☆C/M境界
オルタナティヴと出会い、C/M境界は少しだけ自信がついていた。
自分以外にもああして戦おうとしている者がいるのだと勝手に解釈し、やる気をだしていた。
人間時と名乗る名も容姿も全く異なり、公に存在の明かされていないものを探すのは至難の業で、まだその所業しかわかっていないため追いようがない。
そう思っていたマスターの追跡も進める気になれたのだ。C/M境界は彼女なりに感謝していた。
魔法少女のことを調べるときに役立つのはまとめサイトである。
普段使うのは癪に障るが、あそこの住人は情報が早く目撃情報や世間での評判を洗うには良い。
C/M境界のことをかわいいだとかえっちだなんだと持て囃し、18歳以下には見せられない画像を作るあたりはほんとうに気にくわない、というか恥ずかしい。
そのまとめサイトでこの前、『17人目の魔法少女発見か』という気になる書き込みを見つけ、記事をチェックしたことがある。
曙ヒトミが活動し始めてからの話のため、16人のうちのいずれかではない。
内容は目撃証言数件で、画像もなく、信用度はごく低いものではあった。
なのだが、目撃されたという魔法少女はC/M境界の記憶にないものであった。
おもちゃの兵隊風の軍服でミニスカート、土気色の肌で長い耳。所謂エルフ耳だ。
魔法少女でそんな耳をしている奴にいい思い出はない。あるのは音楽家に向ける一方的な憎悪ばかりだ。
それはつまりこの度の試験の参加者にそんな特徴のある魔法少女はいないということでもある。
ただ一瞬の目撃としては細かすぎるが、土気色でエルフ耳でわ軍服風とは印象に残りやすいと言い訳ができる。
それに、桜色のと黒いのとに追われていたという話もある。
それらは見た覚えのある魔法少女に一致する特徴が述べられており、ただ単に妄想を垂れ流しているようには思えない。
そのエルフ耳がマスターであるという可能性に賭け、C/M境界は夜の街に繰り出していた。
C/M境界のような人助けでそこそこ顔の知れた魔法少女が現れるべき場所でないが、あの記事で言及されていた場所がこのあたりだったから仕方がない。
とにかく全てを無視し、証言の配置で割り出したそのエルフ耳の移動ルートを辿っていく。
夜の街は無駄にネオンがやかましく、聞こえてくる声も耳障りだ。構ってやる必要はない。
知らない男女の呼ぶ声に構わず歩き続け、ある時ふと今までと違う声色の声が聞こえてきた。無邪気で、とうてい似つかわしくない声だった。
「あ、しーえむちゃん」
振り返った先に立っていたのは魔法少女。消防士をモチーフとした格好の、燃々煌綺であった。
「……どうしてお前がここに」
「街も、男の人も、女の人も、みんなキラキラしてて綺麗だから。ここ、なわばりにしてるんだ」
こいつとは価値観が合わなさそうだ。
「そっちこそどうしたの?」
「調査。ここらで魔法少女の目撃があったって」
「あたしじゃなく?」
「あぁ、お前じゃあない」
マスター疑いのある謎のエルフ耳について説明し、燃々煌綺はつまらなさそうに頷く。その17人目の衣装は、彼女の魅了されるようなキラキラした格好ではないのかもしれない。
「そんで、道を辿ってるってわけね。納得、だけどこの目撃途絶えてるとこってアウトなとこだよ」
アウトなとこ、とは。成人した男が酔いどれの女性を連れ込む場所ということのようだ。
魔法少女の隠れ家なのにそれはちょっとどうかと思うが、追いかけられていたのが本当だったなら手段は選んでいられないのだろう。
「しかも第1試験始まる直前って話だし……まだいる可能性って相当低いんじゃない?」
「それでも行ってみるしかない」
可能性は検証しなければ可能性のままだ。行方をくらませていたとしたら、また探せばいい。
「あと一番の問題。愛の宿にどうやって入るの? 魔法『少女』だよ?」
「……そこはほら、そのためにお前がいるみたいな」
「カップルごっこ!? いいね、キラキラしてる!」
燃々煌綺にウケる基準がいまいちわからないが、乗り気なのは助かる。
今時同性コスプレカップルだなんて、まぁ珍しいが、魔法少女まとめが盛況しているのだからC/M境界たちのコスプレだっていることにはいるはずだ。
お金はそこそこ財布に入れてきたし、身分証明書は……C/M境界としてのものはないけれど、まぁなんとか推せばいけるはずだ。ただし全部根拠はない。
ピンク色のお宿に到着するなり、C/M境界は燃々煌綺の手を引きずかずかロビーへ入っていった。
あまりに堂々と未成年にしか見えない美少女が現れたため、従業員は驚いて固まっているらしい。
通り道には誰かが落としたかペットボトルがあって、C/M境界はそいつを一思いに踏み潰してきれいにぺったんこにし、受付にいた者に迫った。
「ちょいと客に用がある。一週間前、土曜の夕方に受付をしていたのはお前?」
従業員は力なく頷いた。年端もゆかぬ少女の姿とはいえ、C/M境界にはけっこうな気迫がある。
怯えるのも無理はなく、実際一般人で魔法少女には勝てないのだからそれは正しい反応であった。
蓋つきのペットボトルを即ぺしゃんこにするなど常人のレベルであるわけがない。
「そんときに来たエルフ耳の部屋は?」
受付をしていたのはお前か、という問いに頷いたのを見ると、質問はもう一歩踏み込んだものになった。
逆らえば殺されるというイメージが先行し、相手は答えざるを得ないだろう。
そうして紹介された部屋は、なんと一週間前ずっと鍵がかかっていて誰も出入りしていないという。従業員も、そのエルフ耳の女性も、だ。
内からは何の音も聞こえず、不気味で誰も入りたがらなかったらしい。
「一発目でアタリ引いたんじゃない?」
教えられた部屋へ向かって進むC/M境界に、早足で精一杯着いていっている燃々煌綺が笑いかけた。
恐らくは、彼女の言う通り17人目はそこにいる。そしてその魔法少女こそがマスター、真に倒すべき相手だ。
空間を切り離したり、気配や音を消す魔法の持ち主だろうか。
エルフ耳で音の魔法となるとほぼあいつに関係していることは確実だろう。
音楽家は相当な有名人だったようなので、憧れた者もいると考えていいし。
C/M境界は相応に警戒し、燃々煌綺を後ろに下がらせ、安全を確保してからドアを思いっきり破壊した。
簡単に真ん中から割れて、内部が露になる。
こんな場所に来たことがあるはずもなく、ふたりとも初めて見る豪華な内装に感心しつつ奥へと進む。
C/M境界は燃々煌綺を腕で庇うように立ちながらも絨毯を踏みしめ、マスター疑いの濃い魔法少女を探した。
なるべく早くしないと、あれだけ派手にぶっ壊したのだから問題になる。いや、すでに問題は問題であるが。
ベッドが置かれている部屋に進むと、中央に誰かが倒れているらしかった。一週間前から出てきていないと言う部屋の利用者だろう。
17人目の魔法少女として報告されていた証言とぴったり一致する容姿で、異常なまでに整った顔立ちを備えている。
手にしているのはまったく動いていないメトロノーム、だろうか。メルヘンチックな装備からしてまず間違いなく魔法少女だ。
だが、その状態が問題だった。
土気色なのは演出やコスチュームの一貫でなく、どうやら本当に血が通っていないようで、聞いていた情報ではあったが死人の顔色そのままである。
つまり、C/M境界が何年も前に見た合歓のものと同じ色であった。
触れてもしっとりとした質感だけで体温はない。
なるほど、これなら一週間の間部屋を出入りしなくても平気だろう。
だって彼女はとうに死んでいたのだから。出てくる理由なんてこれっぽっちもない。
何から何まで目撃証言と一致していて、彼女がもしかしたらアタリだったのかもしれない。
けれど、この魔法少女に話を聞くことはできない。これ以上の追いかけようがない行き止まりだ。
燃々煌綺にはターゲットが死んでいたという結論を教え、部屋を出ようとした。
いちおう目撃証言が本当で17人目はいたという情報は得られたが、肝心の本人が死体だったならそこまでだ。
核心に迫ることはできなかった。
もう一度だけ後ろを振り返って、豪華な内装に反して物静かでちくたくとメトロノームが刻む音だけが響いている光景を眺める。
「……ん?」
C/M境界は違和感に気がついた。一週間前から出入りしていないのに死体が新鮮すぎる。
魔法少女なら餓死の心配もなく、生半可な毒は一切効かないはずだ。
それに、C/M境界も燃々煌綺もさわっていないのになぜかメトロノームが動いている。
それらは即ち、彼女が『そういう』魔法少女だったからなのだろう。
「ぶっはァ! コンティニューですのッ!」
突然あげられた声に燃々煌綺は短く悲鳴をあげ、先程まで死体だったはずの魔法少女が動き出した。
手を握っては開き、動きを確認する。
それが終わると勢いをつけて立ち上がり、どう出るべきか困っているふたりに向けてにこやかに笑った。
「めらきーにキョーカイ! 助けてくれたんですのね!」
C/M境界に向かって手を差し出してきて困惑したが、握手を求めているらしい。
応じたところしっかりと体温があり、しかし肌は土気色のままだった。元からこういうデザインにしたんだろうか。
すぐにがさりと折れてしまいそうな指だが、がっちり掴んでぶんぶん上下に振ってくる。
なんだこの濃い魔法少女は、さっきまで完全に死体だったのに元気すぎではないか。
そう思って燃々煌綺と顔を合わせると、彼女も理解が追い付いていないらしく首をかしげられた。
「どうしてあたしたちの名前知ってるの?」
真っ先に聞くところではないかもしれないが、確かにそれも気になるところだ。
目覚めた途端にC/M境界と燃々煌綺のことを判別したということは、二人とも顔見知りである可能性が高い。
高いのだが、C/M境界には会った覚えがなく、燃々煌綺も首を振った。つまり向こうが一方的に知っているということだ。
その魔法少女は長い耳にかかった髪を指でくるくるいじりながら、燃々煌綺の言葉に答えた。
「あぁそういえば、あいつに任せっきりでしたの。直接会ったことはなかったはず。えぇ、そうですわ! 言うなれば、あなたたちを魔法少女にした張本人ですの」
衝撃の事実だった。今彼女が言い出したのは「自分がマスターである」という宣言に等しい。
妖精を従えていたのなら、会ったことはなくとも全員ぶん覚えているだろう。
それにこの人死にがすでに出ているなかで自分からマスターを騙るメリットはない。人死にが出ていることを知らない17人目だから平然と暴露できるのだろう。
C/M境界の狙っていたのはこの魔法少女だ。間違いない。
そんな確信のことも知らず、彼女は自己紹介を始めた。
「っと、自己紹介がまだでしたのね。私はネクロノーム! あなたたち16人を選んだ妖精型マスコット、『ミコ』のマスター。というか、マスターでしたの」
C/M境界の脳裏において、エルフ耳の魔法少女にいい思い出はないという言葉にさらなる厚みが出た気がした。
頭に血が昇り、考える前に身体が動く。マスターでした、と過去形になっているのにも気づかず、C/M境界はネクロノームの胸ぐらを掴んだ。
「お前が、魔法少女達を殺そうとしてるのか」
自己紹介のときもにこにこしていたネクロノームだが、何かが障ったらしい。
すっと真顔になって手を払いのけてしまうと、帽子越しに頭をかくしぐさを見せた。
「困りましたわね。試験はやらなければいけないことで、正しい試験なら脱落したら死ぬようなものではありませんの。
それを、私たちを襲うことで乗っ取り、殺し合わせるのに使おうとしている者がいたんですわ」
手持ちには固有アイテムであるメトロノームしかなく、だいたい奪われてしまったという。
兵隊風の衣装をばさばさして何も出てこないと証明し、疑いを晴らそうとしている。
恐らくは、彼女の魔法はこのメトロノームに関したものである。
さっきの体温までもがない死体状態から復活したのも関係しているだろう。
つまり、彼女は嘘をついておらず、デスゲームを始めようとした者は別にいるということだった。
疑いは多少残るものの、マスターであっても彼女はシロだと思われる。
掴みかかってしまったことがとたんに申し訳なくなってきたため、C/M境界は頭を下げて素直に謝罪した。
「……いきなり掴みかかったりして申し訳なかった」
「いえいえ、事情がわからなかったんですもの。仕方ありませんの」
ネクロノームが先導し、ドアが壊されたホテルの一室から出ていった。
ネクロノーム曰く、蹴り破ってしまったのはいちおう経費で落ちるかもしれないという。試験官なら多少は融通をきかせられるのだろうか。
C/M境界は窓から逃亡するプランを捨て、ネクロノームに着いていきとにかくまず外へ出ることを選んだ。
一刻も早く出たいと思うのは、この施設の雰囲気は身体によくなさそうだからだった。