魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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3.ウラギリモノ

 ☆アンチル

 

 ヒトミが死んで、アンチルを守ってくれる魔法少女はいなくなった。

 オルタナティヴはダメだ。ミルキーと和解していない以上、ミルキーを気にかけているらしい彼女はアンチルと協力してくれないだろう。

 この前見たときは、ミルキーの相談に乗っているという風だったのだ。

 確かに突き放したのはこちらからだけれど、わかってくれない向こうだって非はある。

 

 他人にまで話を広げていたにしろ、いなかったにしろ、アンチルから歩み寄ろうなんてしないと決めていた。

 

 けれど、味方がいなくなったくらいでトランホルンが止まるだろうか。

 ヒトミが死んだいま、むしろこんなところで引き下がれないと思うのではないだろうか。

 アンチルは、トランホルンは、止まっていられないのだ。ミルキーがついてこなくたっていい。

 

 アンチルはそうと決めるまでに心の整理の時間を要し、端末を触る気にもなれず、すでに死亡の通知が届けられてから2度目の夜が訪れようとしていた。

 

 もうこれ以上止まっていることはできない。

 もはや選り好みをする余裕もなく、C/M境界に向けてメールを送った。

 返信は想像よりずっと速く、場所の大雑把な指定と話を受ける意が少量の誤字を交えて書かれていた。

 話をもちかけ、時間を作ってもらうのだ。こちらから出向くのは当然だろう。

 それに、ささいな話し合いで時間を無駄にはできない。アンチルは素直にC/M境界の指定に従った。

 

 夜の街を駆け、指定された場所へ赴く。もう深夜だっていうのにまだまだ人がいて、賑わっているような、むしろ夜こそが本番という場所だった。

 ネオンサインがまぶしくて、変身前だったら直視できなかったかもしれない。箱フィルターがあってもやかましい色だ。

 

 そんな場所でアンチルを待っていたのは、背景にまるで似合わないような、正義感にあふれる消防士といったコスチュームの少女だった。

 

「C/M境界さん……なの?」

 

 まずは正体を問う。名前と見た目のイメージがいまいち結び付かず、すこし混乱したためだ。

 相手は笑って首を振って、決めポーズをびしっと決めて、自己紹介をしてくれる。

 暗いうえにネオンサインや箱が邪魔でよく見えないのが残念だが、アンチルは黙って聞く。

 

「あたしは夜のスーパースター、燃々煌綺! よろしく!」

 

「えっと、アンチル、だよ」

 

「アンチル。よろしくね!」

 

 握手を求めてきた燃々煌綺は、アンチルの手をがっちり握って上下に激しく振った。

 思ったよりも強くて痛いと漏らしそうになったが、どうにか抑える。

 

「あの、C/M境界さんはどちらに?」

 

「忙しいから、代わりにってさ」

 

 重要なことだと思われていないのだろうか。代理にアンチルの持ちかける話が決断できるとは思えない。

 それに、燃々煌綺はどこか子供っぽい。変身前が年下であるか、魔法少女になってたがが外れているのか。

 いずれにせよ返答には期待できない。どうにかC/M境界本人に話題を持って帰ってもらいたい。

 

「それで、なんのこと?」

 

 何度も繰り返してきたやりとりだ。運営への反逆のこと、協力してほしいこと、そしてこう至った理由を話す。

 途中まで燃々煌綺もふむふむと頷いてくれていたけれど、だんだん反応がなくなっていった。

 眠ってしまったかと思えば、そうでもないらしい。

 

「あのさ、お知らせはちゃんと読んでる?」

 

「……え?」

 

「第三試験のことが配信されてたワケなんだけど」

 

 確かにアンチルは端末をほとんど触っていなかったため、新たなお知らせを知らなかった。

 だが、それとこの話とに何の関係があると言うのだろうか。画面を見せようとする燃々煌綺の顔を見ても答えは出ない。

 メールの本文に目を移し、その文を読んでみた。

 

 第三試験の内容は『裏切り者を殺せ』というものだった。

 残った14人のうちに、魔法少女を殺すことで試験を免除される特別な課程をもった者がいるのだという。

 

 ヒトミを殺したのはパフェクトスイートとカッシェーラで、彼女らが裏切り者だとは予想がつく。

 だが燃々煌綺はヒトミの件を知らないし、何よりにやにやしながらアンチルを見てくる。

 

 なぜこっちをそんな目で見るのだろうか。アンチルが裏切り者だとでも言いたいのか。

 疑問に思っていると、いきなり被っていた箱がぐいっと上げられて、直接目を合わせられた。

 

「裏切り者だったらさ。存在がバラされたら、誰かにすり寄ろうとしないかな?」

 

 その言葉でわかった。燃々煌綺はアンチルを疑っている。

 

「運営に反逆ってさ。今までと言ってたことが違ったからとか、じゃないの? あんたがそうなんでしょ? 二人もやっちゃって、今どんな気分?」

 

「ち、違うッ!」

 

 裏切り者だと言われるというのは、ヒトミを殺したのが、トランホルンを殺したのが、アンチルであると言われることと同じだ。

 そんなこと、あるはずがない。裏切り者のように殺すことで利益があったはずもない。

 どちらも、アンチルを守ってくれていた。そして殺された。自分の味方から殺しても、むしろ不利になるはずだ。

 

 なのに、なんでアンチルが疑われなければいけない。

 

「誰が裏切り者でもさ。ぜったい、そうやって。自分は違うんだって言うよね?」

 

 ふいに、燃々煌綺の背にあかりが灯った。周囲を明るく照らし、赤っぽく燃々煌綺の銀色を染めている。

 そしてその炎は、突然消失した。どこへ行ったのかと思った矢先に足元に熱を感じる。

 

 見ると、燃えている。本物の炎だ。熱い。熱い。熱い。

 

「いやぁああああっ!!」

 

 押さえきれずに悲鳴をあげ、燃々煌綺から逃げ出そうとして蹴り飛ばされた。ネオンサインが照らす街に転がり落ち、全身を強く打つ。

 火が消えてくれてどうにか立ち上がれるが、衝撃は深刻だ。突然のことが多すぎて意識があいまいになる。

 

 燃々煌綺は当然のように追いかけて来る。

 降りてきた彼女は濃厚な死を漂わせている。あれだけであんなに痛くて、あんなに怖いのに、彼女はまだついてくる。

 

 燃々煌綺の炎は死の象徴として襲いかかってくる。どこかに隠れなければいけない。

 

 駆け出そうとした足が燃え、バランスを崩し、咄嗟に脇の路地へ転がり込んだ。

 燃える足を壁に打ち付け、血が滲んででも消火する。

 隠れる場所が燃えないよう、そしてアンチルがこれ以上燃えないようでもあった。

 

 燃々煌綺には居場所が割れている。

 被っていた箱をついに脱ぎ捨て、アンチルは落ちていたアタッシュケースに身を隠した。

 

 あとは自身に魔法をかけて耐えるしかない。

 現実世界から切り離され、決して見つかることがない。そんな魔法をアンチルは持っているのだから。

 

 外からがやがやとやじうまたちの話し声が聞こえてくる中には、燃々煌綺の声もあった。

 

「どこいっちゃったじゃん」

 

 怪しむ声だった。このまま立ち去ってくれると信じて待つしかなかった。

 

 周囲の温度が上がっていくのがわかる。脱ぎ捨てた箱が、今までアンチルを守ってくれていたものが燃やされているのだろうか。匂いも紙が燃えるそれだ。

 

 どうか、私の代わりに燃え尽きてほしいと思う。それで満足して立ち去ってほしいと思う。

 炎の音と焦げていく匂いでアンチルの思考は鈍らされていく。

 

 熱い。一向に熱は収まる気配になく、むしろ温度は上がる一方にある。

 しかもまだ燃々煌綺は立ち去っていない。いま出ていってしまうとあの地獄の痛みをもう一度経験しなければいけないうえ、この血を流す足で逃げ切れる望みは無に等しい。それは嫌だ。

 

 これを耐え抜けば、ここで待っていられたなら、きっと誰かが助けてくれる。

 手を差し伸べてくれた彼女のように、誰かを助けようとする魔法少女は必ずいる。

 

 どうか気づいてほしい。アンチルはここにいる。ここにいて、ここで誰かの助けを待っている。だから、助けてほしい。誰でもいい。もう意地なんて張らない。オルタナティヴでもミルキーシューティングでもいい。どうかこの熱から解放してほしい。星だったら、がきんちょなんて言ってしまったことも、あんなに暴れてしまったこと、最近ずっと遊んでやれていなかったこと、いつも迷惑をかけていたこと、なんでもいい。全部を謝る。謝るから、どうか、ミルキーシューティング、私はもうトランホルンじゃなくていいから、だから、こんなところで、死にたくないのに。

 

 極限に置かれ急に加速していった彼女の思考は二度と抜け出せない迷宮に放り込まれた。

 

 自分を守ってくれていたものすべてとの関わりが炎の中に消えていき、彼女は、この世界からなくなった。

 

 

 ☆C/M境界

 

「どういうことだてめぇ!」

 

 壁に叩きつけた。三条邸の壁が揺れ、ネクロノームの身体が一度だけ大きくびくんとして、その表情を歪ませる。

 第三試験において、あろうことか誰かを殺さなければいけないという異常な指令が出たうえ、その直後に『悲しいお知らせ』が届いた。

 C/M境界が少し席をはずしているうちに誰かがメールの履歴をすべて消していたらしく、端末にはそれらの忌々しいメールがふたつだけ残っている。

 燃々煌綺の誤操作か、ネクロノームの悪戯だろう。知らせはすべてチェックしてあるはずで、いざとなれば燃々煌綺のものを借りればいい。それよりも、重要なことがある。

 

「全員が生き残れるんじゃなかったのか」

 

「私に言わないでくださいまし。あれはすでに私の手を離れています」

 

「それでもなにかは知ってるだろう」

 

「知りませんわ、ここから先は私にも何が起きるのやら」

 

 自分でも、ネクロノームに当たっても意味はないと知っていた。でも、それしか矛を向けられる場所がなかった。

 

 これは、人死にが出ているこの状況なのに大事な用事があると行って出掛けていって以降、ずっと燃々煌綺が帰ってきていないことへの焦りもあったかもしれない。

 

 とにかく今は落ち着くべきだろうか。深く息を吐き、もう一度ネクロノームを見た。

 襟を直しながら「やれやれですの」といったふうな顔をしている。

 

 問題は、誰がこいつからマスター権を奪ったのか、だろう。C/M境界の記憶にもあるスカウト妖精『ミコ』が鞍替えしたか、強制的に従わされているか。

 

 前に何が起きたのか、いまは何が起きているのか。

 C/M境界にはわからないし知る由もないが、とにかく今は燃々煌綺の無事を祈るばかりだった。

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