名探偵マーロウ   作:ルシエド

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メモリガジェットの販促と木々津克久先生の探偵作品の宣伝布教を兼ねたなんちゃって探偵もの


Jとの出会い/女子高生探偵マーニー

 人は彼女を、『マーニー』と呼ぶ。

 外見に頓着しないボサボサ頭、背は小さく腕は細い、標準より少しだけ小柄な女の子の体格。

 今は高校の制服を身に着けているが、女の子らしいアクセの類は一切見当たらない。

 異性が見ても何とも思わないが、同性が見ると「この子そんなにモテなさそうだな」という印象を受ける少女であった。

 

「マーニー!」

 

「ちょ、パパ、声大きい」

 

 マーニーの父、『ロイド』が娘を叱っていた。

 この親子は普通に日本人であり、マーニーもロイドもあだ名である。

 あだ名こそヘンテコだが、彼らの間には確かな親子の愛情があった。

 ロイドが怒っているのは、マーニーが両足に分厚いギプスを付け、車椅子の上に座っている理由が原因だった。

 

「危険な依頼を一人で勝手に受けて、犯人に両足を折られるなんて!

 僕がどれだけ心配したことか! 警察が駆けつけるのが遅れていたら、今頃……」

 

「分かってる分かってる、今は本当に反省してるから。

 あと足は折れてないから。ヒビ入っただけだから。

 お医者さんは半年もすれば元に戻るって言ってたよ」

 

 二人は探偵事務所『ロイド・インベスティゲーション』の探偵とその娘だ。

 この探偵事務所は探偵として十分な技量を持つこの親子二人だけで経営されている。

 なのだが、マーニーは若さゆえに時々無謀なことをしてしまう。

 今回も勝手に依頼を受け、浮気調査中に調査対象に襲われて、両足を折られてしまったらしい。

 

 マーニーからすればうっかり不覚を取った形だが、親からすれば肝が冷える想いだろう。

 

「マーニー! お前はしばらく一人での探偵業禁止だ!」

 

「えー!?」

 

「えー、じゃない! その足で何をするつもりなんだ!

 というか、そこでえーと言ってる時点で何も反省してないじゃないか!」

 

「でも、受けた依頼が他に……」

 

「言ったろう、一人では許可しないと」

 

「?」

 

「マーニーがこれ以上無茶しないよう、君の仕事に手伝いと監視を付ける」

 

 ロイドはマーニーを車に乗せ、娘を連れてどこぞへと向かう。

 

「パパ、手伝いと監視って……誰?」

 

「実は一ヶ月前、僕は記憶喪失の青年を拾ってね。少し面倒を見ていたんだ」

 

「はぁ……記憶喪失」

 

「自分の名前も思い出せない。

 自分がどこから来たのかも思い出せない。

 なのに覚えてることが二つだけあった。探偵の技と、フィリップという人の名前だ」

 

「!」

 

「僕から見ても、一流に仕込まれたと言い切れる探偵の技術があったよ。

 記憶を無くす前から頭ではなく体で覚えるタイプだったんだろうね。

 彼の記憶は戻らなかったけど……彼は隣町で、小さな借宿に探偵事務所を開いたんだ」

 

「その、フィリップって人名は?」

 

「それも分からない。彼の家族か、親友か、恩人か……」

 

「ふーん」

 

「名前がないと不便だからね。

 そのフィリップって名前にあやかって、彼に『マーロウ』と名乗るよう勧めたんだ」

 

「探偵マーロウ。商売敵……いや、パパを恩人と思ってるなら、系列事務所になるのかな」

 

「彼は完璧な人間とは言い難いけど、マーニーを任せるなら彼が一番だよ」

 

「パパがそういう風に言うとは珍しい。なんで?」

 

「信頼できるからさ」

 

 マーニーは目を丸くする。

 

「何よりも大切なことだよ。信頼できるということは」

 

 マーニーはロイドの愛娘で、現在高校二年生のうら若き乙女。

 それを男に預けるというのだから、ロイドからその男への信頼の大きさというものが伺える。

 車が止まり、父に車椅子に乗せてもらったマーニーが見たのは、マーニーの住まいと同じ自宅兼事務所である小さな探偵事務所だった。

 事務所の扉には"ネコ探しうけたまわります"と書かれた張り紙。

 閉じられた入り口のドア。

 ドアノブの上には小さな猫の毛が一本乗っている。

 

 マーニーの洞察力は小さな情報を見逃さず、このドアノブに猫の毛が乗ってから一度も回されていないこと、ドアノブが回されず手で引かれて閉じたこと、つまり今事務所の中に居る者が猫を抱えていることを把握した。

 

(得意技は猫探しかにゃあ)

 

 ロイドが開けたドアの向こうへ、車椅子のマーニーが行くと、そこには黒い帽子をかぶった青年と、嬉しそうに猫を抱きしめる一般的な風貌の男が居た。

 黒帽子の青年は、得意気に格好つけている。

 顔は良いのだが、その所作が妙に三枚目臭を漂わせていた。

 

「お探しの猫はこいつですね?」

 

「おお! そうですこいつです!」

 

「また何かありましたら、このハードボイルド探偵……マーロウに連絡を」

 

 黒帽子の男はキザったらしくキメるが、全くキマっていない。

 あ、こいつだ、とマーニーは思った。

 この人で大丈夫だろうか、とマーニーは不安になった。

 信頼できるって嘘じゃないのか、とマーニーは挙句の果てに父の判断まで疑い始めた。

 

「猫見つけたくらいでハードボイルド探偵名乗るって恥ずかしくないんですか?」

 

「……」

 

「ともかく、うちの猫のユルセンを見つけてくれてありがとうございました。それじゃ」

 

 依頼人にまでそんな風に言われる始末。

 

「あああっ! 俺はちゃんとしたハードボイルドだってんだよチクショウ!」

 

 ロイドとマーニーが見ていることにも気付かず、黒帽子の青年は机を蹴り上げる。

 

「いってえっ!」

 

 そして盛大に痛がった。

 なにこのダメな人、というのがマーニーの第一印象。

 ただなんとなく、帽子が似合う人だなあと、マーニーは思った。

 

「大丈夫かい、マーロウ」

 

「ロイドのオヤジさん! 来てたんですか、声くらいかけてくださいよ!」

 

「悪いね、盗み見るようなことをしてしまって」

 

「ロイドのオヤジさんなら別に構いませんよ!

 右も左も分からなくなってた俺を、あんたは助けてくれたんだ。そのくらい……ん?」

 

「どうも」

 

 青年とマーニーの目が合い、マーニーが頭を下げる。

 

「……ああ! オヤジさんの娘さん! 話に聞いてたあの!」

 

「マーニーだ。よろしくしてやってくれ」

 

「オヤジさんに似てないっすね」

 

「君は本当にストレートに言うな、マーロウ」

 

 娘が可愛いと暗に言われて嬉しいのか、その娘と似てないと言われてちょっと傷付いたのか。

 ロイドは複雑そうな顔をしていた。

 

「で、どうかしたんすか? オヤジさん」

 

「実は―――」

 

 ロイドはマーロウに事情を語った。

 娘の足が両方共折れていること。

 それでも頑固な娘は無茶をするかもしれないこと。

 娘の探偵業を見張り支える人間が必要であるということ。

 軽い頼みではなかったが、マーロウは帽子の位置を直してニッと笑い、それを快諾する。

 

「分かりました。俺にどんと任せて下さい! このハードボイルド探偵マーロウが――」

 

「パパいいよ、私にこの人必要ないよ」

 

「――ってオイッ!」

 

「そうは言うけどな、マーニー……」

 

「だから心配いらないってば。足折れたって、できることだけしてやっていけばいいんだから」

 

 マーニーはそう言うが、無茶をして両足を折った後だとまるで説得力がない。

 彼女の言い草にマーロウは思わず頭を掻いて、しゃがんで彼女と視線の高さを合わせ、彼女の目をまっすぐに見て、格好付けずに口を開いた。

 

「おい、マーニー」

 

「なんです?」

 

「完璧な人間なんてどこにも居ねえ。互いに支え合って生きるのが、人生っていうゲームさ」

 

「……むっ」

 

「誰の助けがなくてもなんでも出来ると思うのは、ガキだけだぜ」

 

 過保護な父に対してちょっとだけ反抗する気持ち。

 流石にこの三枚目は頼りないんじゃないか、と侮る気持ち。

 マーニーの中にあった二つの気持ちがちょっとばかり氷解して、張っていた意地が消えてなくなっていく。

 

「……分かったよ。それじゃ、お願いします、マーロウさん」

 

「マーロウでいい。敬語も要らねえ。命の恩人に居丈高には話せねえさ」

 

 黒帽子の青年が手を差し出して、モジャモジャ髪の女子高生がその手を握る。

 

 最後に訪れた別れの時まで、彼らは街を守る探偵コンビであり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子高生探偵マーニー。彼女の仕事は幅広い。

 父の仕事を手伝うこともあれば、自分だけで仕事を受けることもある。

 学生間のトラブルを解決することもあれば、殺人犯に関わることもあり、街の子供の依頼を受けることもある。

 さて、今回の依頼は?

 

「で、マーニー。俺は何を手伝えばいいんだ?」

 

 マーロウは事務所を締め、依頼があればロイドの事務所に連絡するよう連絡先を書いた張り紙をドアに貼り、マーニーと共にマーニーの街へとやって来ていた。

 ロイドはロイドの仕事に向かったため、彼らは二人きりでの初仕事に挑むこととなる。

 

「ちょっと待ってて。ゆりかちゃんが持って来た依頼があるから、電話で確かめないと」

 

「ゆりかちゃん?」

 

「若島津ゆりか。私の友達だから、マーロウも会う機会はあるんじゃないかな」

 

 マーロウがいいと言ったとはいえ、外見だけで20代と分かるマーロウにいきなりこういう口調で話せるマーニーは相当に肝が座っている。

 もしかしたら、他人に遠慮させず親しみを持たせるマーロウの雰囲気がそうさせているのかもしれないが。

 

「ええと番号は……あったあった」

 

 マーニーはゆりかが紹介してきた依頼人に電話をかけ、依頼の内容を聞き始める。

 

『―――、―――、―――』

 

「はい、はい、ええそうですね」

 

 内容にもよるが、よっぽど酷い依頼でもなければ断る気はない。

 紹介してきた友人の顔を立てるためだ。マーニーは義理を欠かさない。

 

「承りました。日当五千円、経費は別で。マーニー&マーロウにお任せを」

 

 ピッ、と通話が切られる。

 依頼は受諾された。さあ、お仕事開始だ。

 

「ええっと、現場の場所は……」

 

「その足じゃあんまり動き回らない方がいいだろ?

 現場にはまず俺が行く。ゆっくり自宅で休んでおけよ、車椅子探偵」

 

 ぶーたれた顔になるマーニー。

 自分も行く気満々だったマーニーだが、マーロウに止められ、渋々退院してすぐの体を自愛するハメになるのであった。

 

 

 

 

 

 さて、今回の依頼は『息子を傷付けた犯人を見つけて欲しい』というものだった。

 

 事件は先日、夜間の学校の野球部部室で起きたそうだ。

 被害者は高橋という少年。

 この野球部部室は昔寄贈された何かを部室に改造したもので、窓がない。

 鍵は一つしかない上に最近学校が新調したため一つしかなく、合鍵もない。

 扉も当然一つしかない。

 この事件がややこしいのは、頭を殴られて部室内に倒れていた被害者高橋が部室の鍵を持っていたこと。つまりここが完全な密室だったということだ。

 

 部室は引っ越し作業中で、部室の中には被害者の高橋以外の何もなかった。

 そのため当然人が隠れる場所もない。

 窓がないため鍵付きの入り口以外からは出入りもできない。

 その入り口に鍵がかかっていたため、完全な密室になっていたというわけだ。

 

 被害者高橋は警察と病院の調査によれば、睡眠薬を飲まされ、頭を何か鈍器で殴られたと見られている。

 ところが被害者は当時冬用の野球帽、それも特別分厚いものを被っていたために、頭の傷から凶器を特定するのが難しくなってしまったのだとか。

 凶器に頭皮・毛髪・血痕が残っていることも期待できないそうだ。

 この帽子がクッションになってくれたお陰で死を免れたらしいので、不幸中の幸いと言っていいのだろうが。

 

 さて、当日何があったか。被害者と容疑者はどう動いていたか。

 次はそこを見てみよう。

 

 その時間帯、学校に居たのは被害者含め四人。

 マーロウが学校の隣の土木工事現場の男・伊藤に話を聞いたところ、その時間帯に学校に出入りしたのはこの四人だけで間違いないそうだ。

 四人はそれぞれが自主練のため夜間の学校にやって来ていて、自主練が終わり次第空っぽの部室に集まり、それぞれが持ち寄った晩御飯を分け合おうと計画していたらしい。

 勿論、先生には内緒だ。

 実に高校生の青春をしている。

 

 被害者にして野球部の高橋。

 高橋と同じ野球部の鈴木。

 サッカー部の佐藤。

 バスケ部の田中。

 この四人が事件の渦中の高校生四人である。

 そして被害者を除いた三人には、それぞれ怪しまれる理由があった。

 

 四人は学校までは一緒に来ていたが、その後高橋と鈴木は一旦部室に向かい、佐藤と田中は各々自主練を始めていた。

 部室に向かった高橋と鈴木もその後部室の前で別れ、各々自主練を始めた、とされる。

 だが部室の前で別れたと主張しているのは鈴木のみ。

 もしも鈴木が嘘をついていたと仮定するなら、鈴木が高橋に睡眠薬を飲ませて朦朧とさせた後に頭を殴り、高橋が空の部室に必死に逃げて、内側から鍵を締め、後に気絶したという仮説を立てることができる。

 これなら密室の謎も解けるのだ。

 

 野球部の鈴木だけでなく、サッカー部の佐藤も怪しまれている。

 彼はこの日の晩飯を、外国産の大きな鉄の箱に入れて持って来たのだ。

 彼はウケ狙いで持って来たと主張しているが、これを凶器の持ち込みなのではないかと疑う者は少なくなかった。

 密室トリックさえ解ければ、一番怪しい人物である。

 

 バスケ部の田中は動機が一番ハッキリしている。

 田中の彼女が被害者の高橋を好きになってしまい、田中をフッて高橋に告白し高橋と恋人関係になってしまったのだ。

 事件が発覚した時、鈴木と佐藤は真っ先に田中を疑ったという。

 『動機は何か?(ホワイダニット)』を重視するならば、この少年が一番怪しい。

 

 彼らはいつまで経っても高橋の姿が見えないことを訝しみ、どうしたのだろうと思っていると、突然変な音が聞こえてきたのだと言う。

 不安になって高橋の携帯に電話をかけたところ、閉じられた部室の中から音が聞こえることに気が付き、学校に連絡。

 入り口を工具でこじ開けたところ、そこで倒れている高橋を発見したらしい。

 救急車を呼び高橋を病院に運び、翌日事件性があると判断し、警察に連絡したそうだ。

 

「犯行が可能なのは鈴木だけ。

 わかりやすく凶器を持ち込んだのは佐藤だけ。

 動機があるのは田中だけ。

 被害者の高橋を朦朧とさせた睡眠薬は市販のもので、誰でも手に入れられる……」

 

 マーロウは事件の状況を整理しつつ、事件の舞台である椿山第二高等学校の学校へと辿り着く。

 真犯人を見つけてほしいという、高橋の親からのこの依頼。

 被害者の親が憤るのは分かるが、警察の見解が出るまでは大人しくしているという手もあっただろうに。

 よっぽど"真実が明らかになる前に犯人が逃げてしまう"可能性を嫌がったらしい。

 

「ありがとうございます、伊藤さん。

 すみませんね、わざわざ重機動かしてるの邪魔しちゃって」

 

「いえいえ、お気になさらずマーロウさん。

 この重機は特注の、百トン級の特大瓦礫をどかすものですからね。

 途中で中断しても特注の馬力で大抵どうにかなるものなんですよ」

 

「へー、そりゃ凄い」

 

「おかげで私はあの学校にも入ったこともないのに、学生さんが時々見に来るんですよ」

 

 土木業者の伊藤はマーロウに話すことを話した後、学校前の工事現場に戻っていった。

 さて、とマーロウは現場調査を始める。

 依頼者である高橋の親の名前を出せばあっさりと調査許可は降り、彼はまず現場の写真を撮ってマーニーの下へ送り始めた。

 

「バットショット」

 

 彼が懐から取り出したるは『メモリガジェット』と呼ばれる探偵ツール。

 バットショットはHD画質で画像二万枚、動画で12時間の撮影が可能であり、無線で遠方に画像と動画を送信可能な高性能デジタルカメラ型ガジェットだ。

 現場写真を片っ端から送っていけば、マーニーも自宅で休みながら推理することだってできるだろう。

 

(こいつは確かに密室だ。

 窓もない、出入りは一つしかない入り口以外では不可能。

 入り口に鍵がかかってて、その鍵は中にあった。だとしたらどうやったんだ?)

 

 マーロウは思考しながら、一通り現場写真を撮り終わる。

 

(実は鍵は密室の中にはなかった、とかどうだ?

 被害者の高橋を殴って、鍵を持って外から鍵をかける。

 そして入り口の鍵がこじ開けられ、中に第一発見者達がなだれ込んだ時……

 鍵をこっそり部室内に置き、最初から鍵がそこにあったかのように見せかけた、とか)

 

 真実を求めるのは探偵の常。

 

「いや、ねえな。

 そんなことしてたら、鍵の指紋の跡で一発で分かるはずだ。

 第一発見者達は当時手袋の類も付けてなかったと証言されてる。

 互いが視界に入ってたそうだから、鍵をこっそり部室内に捨てるのも厳しい……」

 

 が、答えは出ない。情報が足りないのだ。

 

「デンデンセンサー」

 

 次に取り出したのはゴーグル型ガジェット、デンデンセンサーだ。

 空気の流れや熱の動き、光を始めとする電磁波の動きさえも見逃さない高性能センサーが、部室の外側に妙な傷を見つける。

 この部室は正六面体、立方体だ。

 その側面の上端に、妙に()()()傷が見えたのである。

 

「ん? ここの傷だけ、妙に新しいな……」

 

 この部室の側面は、随分と傷だらけでボコボコだ。

 部活で飛んできたボールやら、台風で倒れたポールやら、様々な理由で付けられた傷が多く見える。

 築数十年くらいだろうか? 何かがぶつかった回数も十や二十では収まらなそうだ。

 

 マーロウは独立した立方体の部室を外から眺め、その土台部分に生えた雑草をかき分け、その土台周辺を調べる。

 

(土台にネジ止め。ここには寄贈の日付……40年前の3月12日)

 

 マーロウの直感が『真実』に手をかけた。

 

 

 

 

 

 一方その頃マーニーは、マーロウから送られてくる画像をパソコンで処理しつつ、『記憶』についてスマホで検索していた。

 記憶喪失は短期記憶ではなく長期記憶の障害だ、など。

 言語化できる記憶と言語化できない記憶がある、など。

 一般常識や言語能力は意味記憶、個人の体験や想い出はエピソード記憶、ドアを開けるために自然と動く体の記憶は手続き記憶、記憶による連想はプライミング記憶……と、検索結果が次から次へと山のように出て来た。

 

 こういった専門分野の知識には弱く、学校の成績も良いわけではないマーニーにとっては、理解できそうで理解できない話だ。

 

(日本語は使える。癖になっている言葉も言える。

 それは意味記憶であるから。

 探偵の技を覚えているのは手続き記憶。

 ならやっぱり、エピソード記憶だけが失われている、と)

 

 マーニーも過去に自殺志願者の記憶喪失者と出会ったことがある。

 その時は自殺志願の無謀さが記憶喪失後に勇気のような何かに変わり、自殺志願者はヒーローのような性格になっていた。記憶は消え、感情と衝動だけが残ったのだ。

 だから彼女は知っている。

 記憶喪失は、忘れる時は全部忘れる。記憶を全部持っていかれてしまうのだと。

 

「なら、自分のことを忘れても、人生全てを忘れても、覚えていた『フィリップ』って一体……」

 

 マーニーは折れた足をさすり、思案する。

 思考が思考世界(シンキングワールド)に入りそうになったその時、その思考を中断させるスマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 

「はい、こちらマーニー」

 

『マーニー、ちょっといいか?』

 

「何か進展あった?」

 

『ああ、実はな……』

 

 マーロウが見つけたもののことをマーニーに語ると、マーニーはあっという間に結論と答えに行き着いた。

 

「……パック無しで箱の中に入れられた卵かな」

 

『どういうことだ?』

 

「つまり―――」

 

 マーロウが直感で得た情報を、マーニーが論理で組み上げる。

 答えをマーニーから聞いて、マーロウは電話の向こうで手を打った。

 

『……この違和感の正体はそれか!』

 

「つまり、真犯人はあの人さ」

 

 探偵に必要ものは推理、論理、そして証拠。

 真犯人が誰かは分かった。まずは、そのトリックが可能であるという証拠を見つける。

 

『マーニー、そっちで検索してくれ。キーワードは―――』

 

 その情報は、狙って探さなければ見つからないが、狙って探せばネットでも見つけられるもの。

 

『40年前の3月12日、寄贈、そして椿山第二高等学校だ』

 

 さあ、検索を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーロウは鈴木、佐藤、田中を『犯人が分かった』と言って呼び出した。

 次いで被害者の高橋の親を呼び出し、『証言をして欲しい』という理由で土木業者の伊藤も呼び出す。

 これで関係者は全員揃った。

 探偵の見せ場、事件の終わりに全ての真実を明らかにするパートである。

 

「む、マーニーという子はどうしたんだ?」

 

「あいつは今ここには居ません。不肖このマーロウが、真犯人が誰かを明かしたいと思います」

 

「真犯人が分かったのか!」

 

 高橋の親が声を荒げる。

 

「おい待てよ俺じゃねえぞ!」

「俺でもない!」

「僕もやってないぞ!」

 

「落ち着け、とりあえずは俺の話を全部聞け。お前らも真相を知りたいだろ?」

 

 マーロウになだめられ、三人の少年(ようぎしゃ)はぐっとこらえる。

 

「この事件の構図は簡単だ。

 真犯人は、トリックさえバレなければ疑われない自信があった。

 逆に言えばトリックさえ分かっちまえば、警察の捜査で全部分かるようなもんだった。

 そのトリックが可能であると立証さえしちまえば、いくらでも証拠が出るもんなんだよ」

 

「それは一体……?」

 

「まずこの部室、どう思う? 『箱みたいだ』とか思わなかったか?」

 

「言われてみれば……」

 

 マーロウは部室の表面をコンコンと叩いた。

 

「実はこれな、特製の『大型コンテナ』なんだ」

 

「は?」

「えっ!?」

 

「40年前の3月12日、この学校の校長の友人がこの学校に寄贈したものだ。

 当時の校長がそれを改造して、臨時の部室として使うようになったのさ」

 

 話しながら、マーロウは部室の土台周辺の雑草をかきわけ、ネジで止められた土台部分を彼らに見せる。

 

「側面には鉄板が貼られ、その上にペンキ等のコーティングがされてる。

 土台もほら見ろ、工業用のネジと鉄杭と固定具、石ブロックで留められてるだけだ」

 

「あっ……」

「ま、マジだ!」

「ああ、だから正方形っつーか立方体だったのか、これ!」

 

「この仕組みを知ってるやつなら、ネジを専用の工具で外すだけで土台から部室を切り離せる」

 

 トリックが何であるかさえ分かれば、警察の捜査でここのネジが最近外されていたかくらいは分かるだろう。そのトリックに気付かなければ、最悪誰も気付けないだろうが。

 

「当時の事件の流れはこうだ。

 被害者の高橋は鈴木と部室前で別れた後、真犯人と出会った。

 真犯人は自主練お疲れ、とでも言って睡眠薬入りのペットボトルを渡し、飲ませた」

 

「待った! 鈴木は犯人じゃないのか!?

 部室の外で鈴木が高橋を殴って、高橋が部室に逃げ込んで内側から鍵を締めた可能性も……」

 

「無いな。俺もそう思ってバットショットとデンデンセンサーで調べてみた。

 この部室の周辺は警察が現場保存してたろ?

 事件の夜に鈴木と高橋が何事もなく、まっすぐに部室に向かってる足跡が残ってたぜ」

 

「そうだったのか……」

 

「話を続けるぞ。

 睡眠薬入りの飲み物のせいで意識が朦朧とした高橋はこう言われたんだろう。

 『睡眠薬を飲ませてこれから殺してやる』とかな。それで高橋は部室に逃げ込んだ」

 

「それで鍵を締めて……いや待て探偵!

 高橋をそこから殴れるやつなんて居ない!

 それじゃ高橋は殴られることもなく、部室に逃げ込めたってことじゃないか!」

 

「いや、これで条件は整った」

 

 マーロウが強く、部室の外壁を叩く。

 

 

 

「真犯人は重機を使って、このコンテナを持ち上げ動かしたんだ。90°か、180°くらいな」

 

「―――は!?」

 

 

 

 一瞬、その場のほぼ全員が絶句した。

 

「部室は引っ越し作業中で空っぽだ。

 部室の中には高橋のみ。

 睡眠薬で眠った高橋は、部室の壁か天上に『落ちて』頭を打つ」

 

「嘘だろ!? そんなバカみたいな殺人計画、実際にやろうと思うのか……!?」

 

「で、部室を元の位置に戻した。

 第一発見者が音を聞きつけて、ここに来る気配を見せたからだな。

 真犯人は高橋が病院に運ばれた隙をついて、部室の土台をネジで留め直した。

 そして変なところに付いた証拠になる土や、重機のタイヤ痕などを消したんだ」

 

 警察が来たのは翌日だ。証拠隠滅の時間は十分にあっただろう。

 "犯人は現場に舞い戻る"という捜査鉄則は、犯人が現場に残された証拠を処分するからであるという。

 真犯人は、犯行の後に現場の証拠を消し去ったのだ。

 

 睡眠薬入りのペットボトルが見つかっていないことを考えれば、この段階での証拠隠滅は相当に計画的にやっていたと思われる。

 

「それができるのは、コンテナも容易に持ち上げる特製の重機を扱える人間」

 

 事前に綿密に犯罪の計画を立て、大胆かつ綱渡りな犯行を堂々と行い、明確な殺意をもって高橋を殺そうとした男。

 

「犯人はあんただ。土木業者の伊藤!」

 

 犯人は、学校向かいの場所で工事をしていた男、伊藤しかいない。

 

「ち、違う! 私は犯人じゃない!」

 

「動機や繋がりが見当たらねえから、あんたは捜査線上にも上がらない。

 重機で部室を動かした時に付いた傷は、傷だらけの部室の表面では目立たない。

 あんたの工作は完全に証拠を残さないものじゃなく、疑いが向く場所を操作するものだった」

 

「しょ、証拠は! 証拠はどこにある!?」

 

「さっき言ったろ、足跡の分析をしたって。

 重機のタイヤ痕とかは見つからなかったが……こいつを見ろ」

 

 バットショットとデンデンセンサーの応用で調べ上げた調査結果を、紙に印刷しその場の全員に見せつけた。

 人間が歩く時、無自覚に靴の外側に排出してしまう汗などを視覚化したそれは、伊藤が見落としていた『痕跡』を絵図にしたものだった。

 

「こいつはこの周辺に残された、肉眼じゃ見えない足跡の分析だ」

 

「―――!」

 

「鈴木、佐藤、田中の足跡があるのはいい。

 だが、あっちゃいけない足跡があるよな? 伊藤さんよ」

 

「あ……あっ……!」

 

「あんたを今日ここに呼んだのは、あんたの足跡のサンプルを取るためだ。

 見事に引っかかってくれたな、真犯人。あんたの足跡とこの足跡の照合、今終わったぜ」

 

 それは『この学校の中には入ったこともない』と主張していた伊藤が、この部室の近くを歩いていたという、ぐうの音も出ない絶対的な証拠だった。

 伊藤はがくりとうなだれ、その場で膝をつく。

 

「もう逃げられねえぜ……さあ、お前の罪を数えろ」

 

「罪……罪だと!?」

 

 マーロウのその言葉に、伊藤は膝をついたまま激昂する。

 

「あいつが悪いんだ! あいつが!

 こっちに野球ボールを転がしたから、拾ってやったのに!

 野球部員を何人も引き連れてたあいつに、投げ返してやったのに!

 礼を言うどころか、私を見て鼻で笑って、仲間にとんでもないことを言いやがった!

 『あんなドカタの底辺にはなりたくない』だと!?

 『給料安そう、あんな負け犬にはなりたくないな』だと!?

 ふざけるな世間も知らないガキが! だから私は、思い知らせてやったんだよ!」

 

「……言い訳したけりゃ警察にいいな。探偵に、法であんたを裁く権利なんてねえんだから」

 

「ちくしょう……ちくしょう……!」

 

 少年達は複雑な顔をしている。被害者の高橋の親も、憤怒と申し訳無さが入り混じった表情を浮かべている。

 マーロウは警察に連絡を入れ、帽子で目元を隠し、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 マーロウはマーニーに事件解決の一報を入れる。

 携帯電話型ガジェット・スタッグフォンが大活躍だ。

 

『正直に話すけど、マーロウがこんなにデキるって初対面の時思ってなかった』

 

「オイ」

 

 電話の向こうのマーニーは、割とストレートに本音を明かしてくる。

 

『でもその認識も改まったかな。

 過不足無く情報を送ってくれたし、情報の収集は私以上だった』

 

「そうか?」

 

『そうですとも。目に見えない足跡の調査とかは、私にもできないことだしね』

 

「そこに関しちゃ、警察が現場保存をきっちりやってくれてたお陰だな」

 

 探偵は足で情報を稼ぐのが基本、とも言われる。

 足が折れたマーニーには、自分の代わりに動いてくれる足が必要だ。

 そしてマーロウには、情報を論理的に組み上げてくれる、情報を検索で引っ張ってくれる頭脳が必要である。

 

『これからよろしく、マーロウ』

 

「こっちこそよろしく、マーニー」

 

 奇妙な出会いが、奇妙なコンビを誕生させていた。

 

 

 




 マーロウ……一体何者なんだ……?

 自分は西澤保彦とかも好きで赤川次郎も好きです(小声)

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