魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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4.友だち

 ☆トランホルン

 

 突如現れた転校生――虹ヶ路織姫。魔法少女、オルタナティヴ。

 

 容姿端麗で魅惑的な声の彼女と出会って数日。気付いたことがあった。

 自分、菅原渦には実は魔法少女であるということしか無いのだと。

 

 織姫は遠い存在だった。

 その容姿と学力、身体能力は周囲の平凡な群衆とは比べ物にならない。

 高校だって近所の普通の高校を目指す渦に対し彼女はかのスーパーエリート、人小路家のご子息が通っていたとも噂されるお嬢様学校でも平然と入れるだろう。

 

 それに、いくら周囲に褒め称えられても崩れない儚げな表情。理想のお嬢様そのものだ。

 虹ヶ路の家については知らなかったが、このぶんだと家の屋敷が街ひとつぶんという人小路並の超豪邸であっても驚かない。

 超人、というやつだ。

 

 魔法少女になってもそれは同じで、キャンディーの数だってトランホルンでは追い付けない。

 ただ自分が楽しいからといって公園で魔法の音しか奏でていない魔法少女ではないのだから。

 自ら駆けずりまわり、奉仕し、その結果を純粋に喜んでいる。

 

 そして疲れもせずに一日中人助けをしてまわり、必要があればタンクローリーでもロードローラーでも大型旅客機でも受け止めてみせるだろう。

 誰かを助けられるらしい魔法の持ち主だけある。

 

 だからオルタナティヴに、いや、それどころか織姫にさえ、トランホルンは勝つことができない。

 身体を楽器にできるだなんて地味な魔法しかないのでは、張り合うことなんてできやしなかった。

 

 ……こんなことを自覚したその日は、第一試験が始まって4日目。中間発表の日だった。

 トランホルンを始め、オルタナティヴはもちろんアンチルとミルキーシューティングも共に発表会場へ集まっていた。説明会の時と同じ場所で、時刻も同じような時刻だ。

 夕方、空き地にコスプレ集団がいる異様な光景を見るのは二度目。しかし違う部分もあった。全員が沈んだ表情なのだ。

 このままの生活で生きていられるのかどうかが明かされる。

 

 ほんとうに死ぬとも示されていないのに、自分が魔法少女になっているという実例がある以上信じるしかない状況で、信じなければほんとうに死んでしまった最初の例になるかもしれない。

 そういった気持ちを抱えて、16人が一堂に会していた。

 

「おい、トランホルン。ちゃんとあのあと稼いでるか?」

 

 アンチルに聞かれ、頷くしかなかった。

 口元しか見えない彼女の姿は苦手だった。そのうえ、強気なアンチルはすぐにトランホルンに怒る。

 話していて気分がいいような相手ではなく、こんな緊張した場面で話しかけられるのは不運だと思う。

 

「ごめんなさい。こんなときにまでこの子がつっかかっちゃって」

 

 対してミルキーの低姿勢はこちらも頭を下げたくなってくる。

 ごめんなさいが口癖のミルキーは、アンチルの放つ刺々しい雰囲気の中和剤になってくれる。

 が、彼女ばかりだと気分が落ち込んでくる。やっぱり謝るというのは多少なりとも気分を落とすものだろう。

 ミルキー自身は癒しというか、和らげてくれるタイプなのだけれど。

 

「こんなときにまでって、私は心配して言ってる」

 

「それはごめんなさい……でも、威圧的なのはよくないと思います」

 

 アンチルが次の言い返す一言に移ろうとしたとき、ふと視線がこちらへ向いた気がした。

 オルタナティヴに見られていると気付いたのだろう。やり取りを眺めるオルタナティヴの目は喧嘩になれば即止めるという警戒の目になっている。

 

 それからあらためてミルキー、トランホルンの顔を見回し、視線は徐々に落ちていく。

 

「……わかった、考える。お前たちと言い争ったってなにもない」

 

 珍しくアンチルが折れた。

 ミルキーが感動したらしく、なぜか褒め称えながら彼女の手をとりぶんぶん上下に振りだした。

 今まで付き合ってきて自分を曲げようとしなかった人がこんなことを言い出したなら、こうもなるだろうか。改心したんですね、とミルキーがこぼす。

 

 きっかけは1対の目だ。またオルタナティヴだった。

 また織姫だった。彼女の警戒の目からアンチルが折れて、ミルキーの心が動いた。

 

 彼女は人を動かすことができる。学校でひたすら凄さを見せつけられ、やや劣等感を抱いていた渦からすればそれらの助長になるくらいだ。トランホルンはじっと見ているしかない。

 

「注目! 中間発表の時間よ?」

 

 誰かが声を張り上げる。ラヴリンスだ。

 端末を数タップして草原の上にパネルを現出させ、かかっている幕を取り払った。

 

 あまりにいきなりのことで止まっているのが数人いて、トランホルンたちもそのうちに入っていたが、状況を心のなかで整理してオルタナティヴとミルキーについてパネルに向かっていった。

 

 パネルではランキング形式で結果が発表されている。

 周囲にきらきらしたエフェクトが散りばめられており、メールの文面同様に過度な装飾がされていた。

 

 名前が縦に並んでいるのをまず全景から眺める。

 合格と不合格のボーダーラインは、一番下とひとつうえのあいだに引かれていた。そして一番下はトランホルンではない。

 ひとまず胸を撫で下ろした。全体を探すと、ミルキーやアンチルとともにトランホルンの名前が中くらいの位置にある。

 

 オルタナティヴの名前は、2位のプレーンの3倍ほどの数値で一番上にあった。案の定、というやつだ。この結果は当然のものなのだろう。

 オルタナティヴの方を見ると、驚いてもいないらしい。彼女が見ているのはトランホルンたちの名前だった。

 さっきの自分と同じことをしていたのだろうか。目線を変えたオルタナティヴとふと目が合う。じっと見つめあったところでくすりと照れ笑いをして、彼女が口を開く。

 

「一緒に生き残ろうね」

 

 順位など気にしている雰囲気ではない。いっしょに合格ラインの上に入れたことを喜んでいる。

 人助けを行っているときの彼女と似た雰囲気で、こちらまでも幸せにしてくれようとする雰囲気だ。

 

「……うん」

 

 ひとまず頷いたが、アンチルのときと同じようにそれ以外に選択肢がなかっただけ。格の違いを見せつけられ、詰め寄られたような気分だ。

 オルタナティヴは寄り添って手を繋ごうとしてくれたけれど、手を握り返す気にはなれなかった。

 

「おい、そこの女」

 

 互いにそれ以上何も言えず、気まずくなった雰囲気に土足で踏み入ってくる魔法少女がいた。

 声とは裏腹にやさしいクリーム色の髪をふたつにまとめたおさげが垂れており、優しげでのほほんとした雰囲気を感じさせている。

 

 彼女の視線はオルタナティヴに向いている。面識のある相手なのだろうか。

 オルタナティヴは黙って、その魔法少女と見つめあっている。

 

 睨みつつ、睨まれているようだ。このピリピリした空気には耐えられない。気がつけばパネルの周りにいる魔法少女なんてほとんどおらず、去っていく者が多い。

 

 今まではオルタナティヴがいないと心細かったはずのトランホルンは、彼女を置いてきぼりにして逃げ出した。

 

 逃げ出したといっても、去っていく魔法少女のうちにまぎれようとしただけだった。

 いつもいっしょにいるミルキーとアンチルの二人は二人で持ち場に帰るらしく、挨拶が聞こえた。

 軽くだけ返して彼女たちとは別れ、ひっそりとひとりの魔法少女についていってみる。

 

 彼女はカウガールのモチーフだろうか。茶色の帽子とブロンドの髪がまず目に留まり、革製品らしい手袋で縄を携えている。

 おかしいのは短いミニスカートであることと、首に過度な装飾がされており、しかもチョーカーではなく首輪がいくつもつけられているコスチュームだということだ。

 魔法少女の格好はトランホルン含みおかしな部分はかならずあるものだが、地味めなコスチュームの中で色とりどりの首輪は目立つ。

 

 魔法少女なので容姿端麗なのは当然としても、彼女の雰囲気はやや近寄りがたい。運が悪かったようだ。

 だがせっかくこうしてついてきてみたのに会話もないのは寂しいことだ。恐る恐るながら話しかけることにした。

 

「あの、その、は、はじめまして」

 

 彼女の視線がこちらへ向いた。ハイライトが薄い。意志の光が弱いのだ。

 よくないことでもあったのだろうか。地雷を踏まないようまずは自分が名乗り、それから名前を聞くことにする。

 

「私、トランホルンって、いうんですけど。あなたは?」

 

 視線を合わせづらい雰囲気が漂っている。彼女に見られていると凍りそうだ。

 問われても数秒間停止していた魔法少女は、遅くなりながらも口を開く。

 

「ヒトミ、(あけぼの)ヒトミ。魔法少女としてはそういう名前なの」

 

 カウガールの衣装に似合わぬ深い失望が見てとれる。自分には何も残っていないのだから、放っておいてくれ、と。

 まだ名乗られただけだというのに、そう言われた気がしてならなかった。

 

「それでなに? 不合格のわたしに用があるの?」

 

 次の言葉は自虐であった。

 不合格の魔法少女、曙ヒトミ。確かにその名前を、先ほどパネルで見たような。隣に書かれた数字は……ゼロ、だったか。

 

 ふいに、トランホルンの胸中にある気持ちが浮かび上がった。このペースに呑まれてはいけない。自分が呑まれる前に、彼女をそこから引きずり出してあげたい。

 

「えっと……あるよ! キャンディーのこと!」

 

「キャンディーを稼ぐこともできない無能だって煽りに来たの? 暇なのね」

 

「違うよ!」

 

 反射的に否定したが、咄嗟に理由まで出てこない。

 キャンディーがまったく無く試験に合格できなかった未来のことを考えた。

 仮にラヴリンスの説明がすべて真実ならば、その未来はない。

 

「あなたに死んでほしくないの!」

 

 冷めたヒトミに感情の動きはみられず、数秒の沈黙を挟んで彼女はため息を吐く。

 

「わたしはわたしに死んでほしい」

 

 ため息とともに、ヒトミはそう吐き捨てた。魔法少女だというのに自殺志願者とは、魔法少女を数例しか知らないトランホルンにとってはじめての事例だった。

 

 トランホルンには考えられなかった。容姿と身体能力を手に入れておいて、それらをみすみす手放す……つまり、死ぬことなんてできない、などとばかり思っていたと言うのにヒトミは違う。

 

 彼女の言い分は『人のために死にたい』という歪んだものだった。

 誰かのために命を使えたのなら、自分のような意味のない生でも役立つ、ということだ。

 

 この試験で脱落した場合、魔力のリソースを回すだとかそんな話があったはずだ。きっと彼女はそれに則り、自ら脱落を選ぼうとしているのだろう。

 そしてヒトミが消えれば、トランホルンにもそのリソースがまわってくる。

 

 そんなのは耐えられない。誰かの命を背負わされるなんて、ただの中学生は押し潰されてしまう。

 

 ヒトミの手を引っ張って、とにかく連れ出そうとした。

 どこでもいい。彼女を生に巻き込むため、トランホルンは駆け出した。

 

 トランホルンのする人助けというものは、子供たちを喜ばせるくらいのものであったが、きっと誰かがヒトミを必要としてくれると信じて走った。

 何より、トランホルン自身が彼女の死をよしとしたくないと思っている。

 自分勝手かもしれないが、他人のためにならないのだから彼女にとっても阻止されることは間違っていないのではないか。

 

 いきなりひっぱられて困惑していたヒトミだったが、トランホルンの意図を理解したらしくため息とともに言葉を吐きだした。

 

「やみくもに走ったって無駄、焼け石に水」

 

「じゃあどうすればいいの」

 

「誰かの自殺止めてみるとか? ……ってか、それわたしに聞いちゃだめでしょ」

 

 そう漏らすヒトミの声は微かで、走っている最中なら聞き逃すのが普通の声量だった。

 が、トランホルンは目を丸くして、走るのも止めてヒトミの顔をじっと見る。

 

「それだよ。それならきっと、あなたも考え直す」

 

 目線を合わせてはくれなかったが、彼女はぼそり余計なお世話だと呟いた。

 けれど彼女は聞いてしまえばヒントをくれる。耳のいいトランホルンになら聞き取れる。自信ありげに彼女の言葉を待った。

 

「裏山越えたとこに崖があって、有名なスポットなんだけど」

 

 有名な、というのは飛び降りでだろう。裏山を越えた場所にある川のあたりは、幼少の頃に遊びに行った記憶がある。

 吊り橋の真ん中あたりで動けなくなったんだったか。そんな場所が自殺スポットとして有名になっているのは、ちょっと悲しい。

 

 トランホルンが自分のかすかな記憶を頼りに再び足を動かそうとすると、ヒトミが前に出て跳んでいった。

 逃げているわけではないらしく、あれはきっと案内してくれている。ヒトミを信じ、ついていこうと考える。

 

 ヒトミの身体能力は意外に高く、ちらちらと後ろを見ているあたりトランホルンがついてこれるように加減しているらしかった。

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