魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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第5章 平行線におやすみなさい
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 ☆オルタナティヴ

 

 水流の魔から逃げおおせたオルタナティヴは、自室であるアパートの一室へと戻ってきていた。

 ミルキーの腕といっしょに、である。

 

 オルタナティヴ、及び織姫は独り暮らしだ。家族はお金を出してくれている親戚しかいない。

 魔法少女として過ごせば節約できるため最低限ですんでいるし、娯楽は人々の笑顔で十分だ。

 だから、家には誰もいないのが当然だし、ちぎれた腕だけが鎮座していても騒ぎにはならない。

 

「始めるよ」

 

 オルタナティヴはミルキーの腕をしっかりと握り、温度を失ったそれにもう一度キスをした。

 

 二度目の口づけこそオルタナティヴがその魔法を使うトリガーである。

 死因、生前の最期の記憶、ミルキーの死に関わる全てが粘膜を通し、遺された骸と少女とのあいだを行き来する。

 

 しだいに情報は加速し、オルタナティヴの意識を連れ去り、こことは異なる世界を展開する。

 

『誰かを助けられる』魔法。

 それはすなわち、助けられなかった出来事をやり直す魔法である。

 オルタナティヴの意識を身体から切り離し、過去へ飛ばす。たどり着いた先において、もう一度チャンスを得る。

 

 そこで救うことができたなら、世界は変わる。オルタナティヴが望んだ、悲しみの無い形に歪められる。

 

 

 そんな自らの魔法を行使したオルタナティヴが目覚めたのは、自分の部屋でだった。

 先ほどまでオルタナティヴのいた時間から、1時間も前じゃない。せいぜい数十分だ。

 ミルキーと合流する直前のオルタナティヴへと、彼女は戻ってきていた。

 端末を確認して、すでにミルキーからメールが届いている時間だと知る。

 

「行かなきゃ」

 

 この世界での行動は、過去に戻る基点にした者の生死のみが現実に影響する。オルタナティヴが何人殺しても変わりはなく、記憶は何もフィードバックされない。わざわざ元と同じ行動をする意味はない。

 

 すぐそこにある窓から、ひょいと外へ出た。二度目の夜風はオルタナティヴを急かしているように前髪を揺らしてくる。

 自室の窓を閉め、軽く跳んで隣の民家に着地した。それから全速力をもって、飛び出した。

 

 夜を切り裂き、少女が突き進んでいく。遠くには目的地を同じとする星空の少女が見える。彼女の到着より前に、ネオン街に立たなければいけないだろう。

 

 現実世界で行えば大災害に成りうるうえ、影響がなくとも罪悪感が大きいので本気はなるべく出さないと決めていたのだが。ミルキーはオルタナティヴのそばに残った最後の魔法少女だ。

 アンチルの、ヒトミの、トランホルンの、そして、もっと過去に出会った魔法少女たちのぶんだけ噛み締めてきた後悔を、また味わうわけにはいかない。

 

 故に、衝撃波で家屋が壊れようとオルタナティヴは突き進んだ。

 ネオンサインが千切れて文字を成さなくなり、歓楽街はあえぐ声のかわりに悲鳴が飛び交い、燃えていた炎は火種ごとかき消された。

 

 時間はアンチル死亡のお知らせが届けられたころだ。つまりすでにアンチルは消えている。いずれにせよ彼女を助けることは不可能だが、考慮しなくていいのは利点か。

 そんなことを少しでも考えてしまった自分を嫌悪し、オルタナティヴはあたりを見渡した。

 

 瓦礫の山のてっぺんが動き、いくつかの木片を吹っ飛ばして銀色のコスチュームの端、続いて本体、着用者が出てきた。

 アンチルを殺し、これからミルキーも殺すはずだった者だ。

 

「派手だなあ、これじゃあ魔法少女じゃなくて怪獣だよ」

 

 ただ瓦礫の雨を受けただけらしい。相手の傷は少ない。衝撃波の直撃なら並の魔法少女でも破裂するはずだ。

 異常な耐久力を持つ相手という可能性もあるが、極めて低い可能性だろう。

 

 オルタナティヴは相手の名を把握するでもなく殴りかかった。戦力があの水流ならば数度は受けられる。他にあったならその時考えればいい。

 

 すると相手の魔法少女は背中にあるバーナーらしき部分から小さな火を出し、それをオルタナティヴへと移してしまった。

 燃え移ったのではない。指が鳴ったと思った瞬間には火種がオルタナティヴになっていた。そのせいで動きが一瞬鈍り、回避の余裕を与えてしまった。

 

「いいね。地味っちゃ地味だけど、それでも髪も瞳も動きもキラッキラで羨ましい」

 

 魔法自体はあの炎を操るものなんだろう。回避の方法がわからないため、オルタナティヴは一旦吹き飛ばされた瓦礫の中へ、相手の様子をうかがいつつ移動した。

 その間相手が動くことはなかったものの、オルタナティヴから目線を逸らすことはなく、互いに睨み合ったままの時間が過ぎていた。

 ミルキーの到着はもうすぐだろう。視界を遮る野次馬が既にいなくなっているため、まだ先程より好条件のはずだ。

 それに、相手の興味はいまオルタナティヴにある。自身が囮になることで助けることに成功するかもしれない。

 

 オルタナティヴの魔法によって作られた時空では、魔法の使用に使われた遺体の死因が重要となる。そうなってしまった原因を回避させればいいのだ。

 だから今回は、ミルキーが殺されたはずの時間を越えて彼女を生存、無事逃亡させるのが目的になる。

 

 次の相手の攻撃は水流によるものだった。勘づいた瞬間に回避を試み、コンクリートの地面が抉れ、オルタナティヴは不格好に吹き飛び、瓦礫に紛れた。市街地はやりにくい。

 相手の狙いが定まらなくなったのは幸いだが、向こうの注意を引き付けたいオルタナティヴにはそこまで入り用なわけでもない。

 

 相手が目で追って、武器を構える瞬間に飛び出して再び拳を振りかぶった。射出される高圧の水流と拳がぶつかり、水を裂いてオルタナティヴが進む。

 

「うわ、ちょっ、なにさそれ!?」

 

 相手が驚きを表に出している間に推進力を強め、水流の源であるホースの先端に到着した。

 強く握って口を下に向け地面に突き刺してやることで一時的に封じ、顔面に向かって蹴りを繰り出す。

 

 反応速度が間に合っていない。魔法少女の端正な顔が歪み、口からは白い固形物が赤い液体を伴って2つほど飛び出していった。

 

「こんなの、キラキラじゃないッ!」

 

 彼女はどうやら怒っているらしい。しかし。これからミルキーを殺すのは紛れもなくこいつだ。

 オルタナティヴは彼女をここで仕留めるのが確実だと考えている。

 

 いくら哀れに激昂しようと、相手は殺人者。ミルキーを守るために、潰さなくてはならないのだ。

 攻撃は絶やさない。腹部に肘を入れ、仰け反る彼女を殴り付けた。目が恨みの色に変わっていく。

 

 その目を拳で潰し、拳に噛みついてくる相手を蹴り、瓦礫の山に吹き飛ばした。

 

 彼女もまた、まだ魔法少女候補生である身だ。過剰な負荷に変身が解けた。

 しかも運が悪かったのか、壊れずに立っていた鉄柱の残骸が胸から生えるようにして突き刺さっていた。

 

 魔法少女のときよりも幼い容姿の彼女は、もう動かないだろう。

 

 こうして魔法少女を圧倒したところで感情は変わらない。あるのはミルキーを助けられた安堵だろうか。

 純粋な身体能力の差か、経験の差か。幾度とやり直そうとして、幾度と失敗してきたオルタナティヴにただの殺人者は敵わない。

 

「オルタナティヴ……?」

 

 背後から声がした。状況が飲み込めないミルキーだった。確かに、連絡を入れただけの相手が先行して少女を殺していたなら驚くに違いない。しかも街の惨状もある。アンチルの生存すら怪しくなるだろう。

 

 オルタナティヴは彼女が無事であることで、やっと息をついた。これで助けられた。元の世界に戻ったなら、彼女も生きているはずだ。

 

 時刻が重なったことで、オルタナティヴの魔法によって作られた仮初めの世界は終了していく。

 

 ナイフを構え、オルタナティヴへと飛びかかろうとする少女……ミルキーがいることを、本人が知らぬままに。

 

 

 世界は魔法によって変えられた。オルタナティヴの自室には先程まで存在していなかったどころか、存命してさえいなかったミルキーが立っていた。目的は達成され、オルタナティヴは彼女に微笑みかける。

 

 だが、状況を呑み込めておらず、何よりも諦めをもってその短い生涯を終えさせられたミルキーが受け入れられるわけがない。

 

「私、なんで生きてるの?」

 

 彼女はオルタナティヴに詰め寄ってそう聞いた。

 詰め寄られた側は笑って、自分が助けたんだと答えた。いつもどおりだったら、オルタナティヴは相手に感謝される場面だったろう。

 

 ミルキーの命の恩人とも言える少女は真実だけを伝える。ミルキーは本当は殺されていたこと、自分の魔法のこと、そしてアンチルのこと。

 話が進むにつれてミルキーの表情は歪み、強く歯を食い縛っていく。歯どうしの擦れる音がし、ついには心情が吐き出された。

 

「どうして私を助けたの」

 

「友達、だから」

 

 ありきたりな理由で、オルタナティヴにとってはこれ以上ない答えだった。

 

 そして、ミルキーが最も求めていない答えでもあった。

 

「どうしてアンチルを見捨てたの」

 

「私には助けられない」

 

「何で。私ならいいのに、私なんかでも助けてくれるのに、小森姉さんの何がダメだっていうの」

 

 オルタナティヴは悲しい顔をして、自らの魔法を説明しようと試みる。

 魔法は遺体を基点とするもので、死体すら確認できない彼女には使えない、と。

 

「そう。なら、私が見つけてみせる」

 

 ミルキーは助けてくれたはずのオルタナティヴに背を向けた。彼女の心はアンチルにしか向いていない。

 

 ……これは。仲間を、友達を、助けたといえるのだろうか?

 

 オルタナティヴにはミルキーを追うことができず、ただ見送るしかなかった。

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