魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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第6章 テノヒラガエシ
1.誓いと覚悟


 ☆パフェクトスイート

 

 あの時、苺坂千代は怯えていた。

 

 魔法少女としての仕事でカッシェーラを伴わないのは初めてで、しかも相手は戦う魔法少女だった。

 第1プランの奇襲で誰かを消せればよかったのに、全員に避けられ、結果として素性まで晒さなければいけなくなった。

 特にグラナティオは無理だ。変身を解いてまで抵抗の意思はないと示さなければ、あれを納得させる前に殺されていたであろう。

 

 パフェクトスイート程度で勝てる相手ではないし、数でも負けている。

 せめて巨大ドラゴンでもいればなんとかなったかもしれないが、それは夢物語で、その場合でもパフェクトスイートの命は保証できないであろう。

 

 どうしてわざわざ呼び出しをかけ、襲撃しようとしたのか。

 単純に、パフェクトスイートは上からまた始末の仕事を押し付けられていたのだった。

 ギャーサでもいい、グラナティオでもいい。

 魔法少女の強さが抜きん出てしまっていては面白くなく、また彼女たち戦う魔法少女が消されれば危機感も大きくなるだろうという上の見立てだった。

 そしてそれは、簡単に消せる相手ではないことで頓挫した。

 

 結局パフェクトスイートは投降するポーズをして懐へ潜り込むことに成功した……のだろうか。

 何度も晒している以上苺坂千代としての生活も安心安全とは言えず、びくびくしながらクラスメイトの話を聞き流さなければいけなくなっていた。

 

 そんなある日のこと。

 クラスメイトの他愛ない、例えば少し離れた駅前のあたりで女の子の死体が見つかった件で、女の子の着ていた服から容疑者が出てきたなんて女子高生らしくない話題をつまらなく聞いていたときのことだった。

 

 千代は突然肩を叩かれ、怪しい人に絡まれるのかとため息混じりに振り返った。

 するとそこには日常風景において見慣れない顔、だが見覚えのある顔があった。

 

「やっほう、千代ちゃん。言われたとおり調べてきちゃった」

 

「なっ、鯨身刈葉ぁ!?」

 

「イエス! 刈葉さんだ!」

 

 信じられないなら調べてみろ、と言ったのは確かに千代からだったが、わざわざ話しかけてくるとは思わなかった。クラスメイトがざわめき、千代抜きで話そうとしている。

 

 よく聞くと、クラスメイトたちは千代のところへ来るのがいつものイケメンではないことに驚いているらしい。二股両性愛説と姉説のふたつが囁かれている。

 まずどちらも恋人ではないし、あの男装の奴も女だし、どちらも血縁関係にはない。ただの知り合いという考えはないのだろうか。

 

 千代が黙っているあいだに刈葉がクラスメイトになぜか積極的に絡みに行っていた。

 やめてほしい。「あの子との関係?そうだなぁ、人に言えない関係ってとこかな」じゃない。誤解しか招かない言い方をやめてほしい。

 クラスメイトたちもそいつをおだてるのをやめてほしい。明らかに調子に乗っている。

 

「いやぁ、美人とか、たまに言われるけど? ありがとう?」

 

「で、刈葉さぁん? なんでわざわざここにぃ?」

 

「あぁ、それね。観察に来たっていうか、そんな感じだよ」

 

 暇だっただけで一度殺しに来た相手に会いに来るとは相当肝が据わっていると言うべきか。

 いや、単に今の千代は脅威足り得ないと思われているだけなのだろう。

 

「せっかくだしさ。協力者として、相手のことくらいわかっといたほうがいいよね」

 

 千代としてはそういうわけにもいかない。いずれ裏切る相手のことを知ったとしても、無駄に心を削るだけだ。

 けれどここで断るのも怪しまれる。どうすべきか決めあぐねていると、クラスメイトのひとりがこう言った。

 

「デートの邪魔しちゃいけないから先帰ってるね!」

 

 恋人関係じゃない。千代は言葉も出なくて、表情だけで主張しようとしたけれど、クラスメイトは見てくれなかった。

 

「あはは、デートだってさ。どこ行こっか」

 

「帰りますわぁ」

 

「わお、いきなりお家デート? 気が早いね」

 

「そうじゃありません」

 

 デート何てする気は毛頭ない。さっさと帰って、帰って……何をするのだろうか。

 今は潜り込んでいる。大事をとって上への報告は控えるべきだろうし、あの性格の悪い女のことなのだからどうせ見ているんだろう。

 その他、下手に動けば目的がバレる。つまり仕事は失敗、切り捨てられる。最悪のパターンである。

 

「……でもせっかくですし。スイーツくらい食べにいきませんかぁ?」

 

「お、いいね。その気になってくれた?」

 

「家に招くよりマシですからぁ」

 

 千代の自宅が千代のものであると知られればまずいが、お気に入りのお店程度なら誰が知っていてもおかしくはない。この前も行った、帰り道にあるお店だ。

 

 誰かと一緒に来るのは始めてだった。乱入してくる張子がいるだけで、自分から誰かを誘うことはなかった。

 だけれど、刈葉が一緒にいると周囲のやかましさも気にならないような。刈葉のやかましさで周りなんて気にしてられないというか。

 千代が一言も喋らずとも席に案内されるまでの応対がされ、千代したことと言えば黙ってついていくことだけだった。

 

「そんで、何がおすすめなの?」

 

「……いちごのパフェ、ですわぁ」

 

 初めて店に入ってから話しかけられたし、千代も言葉を発した。

 刈葉は笑って、あっちの名前もそっから来てるのかな、だなんて茶化していた。

 

 ふたりで同じものを頼んで、それが運ばれてきてからは互いにおいしいと数度こぼすくらいで静かだった。集中していた。

 そう、このお店のいちごパフェにはカニを食べるとき以上の集中力を発揮せざるをえない魔力がある。

 

 気づけば時間は1時間近く経っていて、もうパフェもなくなっていた。スプーンを置いた刈葉が一息つく。

 

「……ごちそうさまでした。すごいね、これ」

 

 千代はただ頷いた。食べたのだから全てを解っているはずだ。

 言葉はいらない。刈葉もあれを味わった。それだけでどこか親近感がわくような。

 

「お会計、私が持つよ。こんなの教えてもらったんだから」

 

 ここ最近の千代はこのお店にお金を落としていない。高校生の財布としては嬉しいのだが、若干気が引けなくもない。

 店員さんにも顔を覚えられているらしく、きょうは違う人だと珍しく思っていることだろう。

 

 さて、いつも払ってくれている人だが。

 彼女はちょうど千代を求めて店へ訪れようとしているところであった。

 

「ん? 誰か見てるけどあのイケメンは?」

 

「イケ……まさか」

 

 そのまさかだった。あのヒロイン口説きたい女が誰かと一緒にいる千代を目撃すれば、友達では済ませてくれないだろう。

 目を丸くした稲村張子がずかずかと歩いてきて、刈葉と顔を突き合わせた。

 

「何者だ、お前は」

 

「そっちこそ何者? 千代ちゃんの知り合い?」

 

「あぁそうだ。お前があいつに手を出そうというならオレは戦う」

 

「なるほど、殴りあって決定ね。構わないけど?」

 

 明らかに修羅場になった。どちらにせよ千代と親しいとはいえない間柄のはずなのに、なぜか火花を散らしている。

 とりあえずここは人が多いので、場所を変えてもらいたい。というかもう帰りたい。

 

 千代はこっそり逃げようとして、ふたりに気付かれ、苦し紛れにどうにか場所変えを提案した。

 

「ほ、ほらぁ、魔法少女どうしぃ? やるなら全力でできる場所がいいなーって」

 

 こう言って山の中まで移動してもらうことに成功した。

 私のために争わないでなんて言ってられない状況だが、間に挟まれているのは便利だ。

 

 ここで張子が退く気はないだろう。なら、ここで仕留めてもらうしかない。

 

「そういえば。魔法少女、なんだってな」

 

「そっか。あんたもそうなんだね」

 

「名乗ってからにするか。千代(ヒロイン)を賭けた決闘だ、正々堂々と」

 

「望むところさ!」

 

 なぜか勝利の賞品とされているのだが、確かに勝った方がパフェクトスイートを手に入れる結果になるだろう。

 ふざけたきっかけでの戦いではあっても当事者は真剣だ。

 

 私のために争うどうこう以前に、ギャーサはパフェクトスイートが殺すべき相手であり、カッシェーラはその仕事仲間だ。

 裏切り者であり続けるか、それさえ裏切るのか。運命は彼女たちによって決められようとしていた。

 

 ふたりの身体が変わっていく。より小柄で可愛らしく。

 しかし、どちらも気迫を伴っている。

 

 ギャーサとカッシェーラ、ふたりの戦う魔法少女が向き合い、構えた。

 

「ギア開放、ここで死んでもらおう」

 

「ここに誓うよ、パフェちゃんには傷ひとつつけさせないってね!」

 

 互いに魔法が行使された。ギャーサの身体の紋様が淡く誓いを刻みつけ、カッシェーラの鎧がより攻撃的に組み換えられる。

 必要のない場所の装甲は薄くなったが、拳を包むものはより凶悪になった。

 

 これ以上の小細工などはない。魔法少女の肉体のみが乱舞する時がくる。

 

 互いの拳がクロスカウンターめいて頬に突き刺さり、衝撃が抜ける前に槍が甲殻と火花を散らす。通りはしない。

 カッシェーラは余裕をもった攻撃のため振りかぶったが、ギャーサにはまだ手があった。槍の穂先から飛び出すいくつもの棘である。

 

 予想外の一手に多少の余裕では対処しきれなかったカッシェーラの鎧へと、棘たちは深く食い込むことが出来ていた。

 

 だが身には届いていても、浅い。決定打にはなり得ないだろう。

 

 かくし球だった棘を叩き折り、カッシェーラは必殺技である圧縮された魔法のエネルギー弾を放つことで対抗した。

 槍を回転させての防御を試みたギャーサが弾き飛ばされ、右肩を多少損傷したらしかった。

 

「これでおあいこだな」

 

「おー、今の奥の手? 嬉しいね、初っぱなから全開で来てくれるの!」

 

「あぁ。使いっきりを不意討ちに回すのは確実だが、故にロマンがない」

 

 血は一筋垂れたままにして、眼光を交わすとすぐに激突、再び組み合った。

 

 純粋な腕力では体格や重量の差もありカッシェーラが上か。

 かといって軽装のギャーサも負けていない。力のかけ方によって耐えている。

 あれが戦わない魔法少女ならとうに潰されている状況でわかる、あれは純粋なセンスだ。

 

 千代が感心している間にも、ギャーサが均衡を破るように蹴りを入れようと試み、腹部の薄くなった装甲を貫きダメージを与えることに成功していた。

 少しながら仰け反ったカッシェーラが表情を歪め、血と唾液を一緒に吐き捨てる。確実にダメージが突き刺さっている。

 

「機動では勝てない、か」

 

 カッシェーラの鎧が組み換えられ、右腕に集中していく。

 魔法により巨大な杭を打ち込む武器、所謂パイルバンカーが形成され、切っ先がギャーサを睨み付けるように捉えている。

 

 どうやら一撃必殺を狙うらしい。だが、あからさまな変形に対するギャーサは右腕に注意を配るだろう。

 当然左に回るよう立ち回るし、カッシェーラも右腕による攻撃を狙う。

 

 4度回っても互いに攻撃に出ず、5度目でついにギャーサが脇腹を下から狙って攻勢に出た。

 同じタイミングでカッシェーラの右腕もまた彼女を殺すべく動き出す。

 

 カッシェーラの鎧は今、脇腹には無い。ギャーサのセンスであれば心臓まで的確に貫いていくだろう。

 一方、ギャーサの耐久力であれは耐えられないのも確かだ。このままでは相討ちになる。

 

 千代にとって、相討ちこそ最悪の未来だった。二人とも死んでしまっては困る。パフェクトスイートが路頭に迷う。

 どちらかの戦士に残ってもらわなければ、護衛を持たぬ姫はか弱いだけだ。

 

 二人が動き出した瞬間に千代はパフェクトスイートに変身し、魔法を行使した。

 間に合うように、咄嗟に思い付く限りの魔法の金属板をトッピングさせる。

 

 双方が一瞬でもズレればいい。もう一枚トッピングする隙が生まれる。

 

 貫かれればもう一枚。代わる代わる次々に、たった数秒のうちにパフェクトスイートは何千枚もの金属板を出現させ、徐々に当たる場所を変えさせ、二つの攻撃の軌道を逸らしきる。

 それどころかギャーサの槍は弾き飛ばされ、カッシェーラの装甲は地面に衝突し地面にも装甲にもヒビが入った。

 

 ギャーサも、カッシェーラも、互いに目を丸くして見合ったあと、ふたりで視線をパフェクトスイートに移した。

 

 ごまかしに頭を掻くしかなく、ちょうど飛んできたギャーサの槍は得物に慣れていない演技をしながら掴んだ。茶化せてはいないだろう。

 

「なぜ水を差す」

 

 カッシェーラの目は明らかにこっちを責めている。

 責めているけれど、それはヒロインが危険な戦場に嫌でも赴こうとするのを咎める目であって、パフェクトスイート自身に戦意は向いていない。

 

「あー、私のために……ってやつ?」

 

 ギャーサは一方的に納得したようでいる。

 そう取れるかもしれないが、パフェクトスイートは戦うことを止めたのではなく、相討ちを止めたのだ。

 

「……いいえ、続けてくださいなぁ」

 

 こうなるのが嫌だった。勝手に決まってくれればよかったのに、結局は自分で決めなければいけない。

 この槍をギャーサに渡せばきっと装甲にヒビの入ったカッシェーラは刺し殺されるし、渡さなければ殺す側と殺される側が逆転する。この槍が運命を決めてしまう。

 

 しばし考えて、情を捨ててもう一度考えて。

 パフェクトスイートは手にした槍をギャーサに渡した。

 

 それから、自らの魔法でケーキナイフを出現させ、指を這わせた。

 

 無論指は切れ、血が滲む。これでいい。ギャーサが誓った内容は「パフェクトスイートに傷をつけさせない」だ。

 こうして切り傷が作られてしまった。ならば誓いは破られる。効力は失われるに違いない。

 ケルトの戦士の末路はいつもそういうものだ。信用が身を滅ぼす。

 

 当のギャーサ本人も気づいているようで、手渡してくれたことへの礼を吐き捨てながらも心中穏やかではないらしかった。

 冷や汗が頬を伝っている。

 

「続き、やろっか?」

 

 声を絞り出すギャーサ。彼女の素肌に描かれた紋様が、力を与えるのでなく奪っているようにも見える。

 装甲のないカッシェーラとの競り合いにも負け、吹っ飛ばされていた。すでに結果は明らかだ。

 

 一歩ずつ迫るカッシェーラ。後退りするしかないギャーサ。正々堂々の決闘はどこかへと立ち消えになり、あとは殺すのみだった。

 言い残すことはあるかと問われ、彼女はパフェクトスイートを見る。

 

「……一生怨むよ、パフェちゃん」

 

 あろうことか、ギャーサは笑っていた。

 そしてその笑顔は黒く光る杭によって無惨にも潰され、面影を残さずに破壊された。

 

 残された胴体は変身が解除されたことで刈葉のものに変わっている。

 さっきまで千代の向かいに座って、同じ商品に集中していた女性の身体が転がっている。

 

 千代は可能性を捨てた。

 ギャーサを助け、プレーンやグラナティオと共に試練をこなす未来もあったかもしれないし、今度は四人であのお店を利用することもあったかもしれない。

 

 だが、もう潰えた。

 

「行こう、オレの姫様」

 

 血に染まったカッシェーラの手をとり、パフェクトスイートは頭から幻想を消し去った。

 その幻想は現実にならない。千代が一番嫌うモノだった。

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