人型や遠距離型がいる可能性も否定できんし、可能性という程度に注意喚起しておくか」
そうしてまとめ、コピー&ペーストで複製した10枚程度を適当な掲示板に留めておく。この掲示板は各所に設置されているもので、プレイヤーが自由にメモをやり取りできる。お互いに対価を要求することができないが、気軽にパーティを組んだり、アイテム交換を持ちかけるためのもので、必要に応じて連絡先や相手指定のメモを張ることもできる。
「さて、そろそろ時間か」
掲示板から離れ南西のゲートへと足を向けたとき、薄い黒髪をロングポニーにした少女と、そのそばにいる茶髪の少女にふと目を止めた、というよりもそちらに歩みを変えた。
「・・・どうした?」
「え?」
薄い黒髪の少女はうずくまり、茶髪の少女はそれを慰めているようだった。
「Elice、エリスか」
「はい、私はエリスといいます、こっちの子はノエル」
「どうした、ノエル?」
多少という時間ではすみそうにないし、其処ら中で同じような光景があるのだろうが、偶然とはいえ一度見てしまった以上放っておけないのが、お人好しといわれてる彼の性である。
「えっ? な、なんでもないよ、悲しくて、泣いているとでも思ったの?」
精一杯の強がり、そうとしか思えない声と表情で、ノエルと呼ばれた少女は応えた。
「そうか、無理をしているように見えたので、迷惑だろうが声をかけただけだ」
ヴィエルと化した彼女、マトイに比べれば数段マシとはいえ、相当に無理をしている、というよりもあまりにも悲観的な状況を理性が理解していても、心がそれを拒んでいるといったところか、その表情はこわばった笑顔だった。
「無理、なんて」
「無駄ですよ、ノエル。SAOの感情表現システムは、プレイヤーの理性でどうにかなるものではありません。この人は、その程度のごまかしは見抜いているようです」
エリスがノエルに告げる、強がりは無駄、ソレがきっかけとなったのか、ノエルの瞳から大粒の涙があふれだす。
「だ、だって、死んじゃうんだよ、この世界で死んだら、ゲームで死んだら、現実で」
「・・・」
「・・・」
なんと声をかけるべきか、わからないディアと、迷っているエリスを急き立てるようにノエルは続ける。
「100層のクリア? そんなの、できるわけないのに、あの人、狂ってるよ、誰か、助けてよ」
「私だって! 私だって、助けてほしいですよ」
まだ20にも満たない二人の、平和に暮らしてきた少女のことなど、アークスとして生まれ、学び、生きてきたディアには分からない。しかし、この二人を置いていくことは、少なくとも自身がすべきでないと感じていた。
「なら、俺が助けよう」
「「え?」」
狼狽する二人に、そう告げる。
「俺はゲームを知らん、VRも初めてだ、その上お前たち二人のことも名前しか知らん。それでも、ここで出会ったことに意味があるのなら、それを知るためにも、お前たちを助けよう」
「でも、ゲームも、VRも初めてなんですよね・・・」
エリスが懐疑的なまなざしを向けてくる。
「だが、単純な戦闘者としてなら経験は上だ。大剣、槍、鎖、小剣、拳撃、双刃槍、刀、弓、二刀、蹴撃、長杖、短杖の扱いは分かっているし、ソレの対処法も分かる。たいていのエネミー、Mobの動きも見た目と感覚で予測がつく。だが、ゲームの知識が圧倒的に足りていない」
そう、彼が足りていないのはこの世界での戦い方ではなく、この世界での生き方。どうステータスを振り、コルを稼ぎ、素材を集め、装備を強化し、経験値を集めるか。経験則では補えないその部分が、彼に足りていないものだった。
「あなたの言葉が本当ならば、そうじゃないとしても、私は貴方にかけてみます」
「ほう」
「ちょっ、エリス!?」
泣くことも忘れる衝撃がノエルを走った。このよく分からない初対面の男をなんで信じるだという風に。
「私は貴方を信じてナビゲートします。ナビゲーターとして、あなたの助けになります。その代り、あなたも私たちを助けてください」
「確証はせんが、約束しよう、俺がこの世界から消えるまで、お前たち二人は死なせないと」
「もし、死んだら?」
「そうはならない、お前たち二人が死ぬのは俺が消えた後だからな」
「いいでしょう、貴方に賭けましょう、こんな状態なんですから、もっとどうなるか分からない方にかけた方が面白そうです」
「決まりだな」
どちらともなく、エリスとディアが互いの手を握り締める。
「改めて、ディアだ。よろしく頼む、ナビゲーター」
「エリスと呼んでください、ディアさん。ナビゲーションはお任せください」
「ちょっ、私もいるからね!」
その二人の間に割り込むように、ノエルが下から飛び出してきた。
「わっ!?」
「イタズラ成功! もう、こんなん所でメソメソシてるよりはマシだから、私もあなたについていくからね」
「ふっ、さっきまで泣いていたくせに」
「あっ、あれも驚かすためのイタズラ!」
おそらく、今から急いでもキリトのところには間に合うまい、そう考えて、キリトに短いメッセージを飛ばす。
“返信不要
よけいな荷物を拾った、俺の好き勝手だから気にはするな。
荷物と一緒に行くのは無理だろうから、先に行け。
もし何かあったら、連絡しろ、近くにいれば助けに行く”
その直後、返信不要と念押ししたにもかかわらず返信が来た。
“
分かった”
おそらく、何かを書いて消してそのままになった空白の二行が、キリトの苦悩を示しているように見える。まぁ、気にするなと言ってある以上、罪悪感を覚えられる方が困るのだが。
「さぁて、まずは何をすればいい? ナビゲーター エリス?」
「そうですね――――――」
こうして、SAOでの日々が幕を開けた。
デスゲーム開始からはじまりの街出発まで。
ちなみにこの作品はソシャゲのSAOEWに出てくるキャラクターをディアに絡ませていくので、知ってる人はニヤニヤしてください。
人物描写難しいけど。