☆C/M境界
後日、テレビでやっているのを見て知ったのだが、燃々煌綺の正体は小学生だったらしい。
名前は熱川モエ、過去に母親を火事で亡くしていた。誰にでも明るく、クラスのリーダー的存在だったそうだ。
何人もの顔や名を伏せた市民が、なぜ殺されなければならなかっただの、犯人がはやく捕まってほしいだの、テンプレート返信ばかり口にしていて、心底不快だった。
相手がほんとうにただの小学生だったなら、家族を喪う悲しみを味わった煙は同情していただろう。
それでも、いくら幼くったって、人殺しには変わりなかった。
だから、C/M境界は彼女を手にかけた。
それによって背負う罪は早速三条家に振りかかっていた。彼女を殺したとき、着せていた服は煙のものだった。
服に付着していた髪の毛からだとか、そんな感じで疑いがかけられているのだろうか。
本来ならば、償いのために獄中へ素直に入るべきだろう。だが、今はそうじゃない。
端末には新たな通知が届いていた。あの槍を携えた魔法少女、ギャーサが殺されたのだという。
裏切り者はまだ居るし、C/M境界が人としての償いに甘んじたところで魔法少女は殺されるのだ。
「大変なことになりましたわね、下手したら魔法少女のほうまで指名手配ですの」
ネクロノームはにやにや笑いで言う。
面白がっているらしいが、笑い事ではない。
「どうしますの? 私は襲ってきた魔法少女のこと、この試験を歪めた奴のことならお教えできますのよ」
こんな殺人ゲームを開かせた者の情報は、今のC/M境界に必要なものであった。
魔法少女としての償い。それは負をC/M境界自身が背負い込むことだ。
黙って、ネクロノームの言葉に頷いた。三条煙は三条煙を捨てることを選んだ。
「えぇ、えぇ! それでこそ魔法少女! 正義に燃えて悪徳を成しましょう!」
きゅうに手を握って激しく上下に振ってきた。目を輝かせて、忙しい奴だと思わせてくる。
ネクロノームがどういう企みをもってそそのかしてくるのか、C/M境界にはわからなかったが、それでも元マスターである彼女以上の情報源はない。乗ってやるべきだ。
ネクロノームに手をひかれ、窓際に連れていかれる。
外で響いているのはサイレンだ。窓を開放するとさらにはっきりと警告音が聞こえるようになった。
突然後続の少女に放り出され、アスファルトに四肢すべてで着地することになる。警察官たちの視線が注がれ、数秒の沈黙が場に立ち込める。
「走ってくださいませ!」
その声で我に返った。ネクロノームが背中を叩いてきて、C/M境界の背中を引っ掴んで駆け出す。
後ろからは人の声がいくつもするけれど、振り返ってもしょうがない。いま構っていられるのは、魔法少女だけだ。
脇目すら振らずにネクロノームの進むままに走っていく。
単純な速度で車は魔法少女に敵うわけもない。建物の上に飛び乗り、飛び移りを繰り返し、やがて先程までの拠点があったN市から駅いくつかぶん離れたE市へ突入した。
そのうえでいつもの活動領域からも外れていく。目的地はC/M境界の知る場所ではないらしい。
「……これからどこへ向かう?」
聞いたのはネクロノームの行き先でもあり、C/M境界の未来の行き先でもあった。
「私たちは真実に会いに行くんですのよ。覚悟はできて?」
こうして連れられていく先に、ネクロノームを襲った魔法少女がいるのかもしれない。気は抜けないだろう。罠が仕掛けられている可能性だってある。
どこまで周到な用意がされているかと思っていると、ネクロノームが指したのは存外に普通の民家だった。
表札には櫻井、とある。ここに黒幕が潜んでいると言うのか。
ひとまずインターホンに手をかけようとすると、強い静電気が走ったような痛みと共に弾かれた。
「魔法避けですの、こんなの張れるのは魔法使いだとか魔法少女くらいのものですわ」
ネクロノームの話によれば、第2試験に使ったドラゴンの骨と同じく知り合いの魔法少女に送ってもらったものを悪用されているのだとのことだ。
出所は関係なく、解除法が問題だというと、ネクロノームは人差し指を立てた手をいきなり近づけてきてちっちっちと振ったのち、その指でもう一度インターホンに触れた。
弾き飛ばされるのは同じだ。が、今度は彼女が持つ魔法のメトロノームが反応でもしたらしい。
普通に揺れていたのが急激に減速しついには止まってしまい、対応して魔法避けも効力を失った。
平然とインターホンが押され、室内に呼び鈴が鳴り響く。
「どちらさま?」
すぐに扉を開いて応えてくれたのは人当たりのよさそうな女性だった。ネクロノームが一歩前に出て、挨拶をいくつか交わす。
C/M境界の姿どころか、ネクロノームの異様な容姿にも怖じ気づかずに接している。
初めて見るだろうネクロノームの容貌にも動じない精神力に感心しながら、行く先を見守る。
「あぁ、
いったいどういう会話をすればこの魔法少女ふたりを友だちということで家に上がらせるほど説得できるのだろう。
疑問に思っていると、ネクロノームがまた背中を叩いてきた。
「あれは人払いみたいなもんですの。魔法に関係のない存在だと思わせて、それっぽい対応をしてお帰り頂く術式」
魔法というものは便利だなと思った。なんでもありだ。
「じゃあ、どうして通されたんだ?」
認識が甘いとしても、黒幕的な存在にとって魔法少女は襲ってくる相手であるかもしれない。近寄ってほしくない相手だろう。
なのに、現にあの女性は初夏の友だちだと納得して家に上げてくれた。二重の魔法をどう潜り抜けたのだろう。
「まぁあの術式、もとは私が貸してもらっているものですから。解除方法くらい教えてもらっていますの」
最初の結界は魔法のメトロノームによって突破したらしいが、その詳細までは教えてくれなかった。
確かに、まだ手の内をおいそれと明かすほど信用しきれる付き合いでもない。
「さてと、あの子達はどこに」
「何かご用ですか? わたしのお友だちさん」
立っていたのはゆったりした服装の中学生くらいの女の子だった。彼女が初夏というのだろうか。
それを問おうと息を吸った瞬間、ネクロノームに遮られた。
「久しぶりですわね、櫻井初夏」
「こっちでの名前で呼ぶなんて、いじわるさんですね」
「じゃあこう呼ぶべきですの……ブロッサム+って」
少女が初夏で間違いはなかったが、にたりと笑った彼女はすぐに姿を魔法少女らしいそれへと変えてしまった。
ドレスの合間にのぞく桜色のラバースーツは肌に密着し、大きく広がった衣装がシルエットを咲き誇る桜のように見せている。
桜のイメージが強くなったのは、ブロッサム+という名もそうだし、櫻井という名字のせいもあるかもしれない。
「そうしてほしいです。だってわたし、あなたの魔法少女名しか知らないんですものね。こっちだけ本名って、不公平じゃないです?」
ブロッサム+はそういって風にそよぐ葉のように笑うと、無防備にもC/M境界たちに背を向けて歩き出した。
何があるというのだろうか、ネクロノームは察しがついている様子だった。
けれどC/M境界にはわからないままに廊下を歩いていくしかできない。
「ネクロノーム。あなたの狙いは端末でしょう? それはこの先の部屋で、タルタロッサが管理しています。奪いたければ進んでください」
突き当たった扉の先へブロッサム+が消えていく。ネクロノームは閉じられようとする扉に手を差し込み、案の定挟まれて声をあげていた。
引っ込めずに開けてはいたが、指をくわえて涙を浮かべているのは血色が悪くても痛そうだった。
「とにかく進むしかないですの。元マスターとして、戦闘になればアドバイスくらいはできますの」
先の部屋は光がほとんどなく、真っ暗だった。ある明かりといえば魔法の端末らしいものだけだ。
部屋の奥までは魔法がかけられているのか見渡せず、ブロッサム+とほかにもうひとりいるのがわかるので精一杯だ。
先程、名が挙げられたタルタロッサ……だろうか。真っ黒な衣装のせいで瞳だけが目立つ。
何よりも先に、C/M境界が口を開いた。投げ掛けた疑問は闇の部屋に響き、ブロッサム+をはじめ三人の魔法少女をぽかんとさせる。
「どうして誰かが死ぬような試験を行ってるんだ」
「どうして……? そちらこそ、なぜ私たちを殺したいのでしょうか」
「決まってる。これ以上誰も殺させないためだ」
ブロッサム+が鼻で笑い、神経を逆撫でされた。
「だからって、父子家庭の幼い女の子を殺しますかね?」
きょとんとした顔で言い渡された真実。脳裏に浮かぶのはテレビの内容だ。
燃々煌綺を手にかけたのは、本当に正しい選択だったのだろうか。
「惑わされてる場合じゃありませんのよ。試験内容を正しく修正すればこれ以上死ぬ者は出ませんもの」
またネクロノームに引き戻された。今は目の前の闇を払わなければならない。
C/M境界は身構えた。部屋にぼんやり浮かぶブロッサム+の影が少し悔しそうに振り向いて、タルタロッサになにやら指示を出しているらしいのを、身構えたままで睨んでいた。
数秒としないうちに、視界が明るくなる。照明が点けられたらしい。
ブロッサム+の桜色とタルタロッサの喪服のような黒が灰色の部屋に影を落としている光景が視界に飛び込んでくる。
他に家具らしいものは、通常と形状の違う魔法の端末と、奥に置かれた鎖で繋いであるぬいぐるみ、か?
「ぁ、ネクロノーム……?」
いや、あれはぬいぐるみではない。見覚えがある。
可愛らしい金髪で赤い瞳の小人に羽が生えており、普通に喋っているという魔法でしか考え付かない生物。
三条煙たちを魔法少女にした張本人、妖精の『ミコ』だった。
「ネクロノーム、だよね!? 助けに来てくれたんだ、だよね!?
ね、このふたりが、魔法少女らしからぬことをしてて、それで……」
「タルタロッサ、静かにさせといてください」
指示をもらったタルタロッサが指を向け、途端にミコが怯えた表情になった。
それを見たブロッサム+が満足げに頷き、C/M境界たちへ向けて笑って言った。
「さて。解放してほしくばわたしたちを倒してみてくださいね。期待はしてますからね、元マスターさん」
タルタロッサの操作で奥の床が開き、どうやら地下に繋がっているらしかった。そこで戦おうというのだろうか。
ブロッサム+に誘われてネクロノームが歩き出し、C/M境界の前にはタルタロッサが立ち塞がった。
お前の相手は私だと、そう言いたいらしい。
殺したかった相手だ。応えてやるしかないだろう。
C/M境界はタルタロッサを警戒したまま、目を合わせぬように周囲を見回した。