☆ミュウジカ
第3試験ともなれば、運営と通じていたともいえるラヴリンスやミュウジカも知らされていない内容のものだった。
ドラゴンの件はミュウジカの魔法を使えと言われたので知っていた。
魔法の国から持ってきたのか誰かの魔法で作ったのかわからない巨大なドラゴンの骨に魔法を使い、死ぬほど疲れたのを覚えている。
そしてそのドラゴンが人死にを出したことも。
だからこれ以上、自分から動きたくはなかった。
けれど裏切り者がいると知らされれば不安にもなる。
誰だってそうだ。今まで信頼していた相手が、実態は殺人鬼であるかもしれないのだから。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
アンチル。ミルキーシューティング。
二人もの魔法少女が死んだという知らせが入ってから一夜明け、朝の博音家には何も変化がなかった。
テーブルには雑誌と空のティーカップだけが乗っている。
姉の
魔法少女のまま眠るのはまだ慣れない。目覚めに頭が痛くなく、体も重くないのは素晴らしいことだが。
対して妹の
それどころか今までのどの試験においても動揺を見せず、ただミュウジカに全てを任せてきた。
影で何をしているのか、ミュウジカには知るすべがない。
日常生活でもそうだ。せっかく架菜よりずっといい大学を出たというのに就職しようとしない。
家で家事手伝いと称して無職の生活を送っており、しかも料理だけは頑なに架菜にばかりやらせ、そのうえで真愛夜を養うために架菜は苦しい労働を強いられている。
よって、架菜は真愛夜のことが嫌いで、でも逆らうことはできなかった。年も上で姉の立場であるはずなのに、傲慢で最低の女に強く出れないのだ。
嫌われたら困るからともいえない。確かにこの家には真愛夜しか家族はいないのだけれど、たったそれだけの理由じゃ嫌悪は打ち消せないだろう。訳は本人にもわからなかった。
「さっさと朝食にしてくださらないかしら、一日が始まらないわ」
「はいはい」
腹を空かせた真愛夜には、さっさと用意してあげなければいけない。材料は適当に見繕えば問題はない。
悪くなってしまいそうなモノもない、いちごはとうに使いきった。今日は軽くフレンチトーストにしよう。
ミュウジカは慣れた手付きで調理に取りかかり、時々テーブルに乗った雑誌を眺める真愛夜の様子を窺った。
「あぁ、そうそう」
思い出したように真愛夜は口を開いた。
オーブンにかけ終わったフレンチトーストを皿に出して、さっさと運びつつ視線で続きを促した。真愛夜は小さな咳払いを挟んで続ける。
「この家にトラップを仕掛けておいたの」
何を言い出すのやら、家主である自分に断りもなく罠を仕掛けたという。しかも思い出したようにである。
あのまま忘れてしまって、言わなかったらミュウジカはどうなっていたことだろう。
彼女はいつもこうだ。いつも架菜そっちのけで行動を起こす。改善される気配などかけらもない。
だから、言っても無駄な不満を言いたいのをこらえて、聞き返すしかない。
せめて言われておきながら被害に遭うのは避けたいからだ。またどんくさいなどと馬鹿にされる。
「トラップ、とはどういうことですか?」
「私の魔法はわかるわよね?」
「まぁ、はい」
姉妹で魔法少女だということが発覚したときしこたま使われた。忘れるわけがない。
ラヴリンスの持つ『プラスの感情を包装する』とは、包みを開ければ爆発するプレゼントボックスに感情エネルギーを詰める魔法だ。強い感情であるほど強い威力の爆発物になる。
そして中身は食らった相手に渡されるのだ。
つまり、ダメージを受けたのにハッピーにさせられ、冷静な処置に移れないなんて事態になる。何度も食らって、何度もハイにさせられてきた。
効果が切れたときの疲労も半端なかったし、恥ずかしくてまさに穴があったら入りたいと思ったのを覚えている。
その感情地雷をこの姉妹で暮らす家に仕掛けたのだ、と真愛夜は言う。本当に危なかった。生身で踏んでいたら死んでいただろう。
対侵入者用なら心身ともに強化されている魔法少女たちを足止めできるだけの感情の強さが必要だ。ただの人間に耐えられる代物ではまずない。
そうして架菜が死ねば、真愛夜には野垂れ死にの未来が待っているだろう。危ないところだった。
自分がいなくなったら誰もこの女を世話したがらないに決まっているのだ。
「裏切り者が後をつけてきていたら困るもの。ただでさえ私たち、恨みを買っていたのに」
肝心の真愛夜はというと、そんな可能性は考慮すらしていないようだった。
あくまでも第一は自分の身ということなんだろう。
「それで、トラップの位置は?」
「あなたならわかるわよ。何度も踏み抜いて来たじゃない」
盗聴の魔法が使える者がいることを警戒してか位置までは言わなかった。いや、彼女がそこまで考えているだろうか。恐らくは考えていない。
単にミュウジカがうっかり踏んで驚くのを楽しみ、からかいたいだけに違いない。
しかし真愛夜の言うとおりミュウジカにはラヴリンス謹製感情地雷の見分けくらいはつくよう鍛えられている。
実験台にされた故にだいたいわかる。その点だけで言えば、あの地獄の時間にも意味はあったのかもしれない。
「わざわざ教えたんだからヘマはしないように」
「わかってます」
余計な釘を刺された。その釘で空いた穴からやる気が抜けていく。きょうはもうサボって寝たい。
「ま、そういうことよ。丁寧に仕込んだから無駄にしないでね」
そうとだけ言うと、真愛夜はミュウジカからフレンチトーストへすべての注意を向けた。彼女の言うことはもっともだ。
強い感情を調達しなければ、爆弾も作れない。ひとつ無駄にすれば大きな手間がかかる。
ミュウジカは日頃から注意しなければと自分の頬を叩いて気合いを入れ直し、そして朝食を食べようと椅子を引き、そこに腰を下ろそうとして、下半身に衝撃を受けた。
「……あっははは! 綺麗に引っ掛かってくれたわね!」
なにかと思えば、椅子に仕掛けられた爆弾が爆発したのであった。
こうなることを見越してあまり強くない爆弾であったようだが、わざわざ引っかけるためにここに仕掛けたのだろう。
本当に意地の悪い女だと思う。くすくす笑う真愛夜に聞こえないよう舌打ちだけすると、尻をさすって座り直し、自分で焼いたフレンチトーストを手に取った。
「料理だけじゃなくて、私生活も気を張りなさいよね。おいしかったわ、ごちそうさま」
この状況で平然と真愛夜は自室に帰っていく。
その行く先からする爆発音はなく、仕掛けた本人が気を付けろと言っておきながら引っかかってしまうミュウジカが爽快な展開にはなってくれないらしかった。
廊下の奥で、真愛夜がラヴリンスへと変身するのが見える。
用心するに越したことはないようなことを言っていたが、今さら変身するのは少し遅いような。
ミュウジカがそう思った途端、ラヴリンスの喉元へと飛びかかる2メートルほどの影が見えた。
「は!?」
ミュウジカが走りだし、影が廊下に叩きつけられた。真愛夜の部屋の窓、および扉が壊されている。
日常を過ごす場所のため、気を張っていられないために罠を仕掛けていなかったんだろう。
影は2メートルの体長はあるが、既存の生物ではない。魔法少女でもないだろう。
その影の正体はドラゴンだった。第2試験に必要だといわれミュウジカが生み出したものよりずっと小さいが、翼を備えていること以外はそっくりだった。
運営が、必要なくなった内通者を消そうと送り込んだのだろうか。いずれにせよああしてラヴリンスが襲われていた。こいつは敵だ。
ミュウジカは踏みつけることでドラゴンの動きを止め、その間に袖をまくり、そしてドラゴンの腹部を殴打した。
あの巨大ドラゴンと構造が一緒ならば腹にはまだダメージが通るはずだ。
全身の堅さは体躯あってこそで、こいつはきっと装甲もさほど厚くない。予想通り殴打は通じているらしく、伝説の怪物らしからぬ悲鳴をあげてドラゴンはもがいた。
踏みつける足が振り払われ、相手は体勢を立て直そうとする。
直させてはならない。前線に立って戦う魔法少女ではない姉妹は戦闘能力でドラゴンには敵わないだろう。
ドラゴンに取りついて妨害を試みる。だが力が強すぎた。ほどかれた拘束に噛みつかれ、ミュウジカの腕から血が溢れた。
相手は逃亡に切り替えたらしい。慌てて走っていくドラゴンの後ろ姿を追いかけようと思ったとき、ラヴリンスがミュウジカを止めた。
「見てなさい」
爆発音がした。ドラゴンがバランスを崩し、勢い余って壁に激突した。
ラヴリンスの仕掛けたトラップが、予想外の役立ち方をしてくれたのだ。
ミュウジカは小さくガッツポーズをし、ラヴリンスに背中を叩かれた。次の瞬間にはふっと喜びが抜け、頭が冷静になる。
「これ使いなさい」
どうやらミュウジカの小さな喜びは簡単な包みに入れられてちょっとした爆竹がわりになったらしい。
手渡された自分の感情を手に、痙攣するドラゴンに近寄っていく。
だらしなく開いた口に包みを差し入れ、両顎を乱暴に閉じさせた。
口内と下顎があのドラゴンの弱点だと生み出したミュウジカは知っている。
包みが爆発を起こし、衝撃が弱い下顎を突き破って外に解放される。
フローリングが血で汚れ、ミュウジカは嫌な顔をした後にドラゴンをつついて仕留めたことを確認して、ラヴリンスの方へ駆け戻った。
「大丈夫ですか!?」
「えぇ、私はね。あなたが大丈夫じゃないでしょう」
そういえば、腕の肉が持っていかれていたんだった。ミュウジカは自分の腕を撫で、自らの魔法で強制的に治療する。
ミュウジカに肉体の耐久力自体はないが、痛みへの耐性や抵抗の無さでいえばラヴリンスより血まみれに向いている。
自分とドラゴンの血がぶちまけられ、遺骸までが転がっているフローリング。真愛夜の部屋では破損したものもある。
後片付けが困ったことになった。
しかもこの家の場所が裏切り者へ割れているかもしれないのだ。
しかも小さなドラゴンを生み出す、あるいは手懐けられる魔法少女に。
いっそのこと、ホテルに避難するのもありかもしれない。
ミュウジカは台所で雑巾を探しながらそう考えていた。