魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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4.デートの日

 ☆C/M境界

 

 結局、燃々煌綺が三条家の持つマンションに帰ってきたのは夜が深まってからだった。

 心配したんだぞ、と言うと楽しそうに笑っていた。

 

 夜遊びを覚えていたら彼女の変身前の家族はどう思うだろうか。魔法少女としてどうなのか。

 確かに魔法少女の容姿は完璧で、相手を助けることになる……のだろうか。そのへんはあまり考えたくはない。

 

 とにかく燃々煌綺に怪我はないようで、一夜明けた今も我が物顔で三条邸のソファーを堂々と使ってくつろいでいた。

 お菓子を開け、炭酸をがぶ飲みしているという実家にいるようなだらけっぷりが姉に重なってしまう。煙の悪い癖だ。

 

 そして姉に重なるだけあって、こいつは動かさなければという気概が湧いてくる。

 魔法少女として働かないのは駄目だ。よくない。

 

 ネクロノーム及び燃々煌綺の監視の拠点は、煙が自由に使えてなるべく人のいない新しいマンションとしているのだが、二人の変人の世話するのは骨が折れた。

 家事手伝いが欲しいと二桁は思っている。

 

 魔法少女の体力なら疲れないが、疲れないなりに気分転換したくなるというものだ。

 ネクロノームは貸した部屋に籠ってミコと連絡を取ろうと試みているらしいので置いて行っていいとして、C/M境界は燃々煌綺を連れ出そうと考えた。

 

「おい、燃々煌綺」

 

「しーえむちゃーん。どうかした?」

 

「買い出しに付き合え」

 

「なんで、魔法少女はお腹すかないよ」

 

「そうだが、お前らが食うせいで私の兄弟が帰ってきたときに困るんだよ」

 

 燃々煌綺はC/M境界の袖をひっぱり、上目遣いであざとく言った。

 

「しーえむちゃん、そういうときは庇ってくれるよね?」

 

「嫌だ」

 

 一蹴した。

 

「そんな義理はないし、しかも私だぞ。ねむ姉ならともかく、怒られるし心配されるに決まってる」

 

 三条煙は紅茶以外の嗜好品を好まない。お菓子類はあくまでもお茶のお供だ。少なくていい。

 それに煙は少食だ。あまり食べると晩御飯が入らなくなってしまう。

 

 その煙が、大量のお菓子を消費していたということになったら。ストレスからのやけ食いかなにかだと思われるだろう。

 確かに魔法少女選抜試験のせいでストレスまみれではあるものの、やけ食いに走るタイプじゃない。

 

「そうなんだ」

 

 燃々煌綺は軽く流して、いってらっしゃいと気の抜けた挨拶をしてきた。

 言うことを聞く気のない態度にC/M境界は彼女の襟元をがっと持って顔を近づけると、強めのデコピンをかますのだった。

 

「私は付き合えと言ったんだ」

 

「うぅ、やだよ」

 

 何故そこまで外に出たくないのだろうか。

 

「寝食を提供してもらっておいて言うことが聞けないのか」

 

「別にここにいなくても衣食住はあるもん」

 

「じゃあなんでうちにあるお菓子を食った!」

 

「そこにお菓子があったから、かな」

 

 名言を決めたようにどや顔をする燃々煌綺にまたデコピンをくらわせて、強制的に立たせた。

 

「やだなぁ」

 

「どうしてそんなに嫌がるんだ、ただの買い物だっていうのに」

 

「そこだよ。ただの買い物って、なんにもキラキラじゃないし、しかも今日はくもりだよ! 一番微妙でだっさい天気じゃない!?」

 

 相変わらず、こいつの価値観はまったくわからない。

 とにかく自室にまで引きずりこんで、強制的に魔法少女衣装とばれないように変装を施してやる。

 

 テンションが下がりに下がっている様子だったが、煙の持っている最大限かわいい系の服を着せてやるとけっこう持ち直したらしく出かける気になってくれた。

 今度はテンションが高くて扱いにくくなったような気もしたけれど、とりあえず買い出しのため彼女を連れて大きな駅の前まで行くことにした。

 

「やっふぅ! 昼間も悪くないね!」

 

 そうすると結局、燃々煌綺はいつも以上に機嫌がよかったのだった。

 

 燃々煌綺のコスチュームではコスプレ少女にしか見えず、ただ可愛らしさで目をひかれるという人は少ない。

 

 だが今の格好ならどうか。

 上着を着替えてもらい、ジャケットの内にホースなんかをしまって、ちゃんと道行く通行人になれるようにした。

 背中のリュックももともと背負っていたボンベを収納するためのものでやけに大きいのだが、ファッションの一環にしっかり馴染んでいる。

 燃々煌綺が可愛らしいからだ。

 

 一方のC/M境界も痛いくらい視線は感じていた。活動場所付近を選んだのは間違いだったであろう。

 ここらでC/M境界は有名だ。たとえ服装をごまかしていたとしても顔が知れている。

 あのときはありがとうございました、だなんて絡み方をしてくる奴もいる。

 

 嬉しくないわけではない。でもいちいち構ってもいられない。会釈もほどほどに、さっさとデパートに入る。

 

 さすがにこのあたりではもっとも大きな駅前のデパートだけあって、人通りも多い。視線も慣れてくる。

 慣れないのは、むしろ燃々煌綺の態度だった。

 

「見てみてこれ! かわいい欲しい!」

 

「自費で買え」

 

 かれこれ二桁はこのやりとりを繰り返している。

 こいつは何だろうと興味を示していちいち立ち止まるので大変だ。

 目的のお茶のお店までたどり着くのにそこそこの時間を要した。

 

 道中で一度、燃々煌綺が趣向を変えて誘ってきた店舗があった。

 それ以後はただかわいいだのキラキラだのしか言わなかったので、このときだけは純粋に必要だと思ったのだろうか。

 燃々煌綺は刃物のお店でだけは、台所の包丁がダメになってるやつがあったと言い出したのだった。

 

 彼女の言う通り、包丁の扱いがよくわからず、変な扱いをしてしまった覚えはあった。

 一方の燃々煌綺はというと、台所については自炊くらいしたことあるとのことで、多少はわかるらしい。

 特に刃のキラキラは綺麗なのでいい刃について調べたこともあるんだとか。

 

「お、これよさそう」

 

 あらかじめ値段とのバランスも考えろと言っておいたところ、予算内におさまる候補を3つほど持ってきた。

 C/M境界には良し悪しがわからず全部買うことにしたが、燃々煌綺は今日一番のドヤ顔でありまたデコピンを所望のようだった。

 

 勿論威力は今日一番で応えてやった。

 

 というのがお茶のお店に着くまでで、お茶を買ってからも振り回され、C/M境界は気分転換にぜんぜんなっていないような気がしていた。

 そこでアイスを買ってやるから休憩しよう、と提案して、ふたりで屋上へ赴いた。

 たまにヒーローのステージなんかをやっている場所の前にあるベンチに腰掛ける。

 

 爽やかなラムネアイスを食べながら、C/M境界はかすかに思い出を脳裏によぎらせていた。

 

 幼少の記憶、合歓の生きていたころ。

 やんちゃだった煙は姉をあちこち連れ回し、運動の苦手な彼女を疲れさせていた、なんて他愛ない思い出だ。

 思えばあのときも自分が買って貰ったのはラムネアイスだっただろうか。人の好みはそう変わらないのかもしれない。

 

「そうだそうだ! しーえむちゃん、聞いて!」

 

 こうして目を輝かせて話を聞いてもらおうとするのも、合歓と煙にそっくりだ。

 燃々煌綺は変な奴だが、きっと合歓から見た煙もそうだった。受け入れてこその姉だ。

 やさしく話を聞く姿勢で応える。

 

「このまえなわばりでさ。変なおじさんがいてさぁ……」

 

 こういった雑談もまた、微笑ましい思い出になるのかもしれない。C/M境界は思わず口元をゆるめる。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「ああ、聞いてる」

 

「ほんとに? 聞いてなかったらもうお話しないんだから」

 

「それは困るな、ちゃんと集中しなきゃな」

 

 本当に妹ができたみたいで、三条煙は初めて上の立場に立って考えた。

 話を聞いてやるうちにアイスはなくなっていき、やがて何もなくても燃々煌綺が笑って話してくれているようになった。

 

 ふと、C/M境界は先日の夜、アンチルとミルキーシューティングが死んだ日、何をしていたのかがきゅうに気になった。

 合歓のことを想っていたからだろうか。危険な目に遭っていたらどうしよう、という気持ちがある。

 

 姉のような立場故に守りたい気持ちと、合歓のことを受けての失いたくない気持ちとが混ざっているのかもしれない。

 

「そういえば、あの夜。燃々煌綺はどうしてたんだ。あのなわばり、ボヤ騒ぎがあったんだろう?」

 

「あぁ、それ? 害虫駆除ってやつだよ」

 

「害虫駆除って?」

 

 夜の街での害虫、とはなんだろう。麻薬取引なんかの洒落た言い方か、あるいは本当にスズメバチとかだろうか。

 ボヤ騒ぎは燃々煌綺の魔法で起こされたもので、人の注目を集めたり熱で追い払ったりをしたのだろう。

 

「うん、あそこには似つかわしくない、地味臭くて胡散臭くてやってらんないやつ」

 

 何か引っ掛かった。暴力団やスズメバチに対してそんな形容をするだろうか。

 どちらもむしろ派手な格好をしているだろうに。

 

「……まさか。それって」

 

 C/M境界の記憶が正しければ、あの子は控えめな和服で顔も隠れていて、そんな形容が合うような。

 とにかく口に出し、聞いてみなければわからないことだ。

 

「魔法少女じゃ、ないよな」

 

 魔法少女アンチルは、彼女に言わせればそんな存在なのではないだろうか。

 

「そうだよ。箱被ってて、わざわざメール送って呼び出して来たの。あぁ、あと星空みたいな中途半端なやつも居たね」

 

 確信した。

 

 こいつは人殺しだ。アンチルも、ミルキーシューティングも、こいつが殺している。

 おかしい奴なのは当然だったのだ。

 

 今までの保護欲がすうっと抜けていくのを感じ、C/M境界は一度深呼吸して、持っていた荷物を後方へ投げた。

 屋上の出入り口にぶつかって、がしゃんと包丁が3本落ちる。

 

「……そうか。私が間違ってたんだ」

 

 近くにいたはずなのに止められなかった。それはC/M境界の落ち度だ。責任は取らなければいけない。

 

 変装用のコートを脱ぎ捨て、彼女に向かって踏み込んだ。

 危険を感じた燃々煌綺には避けられてしまい、フェンスが代わりに殴打を受けて歪んだ。

 

「ちょ、なんのつもり!?」

 

「これ以上誰かを殺させて堪るか」

 

「待ってよ、おかしいってば! 私は、裏切り者を!」

 

「人殺しには変わりない……私も同罪だ」

 

 遠くへ放ったはずの包丁に魔法がかかり、打ち上げられた次の瞬間には既に燃々煌綺の胸を貫き屋上の床に突き刺さっていた。

 一拍遅れて貫かれた少女が血を吐き、訳がわからないまま逃げ出そうとする。気道に穴が空いたのか悲鳴も出ていない。

 

 C/M境界は彼女を追わなかった。隣の建造物に移っていく相手を眺め、次の包丁を使う。

 残る包丁は2本ある。視線の先へ一直線に落ちていく刃がもう一度少女を抉り、ビルからビルへと移ろうとしていた彼女の身体を叩き落とさせた。

 

 最後の1本を手にして、C/M境界は彼女を撃墜した地点へ赴く。

 血の池に沈もうとしている少女がいる。まだ小学生だろうか。

 燃々煌綺より幼く、本当なら情が移っていただろう。

 

 これは責任だ。そう自分に言い聞かせながら、魔法少女は幼い少女の喉を丁寧に裂いた。

 

 生理的に不快な手応えが彼女の死を伝え、溢れ出す生温かな液体が自分は人殺しであるとの自覚を起こさせていた。

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