☆ミュウジカ
突然の襲撃によって壊された家の修理が入らないうちにも端末は次々に通知を受け取っていた。
燃々煌綺、ギャーサ、タルタロッサ、次々と顔も知らない魔法少女が死んでいく。
そして、ラヴリンスとミュウジカは彼女達の死のどこにも関わっていなかった。
ドラゴンが現れても、それっきりだ。ただ罠を張るだけ張って引きこもっているだけ。
ラヴリンスはすべての試験で自分から動こうとしないで、他人任せでのうのうと生きている。
ラヴリンスよりも魔法が役に立たないミュウジカを手足のようにこき使い、自衛に爆弾をたったひとつだけ持たせて買い出しに行かせ、裏切り者がいる街中を歩かせていた。
ミュウジカも、架菜も、毎度怯えながら出掛けている。家から出た瞬間に裏切り者の魔法少女に目撃されるかもしれず、しかも博音の家の場所は知られている。
偶然であのドラゴンが入ってくるとは考えにくい。あの襲撃は場所が割れているのを示している。
いつ夜中に放火されてもおかしくない状況なのだ。
それを踏まえて引きこもっているのがラヴリンスだった。
いつだって博音真愛夜はそうだった。気弱な父に似て地味だった架菜は確かに長子らしく愛されていただろう。
もっとずうっと可愛らしい真愛夜が生まれるまでは、の話だが。
博音真愛夜がこの世に存在するようになってから、姉は妹の世話をしなければいけない、責任を取らなければいけないという強制的なルールに常に絡みつかれてきた。
もはや呪縛であった。しっかりしたお姉ちゃんを強要されてきた架菜は、そうあらなければいけない圧力を受けたまま育ってきたのだ。
なのに真愛夜は甘やかされて当然だった。たった数年の違いで、同じ両親の子なのにこうも態度が違うのかと、子供ながらに絶望した覚えがある。
たまらなく嫌で、本当は可愛らしくて仕方がないはずの妹が憎らしく思えてさえいた。今は、それが普通だ。
だから架菜はさっさと家を出て、職を得るとすぐに独り暮らしになろうとした。叔父の古い一軒家を借りたのだった。
職業だって、架菜が好きで目指していたのはN市にある博物館で働くことだったのに、それじゃあ自宅から通えてしまう。真愛夜から逃れられない。
結局は叔父のいるE市の小さな事務所を選ぶことにした。
郊外だけあって子持ちの中年お父さんたちが娘のように接してくれて、それなりに楽しかった。が、架菜のしたかったことじゃなかった。
しかし、満足ではなくともなんとか暮らしていた生活は終わった。
ついにあの女が現れてしまった。真愛夜だ。
真愛夜はあろうことか架菜が暮らしている家に住み着き、架菜の金を食い始めたのだ。
両親からの仕送りが数倍に増えても、質素を心がけてきた架菜と甘やかされて育った真愛夜では感覚がまったく違った。
毎日のおやつなる制度が作られ、材料費などが新たに加算されたのが始めだったろうか。
家庭科は嫌いではなく興味はあったからすんなり受け入れてしまったが、このころからわがままが増えていたような気もする。
真愛夜がいては、架菜はいいお姉ちゃんでなければならない。真愛夜を否定することはできない。
魔法少女になってからも変化はなかった。
ミコに見出だされてミュウジカの力を得ても、真愛夜も同じようにしてラヴリンスになっていた。
どこにでも真愛夜がついて回った。しがみついて離れてくれない赤子が一生ついて回ると思うしかなかった。
試験でもラヴリンスが脱落する気配もなくて、ミュウジカには振り払えなかった。
けれど今考えてみれば、真愛夜はこの試験でも甘やかされて当然だったかもしれない。
彼女がもし本当の裏切り者だったとしたら。
あの襲ってきたドラゴンも、あの説明会の役回りも、自分を無実だと思わせ、ミュウジカを欺くための仕掛けだったとしたら。
あの女を野放しにしておいてはいけない。
運営による情報操作ではタルタロッサが裏切り者だったとされているけれど、簡単に信じられるだろうか。いや、信じてはいけない。
真愛夜なら、周囲を騙してでも甘く回避しようとするはずだ。
ミュウジカの心には疑惑しかなくて、むしろ裏切り者は真愛夜であると信じていた。
「おーい、ミュウジカ?」
その真愛夜、ラヴリンスの言葉で現実に戻された。
手元ではフライパンの中で焼かれていたはずのホットケーキの代わりに、独特の匂いを発する暗黒物質が生成されようとしていた。
ミュウジカは慌ててお皿に避難させ、ラヴリンスに向かって頭を下げた。
「……申し訳ありません。言い訳ですが、考え事をしておりました」
「あぁ、試験のことね。ならしょうがないわ。もったいないし、それは私が食べましょうか」
皿に空けられている、ホットケーキとなるはずだった黒い物体を持ってラヴリンスがテーブルに戻っていこうとした。
これもまた慌てて止めなくてはいけなくて、これはミュウジカが食べるのだと言い聞かせた。
妹に失敗作をわざわざ押し付けるわけにはいかない。失敗したのはミュウジカが物思いにふけっていたせいだ。責任はこちらにある。
「そう。大丈夫かしら? 最近失敗続きじゃないの」
このところ、罠をしかけてからは、料理の最中にも考え事をしてしまうことが続いていた。
なにもしていないのに人が死んだと伝えられ続ける状況に耐えていられなかったのか、それとも隣にいるかもしれない殺人鬼を恐れているのか。
自分じゃわからない。しっかりしたお姉ちゃんから遠ざかっていることだけはわかることだった。
やがて2枚目のホットケーキが焼き上がる。
待ってましたと言わんばかりにラヴリンスが台所に駆けてきて、お皿を運んでいった。
ずっと待っていたんだろう。待っている間に何をしていたのかと問うと、あの真っ黒ホットケーキを食べられるようにしようと画策していたらしい。
たしかにテーブルに置いてあるスマートフォンには検索結果の画面が表示されており、ホットケーキにも試行錯誤の痕跡がみられる。
そこまでして食べるほどのもったいない精神があるのなら、もうすこし節制の心も持ってくれないだろうか。
「ささ、一緒に食べましょう?」
そう言って、ラヴリンスは失敗作のほうを目の前にして座った。
ミュウジカはまともなほうと失敗作をさっさと入れ替え、ラヴリンスの正面に座ろうとした。
「待ちなさいよ」
なぜか制止された。
「私は自分でいじったこいつを処理しなきゃいけないの」
「駄目です。これを失敗作にしたのは私ですから」
「何よ、いじったのは私なのに食べさせてくれないの?」
彼女は珍しく熱心に食い下がってくる。
こうなった真愛夜を止められるのは、博音の母くらいのものだろう。
あきらめて、ミュウジカは真っ黒なほうを引き渡した。
代わりに来た成功作の匂いが鼻腔をくすぐる。
こちらはいい出来だっていうのに、わざわざ焦げた方を食べようとするのはなぜなのだろうか。
しかも、失敗作なんて出されたことのない真愛夜がだ。
今日は特別におかしい。魔法少女の姿であれば腹は壊さないが、まずいものはまずいに決まっている。
何年も付き合わされているけれど、真愛夜のことはわからなかった。
姉を押し付けられてきた架菜に、妹の心情は計り知れない。
「工夫すれば、意外と苦味もいいアクセントになるものね」
ぎこちなくも人懐っこい笑みがミュウジカに向けられる。魔法少女の整った容姿になる前から、真愛夜の笑顔は強く出る気を失わせるものだった。
どうしてか、ミュウジカはうまくいったはずのホットケーキに手をつける気になれなかった。
「あら、また考え事かしら。最近のミュウジカ、ちょっとおかしいわよ」
ミュウジカがなんで悩んでいるのかなんて知らないで、ラヴリンスはそう笑ってみせた。
当然だ。真愛夜にだって、架菜のことがわかるはずがない。
「何でもありません。ホットケーキ、食べちゃっていいですよ」
ミュウジカは居心地が悪くなって、席を立った。ホットケーキの甘い香りが、今はただ怖かった。
けれど、ミュウジカが部屋に戻ろうとすると、ラヴリンスもまた椅子を引き、その前に立ち塞がってきた。
そして、ミュウジカを抱き締めてきた。ホットケーキみたいに甘い香りが漂い、耳元でラヴリンスがささやく。
「何かあったら、ためこまないほうがいいわ。ずうっとためこんでいたら、心が壊れてしまうもの」
なるほど。
なら、架菜の心はとっくに壊れてしまっていたのかもしれない。
こんなにいとおしい妹が、同時にこわくて、おそろしい。
目の前に細い首筋がある。きれいな肌だ。
触れればすぐにこわれてしまいそうで、やわらかそうで、おいしそうだった。
灯りに引き寄せられる蛾のように、ごく自然なことのように、ミュウジカは妹の首に歯を立てた。
皮を引き裂き、肉の間に侵入していく。ぶちぶちと音をたてて、ラヴリンスの首が食いちぎられていく。
口の中いっぱいに血の匂いが広がった。同時に、食いちぎって手に入れた肉の味がミュウジカの舌を悦ばせていた。
ひとたび噛めばほぐれるように柔らかで、やさしい甘さがあって、真愛夜本人を表していた。
いつまでも口にいれていられると、ミュウジカは思った。
もったいなかったけれど、それでも真愛夜の肉を飲み込んだ。
喉を通っていく感覚とともに、ずっと奪われてきた両親の愛が取り返せたように思えた。
カーペットを血で汚して、ラヴリンスではなくなった妹が崩れ落ちていく。
死にきれていないのか、何か呟いているらしい。
でも、心が壊れているミュウジカに、
ただ、ゆっくりと命が流れ出ていく彼女を見下ろしていた。