1.ネクストマジカルヒント
☆トランホルン
ヒトミと出会ってから2日が経った。
E市の魔法少女に関する掲示板では、あの青年からのタレコミなのか新たな魔法少女としてヒトミが紹介されているのを見た。
明確に容姿が割れているぶん、二次創作絵なんかが飛び出して、本人の知らないネタの数々まで生まれている。
ネットに疎い渦は、こうしてコンテンツが発展していくんだなと感じた。
ともあれ、あれから無駄な死を止めるためにヒトミが巡回するようになったという話があり、それはとても嬉しかった。
彼女の心中で何が変わったのかはわからないけれど、きっと自分がリソースとして使われるよりも大事なことが生まれたんだろう。
トランホルンのやろうとしていたことは成されている。
ヒトミに心配を向けなくてよくなったきょうのトランホルンの予定は、オルタナティヴたち協力している魔法少女とのミーティングだ。
第一試験はもうすぐ終わる。故に、第二試験が何であれ備えるための集まりを行うことにしたのであった。
集合場所はいつもとは変えて、裏山付近にしておいた。他の魔法少女に襲われる危険がある以上、毎回変更していくべきだと決まったからだ。
オルタナティヴがいれば大丈夫かもしれないけれど、アンチルもミルキーも戦いに強いタイプには見えないため不安な部分もある。策を講じるのは損じゃないはず。
「やっと来た、遅い」
「えっ、時間通り」
「遅いもんは遅い!」
「理不尽だよ!」
アンチル始め、ミルキーも、オルタナティヴもすでに到着していたらしい。
しかも、もうひとり魔法少女がそこにいる。地味めなコスチュームの中にカラフルな首輪、曙ヒトミであった。
「あれ、どうしてここに?」
「私が連れてきたの。知り合いでしょ?」
オルタナティヴはヒトミの背中を押し、トランホルンのほうへ進ませる。
押された彼女はぺこりと頭を下げると、特に何も口にせずアンチルたちのうしろに引っ込んでいった。
「で。ミーティングはどうなった?」
アンチルのあきれた声で全員が彼女のほうを向き、気持ちを切り替えた。
第一試験は全員合格ラインを突破しているという。
そのため、すこし早いが第二試験も生き残れるようにしようと集まったのだった。思い出した。
情報がないため、推測するのも不可能に近い。まず対策すべきは、あのトランホルンが潰されかけた巨岩の原因だろう。
と、いった方向に会議は進んでいく。主にアンチルとミルキー、オルタナティヴのあいだでだ。
トランホルンは半ばおいてけぼりだったが、話は聞いていた。
もし魔法少女が相手ならもっと状況は悪い。そのことはわかる。
あのサイズを持ち運ぶのは困難として、ものを落とす魔法や空中に移動させられる魔法を持っている者が疑わしいこともわかる。
ただ、目的が読めない。トランホルンが何か悪いことをしただろうか。
心当たりは……ない、とは言い切れない。高速道路で車とかけっこしたのは普通にいけないことだったんだろう。
が、よく考えてみれば殺すほどのものだろうか。過激すぎやしないか。
「とにかく、トランホルンはなるべくオルタナティヴやヒトミと一緒にいること。強いんでしょ、二人とも」
ヒトミの実力は伺い知れないが、その性格と迷いの無さは武器だ。脅威を引き受け、トランホルンを逃がしてくれることになりそうだ。
オルタナティヴは言うまでもなく異常なまでの身体能力を誇る。あの岩を傷ひとつ受けずに砕くほどには強い。
アンチルの言葉に間違いはない。
「ここはもう解散でいい? あとは第二試験始まる直前くらいで」
「そうね、今のところは何もわからないもの」
アンチルとオルタナティヴが話を進め、ミルキーとヒトミはそれに従う。
解散だと言われ、ヒトミが真っ先に帰っていった。オルタナティヴがついていれば大丈夫だろうし、ヒトミは戦える。
なら、きっと大丈夫だ。自分を落ち着かせて、アンチルとミルキーのふたりと別れる。ここからは別行動だ。
帰り道はふたりで行くことになる。もう彼女に対する劣等感はない。むしろ憧れに置き換わっている。
だから、トランホルンはひとつ彼女に聞いてみることにした。
「ねえ、オルタナティヴ」
「どうかした?」
「人助けが好き……なんだよね。きっかけって何かな?」
本当に楽しそうに飛び回り、大量のキャンディーを集めるほどだ。好きじゃなきゃそこまで時間を費やさないだろう。
オルタナティヴは照れ臭そうに笑ってくれる、と思っていたけれど、その表情は悲しい思い出を脳裏によぎらせているときの顔だ。
「私は、誰にも悲しんでほしくないんだ」
「え……?」
「もう誰も私みたいにならないようにしなきゃいけないから」
オルタナティヴのようになってはいけない、ということが理解できず、トランホルンは一時言葉を失った。
彼女は強く、優しく、美しいというのに。
「私ががんばる理由、それなんだ。みんなに笑顔でいてほしいの」
そう言って笑うオルタナティヴの奥底は、傷だらけに見えた。
トランホルンはあることを決心した。
そして、並んで歩いてくれていたオルタナティヴと家の方向が違うのだといって早めに別れ、見送りもお断りして、変身を解くことなくビルの上を飛んでいった。目的地はさっきの裏山だ。
二人っきりになってから気付いた。だんだんと近づいてくる音があって、それは普通の野山で聞こえてきていい音じゃない。
耳のいいトランホルンはいち早く察知はしていたが、どうせ関係のないクマか何かだろうと思い、魔法少女の敵ではないとたかをくくっていた。
けれど、聞く声が減った今、もっとはっきりとわかる。
野山に踏み込み、茂みを掻き分けていく。
いつもはこんな場所にまでわざわざ入っていかない。人もいないし、まずこの山には整備されている登山道がある。
だがここには人どころではない物がいる。吐息からして、猛獣のたぐい……いや、それ以上かもしれない。とにかく危険な相手だ。
オルタナティヴとわざわざ別れてきたのは、彼女をこいつと会わせないためである。
ある程度深いところまで来ると、前方から木がみしみしと軋む音がした。ついには折れてしまい、破壊の跡ができる。
さらに現れるのは影、大きな影だ。
トカゲを異常に成長させ、殺意を剥き出しにさせたような容貌。恐竜とも言い難い。
もっと胴ががっちりとしており、背には棘が並んでいる。また、生物としてありえない「火を吹く」という行為を行っていた。
ゲームそのまま、イメージ通りのドラゴン。翼こそ持っていないけれど、飛翔せずとも危険であることなど一目瞭然だった。
想像を遥かに越える怪物の出現に、トランホルンは動きを止めてしまった。その一瞬の隙にドラゴンが動く。
爪が木々を引き裂き、大慌てで跳んで逃げた。さっきまでトランホルンがいた場所には抉れた地面のみになってしまっていて、いくら魔法少女が常人よりも頑丈だったとしても一撃もらっただけで吹き飛んでしまうだろう。
「かはっ!?」
空中から突如叩き落とされた。ドラゴンの長く太い尾だ。
ただの鞭とは比べ物にならない威力でトランホルンを地に叩きつけ、口から生暖かな液体を吐き出させた。
髪の一部にべったりと付着し、金色が赤色に変わっている。
血液だ。背中だけじゃなく、中身もやられたらしく痛んでいる。
こんな相手に勝てるわけがないのは当然の摂理かもしれない。だが、トランホルンはもうとっくに決めていた。
「私は……しなきゃいけないんだ」
ドラゴンが火炎を吹くのなら、トランホルンの心には使命の炎がある。
無謀にも彼女は飛び出し、ドラゴンの攻撃をぎりぎりで避け、爪にラッパのスカートを切り裂かれ、炎で肺が焼けても、ドラゴンへと向かっていった。
しかも頭部に、まさに目の前に。
大きな口が開き、熱が集まってゆく。このままなにもしなければトランホルンは焼かれる。
だが、それはなにもしなければだ。トランホルンは自分の火傷した片腕を掴み、自らの魔法を行使した。
「わたしの演奏を、聞けぇえええ!!」
全霊を込めて、作り出した金のトランペットに息を吹き込む。奏でるのではなく、空気を揺るがすための音色。轟音が響き、ドラゴンの口内へ伝わっていく。
組織が衝撃によって破壊され、火を吹く器官も損傷したらしい。
トランホルンが腕を元に戻す間もなくドラゴンを見ると、表面がボロボロで血を流す舌がべろりと下がっていて、大きなダメージが見てとれた。
ただ、眼もさっきとは違っている。憎悪がある。殺意が倍以上だ。
傷つけられたのだから当然のことかもしれない。爪を一歩先に出して、獲物に迫っていく。
「……私はしなきゃいけない……私は……!」
先の衝撃波は、片腕一本をすべて楽器にしての発射だった。あれなら固い鱗の上からでもダメージが与えられるかもしれない。
が、いくら試しても効果はあまりみられず、ドラゴンに止まる気配はない。弱い口内だから通じたというのか。
「オルタナティヴにできないこと……あの子自身を守ることを!」
トランホルンは叫ぶ。当然理解などされないに決まっている。躊躇なく爪が身体に叩きつけられ、楽器を手放してしまった。
あれは片腕が変わったものだ。あの楽器がなければ腕を失ったままになる。
痛みを引きずりながらもどうにかたどり着き、腕を戻して、次にどうするか考える。頭を回す。
トランホルンが答えを出すよりも先に。ドラゴンは牙によって彼女の思考を破壊した。
激痛ばかりが脳を支配し、近づく死の色だけが感情を染めていく。
自分の身体から、液体として、固体として、あるいは目に見えないカタチで、大事なものが漏れだしているようだった。
視界が暗く、霞んでいく。さっき攻撃し破壊した箇所へと招かれ、トランホルンの身体はドラゴンの内へと引きずられていく。
オルタナティヴとは違う。彼女にできないことをする。
トランホルンの決めていたことは果たされぬままに、彼女の人生は終わりを告げた。
☆パフェクトスイート
『先程、魔法少女一名の始末に成功した』
魔法の端末にメールが届き、パフェクトスイートはひとまず安心した。
自分が不意を打って殺そうとした相手、トランホルンには生き残られてしまったから、いつ何を罰として課せられるか不安でたまらなかったのだ。
メール本文がたったそれだけの内容であって、続けての連絡がある気配もまたない。
つまり、パフェクトスイートはお咎めなしのようだ。ふぅ、と息をつき、自分の尻拭いをしてくれた誰かに感謝する。
パフェクトスイートにはいくつか、
そのうちのひとつが彼女の抹殺である。
まずオルタナティヴ。続いてアンチル、ミルキーシューティング。曙ヒトミ。
たった一週間で、立て続けに魔法少女を仲間に引き入れている。野放しにしておいてはまずいと判断されたのだろう。
パフェクトスイートが試みたのは崖での急襲、落石などだが、オルタナティヴの計算外な破壊力やヒトミの魔法のせいで失敗してしまった。
だが今度の成功した作戦は、第二試験に使う予定のドラゴンを告知なしに使うという完全アウトな手段を用いたらしい。
ドラゴンのダメージは多少あるようで第二試験への影響も少なからずあるだろうし、元より魔法少女の積極的な殺害こそ思いっきりアウトだが、もはや気にしない。
パフェクトスイートは現実を見る。故に、殺されないための対策に殺すことを選んでいる。きっとそれは正しいはずだ。
ため息をついたあと、メールに対して把握した旨の返答を打ち込み、さっさと送信した。