☆パフェクトスイート
E市内の高校に通う少女である苺坂千代のひとときの休息は、帰り道にある女性に人気な喫茶店に寄ることであった。
スイーツがすばらしく美味しいのである。甘いものは、千代のような女子高生への特効攻撃だ。
まわりの女どもの話は耳障りでありイヤホンをしていなければならない難点はあるものの、それを差し引いても寄る価値のある店だとできるほどにおいしい。
これで周囲の妄想まみれな女がいなければ満点をゆうに突破するのだが、店にとってはあれも客だ。しょうがないだろう。
運ばれてきたいちごのパフェを口に運んで、今まで心に浮かんでいた文句なんてさっぱり忘れて、極上の甘味を楽しむ。
これ以上の快楽を千代はいまだ知らず、そして求めようとも思わなかった。
そんな時のことである。突如、電子音が喫茶店に響き渡った。間違いなく千代のスカートのポケットからである。
やかましいうえに他の女の注目も集めてしまうため、千代は心の中で舌打ちし、音の発生源である魔法の端末を取り出した。
なんて邪魔なタイミングに送られてきたメールだろうか。もう一口パフェを食べつつ開くと、前例のない送り主だった。
魔法少女アンチル。パフェクトスイートとはあまり話したことのない相手だ。確か、説明会の時にやかましかった奴だったはず。
たぶんパフェクトスイートが避けている魔法少女だ。そいつからいきなり何の用だといいのか。
本文を読み進めていくと、呼び出しをかけられているということはわかった。応じて損はない、と思われる。
何せパフェクトスイートがいま上から受けている仕事は、魔法少女たちと打ち解けることなのだ。
いわゆるスパイだとか裏切り者の役で、報酬は弾むという。
パフェクトスイートのように心の中が暴言まみれのぜんぜん向いてない魔法少女ではなく、もっといるだろと思ったのに、どうやらうまく繕えるのがいないらしい。困ったものだ。
真っ先に接触したのはラヴリンス及びミュウジカのところで、疑われることも何事もなくむしろ甘味をごちそうになり、しかもすっごくおいしかったのだが、それよりあとは他の仕事が優先になったりしてで赴くことができなかった。
しかもその優先になったトランホルンの始末はパフェクトスイートでなく上が直々にやったという。
つまり、パフェクトスイートはそろそろ元の仕事に戻らなければ危険なのだ。
この連絡は好都合だった。向こうからお誘いが来たなら手間が省ける。
行ってやろうと言う気になり、ちゃんと返信した。
あたかも友好的なような文面で誘いに乗る。
メールを送ってしまうと、今までのことをさっぱり忘れたように千代はパフェに集中した。
魔法少女のモチーフにするくらいには好きなものなのだから集中力は発揮される。
数少ない、千代が全部を忘れて好きなことにひたすら打ち込める時間が訪れていた。
突然冷やされて悲鳴をあげる頭を抱えていちごな要塞の攻略を続ける千代だったが、またしても至福の時を邪魔するものがあった。
「隣、いいだろうか」
ぱっと見、好青年に見える。
しかし彼、いや彼女は男性ではない。
男装の麗人に憧れて目指しているのは本当だし、実際綺麗だが、心の奥底と身体はまぎれもなく女性である。
特に胸のふくらみが抑えきれておらず、高い身長もあって千代から見上げる際に顔が隠れかけていた。
隣に彼女が座って、頬杖をついてパフェと格闘する千代を眺め始めた。
まだ隣に座っていいと言ってないし、彼氏面をしないでほしいと思う。
「そんなに美味いか、それ。オレにも食べさせてはくれないか?」
お前の手で、という言葉自体は入っていなくとも確実に含まれている。
千代はその言葉を無視して、残り少なくなっていた要塞を完全に陥落させ、舌打ちのかわりにごちそうさまと吐き捨てた。
「で、張子さぁん? 何しに来たんですかぁ?」
「お前を守りに」
「そういうのほんっといいですからぁ、何をもって私がここにいてちょうど仕事が入ってるってのを察したんですかぁって」
「か弱き女性を守るのがオレの役目だ」
見た目好青年が恥ずかしげもなくこういうのだから困る。
おまえも女性だろと言いたくなるが、この前そういう突っ込みをしたところけっこう本気で怒られたので言わない。
ヒーローになりたいがためにわざわざふだんから暑苦しい格好の男装までやっている本気の人種だ。
彼女、
自分のかわりに直接殴りあってくれる、暴力に長けた魔法少女。戦うことが得意でない者には重要だ。
張子の変身するカッシェーラはまさに戦う魔法少女で、突き放すには惜しい。
「じゃあ、今回も守っていただけませんかぁ? ひとりじゃ心細くてぇ」
呼び出してきたアンチルがなるべくあざとく、上目遣いで。
仮に自分がやられたら吐くくらいでも張子には効く。オレが守らなければ、という使命感が刺激されるのだろう。
「もちろんだ。何があってもお前を守ると、この拳に誓おう」
千代はその言葉に苦笑いで答え、出発のため伝票を持って席を立とうとした。
すると張子は伝票を取ろうとする千代の手に自らの手を重ねてくる。
張子は平熱が低く、温度がやや気持ち悪かったが、どうやら先のパフェを奢ってくれるようだったのでそれで手を触られたことは許した。
けれど、このあと赤くなってるだなんて嘘をついてからかってきたことは許す気にはきっとなれないであろう。
去っていくアイスクリーム頭痛に向いていた意識を仕事に切り替え、会計を終えた張子の隣で千代は小さく舌打ちをした。
☆アンチル
プレーン・プレーンたちには断られた。二度目の交渉では食い下がろうとしたけれど、武闘派の護衛ふたりに止められた。
あのふたりに戦闘能力では到底敵わない。あれは退くほかになかった。
こんなのではいけない。アンチルだって最初は拒んでいた。後日もう一度行ったなら彼女たちにも困ったことが生まれているかもしれない。
そう思って、アンチルは交渉相手を選んだ。
運営への反逆を企てているため、運営そのものに知られては破綻する。運営に通じていると思われるラヴリンス、ミュウジカはダメだ。
他の魔法少女とは面識こそないが、その名前からして平和的なモチーフだと思われるパフェクトスイートを選んだ。
炎や闇を思わせる名前の相手は危険人物かもしれない。
アンチと入れた自分もどうかと思うけれど、安置とかけただけなので不問だ。
アンチルは今回、わかってくれないミルキーを置いてヒトミを連れてきた。
二つ返事で頷いてくれて、なにも文句を言わずについてきてくれる。
彼女の適応力や強さはドラゴン戦でじゅうぶんに発揮された。ちぎれた縄もミルキーの魔法の影響を受けてか元に戻っている。荒事になったときの準備はないわけではなかった。
そうして誘いをかけたパフェクトスイートは、少し遅れながらもきちんと現れた。
アンチルの箱をかぶったコスチュームはめずらしいのかじっくりと見られ唇のあたりがむずむずしたが、話は素直につける。
パフェクトスイートに向かって一歩前に出て、まず自己紹介から始めた。
「はじめまして、私はアンチル。パフェクトスイートはあなた、だよね?
なるべくにこやかに話しかけると、向こうも口角をあげて返してくれた。
「えぇ。私ですわぁ。それで、そのアンチルさんはどうされましたぁ?」
本題には早いかもしれないが、せっかく相手がくれたチャンスなのだから従うべきだろう。引き伸ばした方がきっとイメージが悪い。
「今回呼び出させてもらったのは、頼みがあるからなの。私たちに、運営を倒すのに、協力してほしいんだ」
真剣な眼差し、頼むときの口調、
きっと、彼女だったら受け入れてもらえる。
パフェクトスイートはにこにこした表情のまま口を閉ざしていたが、アンチルが言い終えて黙っているため最初にもう大丈夫かと確認して話を始める。
「まずですけどぉ。ユメ見すぎじゃありませんかぁ?」
笑顔のはずの瞼から、あまりに滑稽で哀れなものを見る視線があらわれた。
「人死に、出てるんですよぉ? いまさらゲームをやめさせたいとして、そんな力はどこからくるんですかぁ? あのドラゴンに対処できますかぁ?」
「それは、みんなで集まれば!」
「逃げれば死ぬって明言されてるのに。果たしてそんな
度胸のある臆病者。その言葉は説明会の時、アンチルに向かってラヴリンスが言いはなったものだった。
けれど今のアンチルはもうアンチルではない。トランホルンになると決めたのだ。そんな言葉だけじゃ止まってやれない。
「それでも、これ以上試験のせいで誰かが死ぬなんて間違ってる!」
「ふぅん、そうですかぁ」
パフェクトスイートの目が、呆れたものに変わっていた。
それから、向こうから数歩近寄って来たかと思うとアンチルの目を睨み付けてきた。
向こうからこちらの目は影になって見えないはずなのに気圧されてしまう。
「次にぃ……私、あなたみたいなのキライなんですよ」
ぱちん、と乾いた音がした。
パフェクトスイートの魔法が行使され、アンチルの頭上に大岩が現れる。ほぼ同時に身体が強い力で引っ張られ、アンチルは身を任せるほかなかった。
ヒトミが助けてくれたのだろう。トランホルンを狙ったのもこいつだったのかとヒトミが漏らし、大岩が地面と衝突しすさまじい音を立てる。
「仕事は失敗、これ以上は管轄外ってわけですがぁ、始末させていただきますねぇ!」
アンチルの背後から突然気配が現れる。魔法少女だ。
黒く鈍く光る外骨格をまとった脚をヒトミが受け止め、アンチルは空中に投げ出された。
予想はしていたものの、本当に襲われるとは思っていなかった。何がいけなかったのだろう。
アンチルはパフェクトスイートの積極的に動く気が薄いと判断し、彼女との接近戦という持ち込んでも勝機の見えないものより視界から外れることによる安全を選んだ。
木の裏に隠れ、見つからない魔法を使って世界からいったん分離する。
もう一人の魔法少女とヒトミがぶつかり合い、何度も何度も音が響いてくる。顔を出せない状況の今、祈るほかにない。
次の瞬間にヒトミが魔法少女を弾き飛ばし、互いに相棒の近くに立ったらしい。
「オレはお前を見誤っていたようだ。ここはギアを上げなければ」
「カッシェーラ。許可はまだしてませんわよぉ」
「ん、それもそうか。でも始末するのだろう」
「えぇ、始末ですわぁ。ギア解放を許可します」
「了……解ッ!」
会話を隙とみてアンチルは戦況を覗いた。カッシェーラ、というらしい魔法少女の纏う外骨格がさらに厚く、強固に作り替えられていく。
深く息を吐き、強くなっていく様は魔法少女というよりヒーローものの強化変身に近い。
ついにカッシェーラが目を開き、こちらを睨んだ。
アンチルがいる場所の前に立つヒトミは、庇ってくれているのだろうか。
危険な雰囲気に耐えられず再び隠れていると、カッシェーラが強く一歩を踏み、腕を突き出したらしい。
片腕に備え付けられていた機構が変形して衝撃波を放つ。
それから先、アンチルは戦慄した。瞬く間に衝撃波が駆け抜け、かわそうとしたヒトミも間に合わず、すぐ横を主と引き離された片腕が飛んでいった。
血が滴り、ヒトミは傷口を押さえる。今までとは威力が段違いどころか、まともに当たっていればバラバラの死体になっていたに違いない。
それを放った当のカッシェーラは感心した様子でヒトミに拍手を贈り、必殺技を避けられちゃ必殺じゃなくなっちゃうな、と笑って見せた。
腕の機構は戻る気配を持っておらず、恐らくあの衝撃波はあれで打ち止めだとヒトミはいう。だが、あれほどの攻撃がいつ飛んできてもおかしくない。
片腕を失ったヒトミと戦えないアンチルしかいないこの状況で、カッシェーラとパフェクトスイートのふたりを相手するのはまず不可能。状況は絶望的だった。
アンチルが隠れたままで祈っていると、ヒトミのささやく声がした。
「私が時間を稼ぐ。倒せそうなら戦って、駄目そうなら逃げて。少しなら私でも大丈夫」
そういってヒトミが飛び出していこうとする。
トランホルンならどうしただろうか。このまま彼女を行かせただろうか。
それは違うだろう。ヒトミのコスチュームの裾を掴んで彼女を止めた。
「待って、あなたに死なれたりしたら」
「私はこれで構わない。あの子を守れなかった償いに、あなたを守る」
オルタナティヴもこうだった。アンチルの制止を振り切って、何も言えないうちに行ってしまう。
アンチルは取り残されたまま、カッシェーラの声を聞いた。
「話は済んだようで何よりだ、あとはさっぱり殺されてくれ」
音からでもわかるほど、カッシェーラの蹴りは重みも速度も増しているらしい。
肉に攻撃が響く音がする。ヒトミが今までできていたはずの対処は追い付かず、着実にダメージを与えられてしまっている。
「さすがはオレの必殺技を受けてあれだけで済んだ魔法少女だ」
カッシェーラが笑う。ヒトミは善戦できているのだろうか。
「動けッ!」
今度は、ヒトミのものらしい大声だった。
ヒトミが大きな声を出すのを初めて聞いた。だがそんな感傷に浸っている暇はなく、再出現した直後に駆け出す。
仲間の戦いに目を背け、走る。逃げるしかない。あれに勝てる力はアンチルにはないのだから。
「させませんわぁ」
魔法によって降り注ぐ包丁が逃げる道にいくつも突き立っていく。
パフェクトスイートが笑っているのだ。夢を見るしかできない奴だと笑っている。
でも、逃げなければ。頭上から襲ってくる刃をひたすら避け、あの場所から必死に遠ざかろうと駆けた。
アンチルがやっと止まったとき彼女は、いつからパフェクトスイートからの妨害がなくなったかも、いつ端末が通知音を鳴らしていたかもわからなかった。
ただ、アンチルがまだ生きていることと、ヒトミが死んだということだけが、アンチルにわかる真実だった。
『悲しいおしらせがあります
参加魔法少女の一人、曙ヒトミさんが死亡しました』