☆ミルキーシューティング
アンチルとのすれ違いを感じながら、ミルキーはずうっと塞ぎこんでいた。
互いに家に籠り、隣の家に住んでいても顔を合わせない。
オルタナティヴが心配して来てくれて、大丈夫かと声をかけてくれたけれど、当のアンチルは意地を張って歩み寄って来ない。
それもそうだ。小森は今までに星とこそ対立したことはなかったが、負けず嫌いで意地っ張りな人間なんだ。
そんなことを思い出そうとするだけで胸がきゅんと痛む。こちらから歩み寄ろうとしなければずっとこのままに違いないのに、なかなか決心がつかなかった。
確かに一時は、ミルキーがいないことで起こるよくない事を思い知って少しは大人しくなればいいと思っていたのだが、一日経って、これは笑い話にならなくなった。
またひとり仲間だった魔法少女が、曙ヒトミが死んだと知らされたのだ。
アンチルの我が儘に巻き込まれて、彼女の盾にでもなったのだろうか。
ヒトミを最後に見たのは家の周辺で、アンチルの姿もまた隣にあった。そうして目撃した日にヒトミは死んだ。
ヒトミは人の役に立って死んだなら本望だというようなことを言っていたらしい。アンチルを助けて、満足して逝ったのかもしれない。
だが、人死にを出させてしまった方は違う。アンチルを止めなければ、いずれ本人が殺されてしまう。
このままずっと、二度と和解できないままに会えなくなるなんて、ミルキーは絶対に嫌だ。
ミルキーは一大の決心をし、まずオルタナティヴにメールを送った後、自らの魔法の端末を破壊した。
刃の欠けたナイフに魔法を使えば切れないものはなく、綺麗に真っ二つにできた。
さらに、オルタナティヴ曰く量産型故にやや弱いプロテクトを突破するため、持ち手がないうえに錆び付いたマイナスドライバーを断面に突き刺し、システムに強制的にヒビを入れる。
これでいい。法から外れた端末にはミルキーの魔法が通じてしまうだろう。
壊れて使えなくなった端末が半分になったハートの画面に映すのは、アンチルのメールの履歴だ。
他人の端末の中身を覗き見できる悪趣味な改造だが、今は一刻を急がなければならない。
直前にしていたやりとりは、C/M境界との待ち合わせについてだった。場所は歓楽街の屋上たちのあたりだった。
こんな夜中に、わざわざ歓楽街に呼び出してくる相手は不審極まりないだろう。
それに加えて、未読のお知らせがあった。第三試験について、魔法少女の中に裏切り者がいるというふざけた内容だった。
裏切り者が相手だった、もしくはアンチルが疑われて襲われることは十分にあり得る。目を合わせないのは信用されにくい原因になるだろう。
だから、ミルキーは助けにいかなければと思った。これが謝るきっかけになるといいなと思った。
星がいないと、小森はどうしてもダメなんだと。そう信じていた。
ミルキーは部屋を飛び出し、夜の街に繰り出した。ミルキーのコスチュームに描かれた夜空がかすかな月の光を反射してきらめく。
それを目印としてか、オルタナティヴも合流してくれた。
魔法の端末についてはミルキーの魔法に使った、と軽く説明しておき、メールのやりとりができなくなることも伝えた。オルタナティヴは頷いて、こう言ってくれる。
「私も手伝うよ。見知った人にもう会えないなんて、もう経験したくないから」
トランホルンのことを思い出しかけて、ミルキーは首を振って足を動かすことに集中した。
彼女の記憶に囚われて止まっているようでは、アンチルと同じだ。
夜でもやかましいほどに明るいネオンたちの楽園が見えてくる。
まず、魔法少女が好むビルの上など高所に誰もいないのを確認した。
ひとまず止まって街を見下ろすと、小さな騒ぎになっているらしい。何かがあったのは確実なようだ。
アンチルがボヤでもあったのを止めに行ったのか、それともこれは罠で、アンチルは連れ去られてしまったのか。
そこまでは遠目でわかることじゃない。ひとまず近寄らなければならない。
オルタナティヴに向かって目配せして、アスファルトの地上に降り立った。人混みの先にある路地からは煙が上がっているのは確実だ。
人をかき分けて、さらに近づく。
とうに燃えかすになってしまった段ボールがいくつかあるのをはじめとして、灰が大量に落ちている。
この正体を把握するため、ミルキーはぐっと目を凝らした。
ミルキーは『使えなくなったもの』の魔法少女だ。音楽家の聴覚、料理人の嗅覚のように、如何にして本来の役目を果たせなかったかを視る観察眼を備えている。
無論、灰の判別もだ。
「……うそ」
ミルキーの口から思わず声が漏れた。あの灰の正体として見えたのが、アンチルの被っていたあの箱だったからだ。
今まで、アンチルは人と目を合わせるのが苦手なのか、少なくともミルキーは被り物をはずしている様子を見たことがなかった。
その箱が落ちていて、しかも燃え尽きている。これは異常事態に他ならない。
そしてまず疑うべきは、彼女はもうこの世にはいないという可能性だった。
「ミルキー!」
名前を呼ばれて振り返ると、オルタナティヴが野次馬たちの間から現れた。一向に戻ってこないミルキーを心配してくれたんだろうか。
自分でそう考えて、自分で自分を嘲った。そんな訳はない。
オルタナティヴの焦った表情、手にした魔法の端末。どちらもミルキー自身についてではない。
端末に届いたメッセージを見せに来たのだろう。
『悲しいお知らせがあります
参加魔法少女の一人、アンチルさんが死亡しました』
オルタナティヴに見せられたそのメッセージを読むうちに、ミルキーの頭はやけに冷静になり、急激に焦りの熱がひいていった。
ああそうか。あいつにはもう、どこへ行っても会えなくて。二度と、小森姉さんと遊ぶことはできないんだ。
悲しい、ほんとうに悲しいことを宣告されたのに実感がなくて、あんなに嫌だと思っていたのに感想もなくなって、ミルキーの目からただただ涙がこぼれ落ちた。
どうしようもない穴の底に突き落とされて、這い上がってくることのできない盗賊のように息苦しくて、泣き叫びたいのに息が足りなくて、ミルキーはただただ溜め息だけを吐き出した。
「ミルキー、ねえ、しっかりして!」
オルタナティヴの声に、姿に、赤いもやがかかっているような気がする。感覚はゆっくり戻ってくる。
視界の端で誰かも知らない人が夜の色に赤を散らしていた。それだけじゃない。
ミルキーは喉に焼けつくようなモノを覚えた。生暖かい液体が流れ出しているのを手で感じた。何が起きているのか、視界におさめられない場所を手で探る。
すると、いともたやすく自分の内側に指が入っていくのがわかった。ずぶりと沈みこみ、液体がさらに手にべったりとついた。
これは――あぁ。私には穴が空いたのか。
嗚咽や泣き言でなく、ミルキーは先の液体を吐き出した。
霞む目でこれを血液だと認識した途端、野次馬の悲鳴が耳を裂く。そしてそれもすぐに途切れて、ミルキーの肩ごと悲鳴の主が消し飛ばされ、あとには肉の残骸だけが残る。
一瞬の冷却の後に焼けるような痛みが走り、血が迸った。次にオルタナティヴの叫び声がして、だんだんと遠ざかっていった。
脚、脇腹、腹部と次々になくなっていく感覚。
どうしようもなく濃厚で不快で、最後に首が切り離されるまで、慣れることはなく、ミルキーはただ一片の肉塊となった。
☆オルタナティヴ
最悪の事態が起こった。
アンチルを殺したままその場にとどまっていたらしい敵に襲撃され、ミルキーが目の前で殺された。拾えたのは腕だけだった。
魔法の水流が人間越しに襲ってくるなど予想しておらず、間に合わなかった。
敵が退いた気配はない。このままでいればオルタナティヴも同じ運命を辿ってしまう。
ミルキーの腕だけを抱え、全力で飛び出した。
路地が抉れ、破片が巻き上げられ、赤の水溜まりが崩壊する。
空中に出れば向こうも狙ってくるのは当然だ。破片を蹴って不規則に動き、水流をかわす。
荷物がある以上、わざわざ戻ってくるのは危険すぎる。この一度で水流の発生源、つまり魔法少女を捕捉しなければならない。
水流が飛んで来た方向へと跳び、水の凶器とすれ違い、鈍く光る殺人者の目を見た。
「輝いてるね」
上空に向けて、殺人者はそう言った。
オルタナティヴは屋上に着地し、水流のまだ狙ってくる中を駆ける。次に撃たれるより先に、相手の視界から外れてしまえばいい。
ある程度遠ざかったとき、地上へ降りて建物たちの影に隠れるのだ。
だがそれだけじゃ不十分だ。一刻も早く安全地帯へと逃げ込むため、オルタナティヴは速度を落とさずに考えを実行に移し、水流がもう追ってこないのを確認した。
今は、ミルキーに待っていてもらわなければならない。
けれど、オルタナティヴは必ずや悲しみを絶やす。また誰も、周囲にいなくなってしまったとしても。
端末に届く『悲しいお知らせ』を無視し、オルタナティヴは少女の柔肌に誓いのキスをした。
前半戦がこのあたりで終わりました!というわけで一部魔法少女のステータスを公開します!
☆アンチル
破壊力……☆
耐久力……☆☆☆☆
俊敏性……☆☆☆
知性……☆☆☆
自己主張……☆☆☆
野望/願望……☆☆☆☆
魔法のポテンシャル……☆☆
☆ミルキーシューティング
破壊力……☆☆☆
耐久力……☆☆
俊敏性……☆☆☆☆
知性……☆☆☆
自己主張……☆☆
野望/願望……☆☆☆
魔法のポテンシャル……☆☆☆☆☆