☆C/M境界
「おい、そこの女」
その魔法少女を呼び止めた理由は単純だった。見た目だ。ただ異常に視線が吸い寄せられるというだけではない。
世の中には、あまりに狂信的に想う相手になろうとする魔法少女もいたという。
それを踏まえて考えれば、間違いなくあの衣装は
どこかの学生服のようなデザインの衣装は色を失ったようにくすんだ灰色と黒で、髪色のミントグリーンは薄いピンクと対になるためだろうか。
オーバーニーと見間違えるようなブーツ、いくつも吊るされている、どこかで見たような花。
きっと道端に当たり前のように咲いていて、誰にも気に留められない花なのだろう。
C/M境界は自ら呼び止めておきながら言葉を失っていた。振り返る彼女の髪が揺れると動悸が速くなるのを自分でも感じた。
可愛らしい、あるいは整っている程度の魔法少女ならここに何人もいた。が、この魔法少女は違う。
見惚れるつもりなんてなく話しかけたのに、溜め息が出るほど美しいとはこのことだろうかと思える。
そうして黙っている相手に、魔法少女は不思議そうに口を開いた。
「何か用、だったかな」
C/M境界が慌てて頷く。用はある。質問をするために呼び止めたのだから、ないわけがない。
このように
N市で発生した、音楽家による殺戮の記憶を持っていても不思議じゃない。
姉である
選抜試験と銘打ち、生き残りを賭けた殺し合いを行わせているマスターが大罪人であることを理解してくれるからだ。
その魔法少女はオルタナティヴといった。
キャンディーの獲得数一位という、まるでそこまでも再現のようだ。
C/M境界も自分の名を告げ、相手の反応を探る。特に気づく様子はない。ねむりんのことを知っていたのならばC/M境界の髪で気がつくはずだ。
さすがにアンテナまで付いているわけではないが、そのままの髪型で長さで髪色なのだから。
けれどオルタナティヴにその様子はない。N市の事件に関わっていた可能性が少しだけ薄れた。
次の言葉でもっと迫る必要がある。
「お前。白い魔法少女のこと、知ってるんだな?」
「……ええ」
オルタナティヴは驚いた表情に変わり、肯定の言葉のあとで悲しげなものに再び変わった。
白い魔法少女の姿で目を逸らし、自分の過去を思い返してでもいるのだろうか。
「あなたも、私と同じなのね」
この女が経験した事象は、彼女にここまでの表情をさせるものだったらしい。オルタナティヴもまた何かを奪われたのか。
煙が合歓を亡くしたように。彼女の瞳の奥にあるものは、義務感か。それとも復讐か。
「ええ、と。私と同じヒト」
考え込むC/M境界の耳に声が響いた。
儚い響きは、彼女の心と自分の心はつくりが違うと表しているようだった。
「また会えるといいね」
C/M境界が呆然とするうちにオルタナティヴは誰かを探して周囲を見回すと、そのスカートから伸びるしなやかな脚にぐっと力を込め、わずかに地を抉って飛んでいった。
すぐに姿は見えなくなり、結果発表の場に残っている魔法少女はひとり少なくなった。
☆トランホルン
ヒトミの案内でやってきた自殺の名所は、寂れた小屋に大きな木が隣接しているどこかふしぎな光景で魔法少女を出迎えた。
数年前に本物の死体が見つかったという話もあったはずの場所で、この世界ではないような空気が充満している。
だが、トランホルンもヒトミも死にに来たわけではない。近くの茂みに隠れて、誰かが来るのを待つ。
トランホルンはわかっている。ここからやや離れたところから、こっちへ向かってくる靴音がある。自殺志願者である可能性は高い。
さすがにそう都合良く来ないだろうと思っているヒトミを横目に、トランホルンは息を潜める。
やがて、靴音は近くなってくる。つまり誰かが来たということだ。
音だけで判断する限りは恐らく成人男性だ。おおかた社会が悪いのだろう。
「来たのね」
短く報告してくれるヒトミ。もう知っていたので頷くだけに留めることにし、それも風で揺れる草音に紛れて気にされないように頷く。
ヒトミには気づかれなかったが、ターゲットの男性にも気づかれなかった。ひとまず動向を見守ろう。
社会に疲れている表情の青年はひとまず崖の端まで歩いていった。まだ覚悟が決まっていないようすだ。恐いだろう。そうに決まってる。
勇気を出すべきはそんな方向じゃないはずだ。
青年が小屋のところまで戻ってきて考え込みはじめたのを確認し、トランホルンはヒトミにゴーサインを見せた。
もう隠れる必要はない。遠慮なく草むらをがさがさ鳴らして、彼の前に姿を表した。彼は目を丸くし、固まっている。
「……はじめまして。そんなに驚かなくていい、ただの魔法少女なの」
ただの魔法少女とはいかがなものか。すでに一般人からすればただのと付けられるものじゃない。
黙りこむふたりのあいだに割って入り、トランホルンが繕った。
「あのね、まとめサイトとか見てたりするかな? その、E市のところに載ってたり、するといいなぁ」
実のところ、トランホルンはそのサイトをはっきりと見たことがない。ひたすら灰色の魔法少女の話題ばかりで、そりゃあオルタナティヴの目撃数は多いよなあと思って閉じただけだ。
そのために断言できなかった。とりあえず載ってたら嬉しい。
青年には心当たりがあるようで、はっと表情が変わった。視線の先はヒトミではなく、トランホルンのようだ。
ヒトミは活動していなかったのだから当然だろうか。
「あの、ラッパの魔法少女さん?」
「たぶんそう、公園とかでたまにいるみたいな」
まさかここで魔法少女に出会うとは思っていなかったに違いない。
ここから自分達がすべきなのは、彼のことを止めることだ。ヒトミが彼を助けることがふたりの生存に繋がる。
トランホルンにもうキャンディーを稼ぐ意味はなく、ヒトミに譲ってしまおうと青年から一歩離れる。
それについてきた彼女を押し戻し、やや不可解な顔をされたがゴーサインをもう一度見せて再開させた。
「こんな場所に来るってことは、飛び降りようってことなのね?」
青年は何も言わずに頷き、ヒトミは眉ひとつ動かさずに続ける。
「……こんな場所で死んでも。誰のためにだってなれない」
自分の信条を絡めてヒトミはそう諭そうとした。
だが青年の反応は良くはない。きっと彼のこの表情は、誰かのためになるつもりなんてなくて、もう疲れたんだという顔だ。
ヒトミには配慮ができていない。続く話も同じで、人の役に立って死ぬことに固定されている。
見ていられなくなったトランホルンが割って入ってしまわなければ青年はもっと憔悴するだけだったろう。
ひとまずヒトミを引き剥がし、自分のまとまった金髪を金色の楽器に変える。
公園でやっていることと同じことをすると青年には察してもらえたようで、必要だったのは曲を決めてもらうための言葉だった。
「ええと、いったん気分変えよっか。何にする?」
青年がはっとしてポケットから携帯音楽プレイヤーを取り出し、いくつか操作をした後にトランホルンへ見せてきた。この曲にしてほしいのだろう。
イヤホンを借りて一周聴いてみて、できればここで覚えてしまおう。トランホルンの耳なら大丈夫だと思う。
トランホルンの頭へ陽気なイントロとアニメ声なアーティストの歌が流れ込んでいく。
これを演奏して、彼の気分を軌道修正しなければ。集中して音を拾い、なるべく脳裏にこびりつくよう脳内で復唱などいろいろ工夫をする。
うまくできる、とは思う。自分の一部なんだから扱いは大丈夫。
問題は心に響くかであって、そんな音楽を奏でようと思った覚えはなくて、それだから菅原渦はダメだったのかもしれなかった。
「ありがとう。やってみるね」
頭に湧いてきたネガティブを振り払うため、流し込んだ旋律を頭に浮かべつつ青年にそう伝えた。
構えた楽器と手元に視線が行って、トランホルンの緊張を誘う。でもここで悲観的になるよりずうっとマシだ。
深く吸い込んだ息を管へと注ぎ、曲の演奏に努める。
魔法のラッパの音は綺麗なもので、青年だけでなくトランホルン自身の心をも洗い流してくれる。
心に響かせる音楽。この音色はきっと、オルタナティヴには出せない音だ。だからトランホルンは自信をもって演奏できる。
やがて青年は感極まったらしく、トランホルンに抱きついて涙を流し始めていた。どうして俺があんなやつらのために……だなんて、心の内を吐き出しながら。
それは音色が心に刺さったということであり、彼はトランホルンに救われたということであった。
演奏が終わり、青年は我に返って離れてくれた。
別に抱きつかれているのは苦痛ではなかったし、甘えてくれているようでなかなか気分のいいものだったが、ずっとそうしていられるわけではない。
青年は頭を下げて大きな感謝をして、すっきりしたと言ってくれた。
あっさりと止められたが、それは自分の功績ということにしておこう。
トランホルンの気分は悪くない。けれど、作戦は大失敗だ。ヒトミにキャンディーを渡せなかった。
マジカルキャンディーの譲渡機能を使えばどうにかできるかもしれないが、現状キャンディーが二人分はないだろう。
中くらいの成績の者が半分渡したとして、合格に達することができるだろうか。
次の対策をするなら、トランホルンが努力し、3日後にヒトミと半分こにするくらいにしておかなければならない。
青年が自分のいるべき場所へ帰ろうと、考え込むトランホルンに背を向けた。
彼の背中と、その向こうに見える帰り道を見た。空からは大きな2トントラックが迫り、大きな影ができている。
「……え?」
処理が追い付かなかった。いったい何が起きれば空中からトラックが降ってくるのだろうか。
しかもここはがけっぷちである。あんなものが落ちてきたら、地面が砕けて谷底へまっ逆さまだ。
しかも、トランホルンとヒトミならまだしも彼はただの人間である。人を抱えて跳ばなければいけない。
トランホルンが固まっているうちに車体が轟音とともに着地し、崖から先端を切り離させてしまう。
地面が大きく揺れ、バランスを崩しかける。ヒトミは真っ先に飛び出して、崖まで戻り難を逃れる。
そしてコスチュームに付属している縄を2本手に携え、すぐに投げつけた。
先で輪になっている部分が落ちていく青年とトランホルンへ一直線に向かってきて、身体をがっちり捉えた。引き戻される際に背中に負担がかかるが、文句はいっていられない。
一生懸命縄に取りついて、退いてくれるヒトミのことを信じて祈った。
宙を舞った身体が次に触れたのは草たちだった。小屋の横にある、さっき隠れていた場所に下ろしてくれたのだろう。
身体を起こしてヒトミを見ると、彼女は平然と崖の下を見下ろしている。
トランホルンも覗いてみると、落ちていくトラックが岩壁に激突しては破損している様が見えた。
「今の、何だったの?」
「縄のほうは私の魔法、輪の中に物を入れられるっていうもの。こんな場所で無駄死にさせない」
無駄に死なせない。彼女の信念の繋がるところに驚かされながら、あのトラックが何だったのか考える。
後ろには青年がわけがわからないようすで座っている。当然だ。トランホルンにだってわからない。あれは誰かの魔法なのか、違うのか。
ヒトミは自分の端末を取り出し、キャンディー確認の画面を呼び出した。明らかに増えている。さっき、青年を引き戻したのが反映されたらしい。
量は明らかに多い。命に関わることはキャンディー獲得量も大きいようだ。
トランホルンもそちらに目を向けていて、ちょっぴり安心した。3日で今の倍にできるかは不安しかなかったけれど、そこまでしなくていいならありがたい。
胸を撫で下ろして、空を見上げた。
そこに空はなかった。あるのは、ただ巨大な岩石。いくら走り出したとしても助からないだろう大きさだ。
これが衝突すれば、崖など崩れてなくなることは明らかだと感じるほどに威圧感をもつものが迫っていた。
あまりに突然だった。これより先の話はないと、突如電源が切れてしまったようだった。
思わず目を閉じて、自分が奏でてきた音色を最後に思い浮かべ、トランホルンはここで潰えると理解した。
「それは違うよ」
声が聞こえた。自分より綺麗な、あの声。オルタナティヴだ。
目を開けてすぐに飛び込んでくるミントグリーン。それは優しさの色で、友人のため駆けつけた彼女の他人を想う心の色である。
「だから、一緒に生き残ろう」
言葉の間も迫る巨岩、迎え撃つ拳。激突の衝撃が岩石の全身を駆け巡り、軋み、ただ一発の拳のもとに砕け散った。
オルタナティヴには血を流させることもできず、圧倒的な威圧感はどこにもなくなった。あるのは、迎え撃った少女の優しい笑顔だ。
「ごめんね。遅くなっちゃった」
こんなことを平然とやってのけるオルタナティヴには、当然勝てない。
どうしてかいままであったそういった劣等感が、すべてすっきりしたものと変わっていった。
彼女に勝てないのは当然なんだろう。張り合うことなんてできやしない。
そういうものなのだ、と。納得できた気がした。
「でもどうしてこんな状況になってたの? さっきの子は?」
言われてやっと気づいたが、たった一瞬の隙にヒトミは青年を連れて脱出していたらしい。
遠くでゆっくりと青年を下ろしてやるヒトミの姿が見えた。この巨岩の原因となったであろう者の姿はどこにも無い。
第一試験の残り日数は3日。魔法少女の中に誰かを殺そうとする者がいるかもしれない不安はある。
けれど中間発表の日の太陽は止まらない。ゆっくりと、ゆっくりと沈み、夜が訪れるのだ。
お久しぶりです。2章おわりまで来ましたね。期間とかけっこう開けちゃってすみませんでした。
時期的にもいい気がするので、一部魔法少女のステータスをのっけます。おおまかですが参考にどうぞ。
☆トランホルン
破壊力……☆☆
耐久力……☆☆☆☆
俊敏性……☆☆☆
知性……☆☆
自己主張……☆☆☆☆
野望/願望……☆☆☆
魔法のポテンシャル……☆☆
☆曙ヒトミ
破壊力……☆☆☆
耐久力……☆☆☆☆
俊敏性……☆☆☆☆
知性……☆☆☆
自己主張……☆
野望/願望……☆☆☆
魔法のポテンシャル……☆☆☆
☆オルタナティヴ
破壊力……☆☆☆☆☆
耐久力……☆☆☆☆☆
俊敏性……☆☆☆☆☆
知性……☆☆☆
自己主張……☆☆☆☆
野望/願望……☆☆☆☆☆
魔法のポテンシャル……☆☆☆☆☆