☆プレーン・プレーン
睨み合うふたりの魔法少女。先に動いたのはグラナティオであった。
挑発のサインだ。指をくいっと動かし、ギャーサを煽る。
相手がそれに乗っからない理由はなく、槍が飛んでいくが、当然避ける用意はできていたらしくひらりとかわされていた。
さらにかわした勢いのまま一気に距離を詰め、グラナティオはギャーサの頭部に打撃を与えるべく膝蹴りを繰り出した。これも当たらない。
観客には見えているのだろうか。魔法少女動体視力をお持ちでない常人には、目で追えないだろう。
次の1秒のあいだにも、攻撃が何度も飛び、拾われた槍と抜き放たれた短剣が交差し、火花を散らした。
いいものを見せてあげる、という誓いの効果だろうか、ギャーサの動きはグラナティオをわずかに上回っているように見える。
互いに軽やかな回避を繰り返す中、ついにギャーサの槍の柄がグラナティオの胸に叩きつけられた。
胸の中にあった空気が少量の唾液とともに吐き出され、やわらかな芝に落ちていく。
直後無理矢理ながら立て直したグラナティオの頭突きもまたギャーサの腹部にめりこみ、うめき声を漏らさせた。
それだけだった。一撃必殺の魔法少女が、相手を殺せていない。
手加減などはなく、ただ弱点を突くことができるだけの余裕がなかっただけだ。
ギャーサはグラナティオの頭を自らにめりこませたまま抱え、相手の股のあたりに蹴りを入れてやる。
そこは痛いだろう。直に骨に衝撃が響く。
観客が沸き立った。
ただの少女を遥かに超える高速戦闘、あの「ヒトツキ」が一撃で終わらせられない戦闘。
脳の処理よりも速く、彼女らは殴りあっている。整った顔の口元に艶かしく血が流れ、女性的魅力とはほど遠い武器と衝撃が叩き込まれていく。
爽やかに汗が散り、しなやかに四肢が躍動する。プレーンが追い付けるはずのない、これは戦う魔法少女の芸術だ。
その光景を、観客たちと同じく、プレーンは食い入るように見ていた。金網の途切れた場所に進入しかけるほどには魅せられていた。
引き締まったふたりの身体が、ほんとうに生き生きとしている。きっと、どんな魔法少女でも美しく思うはずだ。
プレーンは機長。芸術とは程遠いけれど、それでも素晴らしいと思える。
ギャーサの槍が突き入れられ、短剣がいなして逸らす。
ギャーサはにやりと笑って追撃にかかり、それを読んでいたグラナティオが受け止め、掴み、引き倒そうとし、ギャーサが声を張り上げた。
「破裂しろ、
瞬時には理解できなかったグラナティオが止まっている間に変化は始まった。
槍の穂先から多量の棘が現れ、破裂するかのように周囲へ展開されたのだ。
対応が遅れたグラナティオの頬は傷つけられ、赤い筋が1本増えた。あと一瞬遅かったら深々と突き刺さっていただろう。
だがそれでも不満だったのだろうか、グラナティオ口元を歪め、不満げな言葉を吐き散らす。
「手の内を明かしておきながら手加減か? 舐めるなよ乱入者」
槍を蹴飛ばすことでグラナティオは高く飛び上がった。天井に短剣を突き刺し、ぶらさがる。
深々と突き刺さった刃はしっかりとくわえこまれ、自然に抜けることはないだろう。天井の弱点ではない、強い場所を刺した故だろうか。
プレーンはそのことに気づくのに数秒かかったが、そのあいだにもギャーサは動いていた。脱力して、軽く跳ねている。
可愛らしいが、攻撃がそれで届くはずがない。観客も怪しみ、盛り上がりはややおさまっていく。
そのくらいで、ギャーサは手持ちの槍を掲げ、再び声を張り上げる。
「炸裂しろ、
先程よりも激しく、より広範囲に棘が撒き散らされ始めた。本命は天井だ。ほとんどが上へと向かっていく。
的はずれな方向に飛んだものは観客たちを大いに驚かせ、悲鳴を誘発した。
天井にぶら下がっている彼女への全方位攻撃。それがギャーサのとった手段のようだった。
避けられる可能性は低い。ただの魔法少女ならもう終わりだったろう。ただの魔法少女なら、だが。
狙われた獲物はただ1点だけを見つめ、短剣をひとおもいに引き抜いてしまった。
ぶら下がるものがなくなれば、当然落ちる。棘の群れに、短剣のみで飛び込んでいくしかない。
いくつかを弾き相殺しながら、グラナティオは1点だけを目指していった。
そして、脚への切り傷を代償に、棘のうちひとつを蹴って踏み台にし、方向を変えた。
グラナティオは包囲網の弱点を見抜いたのだろう。
グラナティオが包囲を抜け、見事着地する。受けた傷は踏み台にしたときのものだけだ。
ギャーサは感心したようすで頷いて、笑顔を向けた。
「すごいすごい、そんな使い方もあるんだね」
「日頃から鍛えてるからな」
短剣の振り下ろしを手甲で防ぎ、逆に押し飛ばす。
話の途中だったことを咎める気はないようで、むしろ飛ばされかけた隙を狙って追撃を狙って打ち合い、軌道の逸れたグラナティオの攻撃がギャーサの頬に切り傷と血の筋を作る。
ギャーサはおおげさに血を舐め取ってみせ、楽しそうな表情を止めなかった。
「やってくれるね!」
「お前こそな」
ふたりが全力で楽しんで、客席もまた沸いている。プレーンも混じってついついはしゃぎそうになり、関わってはいけない人たちだと思い出してやめた。
しかし、こうしてふたりがじゃれあっているのを見るのは楽しいのだが、プレーンはどうしていればいいのだろうか。
そこらの皆さんは、ただの中学生の話しかけていいご身分ではない。立派なお金持ちで、犯罪者たちである。
いっそのこと検挙すればキャンディー取り放題なのではないか。わざわざやるほどの勇気はないのだが。
プレーンにはもうひとつ選択肢が浮かんでいる。そちらの方が楽しそうだと、自分でも思っている。
金網の内側に一歩踏み入ってみた。空気は明らかに違う。魔法少女がまとっている華やかな香りに、少女の血と汗が淫靡に混じっている。
それに雰囲気も違う。ビリビリとして、常に震えている。
いや、震えているのはプレーンだろうか。どちらでもいい。
プレーンはひとまず、自分の魔法を使うことにした。地上にいてはあれらに激突してしまう。
空中へ飛び立つことがまず第一歩だ。作る機体は、適当に思い浮かべた戦闘機。こんな感じの武装とスペックだろうと予想して、ざっと作り上げてしまう。
誰にも見えていない、あのふたりには眼中にもないはずだ。
透明な壁に囲まれ、その機体が飛び立つことによってプレーンの姿は宙に浮き上がり、爆音を響かせて視線を集めた。
ちゃんと下着は見えないように座ったはずだと言い聞かせ、唖然とするギャーサとグラナティオを見る。
「来ちゃった」
舌をちろりと出しながら、そう言ってみる。ただこの戦闘機は爆音だ。聞こえていないかもしれない。ピースサインを作って顔の前に持っていく工夫をしてみた。
それから、挨拶にはもう一つ必要不可欠なものがある。この機体に備え付けられている機銃を飛び出させ、ところ構わずとりあえず発射した。
眼下では困惑する少女ふたりが必死に避けたり弾いたりとどうにか対処している。こうでなくては。
魔法少女なら耐えられるという前提で作ったため威力は低めだからだ。強い程度の戦車くらいなら貫けるかもしれないが。
結果として、プレーンの挨拶では客席の安全性が一番犠牲になった。金網が破壊され、みんなして逃げ出していった。
気にすることではない。実は戦闘を行うために作った戦闘機というのは初めてなのだ。
全力で試す絶好の機会を逃すべきではない。
このボタンはなんだっただろうか、というノリでコックピットを操作する。適当に押した重要そうなものは爆弾投下のものだった。
こまかくいくつも射出されていく爆弾たちを、グラナティオはどうすれば爆発を抑えられるか瞬時に判断、突くことで止め、ギャーサは衝撃波で空中にあるうちに爆破させていた。
金網はすでに千切れ飛んだらしい。誰かの革靴や荷物といっしょに壁によりかかっている。
「ちょっと、プレーンちゃん!?」
爆音の中でギャーサの声が聞こえた。プレーンは表情を変えずに応える。
「何?」
「何、じゃないでしょ! こんな兵器どっから!」
「こういう魔法だから」
「えー……むちゃくちゃだぁ……」
「混ざりたくなっただけだから、問題はないと思う」
悪びれるつもりはない。ギャーサはそれが問題なんだけどなといった顔をして、槍を構えている。
一方で、グラナティオは機長の格好なのはそういうことか、と頷いている。
プレーンは自分があのふたりの注目を集めていることで気分が高揚するのを覚え、お礼代わりにガトリングを一丁追加する。
巧みな回避が行われる一方、芝は蹂躙され尽くしていく。リングはもはや見る影もない。芝は抉れ、クレーターができ、もはや砂の色しかない。
「砂も吹っ飛ばしちゃおうか」
ここまで来たならとことんやってしまいたい。砂の下のコンクリートを露出させ、それすらも抉りとってしまいたい。
そんな思考にしかならないプレーンのテンションは平常時の何倍にもなっている。自分でもわかる。
口頭では止められないと判断されたのだろうか。
プレーンが全弾解放の操作を行うために動き出したところで、飛び上がったふたりは機体を各々の得物で引っ掻いた。
容易く裂けて、機体は機体を保っていられなくなる。プレーンの魔法の解除の仕方として正しいやり方だ。
自分が乗っているものが消えてしまったなら、プレーンは墜ちるのみだ。重力に身を任せてしまおう。
最後まで触れていた操縦桿を手放し、自由落下の感覚が身体を包み、そして受け止められた。
溶けかけの塗料がワイシャツにつく。ギャーサのボディペイントだろうか。彼女に受け止められたらしい。
「お疲れ、楽しかった?」
来たときと同じお姫様だっこで、ギャーサは平然と着地する。グラナティオが駆けよって、プレーンが自らの破壊したリングに立たされる。
無思慮に抉られた地面だけあって立ちにくくよろけたものの、ギャーサの問いにイエスで答えられた。
「楽しかった、とっても」
「そりゃよかった。この惨状はちっともよくないけど、私たちのしてたこともおんなじようなことだし」
「気にするな。こんな場所に来るような奴ら、むしろいい薬だ」
それぞれフォローを入れてくれている。らしい。プレーンに悪いことをした実感はないのでやや首をかしげた。
「それで。なんだってこんな場所に? 暴れに来ただけか?」
「うん、暴れに来ただけ。グラナちゃんと殴り合おうと思ってさ」
「そりゃどうも。満足したか?」
「もちろん!」
ギャーサの笑顔は、試合を終えたスポーツ選手のように爽やかだった。
グラナティオ曰く、主にプレーンがやらかしたことは放っておいていいとのことだった。
彼女は日頃からあんなような決闘だので日銭とマジカルキャンディーを稼いでいるらしく、プレーンたちといっしょにここから脱出なんてことにはならなかった。
変身前のグラナティオのことは知らないが、深く詮索しないほうがよさそうだ。
ギャーサこと刈葉のことはプレーン自身が送っていけばいい。
狭い地下の道に、ゴテゴテと装飾が詰め込まれているのに透明で誰にも見えないという残念なバイクを走らせ、プレーンは自分が関わったことのない世界から抜けようとしている。
魔法の端末が表示するプレーンのキャンディー所持数は、こっそりと五桁になっているのだった。