名探偵マーロウ   作:ルシエド

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Hを傍らに/早すぎるギムレット

 昼休み、校門に車椅子の背をくっつけて弁当を食べるマーニー。

 その隣で校門に背中を預けてパンを食べるマーロウ。

 マーロウに呼び出されたマーニーは、彼の下に届いた二つの依頼の話を聞いていた。

 

「詐欺に関する依頼と裏カジノに関する依頼?」

 

「ああ」

 

 マーロウは腕の大怪我のせいでたいそう食いづらそうにしている。

 

「手伝おっか?」

 

「なぁにこの程度の傷、大したことねえさ。かすり傷みたいなもんだからな」

 

 マーニーが食べさせてやろうかと言っても、強がる彼はその厚意を受け取らない。

 

 マーロウの手は、あと少しで筋や神経を切断してしまうところまで行っていたらしい。

 奇跡的に後遺症が残らない形だったものの、包丁を素手で掴んで止めるという荒業は、それ相応のダメージを彼の手に残していた。

 手に跡が残るか残らないかは回復力次第、とは医者の談だ。

 

 おかげでマーロウの手にはゴツいくらいに包帯とガーゼが巻かれており、マーニーの夏休みが終わってもなお手を自由に動かすことができないでいた。

 事件当日はマーロウが貧血になるくらいの大出血だったという。

 それだけの大怪我で後遺症が残らなかったのは、むしろ幸運だったかもしれない。

 

 その日からは『健康な方が怪我人を心配する』という関係が、マーニーとマーロウの間で逆転したり。

 手が使えないくせにガンガン前に出てマーロウが結果を出したり。

 甘い考えで行動したマーロウのピンチをマーニーとその友人達が助けたり。

 色々とあった一ヶ月であった。

 

「話を戻すぞ。カジノに関する依頼はもうロイドのオヤジさんが動いてる。

 以前如月アリアさんの依頼を受けた時、一斉検挙されたヤクザが居ただろ?」

 

「ああ、居たねえ。もうあれから……四ヶ月くらい経ったんだっけ」

 

「あいつら、裏カジノを経営してたらしい。

 らしいってのは、どこでやってたのかさっぱり分かんねえからだ。

 主が居なくなったそのカジノを、どこぞの不良チームが乗っ取ったんだと」

 

「ヤクザが使ってた『警察に見つからない工作』をそのまま流用してるのかなぁ」

 

「多分な。その場所を見つけて、警察に教える。そういう依頼だそうだ」

 

 アンパンと牛乳しか買っていないマーロウの栄養バランスを整えるべく、マーニーが唐揚げを投げる。唐揚げが綺麗にマーロウの口の中に飛び込み、マーロウの栄養となった。

 

「詐欺の方の依頼は?」

 

「唐揚げご馳走さん。

 そっちの依頼はまだ詳細な内容は聞いてない。

 依頼者は斎藤って言って、酒屋をやっていたそうだ。

 んで詐欺にあって、有り金根こそぎ奪われた……らしい」

 

「どういう手口で取られたかによるなぁ……

 法的な問題だと私達より弁護士向きだし。

 夜逃げした詐欺師を見つけるとかなら探偵の仕事かもね」

 

「ロイドさんは俺達にはこっちにあたってくれってよ。

 依頼者は今日、店の方で俺達を待ってるんだそうだ」

 

「そっか、それなら……」

 

「マーニー!」

 

 校門であれやこれやと話している二人だったが、そこでマーニーに女子生徒が呼びかけてきた。

 マーニーと身長は変わらないが、マーニーより少し細く感じる体格に、目立つそばかすが年相応の少女らしさを印象づける。

 話しかけてきたその少女は、マーロウを見て首を傾げた。

 

「誰々その人? マーニーのカレシ?」

 

「ないない」

 

「はじめまして、だよな? 俺はマーロウ。

 ハードボイルド・オブ・ハードボイルドが何たるかを探求する探偵だ」

 

「ああ、ハーフボイルドの人か。

 話には聞いてるよー、マーニーとか若島津から。

 私は真希田マキ。マーニーのクラスメイトやってます」

 

「……ああっ、ハーフボイルドって呼称が定着してる、俺のハードなイメージが崩れる!」

 

「わぁ、マーニーとか若島津から聞いてた通りの人だ」

 

 もうマーロウの評判は手遅れと言えるかもしれないし、妥当なところに落ち着いたと言えるかもしれない。

 

「で、何々? カジノとか聞こえたけど」

 

「お嬢ちゃんには関係のない話さ。

 俺達探偵が、裏カジノを探して調べ上げなきゃならねえってだけの話だ」

 

「へー、裏カジノ。ねえねえマーニー、それはまた私の助力が必要な奴じゃない?」

 

「悪いがお嬢ちゃん、俺達は遊びでやってるわけじゃ……」

 

「ちょっと待っててねマキちゃん。マーロウ耳貸して」

 

 校門の表側に回り込んで、マーロウの耳元にマーニーが囁く。

 

(なんだ、どうした?)

 

(マキちゃんは何年か前は子供マジシャンとしてテレビに出てたくらいの凄腕でさ)

 

(子供がテレビの前でトチらずマジックか。そりゃすげーな)

 

(彼女のお姉さんは今駆け出しのプロマジシャンやってるくらいなんだ。

 例えばマキちゃんがポーカーでイカサマしたら、私だとまず見抜けない)

 

(マーニーの洞察力でも見抜けないのか? そりゃとんでもないな)

 

(というか、他人のプレイスタイルを分析する洞察力なら……

 悔しいけど、マキちゃんの方が私より上くらいだよ。心まで見透かされそうなくらい)

 

(マジかよ)

 

 マーニー曰く、カードを使うギャンブルという土俵の上でなら、彼女以上の人材は見たことがないほどであるらしい。

 

(マキちゃん隠してるけど、どうもガチな賭けカジノでサマやったことあるフシがあるんだ)

 

(……凄えな女子高生って生き物は。女子高生探偵って肩書きが霞むぜ)

 

(いや正直頼るかどうかはかなり迷うよ。

 イカサマを見抜く能力や、ギャンブル知識は私より凄いし。

 でも時々熱くなりすぎる人だし、裏カジノが絡むなら危険もあるし……)

 

(危険、危険かぁ……そうだよな)

 

「あのさ、ちょっといい? 二人のひそひそ話、全部聞こえてたわけなんだけど」

 

「「 ! 」」

 

 マキが二人の間にひょっこり顔を差し込んでくる。

 

「私が知る限り、二人は周りを見てるけど自分をあんまり見てないタイプなんだよ」

 

「む」

「……む」

 

「でも二人共怪我してるでしょ? 手と足。

 それでいつもの感覚で前に突っ込んでいったら、そりゃ危ないよ」

 

「……それは、まあ、確かに」

 

「でも私が近くにいればあんまり危ないことはできないんじゃない?

 私の安全を考えたらちょっと慎重に動けると思うんだ。

 怪我人二人なんだからいつもよりずっと慎重に動くための枷があった方がいいんじゃない?」

 

「あれ、予想以上にまともな提案が出て来た」

 

 マーロウは手、マーニーは足。それぞれがあまりよい状態ではない。

 

「それにマーロウさんは手を怪我してるんでしょ?

 車椅子は手で押すものなんだから、マーニーの車椅子を押す人、必要だと思うな」

 

「うう、合理性で殴られると反論しづらい……」

 

 微妙に断りづらい感じにグイグイと来る。

 真希田マキにマーニーが押し切られるのも時間の問題だろうと判断したマーロウは、マーニーの代わりにマキの願いを受け入れた。

 

「いいぜ、よろしく頼む、マキ。

 だが一つ条件がある。俺達の指示には、絶対に従うことだ」

 

「もちろん!」

 

「詐欺事件も裏カジノも、どっちも危険がある案件だ。警戒は怠るなよ」

 

 自分達だけでは能力不足だと判断したのか、女に甘いハーフボイルドが発動したのか、マーニーの代わりをやっただけなのか、はたしてどれか。

 

「マーロウ、それは……」

 

「カジノに連れて行かなけりゃいい。

 どうせ俺達は先に詐欺事件の方に当たるんだ。

 あいつが興味津々の裏カジノに関しては、直接関わらせなければいいだろ」

 

「まあそうなんだけどさ」

 

 身の危険さえ無いのなら、よりギャンブルに詳しい者に意見を聞くのは正しい考えだ。

 マーロウはそれに加え、どこぞへと電話をかける

 ……かけようとする。

 手の怪我のせいで、盛大にもたつく。

 

「番号打つだけなら私がやるよ?」

 

「……悪い、頼むわ」

 

 手の平の内側が切れているため、手の平の内側にスタッグフォンが当たると一々傷んでしまうようだ。マーニーが代わりに番号を打つが、マーニーはその番号を見て目を丸くする。

 

「楓ちゃんも呼ぶの?」

 

「緑川が最近新しい護身グッズ買ったって自慢してぎゃーぎゃーうるせえんだ。

 呼び出して、いざとなったら使わせてやる。活躍できればあいつも満足するだろ」

 

「この雑な扱い……」

 

 ただその電話に、マーロウが手の怪我の分の戦力減を緑川なら補えるという信用を込めていることを、マーニーはちゃんと理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて放課後。

 マキを連れ、マーロウとマーニーは詐欺にあったという依頼者の斎藤の酒屋に向かう。

 

「あー、マーニーの車椅子押してくれる奴が居ると違うな。移動が楽だ」

 

「でしょ? マーロウさんの手にも悪いだろうしね」

 

「ま、一番楽なのはマーニーなんだろうけどな」

「まーね。マーロウに押してもらわないと、自分の手で車輪回さないといけないし」

 

「そんなマキに朗報だ。

 九月になっても暑い今日この頃に、車椅子押し代としてジュース奢ってやるよ」

 

「マジですか! ありがと、マーロウさん!」

 

 自動販売機の前で足を止める三人。

 昔は8/7以降が残暑だったらしいが、今や地球温暖化で九月でさえも残暑に含まれることが多々ある。

 九月に入ったこの季節でも、熱中症で倒れる人は多い。

 水分補給は大事なことだ。

 

「え? マーロウ私は? 私もこのクソ暑い中頑張ってる女子高生なんだけど」

 

「便乗に迷いがないなマーニー……いいぞ、好きなの選べ。俺はどれにするかな」

 

 ごっくん馬路村を飲むマキ。

 ペプシゼロを飲むマーニー。

 ブラックコーヒー(無糖)をカッコつけて飲むマーロウ。

 マキはこれから自分達が行く場所が酒屋であることを思い出し、手の中で缶を揺らす。

 

「お酒ってこのジュースより美味しいのかな?」

 

「酒の味が分かってこその大人。

 酒を嗜んでこそのハードボイルド。

 お前らも後五年くらいすりゃ分かるさ」

 

「へー」

 

(マーロウが酒の味を分かるとは思えないんだけど、それは言わないでおいてあげよう)

 

 やがて彼らも酒屋に到着。閉まっていた引き戸を開けて、その向こうに呼びかけた。

 

「失礼しまーす。ロイド・インベスティゲーションの者でーす」

 

「お、来てくれたか! 今ちょっと手が離せないから、その辺にあるの飲んで待っててくれ!」

 

 店の奥から返って来た声に応じて、三人は店の中に入る。

 店の左右には、古今東西多くの酒がずらりと並んでいた。

 おそらく酒蔵にはもっと多くの酒があることだろう。

 品揃えを見ただけでも、相当に稼いでいるということは理解できた。

 稼いでいるということは、詐欺のターゲットにされやすくなるということである。

 

 マキはその辺をキョロキョロ見回し、テーブルの上のコップを見つける。

 

「これかな? ジュースかな……」

 

「やめい」

 

「あいたっ」

 

 そんなマキにチョップして、後ろからマーロウがそのコップを取り上げる。

 

「高校生にギムレットは早すぎるっつうの」

 

 マキはぎょっとする。

 彼女の感覚では、客の迎えに使われるのは水・茶・ジュースであるのが当然だった。

 

「ギムレ……え、まさかこれお酒?」

 

「酒屋だしな。ハードボイルドを志す者なら誰でも知ってる酒さ」

 

 だからマーロウに言われるまで、それが酒であるということにも気付いていなかったようだ。

 ギムレット、と微かな匂いと見かけだけで酒の種類を当てられて、店の奥から出て来た依頼者・酒屋の斎藤はどこか上機嫌だった。

 

「ほー、分かるんか探偵さん」

 

「分かるさ。男の飲み物だぜ?」

 

「話が分かる探偵さんで何よりだ」

 

 ギムレットはフィリップ・マーロウを象徴する酒の一つである。

 記憶喪失のマーロウもハードボイルド小説で情報を再取得し、ハードボイルドな探偵に憧れ何度か飲んだことがあった。そして今また、勧められるままに口に運ぶ。

 が、記憶の中のその味と、今飲んだ酒の味が、どこか違う気がした。

 

「……あれ、こんな甘かったっけ?」

 

「テリー・レノックスがフィリップ・マーロウに勧めた酒がこれなのさ。

 彼曰く『本物』のギムレットは、結構甘い酒なんだ。

 意外だったかな? ハードボイルドには甘さが添えられているものなのだと、私は思うね」

 

 フィリップ・マーロウマニアの酒屋・斎藤。

 ハードボイルドと甘さを平行して語っているために、普段から甘いだのハーフボイルドだの言われているマーロウからすれば、ちょっと対応に困る相手であった。

 自己紹介の時、マーロウが今の名前を名乗っただけで好感を持ってくれたので、それだけは幸運であったが。

 

「依頼の話をしよう。間抜けな話だが、聞いて欲しい」

 

 詐欺られた経緯は、斎藤本人にもよく分かっていないようだった。

 

 最初は、マニアならば垂涎の高級酒を勧められたのだそうだ。

 高い酒は贅沢という域を超え、数千万から億という値段がするという。

 当然ながら斎藤は取引に慎重になるが、一度その高い酒の数々の現物を店に持ってこられたことで、それなりに信用してしまったらしい。

 契約書を交わし、いい買い物をした……と、その時は思っていた。

 

 後々、斎藤はこの時の酒が、売る気も渡す気も無い、所謂『詐欺のための見せ品』であることを理解したらしい。

 

 商品を購入した斎藤の下に数日後、『それは盗品だ』という電話がかかってきた。

 盗品であるかどうかの確認が不十分でない状態で購入してしまったため、買った酒を返還するか罪を問われるかの二択だ、と言われたのだそうだ。

 その後日には警察を名乗る者から『そちらに盗品が流れているという疑いがありまして』という電話がかかってきた。

 おまけに記者を名乗る男から『取材をしたい』という電話までもがかかってきた。

 

 畳み掛けるように来た複数の電話と問い合わせに、斎藤は「このままでは犯罪者になってしまう」と慌て、完全に主導権を奪い取られてしまったのだという。

 

 酒を斎藤に売った後、いくら問い詰められても詐欺ではないと主張する販売者。

 "この法に抵触しています"と()()()()()説明する情報提供者。

 詐欺の疑いがある、でも確証があるわけではない、と繰り返す警察。

 酒屋の斎藤にただひたすら話を聞く記者。

 斎藤は『誰を信じれば良いのか』とたいそう悩んだことだろう。

 誰を疑えば良いのか、たいそう迷ったことだろう。

 その時点で、『全員嘘つきだ』という正答に辿り着く可能性はゼロになっていたというのに。

 

 気付けば金だけ毟り取られ、購入した商品は手元に一つも残らなかった。

 

 詐欺被害者を動揺させ、冷静な判断力を奪い、()()()()()()()()()()

 複数人を演じて電話をかけ、その複数人の内一人だけが悪者で、それ以外は信じていいと信じさせるトリック。

 詐欺の常套手段だ。

 被害者が冷静さを取り戻した時にはもう遅い。

 気付けば金は取られていて、全てが終わった後だったというわけだ。

 

「電話詐欺ですね」

 

 マーニーは話を聞き終え、きっぱり言い切った。

 

「電話詐欺と言うと、オレオレ詐欺とかの?」

 

「それとはまた別です。

 この場合は売り手役・騙し役・警察役・マスコミ役の四人組の詐欺でしょうか」

 

 マーニー曰く、オレオレ詐欺ほどにTVではあまり取り扱われないが、それなりに有名な詐欺の手口であるらしい。

 

 足がつきにくいレンタルの携帯電話や、電話番号を弄れるIP携帯電話などを駆使し、警察署の電話番号に似せた電話番号も駆使するのだそうだ。

 一ヶ月ほどのレンタルオフィスを借りて狩場に仕立て上げ、一稼ぎしたら捜査の手が伸びる前に撤退する、なんてこともするらしい。

 IP電話は電話番号をそれっぽく偽装し、簡単に人を騙せるものでありながら、取得の際に行われる確認過程がザルで、警察でもここから詐欺師を取り締まることは困難であるのだとか。

 

 酒屋の斎藤は、この詐欺にハメられて踊らされてしまったというわけだ。

 

「そ、そんな詐欺が……」

 

「一時期は毎月40億~50億のペースで詐欺被害が報告されていたらしいですよ」

 

「お、億!?」

 

 一年間に振り込め詐欺などで使われていた電話を調べたところ、その回線の八割がこのIP電話とレンタルの携帯電話で占められていた、という調査結果もある。

 インターネットで複数の回線と契約し、複数の人間を演じて、誰か一人を叩きのめすのと似ていなくもない。

 悪質なものというのは、最終的に似てくるものであるようだ。

 

「曾祖父さんの代から受け継いできた酒屋なんだ。私の代で潰したくない」

 

 金を取り戻すか、できなければ詐欺師を警察が捕まえられるように、つまり裁判で争えるようにして欲しい、というのが依頼人の依頼であった。

 

「何か手がかりは?」

 

「実は大手の探偵事務所にも依頼しててな。

 そっちは金は取り戻せない、って結論を出したみたいだが……

 業界のツテで、手口から詐欺師の名前だけは調べ上げられたって言われた」

 

「詐欺師の名前は?」

 

「詐欺師の清水。汚水の如き詐欺師、と裏社会で呼ばれているらしい」

 

(名前が売れてる詐欺師って時点で、有能なんだろうけど警察に捕まる直前臭い……)

 

「分かりました。マーニー&マーロウにおまかせを」

 

 依頼を受諾して、店の外に出る三人。

 依頼の交渉は二人の探偵に全面的に任せていたマキが、二人に問いかける。

 

「で、探偵さん達はどうするのさ?」

 

 難しい案件だったが、するべきことはシンプルだ。

 

「「 金を取り戻して、警察がこいつを逮捕できるようにする 」」

 

「悪党は死ねってことかな?」

 

「そういうことだ、マキ」

 

 この二人、話に聞く以上に息合ってるなあ……とマキは思いつつ、適当な話題を振ってマーロウという青年を知ろうとする。

 

「さっきのギムレットっていうの飲んでみたかったな」

 

「だから高校生には早すぎるっての」

 

 が、マキが会話を広げようとするやいなや、彼らの前に遅れて緑川楓が現れた。

 

「ようマーロウ! 私の助力が必要だそうだな!」

 

「お、緑川。学校終わってからこっち来たんだろ? 早かったじゃねえか」

 

「ふん、まあな。そして持って来てやったぞ、お望みのものを。

 男と女の力の差をゼロにする、高出力スタンガンを始めとする道具をな……!」

 

「なんでそんな気合入ってんだよ緑川」

 

「いや、だって……お前ばかりズルいじゃないか。

 なんだあのメモリガジェットとかいうの。

 私の推理力がお前に負けてなくても、探偵七つ道具で差がついてはどうしようもないだろ!」

 

「……メモリガジェットに対抗心あったのかよ!」

 

 マーロウ、マーニー、緑川、マキ。とりあえず頭数だけは揃った。

 全員イニシャルがMなのはご愛嬌。

 

「まずこの閃光弾だがな。違法でないものながら強烈な閃光が―――」

 

「マーニー、緑川の話を聞き流してやれ。俺はロイドさんに一回報告入れる」

「ん、パパによろしくね」

 

 対抗心バリバリに語り始めた緑川をよそに、マーロウはロイドとの情報交換を始めた。

 

「もしもし、こちらマーロウです」

 

『やあマーロウ。こっちも色々と調べてみたけど、裏カジノの場所は見つからないね』

 

「こっちは依頼を受けて、話も聞いたんですが―――」

 

 マーロウが色々と伝えると、ロイドは電話の向こうで少し驚いたようだった。

 

『……これは、珍しいこともあったものだ』

 

「と言うと?」

 

『そのカジノの利用者らしき人間を何人か特定できていたんだ。

 僕はその人間の尾行をしてカジノの場所を探ろうとしていた。

 その内の一人が、詐欺師の清水。汚水の如き詐欺師と呼ばれている男だった』

 

「マジすか!?」

 

『詐欺師が御用達にしているとなれば、十分ガサ入れの理由になる』

 

「あとは、そのカジノの場所さえ見つけられれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一日が経った。

 二日が経った。

 三日が経った。

 四日が経った。

 まだカジノは見つからない。

 ロイドは毎日朝から晩までカジノの手がかりを探し、マーニーと緑川はコンビを組んで慎重にカジノの手がかりを探している。

 

 一方その頃、マーロウは自宅謹慎を食らっていた。

 マーロウは「最近手をいたわっていますか?」と医者に聞かれ、ありのままを話したところ、「治す気あんのかテメー」と怒られてしまったのだ。

 医者はロイドとマーニーにも厳重注意をし、マーロウも今日くらいは大人しくしていろ、と言われて事務所に放り込まれてしまった。

 

「あー……暇だー……」

 

 暇しているマーロウの前で、真希田マキもゴロゴロしていた。

 マーロウが勝手に出て行かないよう、お目付け役である。

 マーニーからマキのスマホに、「この十枚の画像の中からカジノがありそうな場所があるとしたらどれ?」というメッセージと共に十枚の画像が送られてきて、マキが一枚選んで返信する。

 返信を終えて顔をあげると、マーロウが手の包帯の交換やら消毒やらで悪戦苦闘していた。

 

「私手伝いますよ?」

 

「悪いな、頼むわ」

 

 マーロウの手は表面だけはくっついているが、内側までは完全にくっついていない。誰かにビンタでもすればパックリ裂けてしまいそうだ。

 マキが素人目に傷口を直接見ても、抜糸してあるのかしていないのかの判断もつかない。

 両手に残った黒黒とした傷跡は、ちょっと食欲がなくなりそうなグロさだった。

 

 そのくせ本人は『依頼人を守ったという男の勲章』といった感じで誇らしげに見ているのが、微妙に憎たらしい。

 普段マーロウの手の包帯などを変えているであろうマーニーの心情はいかばかりか。

 マキはちょっと同情した。

 

「学校で私と話してる時の、マーニーがさ」

 

「ん?」

 

「もうそろそろ車椅子も要らなくなるから、早く走れるようになりたいって言ってたんだ。

 マーロウさんより早く治して、自分の代わりの足になってもらった分、代わりの手になるって」

 

「……へっ、高校生が余計な気を遣いやがって」

 

 マキは彼の手を消毒して、消毒された状態が維持されるように包帯等を手にあてていく。

 悪態をつくマーロウは嬉しそうな様子を隠せてもいない。

 なんか可愛いなこの人、とマキは思った。

 

「マーニーは車椅子のままでもやる奴だ。緑川もかなりやる。

 緑川が手伝えば、マーニーは必ずカジノか清水の居場所を見つけられるはずだ」

 

「へー、マーロウさんはマーニーを信頼して、あの帽子の子は信用してるわけだ」

 

「ん? ……そう言われてみると、そうなのか」

 

 人をよく見てるんだな、とマーロウは感心した。

 成程、この人間観察力があるならば、マジシャンとして客の視線をコントロールすることも、対人ギャンブルでマーニーが褒めるほどの強さを発揮することも可能なのだろう。

 

「はい、手の処置終わり。マーニーをあんまり泣かしちゃダメだよ」

 

「あいつが俺のことで泣くか? イメージすらできねえぞ」

 

「あっはっはっは!」

 

「おい何故大笑いした?」

 

 何故か大笑いを始めたマキのスマホが震え、マーニーからの連絡を受け取ったマキが親指を立てた。

 

「カジノ、見つかったって。そこの住所マーロウさんにも伝えてくれってさ」

 

「よっしゃやったな! 信じてたぜマーニー!」

 

「ちょっ!」

 

 思わずガッツポーズしそうになった――全力で拳を握ろうとした――マーロウの手をマキが慌てて掴んで止めて、マーロウの胸ポケットでスタッグフォンが震える。

 画面に表示された番号は、四日前に依頼を受けた依頼人の妻が、連絡先にと教えてくれた携帯の電話番号だった。

 

「酒屋の斎藤さんの奥さんだな。依頼人の奥さんがどうしたんだ……?」

 

 予想通り電話をかけてきたのは依頼人の奥さんで、事態は急転直下する。

 

「……何!? 旦那さんが失踪した!?」

 

 告げられたのは、依頼人の失踪という望まぬ知らせであった。

 

 

 

 

 

 裏カジノと詐欺師清水の捜索で遠方に行っている者達は、すぐには帰ってこれないようだ。

 マーロウとマキだけで酒屋に向かい、依頼人の斎藤が消えた件を調査に向かう。

 そこで彼らが見つけたものは、依頼人の書き残し……否、()()であった。

 

『この遺書は読み終わった後、燃やして欲しい。

 私は三日後、店の開店記念日のその日に、保険金が下りる形で死を選ぶ』

 

 遺書の文にマーロウは目を見開き、マキは口元を抑えた。

 

『その保険金で店が立て直せれば御の字だ。

 探偵さん達には悪いことをしてしまった。

 が、もう時間が無い。

 今回の形の詐欺被害だと、取られた金を取り戻すには別の裁判が要るそうなんだ』

 

 詐欺師が被害者に返す金を持っているか?

 詐欺師の金は被害者の誰から順に返済すべきか?

 裁判だとそういうところにも焦点が当たってしまう。

 斎藤はそれを知り、どうにかなるかもしれないというのに、早とちりで自殺以外に偽装した自殺を行うことを決めてしまっていた。

 

『裁判で金を取り返すとなると、金が必要な日までに金が用意できないんだ』

 

 彼にとっては自分の命より、曽祖父から受け継いだこの店の方が大事だったのだ。

 

『探偵さん、依頼料は妻から受け取って欲しい。

 ありがとう。

 私とこの店のために頑張ってくれたあなた達には、感謝しかない』

 

 詐欺師に対する恨み言もあっただろうに、あえてそれは綴られておらず、家族や探偵への感謝の言葉が綴られていた。

 

『それと、マーロウさん。

 テーブルの上に"本物のギムレット"を置いておいた。

 その一杯で気持ちを酔わせて、私のことなんて忘れてくれ。

 そのギムレットを飲んでしまえば、私が君にした依頼は完了だ』

 

 遺書が置かれていた部屋のテーブルに、一つのグラスが置かれている。

 四日前に飲んだものと同じ、ギムレットだった。

 

『私の人生最後の酒を探偵に捧げる。

 酒で探偵の仕事の最後を締めくくる。

 ハードボイルド小説が好きな私の憧れを、最後に叶えて欲しい』

 

 マーロウはそれを飲まない。

 遺書をグラスの上に置いて、誰も飲まないようにする。

 斎藤が自殺するまで三日。おそらくは心の整理をつけるための時間でもあるのだろうが、その三日を待つまでもない。

 決着は、今日つける。

 

「マーロウさん……」

 

 マキを引き連れ、彼女の声を背に受け、マーロウは店の外に歩き出す。

 

「まだ、ギムレットを飲むには早すぎるぜ」

 

 黒帽子が、マーロウの後ろ姿によく似合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏カジノとくれば犯罪者が居てもおかしくない場所だ。

 マーロウはマキを適当なところで振り切り、単身マーニーから場所を伝えられた裏カジノへと向かう。

 医者に怒られたことや、医者の諌言のせいでロイドとマーニーに「事務所に居ろ」と言われたことも、すっかり頭から追い出されている。

 

「カジノなら、あいつは動かしても問題がない『浮いた金』を使うはずだ。

 ここで詐欺師の清水にタイマンを挑み、奴が巻き上げた金を取り返してやる……!」

 

 『依頼人を救う』という想いだけが、彼の頭の中に満ち満ちていた。

 

「はいはい、マーロウさんストップ。ここは、ええっと……マーキーにおまかせを」

 

「……!? なんで居るんだマキ!? お前、バス停辺りでまいたはずじゃ……」

 

「マーニーがカジノの場所教えたの私の携帯で、マーロウさんに教えたの私じゃん」

 

「そうだったー!」

 

 とことんハードボイルドに決まらない。

 

「私達も居るよ」

「お前はなんというか……なんだ、バカだな」

 

「げ、マーニー、緑川!」

 

「手を怪我してるくせに一人で行くとか何考えてるのさ」

 

 裏カジノという、警察からこそこそ隠れている悪の巣窟を前にして、仲間達が揃った。

 とりあえず現実主義のマーニーは父にメールを一本入れて、服の下でいつでも通報できるよう近場の警察署の番号を短縮コールに入れておく。

 

「とりあえず私がいつでも警察にコールできるよう、服の下でスマホ構えて、っと」

 

「私は……そうだな、マーニーのそばで退路を確保しておくか。

 マーロウ、発信機持ってたろう。一個念のため私に付けておいてくれ」

 

「で、私が荒稼ぎすればいいのかな?

 タネが分からないマジックも見抜けないイカサマも同じ同じ」

 

「闇落ちしたマジシャンってこんなんなのか……」

 

 通報担当、護衛担当、イカサマジシャン担当。そこそこ隙のない布陣になった。

 

「マキ、俺の財布を使え。依頼人を助けるには元手が要るだろ」

 

「え、いいの?」

 

「勝てよ。じゃないと俺のなけなしの生活費が消える」

 

「せ、切実……!」

 

 財布を苦渋の決断で差し出すマーロウ。男の仕事の八割は決断である。

 

「マキちゃん後で返してよ?」

 

 マーロウが差し出したんなら私も出すしかないか、と財布を出すマーニー。

 

「…………………………………………しかたない」

 

 嫌そうに、けれど友情を理由に緑川も財布を出してくれる。

 

「ありがとっ! この財布、全部一万円づつ増やして返すからね!」

 

「増やす量が生々しいな!」

 

 実際、マキの腕は確かであった。

 この後カジノに入ってから、マキが座ったブラックジャックの台を立つまでの記憶が、マーロウ達の中にはほとんど残っていない。

 そのくらいに圧倒的で、一方的な勝利だった。

 

「これで持ち金三百万くらいになったかな? ペース上げようか」

 

 黒服の男がギャラリーに混じり始める。

 マーニーと緑川は離れたところから見ていて、マーロウは勝ちすぎたマキが連れて行かれないようその横に立っていた。

 彼らは待っている。

 種銭を増やしながら、ターゲットが来るのを待っている。

 

(まだか、詐欺師の清水)

 

 マーニーの調査によると、最近は詐欺で稼いだ金を毎晩のようにここで増やしているらしい。

 今日も来るはずだ、というのが彼らの共通認識だ。

 腕時計(ガジェット)で時間を見ていたマーロウの肩を、そこで緑川がこっそり叩く。

 

「マーロウ、清水が来たぞ。入り口に姿が見えた」

 

「やっとか、待ちくたびれたぜ」

 

「私のじいちゃんは帽子を頭に乗せている間、一度も悪には負けなかったらしい。

 分かるな? その帽子の重みが分かっているなら、あんな奴には負けるなよ」

 

「ああ」

 

 用心のため緑川の肩に戦闘要員(バットショット)を乗せ、マーロウはカジノに現れた詐欺師の男へと視線をやった。

 

「外でも随分と荒稼ぎしてきたようですね、先生」

 

「ワシの生き方は、地獄を楽しめるやつじゃなきゃ手に余るんだよ!

 カジノで負ける地獄も、他人の地獄も楽しめなくてはな! ガハハハ!」

 

 詐欺師の清水は、他人に地獄を押し付けて平気な顔をしているような男だった。

 マーロウの心から、手心を加えてやろうという慈悲が微粒子レベルで消滅する。

 

「―――やるぞ、マキ」

 

「マジシャン的には、ここからが私達のステージって感じかな?」

 

 もうマーロウにもマキの力量を疑う気はない。

 マーロウが清水の前に立ちはだかり、マキは自分で稼いだコインを移動させる。

 

「おい、清水。そこのテーブルに着け。

 お前があくどい方法で稼いだ金、ポーカーで巻き上げてやる」

 

「……はっ、またか。

 時々居るのだ、ワシのせいにしてここに来る負け犬がな。

 そのことごとくがワシの豪運の前に更に金を巻き上げられていったが」

 

「やる気があるなら席につきな。俺が……俺達が」

 

 指差されるはポーカーのテーブル。

 

「てめえにてめえの罪を数えさせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーロウが一番得意とするトランプ種目はババ抜きである。

 ポーカーは役と基本ルールを今日簡単に教わった程度だ。

 とはいえ詐欺師サイドから見ればそんなことは知ったことではない。

 マーロウは彼ら視点、数合わせの子供を連れていながら自信満々に勝負をふっかけてきた大人であり、腕に包帯・手つきも怪しいクセのある男だ。

 清水からすれば、マーロウはイカサマをしますと宣言してから席についたに等しい。

 

 ポーカーはマーロウとマキ、清水とその部下の四人だけが参加し、中立のディーラーがカードを配る対戦形式で始まった。

 ちなみにジョーカーは一枚あり、手札交換も一度、四人の手番の順番はディーラーが適度に変えるというポピュラーなルールである。

 清水とその部下は、自然な流れで自信満々のマーロウの手元に注目した。

 

(ワシを舐めているのか? あの手元の包帯、疑ってくれとばかりだ)

 

 だが清水は、マーロウのおぼつかない手つきや大仰な包帯は囮であると思い、手元以外にも気を配る。

 そこはそれなりに場馴れした詐欺師といったところか。

 ……マキの方を見なければ、イカサマに気付けるわけがないのだが。

 

(ラッキー。事前に30セットちょい用意しておいたトランプの内一つと柄が同じトランプだ)

 

 マキはさらりと手札のスペードAを袖のハートAと換え、残り四枚も数字と柄が同じな四枚と交換する。手札の中でフラッシュが完成した。

 コインをあまり上乗せせず、目立たない程度に押さえてコール。

 

「ワンペア」

「フラッシュ」

「ツーペア」

「ツーペア」

 

 普通の十代の女の子と、何故か自信満々で不自然に手元に包帯ぐるぐる巻きの男。どっちが怪しく見えるか、と言えば普通は後者だ。

 マキが一度勝ったところで、まぐれだと思いマキだけを集中して見ることはない。

 二巡目のマキはハートAが来てくれた幸運に感謝し、手札のハートAを袖のスペードAと交換してカードの枚数を調整。

 二回目は、偽装のためにわざと負けてやった。

 

「ノーペア」

「ノーペア」

「スリーカード。ワシの勝ちだな」

「ワンペア」

 

 清水がニヤリと笑う。

 マキは特に笑わず、手札の五枚を山に戻した。

 

(やっぱヤクザの賭場をチーマーが乗っ取った程度の賭場なんてザルだな。

 私のサマも見抜けてないし……マーロウさんには、もうちょっと囮になってもらおう)

 

 マキが持ち込み、このテーブルで使われているトランプと交換しているトランプは、マキにしか判別できないマーキングがされている。

 1プレイで五枚入れ替えれば、五枚分のカードを透視できるようになる。

 今のプレイで五枚入れ替えたため、今は十枚透視できるようになっている。

 バレたとしても「カジノが用意したトランプじゃないか」と言い張れる王道のイカサマだ。

 

 マキは三巡目でちょうどいいところにカードが来たので、二枚捨てて山から二枚引き、"マーロウが次に引くカード"まで調整して見せる。

 

「ストレートッ!」

「ワンペア」

「スリーカード……」

「ツーペア」

 

「っしゃあ!」

 

 また山にマキが透視できるカードが増える。

 清水は今のストレートで、勝つ気満々自信満々のマーロウがイカサマをしているという疑いを強めたようだ。

 が、何をしているかまでは理解できないでいる。

 それも当然。

 マーロウは本気で勝ちに行っているだけで、マキがどこでイカサマしているかさえも気付いてはいないのだから。

 

(そうそう、そうやってマーロウさんがサマやってると勘違いしててね)

 

 マーロウに周囲の視線が集まっているが、マーロウは事前にマキに言われた「基本フルハウス・フラッシュ・ストレート・スリーカードだけを狙って」という指示を守っているだけである。

 ちなみにジョーカー有りルールでフルハウス・フラッシュ・ストレートが初手に揃っている確率は合計5.99955%。

 交換を行い、十数回のプレイを行うのであれば、マキが何の手も貸さなくてもマーロウが自然と組み上げる可能性は十分にある。

 マキが手を貸せば、手を作れる確率は更に上がる。

 

 勝負が十巡目を超えたあたりで、マキは山と手札の大半を見透かせるようになっており、山から誰が何を引くかもある程度コントロールできるようになっていた。

 それでも皆マーロウばかりを警戒している。

 

 人の視線を狙った場所に誘導する。

 人の意識と注意の向きを操作する。

 誰も見ていない所で小細工を弄して、奇跡のタネを見抜かせない。

 ミスディレクションを操る彼女のような人種を、人は―――魔法使い(マジシャン)と呼んだ。

 

「フルハウス!」

「ツーペア」

「ストレートフラッシュ!」

「ノーペア」

 

「その程度でワシに挑むとは片腹痛いぞ、探偵!」

 

「ちっ……詐欺師が調子に乗りやがって」

 

 けれども、酒屋の斎藤が巻き上げられた金額に、まだイマイチ届いていない。

 要所要所で詐欺師の清水が豪運だけで大物手を作り、そのせいで勝ちが積み重ならないのだ。

 この詐欺師はどうやら、多少の迂闊さを運の良さでカバーできるタイプの詐欺師であるらしい。

 

(しっかし運良いなこの詐欺師……流石に初手五枚に大物手があると、差が広がらない)

 

 "怪しまれること覚悟でロイヤルストレートフラッシュでもやってやろうか"とマキが考えている内に、当初予定されていたラストゲームの回数にまで到達してしまった。

 

「お客様。次でラストゲームでございます」

 

 マキはまた小細工を盛る。

 マーロウに大物手を運び、マーロウの初手五枚にフラッシュを作った。

 なのに、マキが清水の手札を見透かしてみると、清水もまた『運だけで』ストレートフラッシュを作っていた。

 

 マーロウがスペードの2、A、K、Q、J。

 清水がダイヤのK、Q、J、10、9。

 あと一歩というところでマーロウが負ける、そういう手札の関係だった。

 

(……どういう運だちっくしょう)

 

 清水はここぞとばかりに金を上乗せ(レイズ)してきた。

 テクニックがラッキーに負けるというのか。マキは顔に出さないよう歯噛みする。

 敗北を確信し、勝負を受けず降りることを考えるマキの横で、マーロウはスペード2を捨てた。

 勝負を受ける、という意思表示である。

 

(!? ば、バカー!)

 

 そしてマーロウの前に、清水の部下が山から二枚引く。

 マーロウがその次に引く一枚を見透かして、マキは目をしばたかせた。

 

(……え)

 

 マーロウは清水の部下が引く前にカードを捨てただけ。

 そして清水の部下の後に引く順番が来るだけ。

 だから、そのカードを引ける。

 

(マジか、この人)

 

 驚くマキの眼前で、清水は意気揚々と手札を広げる。

 

「最大数字に限りなく近いストレートフラッシュ! これで終わりだ!」

 

 マキは驚かない。

 少女の視線は、マーロウの手札にのみ向けられている。

 マーロウはテーブルにスペードのA、K、Q、J、そして―――最後に引いたジョーカーを並べた。

 

 

 

「どうやら切り札(ジョーカー)は、俺のもとに来てくれたようだぜ」

 

 

 

 最後の最後にジョーカーを引いての、『ロイヤルストレートフラッシュ』である。

 

「……な、なっ……!」

 

 スペード・テンからスペード・エース。

 最強の中の最強の役が、清水が悪どく稼いだ金を根こそぎ奪い取る。

 観客が拍手を始め、カジノの店員までもが思わず拍手を始め、言葉にも感性にもならない偉業への感動が、その場の全員の心を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッチリ酒屋が巻き上げられた分の金を回収し、彼らは帰路についた。

 

「いやー、途中は本当ハラハラしたよ……」

 

「お疲れマキちゃん。マーロウもお疲れ」

「私とマーニーは後ろで見ていただけだったが、よくやったな二人とも」

 

「俺は何もしてねえさ」

 

 マーロウの"何もしてない"に、マキが真正面から食って掛かる。

 

「何もしてないなんてとんでもない! 最高だったよ、特に最後の!」

 

「へっ、よせよ。運が良かっただけだ」

 

「今日の私の一番の切り札(ジョーカー)は、間違いなくマーロウさんだよ!」

 

「おいおい、今日一番の主役(エース)が何言ってんだ」

 

 悪党相手にマーロウが発揮する爆発力はとんでもない。

 そこにだけはずば抜けて非凡なものが感じられるほどだ。

 マーロウには不思議と、『一人を選んで全て託すならこいつだ』と思わされるような、そんな不思議な信頼感がある。

 本人は割と中途半端なハーフボイルドであるというのに。

 

「さて、そろそろいいか……出てこいよ、清水!」

 

 そして、善人が善人らしく在るように、悪人は悪人らしく在る。

 マーロウが声を張り上げると、彼らの背後から清水とその部下達数十人がわらわらと出現した。

 

「気付いていたか。なら、ワシの要件も分かるな?」

 

「博打で取られた金取り返しに来たんだろ? 強欲な悪党が」

 

「分かっているなら話が早い……やれっ!」

 

 カジノで負けたら自分を負かした人間を闇討ちし、金を奪う。なんと浅ましい思考か。

 そんな悪党に負けて金を奪われでもしたら、末代までの恥である。

 

「緑川、煙玉投げろ!」

 

「任せろ!」

 

 マーロウが叫び、緑川が買いたてホヤホヤの煙玉を喜々として投げた。

 煙玉はぶわっと煙を広げ、光を遮り、清水とその部下の視界を全て奪う。

 そしてマーニーが、煙の中にバットショットをぶん投げた。

 

「行け、バット君!」

 

《 STAG 》

《 SPIDER 》

《 FROG 》

《 DENDEN 》

 

 それと一緒に、ガジェット達が全て煙の中に突っ込んでいく。

 

「あっ、いでっ!?」

「あがっ!?」

「な、なんでこんな煙の中……うごあっ!」

 

 メモリガジェットはスタッグフォンを通じて、全てナビゲーション機能で繋がっている。

 デンデンが煙の中を見通して、その視界データを他ガジェットに送り、ガジェット達が悪党を煙の中でボコボコにする。

 煙が晴れたその頃には、一人残らず気絶させられた男達が路上に転がっていた。

 

 緑川が手の中の二つ目の煙玉を見て、ガジェットを見て、煙玉を二度見して、思わずマーロウに頼み込んでしまう。

 

「……なあマーロウ、一つくらいくれないか、そのメモリガジェット」

 

「こいつら俺の記憶の唯一の手掛かりなんだが」

 

「一つ! 一つでいいから! 緑川家に貸し一つやるくらいのつもりで!」

 

「やめろ、離れろバカ! やれないつったらやれないんだよ!」

 

 メモリガジェット達はどうやら最近、女子高校生探偵の間で人気が高まっているようだった。

 

「それより手伝え。

 こいつらの携帯電話全部取り上げて警察に届けるぞ。

 警察がこいつら有罪にする証拠になるし、被害者のリストアップもしてくれるだろ」

 

「お、いいね」

 

「ついでにカジノも……あ、いや、そっちはもうロイドさんが通報してるか?」

 

「あのカジノも短い命だったね……南無」

 

 後日。カジノとこの詐欺師達は、残らず警察にしょっぴかれたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう先がない。

 そう思い、酒屋の斎藤は店を離れた。

 探偵や家族への申し訳ない気持ちはあっても、店のために死ぬ覚悟は揺らがない。

 彼は自殺に見えない死に場所を探し、街を歩いていた。

 

「……?」

 

 そんな彼の前に、蜘蛛が現れる。

 自然界の蜘蛛ではない。メモリガジェット・スパイダーショックだ。

 スパイダーショックは彼の前に、紙袋に入った札束と、小袋に入ったマーロウおすすめのコーヒー豆を置いていく。

 コーヒー豆はおそらく、飲ませてもらったギムレットの礼だろう。

 

 驚いて札束とコーヒー豆を見る斎藤は、マーロウの字で書かれたメッセージカードを、スパイダーショックに投げ渡される。

 

『いい酒作れよ by マーロウ』

 

 かっこいいセリフを書こうとして、気恥ずかしくなって無難な短い文しか書けなかった、そんな感じの半端者のメッセージカードだった。

 

「……ああ、そうか。蜘蛛はブラックコーヒーを飲むと、酒のように酔っ払うんだっけか」

 

 蜘蛛、コーヒー、酒屋。マーロウの精一杯の演出が、そこにあった。

 

「ありがとうよ、フィリップじゃないマーロウ君」

 

 今日もまた、探偵は街の涙を拭ったのだ。

 

 

 




 堂々とイカサマして「ザルだなこりゃ。やっぱ素人のカジノじゃ……簡単なトリックも見破れないか」とか思っちゃうくせに最終的に負けちゃうマキちゃんが結構好きです

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