☆オルタナティヴ
第一試験の最終日。つまり、もうすぐ結果の発表が行われる日。
学校に菅原渦は現れないままに授業がすべて終わり、織姫は今日の集合場所へと移動していった。
渦になにかあったかもしれないと心配にもなったけれど、来ないなら来ないで何か理由があるのだろう。
わざわざ知らない家を探して訪ねるなんてストーカーまがいな行為はしたくないし、病欠なんだろうなという程度の認識でいた。
今日の集合場所であるビル街の屋上、トランホルンがいない魔法少女の集団のところにオルタナティヴが加わり、4人が集まった。
「あいつはどうした?」
アンチルが不思議がっている。
同級生であるし、いつも一緒に現れることが当たり前になっていたオルタナティヴにそれらの質問が来るのは必然だ。
だが、そのオルタナティヴは同級生のことを知らないでいる。正直に答えた結果、アンチルは遅刻かよと呟いて舌打ちし、そっぽを向いた。
学校を休むくらいなのだから、遅刻とは違う。
そう言いたくなったけれど、ミルキーが先にアンチルを注意したので言わずにすんだ。
「心配くらいしてあげなきゃ」
「……これでも心配はしてる。連絡をよこさないあいつが悪い」
アンチルは反抗してこそいないが、空気はやや険悪だ。協力しているのにこういう空気になるのはいただけない。
やはり、アンチルやヒトミをこうして引き入れたのはトランホルンなのだから、彼女がいなければ成り立たないのであろう。
しょうがなく、オルタナティヴが場の雰囲気を変えようと話題を切り出すそうと思い立った。
そこで、その一言を目前に一斉に電子音があたりにひびく。驚いた魔法少女は、動作を一瞬止めた。
4人の魔法少女全員から同時に聞こえたということは、魔法の端末への着信があったという音だろう。しかもおそらくは一斉送信。目立ちたがりか、運営側か。
真っ先にそれを確認したのはミルキーで、全員が端末を取り出し確認しようとしたとき一番に彼女が声をあげた。
「何かメールが入ってますよ、重要だってありますけど」
突然のことに驚いていた4人は、恐る恐るファイルを開いた。
中身の最初は丁寧ながらあたりさわりのない挨拶で、いつもの告知メールとはどこか違っている。
その文面は、たったその程度の違和感を越える驚愕の文面を備えていたのだが。
『悲しいおしらせがあります
参加魔法少女の一人、トランホルンさんが死亡しました』
無機質に絶望を伝える、短くも残酷な文章だった。
「……は?」
思わず声が漏れたのはアンチルだった。
いつだって感情を露わにするのは彼女で、絶句するオルタナティヴやミルキーより早く、メールの文章に反応を始めた。彼女の表情が驚愕の色に染められて、息が荒くなっている。
「なんだよ、これ。遅刻なんじゃなかったのか、あいつ」
アンチルは助けを求めるようにオルタナティヴを見てきた。
そんな目をされても、困るだけだ。わからないと言うために首を振って返す。
「わからなかったの。別れてから、学校にも来てなくって」
さっき言ったことだが、もう一度言い聞かせた。自分にも、だ。
いきなり行方がわからなくなったのにも、死んだとすれば当然だ。あの巨岩の件もあり、彼女が狙われているという事実はある。
オルタナティヴは悲しかった。
クラスメイトで、同じ魔法少女で、一緒に生き残ろうと言った彼女が、死んだのだから。
過去に味わわされた苦汁をもう一度舐めさせられているようで、心の底から悲しかった。
でも、今ここで涙を溢せばみんなの雰囲気はもっと沈んでしまう。
せめて、今はこれ以上の悲しみが広がらないように力を尽くそう。
「あの。まだ諦めるのは早いんじゃ……?」
ミルキーがふいに声をあげた。
「誰かにさらわれて、こんな嘘のメールを流してる。そんな可能性だってあるんですよ」
自分はまだ現状を信じたくないと、最後の希望に賭けるような言葉だった。
低い可能性ではあるけれど、確かにそう言われればそうかもしれない。
ヒトミも、アンチルも、彼女の言葉に乗ろうとしていた。大きく頷いて、不安を抱えつつもトランホルンを見つけてやらなければと思っていた。
「ごめんなさい、オルタナティヴさん。どこで別れたのか、教えていただけませんか? わたしの魔法を使います」
そういってミルキーが取り出したのは針の入っていない、ひび割れた方位磁針の残骸だった。これから探す手がかりになってくれる、らしい。
オルタナティヴは頷いて、3人を連れて昨日の帰り道の途中にまで案内した。
ミルキーの魔法は、使えなくなったものを使いこなす……だったか。
針が入っていないせいで、北も南もわからないただの箱になっている方位磁針ならば、使えなくなったものの判定に入るのだろうか。
ミルキーが目を閉じて力を込める様子を見せたとたん、なんと何も入っていなかった箱に光の針が現れた。
指しているのは北ではなく、裏山の方角。昨日の集合場所のほうだった。
「トランホルンさんのいる方向を指してます。追いましょう」
方位磁針はミルキーによって、目的地を算出するものから目的地を指すもっと直接的なマジックアイテムになっている。
ミルキーが先頭になってどんどん進んでいく。迷いのない足取りで、堂々と茂みのなかにも踏み込んでいく。
だが自信があるとかいうわけじゃない。こうしてでも振る舞わないと、心が耐えられない。
そう横顔をつたう汗の一筋が悲鳴をあげている。
気づけばずいぶんと深くまで来てしまったらしい。
図鑑くらいでしか見たことのない植物もたくさんある。けれど自然に感心している場合ではない。
背後の茂みからがさりといった音がして、思う前に振り返った。振り返ってから、その音の原因があのラッパを模したシルエットの少女であることを祈った。
木の間を注視して、何が現れるのかを知ろうとする。
暗くて見やすさこそないけれど、魔法少女ならば見える。
影の正体は……ヒトではない。
「みんな、伏せて!」
突然のことに戸惑って、ミルキーの反応が遅れた。影は一直線にこちらへ向かって飛んでくる。
アンチルは『隠れたら見つからない』という自身の魔法を使ったのかどこかに隠れていて、ヒトミは素直に伏せている。
この状況なら、オルタナティヴはミルキーに構うことができる。オルタナティヴが抱きつく形でミルキーを突飛ばし、倒れ込むことで影の突進を回避する。
さっきまで魔法少女たちの頭があった場所は赤い生物が通過していき、すさまじい風圧に魔法少女の髪がそれぞれ激しくなびく。
次にどう襲ってくるかこのままでは予測できないため、伏せた体勢から身体を起こす。
ついでにミルキーをいわゆるお姫様だっこで抱き上げて、先程の影の正体たる赤い生物を見た。相手は一匹だけだ。
トカゲを巨大化させたような姿に2メートルはあるだろう体躯、凶悪な顔に覗く牙、大きく広がる翼。
ドラゴンと言うべき姿の生物が、狩人の眼でこちらに狙いを定めている。
再びドラゴンが動いた。その背に備わる翼にて身体を中に浮かせ、滑空して飛びかかろうとしているのだろう。すかさずヒトミの縄が相手を捕らえて地に叩き落とした。
だが相手にはとてつもないパワーがある。強靭な肉体により、魔法少女と張り合うだけの力を手にしている。
ヒトミが弾き飛ばされてしまい、縄が宙を舞った。
「ヒトミちゃん!?」
焦ったミルキーが、オルタナティヴの腕の中からつい手を伸ばした。いまそんなことをしていたら、ドラゴンの格好のエサだ。
真っ先にかじりつこうと突っ込んでくるドラゴンからミルキーを庇い、オルタナティヴは左腕に浅い裂傷を負った。
やられっぱなしのままでいるオルタナティヴではない。
すれ違いざまにハイキックで顎に大きな衝撃を与え、ドラゴンは落ちかけながらふらふら飛んで着地することになっていた。
「ああごめんなさい、わたしのせいで!」
「ううん、問題ないよ。あいつの方が問題かな」
ミルキーをそっと下ろし、腕はなんともないと言ってドラゴンとの戦いに集中するため相手の目の前に出た。
実際、腕の傷はただの浅い切り傷で影響はほとんどない。すぐに治る。
わざわざ目の前に出ていくのは、隠れているらしいアンチルはぜったいに見つからない魔法があるものの、ヒトミやミルキーにはないからだ。
オルタナティヴがここで食い止めなければ獲物にされてしまう。
「来なよ、トカゲ!」
言葉に反応したのだろうか。ドラゴンは吠え声をあげ、オルタナティヴのほうへと突進を始めた。
そこらの魔法少女になら追い付けるほどに速度がある。今は逃げていないしオルタナティヴならば振り払えるほどだが、それでも狙いをつける難易度は違う。
拳で撃ち落とせるは不安が募るが、ここでやらなきゃいけない。
振り抜いた拳は竜の片翼を抉り抜き、翼膜を使い物にならなくすることで撃墜した。
突然の衝撃にもがくドラゴンを押さえつけ、オルタナティヴは何度も何度も殴り始めた。
牙がへし折れる。人間を殴っているのと同じように柔く、顔面が壊れていく。
私のクラスメイトを殺したのはあなたなんだから。だから、殴られるだけの理由はある。
やがて耐久力が追い付かなくなり、ドラゴンの体力も底を尽きる頃、ついに首がちぎれて取れてしまった。
仕方がないので次は胴を引き裂くことにした。かつて首に繋がっていた食道の部分に手を入れ、左右に引いてやればいい。
全部吐いてしまえ。彼女を呑み込んでいたなら、それは、それは――
「ごめんなさい……もうやめにしませんか?」
ミルキーが話しかけてきたことで我に返った。こいつが犯人だと確定もしていない。
が、こんな想像上の生物が存在している時点でほとんど魔法が絡んでいると考えていい。
問題がひとつおまけに、早めに解決されただけだ。
「あの。こちらなんですけど」
魔法の方位磁針はまだ別の方向を示している。あのドラゴンを殺してもなお光が指している方向とはなんなのだろうか。
まさか、本当にトランホルンがまだ生きているのだろうか。仄かな期待を胸に宿し、オルタナティヴはミルキーに着いていく。
彼女はヒトミとアンチルを呼び戻し、行きましょう、と微笑んでくれた。
それは強がりの笑顔で、オルタナティヴと同じだった。
ただひたすらに進むにつれ、奥深くにある事実が見えてくるような気がした。
事態は動いていないのに、トランホルンの鼓動がどこかから聞こえるような。
やがて木と木の隙間が大きく広がっている場所に出て、オルタナティヴたちはそこに枝葉で作られた巣らしき代物と、そこに鎮座する真っ赤な生物の姿を認めた。
赤い竜だ。さっきの個体と姿は似ているが、翼をもっておらず、数倍もの大きさでいる。
より頑丈な鱗の鎧に覆われている身体のようで、生半可な攻撃は通りそうになかった。親玉だろうか。
現状、巨大な竜は巣に居り、強靭な両手を揃えて枕代わりとして使い眠っている。
だが今の面子で、オルタナティヴがいるとしても不意討ちをしかけて被害なしに殺しきれる相手じゃない。
竜が起きる気配はない。静かにしていればまだ逃げ出せる。
トランホルンがいる、とミルキーの方位磁針が指しているのは巣の方向だが、代わりに誰かに死なれてしまっては意味がない。
今は、彼女を信じるしかない。
ミルキーにそれらを打ち明け、撤退を提案した。
彼女も恐怖を覚えていたようですぐにわかってくれたが、アンチルはそうではなく、無謀でも突っ込んで行くべきだと言う。
ヒトミも捨て駒なら自分を使えば良いと言い出した。
それは駄目だ。
自分を助けるためにこの内の誰かが死んだと知れば、彼女はきっと涙する。オルタナティヴだってそうだ。
繰り返し告げるうちにアンチルの頭に昇っていた血も引き、提案を受け入れてくれた。
オルタナティヴは胸を撫で下ろし、ドラゴンの巣に向けてトランホルンの無事を祈る。
この竜が起きないうちにこの場所をあとにするため、それ以上は何も言わず、ただただ山道を引き返していった。
光が指していた場所に背を向け、魔法少女たちが裏山から出てきたとき。彼女らの端末がメールの着信を知らせる電子音を響かせた。
撤退の判断が早くて助かったらしい。それぞれがさっき届いたメールを開封し、画面に表示させていく。
どうやら、届いたのは第一試験の結果であったらしかった。情報は中間発表のパネルと同じだ。合否、順位、キャンディーの数。
けれど、この一覧にはトランホルンがいない。
助けるべき相手を目前にして撤退を決めたオルタナティヴの眼には、きらびやかに飾られた首位の栄光が虚しく映っていた。