魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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第4章 乗りこなせオーバードライヴ
1.姉さんへ


 ☆ミルキーシューティング

 

 ドラゴンを倒す試験は終わりを告げたが、彼女が帰ってくることはなかった。

 

 トランホルンはどこにも見つからず、死体ですら顔を見せなかった。

 オルタナティヴはトランホルンと変身前から同じクラスだというけれど、まったく音沙汰がないと言っていた。

 その事実を知って、希望を失ってしまったアンチルは、いつもの生活に戻ろうとしなかった。

 

 ミルキーシューティングが、そしてその変身者である羽葉木星(ははきほし)が知っている彼女の生活は極端にインドアであり、いわゆるひきこもりというべき生活だった。

 星が遊びに行っても、最近のアンチル――庄司小森(しょうじこもり)は部屋にまで入れてくれるものの、一緒に外にまでは出てくれなくなっていた。働きに出ている姿なんて見たことがない。

 

 それなのに、今のアンチルは毎日のように『パトロール』に出ている。

 良い影響と言えるのかもしれないけれど、本当に小さかったころからの付き合いであるミルキーには無理をしているようにしか見えなかった。

 

 ある日、パトロールに出掛けるアンチルについていき、ひとつ尋ねてみようと考えた。

 いままでミルキーには見せたことの無い活発な動きで街中を回っていく彼女には驚いたが、平静を装って声を出す。

 

「……あの、小森姉さん」

 

「どうした?」

 

「こんなに飛び回って、姉さんは大丈夫なの?」

 

「魔法少女の体力がある。それに、トランホルンの遺志は私が継がなきゃ」

 

 トランホルンが何か私たちに遺してくれただろうか?

 そんな覚えはなくて、ミルキーは首をかしげた。

 

「トランホルンは私たちに声をかけてくれた。キャンディーが最下位だったヒトミにも。だから私たちも、誰かに手を差しのべなきゃ」

 

 ミルキーは思う。失礼なことではあるのだが、彼女はトランホルンを美化しすぎているのではないだろうか。

 トランホルンだって私たちと同じように死ぬのが怖くて、死なれることも怖かっただけなのではないだろうか。

 アンチルは、彼女のことを聖人かなにかだと勘違いしているのか。

 

 ミルキーはこの認識のずれが気持ち悪くて、胃をひっくり返すような不快感がどこかにあった。

 

 今日訪れることになっていたのは先の討伐戦で共に戦った、プレーン・プレーンをはじめとした三人のところであった。

 連絡が簡単についたのが幸運だったらしい。が、本当に了承してくれるだろうか。

 オルタナティヴがいたとはいえ、あの巨大ドラゴンと渡り合ったり、小さな竜の無限湧きを止めたり、事実彼女たちは強い。

 アンチルが手を差しのべる必要なんてないと感じる。

 

 いくら否定的に考えていても、口に出せないのがミルキーのつらいところであった。

 不用意にアンチルに聞かれれば、彼女は子供っぽく情緒不安定のため、心に傷が生まれてしまう。

 トランホルンが死んだと告げられたときもわざわざ希望を持たせるようなことを言ったのはそのためだった。

 

 しかも、羽葉木星は庄司小森と付き合いが長い。その星が思い通りにならないと知れば、彼女はきっと。

 

 それだけアンチルの心が弱いものだと、ミルキーは知っていた。

 

 ビルの屋上を次々に通りすぎるうちに、向こうに指定された集合場所にたどり着いた。

 寂れていて、変な噂も聞くような場所だったが、魔法少女がいるのだからその噂くらいあってもおかしくはない。

 

 プレーンたちもいるのだから警戒はさして必要ないと判断し、むしろプレーンたちに戦う意思をこちらは持っていないということを伝えるため気はやや緩めていった。

 アンチルの横顔から感じるピリピリした空気は、たぶんただの緊張だ。小森は人前に立つのが得意じゃない。

 

 プレーンたちは先に到着していたらしく、特にギャーサが明るく迎えてくれた。中央に立っているプレーンだけ小柄なため、まるでお嬢様とボディーガードのようだ。

 

 まずは、一番彼女らと話していたはずのミルキーから話を切り出そうとした。が、先にアンチルが一歩前に出てきた。

 

「私はアンチル。この前はドラゴン討伐への協力、ありがとう」

 

 いきなり頭を下げられ、プレーンたちはやや困っているらしい。ギャーサが顔をあげなよ、と言って続けた。

 

「そっちの協力がなきゃ、私たちだけで勝てる相手じゃなかったっぽいし、こっちも助かったよ。ね、プレーンちゃんにグラナちゃん」

 

 話を振られたふたりも頷いて、話が引き継がれる。

 

「曙ヒトミさんには助けてもらった」

 

「オルタナティヴにも、だな。死ぬところだった」

 

「だってさ。だからお礼はいいよ。お互い様ってとこでさで、そっちの用は?」

 

 ギャーサが話を進めてくれたらしい。アンチルはコミュニケーション能力があるわけではなくむしろ低いほうで、ミルキーも人に強く出るのは怖い。

 ギャーサやオルタナティヴのような、引っ張ってくれるリーダー的存在がいると安心できる。

 

 アンチルはお言葉に甘えてとし、本題に移った。

 

「この試験を止めるのに協力して欲しい」

 

 場が静寂に包まれた。確かにこの試験は脱落者は消される残酷なもので、実際に人死にが出ているらしい。止めようとする意義はあるのかもしれない。

 

 だが、プレーンたちは何も言わなかった。

 

「……こんな試験、間違ってるんだ! あいつが、死ななきゃいけなかった理由なんてない、あるわけがない! だからっ、こんな!」

 

 誰も何も言わない中、アンチルの声だけが響く。

 ギャーサとグラナティオは厳しい目で、プレーンは憐れみの目で、喚く彼女を見つめていた。

 

 これはまずい。肩で息をしているアンチルは、このあと立ち直れるだろうか。

 数年前にこんなふうに反論したときは数日はピリピリしているままだった。

 

 ミルキーはそうならないよう彼女の支えになってやり、言葉を付け足した。

 

「ごめんなさい、この子、トランホルンが死んでしまったことがこたえてるみたいで、きゃっ!?」

 

 突然、アンチルがミルキーの腕を振り払い、突き飛ばした。

 あまりにいきなりで処理が追い付かないミルキーへ向け、叫び声が発せられる。

 

「星に、がきんちょにッ! 何がわかる……!」

 

 ミルキーは冷や汗をかいた。

 ここまでトランホルンに入れ込んでいたとは予想外だった。想い人を喪い、返せ返せと喚いているようだった。

 そういえばトランホルンにたいしてはやけに心配するような言動だったが、彼女の中でそこまで重要な存在になっていたとは思いもしなかった。

 

「ええと、あのさ。痴話喧嘩は自分の家じゃダメかな。ここ、私たちのなわばりだし。ね、グラナちゃん」

 

「私のなわばりだ。共有にした覚えはない」

 

 ギャーサはなだめようとして、関係のないところでグラナティオと話しはじめた。

 その発言に含まれていた自分の家じゃダメか、という問いはつまり、協力関係を結ぶつもりなどなく、さっさと帰って欲しいと言われていたのではないか。

 

 ギャーサにまでかみつこうとするアンチルを押さえ、引きずっていく。今回は決裂だ。しかも印象は悪くなってしまっただろう。

 

 離せ離せと言うアンチルを背に乗せて、ミルキーは帰路につく。

 ミルキーのほうが身体能力で勝っているため、押さえるのは簡単だった。

 

 けれど、問題は心の中にあった。あんなふうに星を否定してくる小森姉さんを認めたくない気持ちが強かった。

 

「離せ、私は、トランホルンのッ!」

 

 彼女の口からはミルキーの名前も、星の名前も出てこない。トランホルンだけが彼女の心にいる。

 小森自身でさえそこにはいない。彼女は、そうあろうとしている。

 

 最初でこそ黙っていたが、家にたどり着くよりも先にミルキーの堪忍袋が限界を迎えた。

 がらがら声でまだ叫ぶアンチルをコンクリートの床に叩きつけ、喚く通りに離してやった。

 

「やめてよ、小森姉さん」

 

 突然の豹変に困惑するアンチルを見下ろし、ミルキーは吐き捨てる。

 

「私がいっしょにいたいのはトランホルンじゃありません。小森姉さんなんです。無理しなくていい、ただいつもの姉さんで居てくれれば!」

 

「……私はもう庄司小森じゃない」

 

「は?」

 

 きっとわかってくれると思って吐き出した気持ちが、否定された。

 彼女なら考え直してくれる。付き合いの長い、星の言葉なら聞いてくれる。

 そう思っていたのに、彼女は頷かなかった。

 

「トランホルンにならなきゃいけないんだ。したかったこと、できなかったこと、全部。私が代わりにならなきゃ」

 

「そんな、違う、小森姉さんは、私の」

 

 今度の冷や汗は、ずっと一緒にいたはずの彼女が遠くへ行こうとしている恐怖と自分が否定されてしまった喪失感からだった。

 

 心が弱いのは、想い人の死を受け入れ、意思を受け継ぎ前に進もうとするアンチルではなく。

 死人を軽んじ、小森にだけ執着し、変わろうとする彼女に取り残されるように感じているミルキー自身なのかもしれなかった。

 

 ミルキーは力なくへたりこみ、その目からは涙が流れ出る。

 

「……私はもう一度行って来るよ。ミルキーは先に帰っててもいいから」

 

「あ、ま、待って!」

 

 手を伸ばしても届かず、虚空しか掴むことができなかった。

 ただ力の入らない脚で、遠ざかっていくアンチルの背中を見ているしかできなかった。

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