最近人気のアイドルがカメラ趣味にはまり、カメラの宣伝を始めたらしい。
若島津ゆりかは、そんな軽い動機で電器店のカメラコーナーを訪れていた。
友人にケチと言われることもあるくせに、金の使い方に無駄が多すぎる。
(ったくマーニーのケチンボめ。
ちょっとくらいお金貸してくれてもいいのに。
探偵で稼いでるんだからこう、お金の無い親友に愛の手くらい差し伸べてくれても……)
その上、宣伝されていたカメラが結構高かった。
社会人と比べれば高校生二年生の財布は小さく軽い。
ゆりかの財布の中身では到底買えそうになかった。
(なんか意外とかっこいいなあ……)
見本のカメラは十数個も並べられていた。
予想以上に秀逸なフォルムとデザインで、宣伝抜きでもちょっと心惹かれてしまう。
それでも金が足りないのはしょうがないのだ。
泣く泣く見本のカメラに背を向け、適当に店内をぶらつき、お手洗いの場所を聞いて、お手洗いの鏡でちょっと外見を整えてから電器店を出る。
電器店前で鞄の中の自転車の鍵を探すゆりかだが、そこで変なものを見つける。
鞄に入れた覚えのないカメラがあった。買った覚えも無いカメラだった。
取り出して、首を傾げる。
「あれ?」
まあいいかお店に返してこよう、と店に戻ろうとするや否や。
店内から店長らしき人が現れ、ゆりかとその手のカメラを指差し、大声で叫んだ。
「あーっ! 泥棒っ!」
ゆりかはぎょっとして、カメラと店長の間で視線を往復させる。
「……え?」
何が何だか分からないままに、ゆりかは万引き犯として捕まってしまった。
後日。
探偵ロイドとの仕事を終え、事務所に帰って来たマーロウを出迎えたのは、半泣きで助けを求める若島津ゆりかであった。
「お願いします! 助けてくださいマーロウさん!」
「へ? いやまず事情を話せ!」
ゆりかの話はあっちに行ったりこっちに行ったりと、焦りのせいか実にややこしく理解しづらかったが、要約するとこうなる。
「店の中で他人に鞄開けられた覚えもないし! ましてやカメラ盗んだ覚えなんて!」
以前からあの電器店は時々商品が消えていたらしい。
店長はこれにカンカンで、「万引き犯は必ず捕まえてやる!」と本気で怒っていたようだ。
この電器店の防犯カメラは旧式で、防犯カメラがゆっくり首を振ることで広範囲をカバーする仕組みになっている。要するに死角が出来てしまう旧式品である。
万引きされている、と思っても、万引きされた瞬間をカメラに収められないという欠点があったのだという話だ。
そこで捕まったのがゆりかである。
当然ながら彼女が盗った場面が防犯カメラに映っているということはなかったが、これまでも商品が消えた場面がカメラに捉えられたことは無かったので、電器店の店長はそれこそがゆりかが犯人の証拠であると断定した。
警察の照合により、このカメラにはゆりかの指紋しか残っていないと断定される。
店長もまた、このカメラは新品で箱から出さないまま棚に並べたと証言した。
カメラが決定的な証拠となってしまったのである。
しかし、ゆりかにとっては見に覚えのない冤罪だ。
彼女は犯行を否認したが、店側も警察側も高校生が気の迷いでやった万引きと推測しており、数日中には学校や家族を巻き込んだ問題になるだろう。
彼女が探偵を頼ったのは、当然の流れであった。
「警察も信じてくれない。店員さんも信じてくれない。
マーニーも……まあ多分普段私にケチとか金払えとか言ってるから信じてくれない。
マーロウさんくらいしか頼れる人は居ないってわけなんですよ!」
「なるほどな、こいつは厄介そうだ」
「それに今お金も無いし……」
「マーニーのダチの危機だ。こんな時に金なんて取らねえさ」
「ありがとうございます!」
マーロウの顔はいい。三枚目キャラではあるが、それは確かなことだ。
ミーハーなゆりかにはたまらないことだろう。
身に覚えのない万引きの容疑でちょっと追い詰められていたところに、シンプルな善意を見せられたことも大きいに違いない。
「あの、私これから警察に行かないといけないのでまた明日来ます!」
「身に覚えがないことは言うなよ? お前が犯人じゃないなら、胸張って堂々としとけ」
「はい!」
ゆりかが事務所を飛び出して行って、入れ替わりに隣の部屋からこの部屋へ、車椅子のマーニーが移動してくる。
ゆりかはマーニーが留守だと思っていたようだが、実は彼女はずっと隣の部屋に居たのだ。
「どうしたんだよマーニー、親友の危機に出て来ないなんて」
「ゆりかちゃんの方も私に出て来て欲しくはなかったんじゃないかなぁ」
「なぬ?」
何やら疲れたような、呆れたような、不思議な顔をしているマーニー。
昔馴染みの友人だからこそ、分かることがあるのかもしれない。
「ゆりかちゃんはマーロウに隠してることがあるんだけど、それ分かる?」
「隠し事だって?」
「そ。それを知ったら、マーロウも幻滅するかもしれない隠し事」
若島津ゆりかを理解している分だけ、マーニーは一段高い場所からこの事件に関するアレコレを俯瞰できているようだ。
ゆりかは、マーロウに対しては何かを隠している。
それもマーニーであればすぐにでも見破れるような隠し事を。
「マーロウは依頼人をいい人だと思いすぎじゃない?
探偵の依頼で出来るのは信頼関係じゃなくて契約関係だよ。
依頼だからってなんでもやるわけじゃない。
依頼人が必ず正しい方だって保証もない。
ゆりかちゃんだって単純に困ってるだけじゃなくて、まあ色々隠してるんだよ」
ゆりかの依頼をあっさり受けたマーロウに対して、マーニーの口調はダウナーながらにどこかトゲトゲしい。
「訳ありの依頼なんて一々気にしてられねえさ。
探偵のやることは変わらねえ。
依頼人を信じること。依頼人を守ること。そして街の中でくらいは、誰も泣かせねえことだ」
「それじゃ依頼人にいいように使われるだけだ。
疑うよりは信じて裏切られた方がいいとか、そういうこと言うつもり?」
マーニーにあれこれ言われる中、マーロウは壁にかけた黒帽子をかぶる。
「さあな。でもな、事件の後
『俺を信じるなんて馬鹿なやつだ』
って言われるのと、
『どうして信じてくれなかったの』
って言われるの、どっちが嫌だ? 俺は後者の方が嫌だぞ、寝覚めが悪い」
とりあえずで信じる人間と、とりあえずで疑う人間は、どちらが正しいとかどちらが上だとかではなく、ただシンプルに"違う"のだ。
「俺は依頼人を守るさ。誰であろうと、俺を探偵として頼ってくれたんだからな」
そんなことを言って、マーロウは外に出ていった。
すぐにでも捜査を始めて、少しでも早く無実を証明するという意志の現れだろう。
マーニーは一人、事務所の中で溜め息を吐く。
「そりゃ私としてもゆりかちゃんが犯罪をやらかすなんて思ってないけどさあ」
ゆりかはマーニーを頼らず、マーロウが一番熱意をもって動いているが、若島津ゆりかの無実を一番に信じているのは実はマーニーだったりする。
「ま、ゆりかちゃんにはいい薬になるかもってことで。ちょっと様子を見よう」
マーニーにおまかせを、という台詞は今回お休みのようだ。
さて、マーロウはまず電器店での聞き込みを開始した。
この電器店の主な従業員は四人。
店長と、チーフの佐々木という男、一人で事務をほぼ全てこなしている中年男の山口、店唯一の女性かつ美女なことで有名な松本だ。
マーロウは"よその店でも万引事件があったため関連性を調べている"という建前を使って、彼らに対する聞き込みを開始した。
「あの娘が犯人に決まっとる! 店のものを何度も何度も盗みおって!」
店長はゆりかが犯人だと完全に決めつけている。
ロクに話も通じない様子だった。
「気になったこと? ……ここだけの話ですぜ。
俺さ、犯人は絶対内部の人間だと思うんだよね。
防犯カメラに隙間が出来る周期は、そりゃ調べれば外部の人間にも分かるよ。
でもやっぱり店の商品をバレずに盗み続けるのは外部の人間には難しいと思うんだぜ」
チーフの佐々木はいまいち本音が見えない男だった。
彼はこの犯行が内部犯によるものと考え、ゆりかを疑っていない。
「こんな騒動、正直勘弁して欲しいですよ。
変な噂が立てば店の打ち上げに響きます。商品が盗まれればその分だけ赤字です。
消えた商品による損害額はもう百万超えてるんですよ!
盗んだものを転売でもされれば、店が小遣い稼ぎの的になりかねません……」
事務の山口は店の損害のことしか考えていない。
ゆりかが犯人かどうかはどうでもよく、騒動が早く収まることを望んでいるようだ。
「可愛い子でしたね、万引き犯の子。
警察が言うからにはあの子が犯人で間違いないのかなあ……」
若い女性の松本は流されやすそうな性格に見えた。
警察が言うから若島津ゆりかが犯人、という言い草からは、犯人が誰かという事柄に全く思考を割いていない、流れに合わせるだけの思考が読み取れた。
(他の従業員は連続万引事件が始まった後に雇われたバイトやパートばっかだな)
ならこの四人に絞って考えるべきだろうかと、マーロウは思考する。
他にも容疑者を増やそうと思えば増やせるだろうが、チーフの佐々木が言っていた内部犯説に対し、マーロウの直感がビンビンと何かを感じていた。
(ゆりかには身に覚えがない。
なのにあいつの指紋だけが残ったカメラがあいつの鞄の中にあった?
そりゃあり得るわけがねえ。自然にそうなるわけがねえ。真犯人はどこかに居るはずだ)
ゆりかの無実を証明するにはどうするべきか。
一番簡単なのは、真犯人を見つけることである。
「緑川頼ってみるか」
家族のコネで警察と繋がりのある緑川にも通話で頼み、警察内部の情報を聞いてみる。
マーロウが電話で緑川に頼み、緑川が警察の知人に話を聞き、緑川が電話でマーロウに伝えるという過程を経るため時間はかかるが、有益な情報を得られるという見込みはあった。
『そこの店は被害届が出されてて、警察は前々から横流しを疑ってたらしいな』
「横流しだと? 緑川、そのあたり詳しく」
『ネットオークションってやつさ。
その店で盗まれたものは、インターネット上で転売されてる。
それも大手のサイトを使わず、尻尾を掴ませないよう界隈の隙間でこそこそとな』
「……そういや、店の被害は百万超えてるって聞いたな」
『これは明らかに組織的なやり口じゃない。
ちまちまと盗んでこっそりと売る個人的なやり口だ。
出来心でやったことが上手く行ってしまって、その後も続けてしまっている小物の犯行だろう』
ある意味これも転売屋か。
法のセーフラインをド派手に越えている転売屋であるが。
つまり警察は、その転売屋が若島津ゆりかではないかと疑っているわけだ。
この冤罪の流れが最悪な方向に向かえば、彼女に相当な余罪が付くことは想像に難くない。
『さてマーロウ、この情報の情報料だが』
「情報料!? おい待て、今までそんなもの取ったことなかっただろ!」
『今までは好意でタダにしてやっていたが、普通情報はタダで貰えるものじゃないだろう?』
「ぐ……そりゃ、そうだが」
『なに、金をよこせと言うわけじゃない。
ただこの前、マーロウのハードボイルド小説にコーヒー牛乳をこぼしてしまったんだ』
「おい」
『この情報でチャラということにしておいてくれ。
まさかハードボイルド探偵ともあろう者が、情報を貰ってその対価を支払わないだなどと……』
「分かった! 分かった! チャラにしてやる! もう二度とこぼすんじゃねえぞ!」
電話を切り、コーヒー牛乳をこぼされた愛用の小説のことを思い、マーロウは空を仰いだ。
「あんにゃろう! この一件終わったら覚えてろよ!」
先に情報を渡してから対価の支払いを求めるとは中々の知将だ。
知将緑川の策にはめられたマーロウ。黒白二つで一つのという意味ではファングジョーカーと大差ないコーヒー牛乳による損害。その痛みをぐっと堪えるのが、男の勲章である。
(ええい頭切り替えろ。今考えるべきことは……)
彼からすれば悔しい話だが、緑川がくれた情報はかなり重要なものだった。
「問題になるのは、ゆりかの指紋だけを付けたカメラをいつ用意できたのか、だな」
彼女に気付かれないよう鞄にいつカメラを入れたのか、はこれの後でもいい。
まずはこちらを先に考えるべきだ。
あのカメラがゆりかの容疑を固めているものであり、ゆりかが犯人であるという決定的な証拠である以上、どうやってあの証拠品を用意したのか考える必要がある。
どうやってゆりかを狙い撃ちして証拠品を捏造出来たのか?
何故ゆりかがこんな冤罪をかけられているのか?
真犯人が他にいるのなら、ここに必ず手がかりがあるはずだ。
考えをまとめるため、マーロウは一旦事務所に帰る。
「―――とまあ、今日の調査結果はそんな感じだ」
「ふーん」
本日の夕飯はカレーである。
マーロウの注文でハードボイルドな辛口のカレーが並べられた食卓に、今日の調査結果の説明が添えられる。
マーニーも一見興味なさそうに見えるが、ちゃんと調査報告を聞いている辺り、ゆりかのことをどうでもいいと思っているわけではなさそうだ
「なあ、ゆりかが俺にしてる隠し事ってなんなんだ?」
「……あー、うーん。なんでゆりかちゃん私に頼まなかったと思う?」
「マーニーは信じてくれないからとか言ってたが……」
「あれ嘘。ゆりかちゃんは私に依頼すれば、私が味方になるだろうとは思ってたはず」
「何?」
カレーのおかわりをよそっていたマーロウの手が止まる。
「ゆりかちゃんさ、私への依頼料結構溜め込んでるんだ。
で、今私に依頼したら私にその辺り請求されちゃうじゃない?
それに新しい依頼の分の依頼料も溜まっちゃうでしょ?
けどマーロウなら、人情に訴えればタダで仕事を受けてくれる可能性が十分ある」
「それは……なんつーか、穿って見過ぎじゃないのか?」
「五年くらい前の子供の頃はね、ゆりかちゃんも純粋でいい子だったんだよ……」
若島津ゆりかの隠し事とは、まさにこれのことだ。
自分のピンチにも依頼料をケチり、親友にお金のことで色々言われたくないから親友にも依頼しない、という妙な度胸とケチっぷりが透けて見える。
要するに、マーロウはゆりかの狙い通りタダ働きさせられてしまっていたというわけだ。
(ゆりかちゃんとしてはイケメンとお近づきになりたいみたいな目的もあるんだろうけど……)
それは言わなくていっか、とマーニーはそっちの方の理由は語らない。
「なんでそんなやつと友達になったんだ?
ゆりかはまあ悪人じゃねえ。それは間違いないと思う。
だが言っちゃ何だが、お前と合わないタイプなんじゃないか?」
「あれはあれでいいところもあったりするんですよ」
一見合わないような人間に見えても、最初は少し険悪だったとしても、最高の親友になれることはある。最高のパートナーになれることもある。
「マーニーとゆりかはどういう経緯で友達になったんだ?」
「……ま、色々ありまして。
私、学校に転校してすぐの頃人殺しって言われてていじめられてたんだ。
その時一人だけ初対面の私を庇ってくれたのがゆりかちゃん。
一人だけ私の友達になろうとしてくれたのがゆりかちゃん。
ゆりかちゃんが仲良くしてくれて、それがきっかけで周りの人の目も変わって……って感じで」
「ほー」
利用されタダ働きさせられていたという事実が明かされ、マーロウの中で下がっていたゆりかに対する好感度が、ぐーんと上がっている雰囲気が目に見える。
この人も大概チョロいなあ、とマーニーはまた呆れていた。
「ゆりかちゃんはミーハーだし薄っぺらいし。
半端なところも多くて、危なっかしくて脇が甘いけど。
性格はとことんブレないし、ああいう性格だから何か成し遂げる子なんだよね」
完璧な人間なんて居ない。
互いに支え合って生きて行くのが、人生というゲームだ。
若島津ゆりかにはだらしないところや直すべき欠点も多いが、マーニーはそれをちゃんと知った上で彼女の友人をやっていて、その欠点があるからこそ彼女なのだということを認めている。
ゆりかの人情に救われた記憶がある限り、ゆりかだけが手を差し伸べてくれた記憶がある限り、二人は永遠に友達だ。
「いい話を聞かせてくれてありがとな、マーニー」
「いい話? かなぁ」
「いい話だ。俺も気合いが入って、気合いが倍になったぜ」
マーロウは大盛り二杯目のカレーを完食し、"ごちそうさま"とマーニーに言い、食器を片付けてから事務所の方へ向かう。
「お前の親友の無実、必ず証明してやらねえとな」
事務所で事件の整理と推理を行って、まだ一人で頑張る気なのだろうと、マーニーでなくても推理できてしまうような分かりやすい行動だった。
「私の親友、か」
マーニーは、マーロウの甘さを直すべきものだと思いつつも、その甘さに影響されつつある自分がなんだか不思議に思えて、カレーをひとすくい口に運ぶ。
カレーの辛さで、その不思議な気持ちを少しばかり誤魔化した。
翌日。
また来たゆりかを連れて、マーロウは現場の電器店に向かっていた。
警察や学校が問題を公にするのも時間の問題だ。時間が無い。
マーロウは昨日一日の捜査の結果から、ゆりかと一緒にもう一度現場に行って調査し、決定的な何かを掴まなければならないと判断していた。
マーロウは道中、マーニーから聞いたゆりかの話を――友達になった時の話などは抜いて――したりして、ゆりかとの会話に花を咲かせる。
「マーニーはもう自分を棚に上げてー。
あいつだってイケメンには弱いですよ。
うちの学校の一番人気のイケメンが微笑むと顔赤くしてますし」
「まあ女子高生らしいっちゃらしいのか……?」
「女子高生らしさなんて普通気にしませんよ。
ゴリラみたいな女子高生も、根暗な女子高生も居ますからね。
化粧の厚塗し過ぎで仮面フェイカーとか呼ばれてるのも居ますし」
「くそっ、記憶が無いからその辺の知識もなくなってんだよなあ」
女子高生もまた化粧という仮面を被り、容姿競争という戦いを勝ち抜かんとする仮面の戦士。
全員がそうというわけではないが、その仮面の戦士は都市伝説ではなく、確かに実在するのだ。
「お、見えてきたな。あれが事件現場の電器店か」
そんなこんなで現場に到着……したのはいいが、ゆりかの姿を見た途端、店長が彼らの侵入を拒んできた。
チーフの佐々木、事務の山口、美女の松本も引き連れて、だ。
美女に弱いマーロウからすれば最後の松本が一番不味い。
「ここは通さんぞ! また商品を盗まれたらたまらんからな!
警察も何をやっとるんだ! まだ捜査中だからと、こんな盗人を放置しおって!」
「おいおい、ちょっと待てよ店長さん。
俺達は盗みに来たわけじゃなく、真実を明らかに……」
「黙れ! 嘘つきの探偵め!
万引きの調査などと嘘を並べおって! お前もその女の仲間なんだろう!」
「ダメだ、てんで話を聞いちゃいねえ」
「ここは通さんぞ! もう警察も呼んだのだ!」
店の前でこうして店長とその部下に足止めされてしまえば、店の中には入れない。
調査もできない。
これではゆりかの無実を証明することができなくなってしまう。
「どうしよマーロウさん」
「とりあえずゆりかは一旦帰れ。これで警察に任意同行でも求められたら面倒に……」
「いや、その必要はないよ。二人共ここに居て」
足止めされたマーロウとゆりかの背中にかかる声。
二人が振り向けば、そこには父ロイドに車椅子を押されるマーニーの姿があった。
「マーロウが集めた情報だけで、真犯人が誰かは分かるから」
「「 マーニー! 」」
車輪が回る音と共に、マーニーはマーロウの横を通り過ぎる。
通り過ぎる時、少女は小さな声で彼に言う。
「マーニーにおまかせを」
マーロウはその意気を買い、無言で頷く。
突如現れたマーニーに、店長は当然のように食って掛かった。
「真犯人、だと? 待て、それはどういう……」
「何度もこの店の商品を盗んでいた真犯人は、この中に居るってことです」
「―――!」
「それは勿論、ゆりかちゃんじゃない」
マーニーの推理が導き出した犯人は、今この場所に揃った人間の中に居る。
「どういうことだ!」
「その前に。ゆりかちゃん、カメラコーナーでカメラ見てたんだよね?」
「え? あ、うん、そうだけど」
「じゃあその途中でいくつかカメラ触ったよね? ゆりかちゃんならそうすると思う」
「触ったね。適当に手に取ってただけだけど」
「じゃあその見本の中に、盗まれたカメラっていうのがあったんじゃない?」
「……あ!」
「そのカメラは見本の中の一つだったからじっくり見てなかった。
鞄から取り出した時も少し見ただけで、すぐ店長さんに取り上げられた。
その後は警察に証拠として没収された。
だからゆりかちゃんは見本の内の一つだったって、気付きもしなかったんだよ」
携帯電話のカタログを見た覚えなら、大抵の人はあるだろう。
だがカタログの中身の携帯デザインをそっくり記憶している者はそう多くない。
人は店で多くの電子機器を一気に見ると、『自分が買った物』、『自分が持っていたことがある物』、『買うかをかなり迷った物』くらいしか覚えていられないものなのだ。
「いや待ってよマーニー。見本だったら他の人も触ってるんじゃないの?」
ゆりかが疑問を口にする。
当然の疑問だ。
あれが見本のカメラというのなら、複数人の指紋が残っていなければおかしい。
「ゆりかちゃん以外は触ってないよ。
だってそのカメラは勝手に見本に出されて、ゆりかちゃんが触った直後に回収されたんだ」
「へ?」
「今の電子機器は指紋が付いてると購入者がうるさいから。
出荷時点では指紋は無く、箱出しの時点でも無く、ゆりかちゃんしか触ってない」
防犯カメラの隙を突けば、店員にはそれが可能だろう。
こっそり出して、ゆりかが触った後に回収、後はゆりかの鞄の中に入れればいい。
「待ってマーニー、それだと私を狙い撃ちなんてできないんじゃ……」
「狙い撃ちなんて最初からしてない。真犯人は誰が触ろうが別によかったんだ」
「……え?」
「罪を被せられるなら誰でもよかった。
警察に疑われてくれるなら誰でもよかった。
罪を被せるのに適任な人が来るまで何度でも試すつもりだった。
あの日あの時間帯にあのカメラコーナーに来た人なら、誰でもよかったんだよ」
その場のほとんどの人間が、息を呑む。
「な……なんでそんなことを!」
「真犯人の動機を考えればおのずと分かるよ。
この真犯人は、店員として昔から店の商品を盗んで転売してた。
それなりに利益も出てたんだろうね。だから続けていた。
でもそのせいで、店の人は段々とそれが店員の……身内の犯行だと気付き始めていたんだ」
チーフの佐々木が言っていたように、店員達はそれに勘付き始めていた。
「真犯人はだからこの計画を立てたんだ。
店に来た誰かを、誰でもいいからスケープゴートに仕立てる計画を。
そうすれば店長はその人を疑う。他は疑いもしない。現に今がそうだったでしょ?」
「なっ……!?」
店長が絶句する。真犯人は店長の単純で怒りやすく視野が狭い性格をよく理解していた。
「ゆりかちゃんが盗んだところが防犯カメラに映ってなくても問題にもならない。
何故なら今日まで盗まれた商品も、防犯カメラに映らないように盗られたものだったから。
店長さんは防犯カメラに映らず商品を盗んだということでさえ、疑いの要素とする。
真犯人はこれまでの盗み全ての犯人がゆりかちゃんだって、店長さんに思い込ませようとした」
「わ、私、間が悪かったってだけで沢山罪を押し付けられそうになってたの……?」
「そうだよ、ゆりかちゃん。
だってこれは盗むのが目的じゃない。
誰かを陥れるのが目的でもない。
自分に疑いの目が向く前に、その疑いの目を別の誰かに向けることが目的だったんだから」
警察がゆりかを"疑わしきは罰せず"で解放したとしても意味はない。
店長は犯人を追い詰めきれなかった警察を無能だと思うだけで、若島津ゆりかを犯人だと思い込んだままだろう。
そうやって疑いの矛先を店の外に向けておけば、真犯人は安全圏を得る。
「無差別殺人の変形とも言える、『無差別冤罪』。それがこの事件の真相です」
残虐でも極悪でもないが、真犯人はクズだろうと思えるような、犯罪のやり口だった。
「じゃ、じゃあ、真犯人は誰!?」
「それは当日のゆりかちゃんの行動と、いつカメラが鞄に入ったかを考えれば分かる」
マーニーの追求に、店員達は自然と"誰だ"と言わんばかりの目つきで身内の面々を見る。
「ゆりかちゃんはカメラコーナーを見て、その後お手洗いの場所を聞いた。
そしてお手洗いで容姿を整えて、その後すぐに店の外に出て、鞄の中のカメラに気付いた」
「お手洗い……?」
「そう、お手洗い。ゆりかちゃんも少なくともクシか髪留めくらいは鞄から出したよね?
鞄を開けて、道具を鞄から出して、道具を鞄に戻すまでは、鞄の口は開けっ放しだった」
「……あ!」
「変装でもしてゆりかちゃんの隣の鏡を使ってるフリでもすればいい。
そうすれば開きっぱなしのゆりかちゃんの鞄に、カメラを入れる機会はいくらでもある」
若島津ゆりかの鞄が開いたのは一度だけ。
手洗い場で髪留めやクシ、整髪料などが入った箱を鞄から取り出した時だけだ。
その時に盗んだカメラを入れられるとしたら、その人物は店員であり、『女子トイレに入れる』存在であるということになる。
「この店の店員で女性ってあなた一人しか居ないんですよね? 松本さん」
「―――っ」
しからば、犯人は一人しか居ない。
「近年はバッグを持たず手ぶらで来る客って少ないそうですね。
元々鞄持ちの客などは多かったものの、レジ袋の有料化からそれがぐんと増えたとか」
「それが何……? 私が計画的にそんな犯罪をやったって言うの……?
濡れ衣だわ! それなら他にもできる人はいるはず! 私が犯人って証拠はあるの!?」
「ありますよ」
「っ!?」
「女子トイレに移動しましょうか。トイレの中の人払いをお願いします」
父に任せた車椅子を進め、マーニーと共に皆が店の女子トイレの中に移動する。
「ゆりかちゃんは、防犯カメラにも映ってるけど女子トイレの場所を聞いてから行ったんだよね」
「だね。知らなかったから」
「だから松本さんはゆりかちゃんがここに来ることを事前に知れた。
知った時点で先回りして、トイレの個室の中に潜んだんだ。
そして個室の中から、ゆりかちゃんがトイレに来るタイミングを伺っていた。
ゆりかちゃんが来たらすぐに個室から出て、カメラをその鞄に入れるために」
マーニーの手の甲が、トイレの個室の扉をコンコンと叩く。
「この個室は防犯カメラと同じで、一昔前の古臭さがある。
個室がきっちり密封されて、個室毎の換気扇で換気するタイプだ。
扉を閉めれば外に音は漏れない、外の音は聞こえない。プライバシーを守るタイプ」
「それがどうしたんだ?」
「だけど、扉は薄い。扉に耳を当てれば、個室の外の小さな音でも聞き取れる」
松本がピクリと反応したが、その反応を必死に隠し、あくまで"マーニーの指摘は間違いだ"と周囲に思わせようとし続ける。
「松本さん、ここに耳を当ててたんじゃないですか?」
「当ててたわけないじゃない! 何を証拠に!」
「耳紋」
だが、もはや言い訳でどうにかなる段階は終わっている。
マーニーは言ったのだ。
『証拠はある』と。
「耳紋……?」
「耳にも指紋ってあるんですよ。
一人一人違うんです。
警察が調べれば、どのくらい強く押し付けてたかさえ一発で分かります」
さあっと、松本の顔から血の気が引く。
その顔を見て、店長から店員まで全員が、彼女が真犯人であることを確信した。
先程"当ててたわけないじゃない!"と断言した彼女の耳紋が個室のドアから見つかれば、もはや言い訳のしようもないだろう。
「警察呼んで言い訳してもいいですよ?
トイレの個室の中でドアに耳を当てて外の音に耳をそばだてる。
そんな不自然な行為をしていたことに、上手い言い訳を思いつくならですが」
チェックメイト。
もはや、松本が自分の罪をゆりかになすりつけるという企みは、完全に破綻していた。
松本は周囲の人間を押しのけ、突き飛ばし、逃げ出そうとする。
「どきなさい! どいて!」
その額に、バットショットが強烈な体当たりをかました。
「ふぎゃっ!?」
「ナイスだ、バットショット」
松本がひっくり返り、空を舞うバットショットがゆりかの肩に優しく止まる。
「こ、コウモリ……!?」
「こいつはバットショット。あんたに仲間を利用された、
マーロウは痛みに悶える松本を、適当な紐でふんじばる。
「おいゆりか、お前も一発殴る権利があると思うぞ」
「んー、バット君が今いい一発入れてくれたから、割とすっきりしたかな」
「バット君ってお前……」
ゆりかは肩に止まったバットショットを、ペットに対しそうするように撫でてやる。
「これにて一件落着。まったく、ゆりかちゃんはホントにトラブルメーカーなんだから」
そしてやれやれ、と肩を竦めているマーニーにニヤニヤしながら絡みに行った。
「もーマーニーはホント素直じゃないなー!」
「ちょっとゆりかちゃん! 暑苦しい! ベタベタしないで! 今何月だと思ってんの!」
「頼んでもないのに来ちゃうんだもんねー!」
結局のところ、ゆりかの無実を一番に信じていたのも、その無実を最後に晴らしたのも、マーニーであった。
きっとそれは、若島津ゆりかの親友である彼女が果たすべき役目であったのだろう。
「クソ、なんで、なんで、上手く行くはずだったのに……!」
うだうだと愚痴る松本に、マーロウがイラッとした顔で罪を突きつける。
「他人に押し付けそこねた自分の罪くらい、素直に数えろ」
自分の罪を数えず、自分の罪を他人に押し付ける悪女に、好感など抱けるはずもない。
松本が逃げないよう縛り終えたマーロウの肩に、マーニーから自然と離れたロイドが手を置く。
ロイドは、とても優しい目をしていた。
「君もお疲れ、マーロウ」
「あざっす、ロイドのオヤジさん。
いいところはあいつらに持ってかれちまいましたが……ま、今日の主役はあの二人ってことで」
「だろうね。うちの娘も大きくなったもんだ」
それは、娘の成長を肌で感じられたからなのかもしれない。
娘に仲のいい友達が居ることを実感できたからなのかもしれない。
娘が頼れる探偵として、マーロウが力を貸してくれるようになったからなのかもしれない。
いずれにせよ、娘やゆりかやマーロウを見るロイドの目は優しくて。
マーロウもまた、探偵事務所の所長な父とその娘が死に別れず、幸せな日常と探偵業をこなしているこの親子関係に、よく分からない嬉しさのようなものを感じていた。
何があろうと守るのだと、記憶と繋がっていない部分の心が、胸の奥で何故か叫んでいた。
所長が死んでその娘がスリッパを持ち出したらあら大変