魔法少女育成計画abyss   作:皇緋那

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第1章 勿忘草にはじめまして
1.まっさら機長


 ☆プレーン・プレーン

 

 ここE市には幽霊船の噂がある。

 

 その内容とは、電車に乗り遅れた場合まれに遭遇するという幽霊船の話だった。

 幽霊と呼ばれるのは別にイメージ通りのボロボロな海賊船なんかではなく、透明な飛行機のことだ。

 

 幽霊と呼ばれるのは透明な船なのに中が見えないという不思議な構造をしているからとも、どこからともなく現れるからとも言われている。

 もしくは、運転手が異様なまでに整った容姿であるからかもしれない。

 

 その異様なまでの容姿を持った運転手は魔法少女に他ならない。

 航空機の機長らしい紅葉の描かれた帽子に、大きなワイシャツだけという危ういファッションを好んで着る一般人は数少ないだろう。

 

 魔法の機長『プレーン・プレーン』はずっとなんとなくでここまでやってきた。

 魔法少女は無償の人助けをするものだと、この力を与えてくれたマスコットに教わった。それが、この生活と現代の幽霊船伝説の始まりだった。

 言われるがまま、従うがままで気づけばこうなっていた。なんで自分なんかが選ばれたのかもわからない。

 

 それでもプレーン・プレーンは幽霊船活動を続けていく。

 遅れる人を助けて、特に達成感もない人助けで毎日を潰す。ずうっとこのまま過ごすのだと思っていた。

 

 今日もまた、プレーンの送迎活動は続く。

 遅れそうになっている人に手を差し伸べることに誇りもなにもなく、なあなあでやっているだけのことだった。

 

 本日のお客は学校に遅刻すると焦っている女の子だった。

 そういえば見覚えがある。同じ学校、学年の女の子だったはずだ。

 

 学校前まで送り届けてやっと思い出した。プレーンにも、学校生活というものがある。

 路傍のなるべく誰も寄り付かなさそうなスペースに車を停め、周囲を警戒しつつ外に出る。

 プレーンの魔法によって作られている車体は、走行できなくなるまで破壊しなければ消滅してくれないのだ。

 

 こんなやや遅めとはいえ朝の中学校、それも真ん前で車を走行不可までにする破壊活動などバレるに決まっている。そのため、誰にも見つからないように停めていくしかないのだ。

 

 プレーンは変身を解いていつもの『植野空(うえのくう)』に戻っていった。この名前はけっこう気に入っている。くうちゃんという響きはなかなかに心地がいい。

 植野空はプレーン・プレーンと同じくなんとなくで生きているだけの少女であったが、人並みの感情はちゃんと備わっている。

 噂をすれば、学校のほうから空をくうちゃん、と呼ぶ声がする。空の友人は数少なくたいていは一応話せるくらい浅いの知り合いが殆どだ。

 

 それでも、小学校からずっと仲のいい幼馴染みといえる少年はいる。彼は幼少の頃に空と乗り物の話で気が合い、まれに一緒に出掛けたりもしていた。

 今となっては相手が部活、空が魔法少女で用事が入るようになってなんとなく遊ばなくなってはいるが、話はよくする。

 

「おはよう、くうちゃん」

 

 笑顔の挨拶には会釈で返す。こんな爽やかに返すのは、空にできることではない。

 

「そうそう、聞いた?隣のクラスの転校生の話」

 

 空が首を振って聞いていないと伝えると、彼は楽しそうに話を始める。黙って話を聞き、相槌をほどほどに打って、内容を頭に流し入れる。

 彼の話は、物静かで消極的な空にとって盗み聞きでない情報源のひとつだった。

 中学生男子が幼馴染みの女子に話す内容として隣のクラスの女子が美人だけど訳アリらしい話はちょっとどうかと思う。

 

 ただ空はその転校生――虹ヶ路織姫のことを知っているわけでもないし、芸能人の話のように捉えて覚えていても損は無さそうだった。

 彼が異性の話ばかりというのは珍しいことで、不思議な感覚もある。空は黙って聞いているために少年がそれを知ることはなかったが。

 

 気づけば教室に着いていて、そのまま話は途切れ、いつものようにふらふら過ごすうちに、時刻は夕方になってしまった。

 帰りの時間もまた幽霊船が現れる時間帯である。即ちプレーンが動く時だ。数多くの困った人々が、幽霊船の出現を待っている……のは、さすがに自惚れすぎだろうが。

 乗り遅れたりで困っている人は少なくないはずだ。たぶん、プレーンはそういう人々の味方である。

 

 朝と同じくくうちゃんと呼ぶ声に応じ、少年が部活へ行く途中まで付き合って、またほどほどに相槌を打ってグラウンドに走っていく彼を見送った。

 手を振ってまた明日と言ってくれる姿が見えなくなっていく。

 

 その後に辺りを見回し、人気がないときを狙って朝に車を止めた場所へと急ぐ。

 空は怪しまれたくないのだ。プレーンの透明な車が健在であることを確認し幽霊車両へ乗り込む。

 ここで植野空は魔法少女プレーン・プレーンに姿を変えた。

 

 運転席に着いていざ出発だと真面目に運転する体勢になったプレーンの上着のポケットから、機器がひとつこぼれ落ちた。

 ハート型の使いにくい画面が、電池残量の不安になる明るさで輝いている。

 

 これはたしか、魔法少女になったときマスコットにもらったものだったはずだ。

 一向に使う機会が来ないためポケットに放り込んだまま忘れていたのを落としてしまったようだ。

 とりあえず拾い上げて、ハートの画面を眺めた。本来のホーム画面とは明らかに違う。落とした衝撃で起動されてしまったわけではないらしい。

 これは、広告かなにかが開かれているらしかった。

 

 魔法少女らしいファンシーなフォントに、余計な装飾とマスコットキャラクターでお世辞にもわかりやすいとはいえない。

 しかも軽くて馴れ馴れしい文であり、プレーンはこういうの苦手だと思った。

 それでも重要だという表記が赤い太文字で示されていたために読まなければいけないとも思った。

 数度文を遡って読み返しつつやっとの思いで終えて、いったんため息をつく。

 

 内容は、『魔法少女選抜試験』のお知らせだった。

 詳しくは説明会を行うので、このメールを受け取った当日に会場に来いという。

 横暴だが、選抜試験というらしい概要を一切知らされていない事柄の説明は受けなければいけないとみえる。

 

 会場がどこであるかの地図に画面を切り替えさせ、プレーンはハンドルを握った。目的地は変更だ。今日の幽霊船は、お休みになってしまうだろう。

 

 

 説明会の会場として指定されていた場所に到着しても、何か目印になるようなものはひとつもない。

 あるのは先客の人影、草がいっぱい、ところどころにポイ捨てされたごみが見える程度。

 人影はそれぞれ過度に華美な服装の者ばかりで、スタイルも顔立ちも整いすぎている。魔法少女だ。

 

 プレーンは魔法の端末を使ったことがないという状況からもわかるように他の魔法少女に知り合いは居ない。

 どれも見覚えのないコスチュームであり、新鮮な景色だった。

 

 それぞれの様子を見るに説明会はまだ始まっていないらしく、年頃の少女の姿だけあって雑談に華を咲かせている最中のようだ。

 プレーンは車を草原の端に止めると草を踏みしめ大地に降り立った。視線は注がれていない。このプレーン・プレーンの格好のままでも浮かない状況は初めてだ。

 ふらりと魔法少女集りの中央付近まで進んで元からここにいたかのように振る舞おうとした。

 

 しかし話していた少女のうちひとり、見るからに刺々しく危険な槍を持った者に振り向かれてしまう。きゅうに見られてしばし固まり、相手が口を開くのを待った。

 

「お、あんたも呼び出された系?」

 

 プレーンは力なく頷き、さっきまで考えていたことが間違いだったと悟った。

 この格好でも浮かない、でなく。魔法少女全員がこの草原から浮いているのだった。

 

 この話しかけてきた彼女であっても、槍はもちろんビキニ程度の面積しかない鎧に透けかけているケープが数枚ついているだけの格好だ。

 痴女がするコスプレといったところで、素肌に紋様が描かれているボディペイントがまた扇情的である。ワイシャツだけのプレーンでおとなしく見える。

 魔法少女の肌は容姿の例に漏れずきめ細やかで美しいのだが、そこに多くの紋様があるのだ。プレーンは彼女の腹に顔を近づけ、真剣に見つめていた。

 

「ちょっと、そんなにお腹ばっかり見られてたら照れるかなぁ」

 

 既に鼻息のかかる失礼な距離になっていた。プレーンは数歩下がって頭を下げる。

 

「申し訳ありませんでした」

 

「この変態さんめ!いいよ、許す!男だったら串刺し案件なんだけどね」

 

 お腹に顔を近づけてしげしげと眺めるというのは一種の痴漢の形態ではないか。魔法少女でよかったとプレーンはため息をついた。

 

「それで、あんたは何て名前?」

 

 プレーンが息を吸うと、自然と自分が植野空だと名乗る声が出そうになる。どうにかそれを押し潰すと相手に魔法少女名を伝えた。

 

「プレーン・プレーンっていいます」

 

「プレーンね。私はギャーサっていうんだ」

 

 ギャーサはプレーンと同じくメールによって呼び出されたらしい。

 選抜試験についてはプレーンと変わらない、知らされていない何かであるという程度の知識しかなかった。

 

「あ、そうだ。この子にも自己紹介してもらお。ほら、グラナちゃん」

 

 グラナと呼ばれた彼女がプレーンを睨むように見た。さっきまで、ギャーサと話していた彼女だった。

 嫌そうな目ではあったがギャーサが横から仲良くしておけば有利になれると主張していたからか、あっさりと受け入れてプレーンのほうを向いたのだった。

 

「私はグラナティオという。お前は」

 

「プレーン・プレーン、です」

 

「ん。ギャーサはうるさいからな、目をつけられた君は運が悪い」

 

「ちょっとーグラナちゃん? たしかにうるさいけどさぁ」

 

 槍の柄でグラナティオのほっぺをつっつくギャーサ。つつかれている彼女はその頬をへこませたまま何も言わなかった。

 彼女の着けている拘束具らしいものが腰のあたりのホルスターに下げてある短剣にぶつかって、いくつか音を立てるだけだ。

 

 ふと、ギャーサもグラナティオも自らの武器がコスチュームに付属していると気づいた。プレーンのように平和な送迎活動のような人助けは苦手なのだろう。

 逆にプレーンは荒事には向いていない。ギャーサもグラナティオも、別世界の住人になるだろうなという感想が浮かんだ。

 

「っとまあ、私たち協力していけるといいねーってさ」

 

 ギャーサが強引にまとめようと微笑んだ。言っていることはもっともだ。

 選抜試験がどのようなものになるかなど予想がつかない以上、武器を持つ魔法少女と持たない魔法少女で組んだ方がいい。

 仮に戦闘技能が求められたなら、彼女らの力を借りることになるだろう。

 

「ところで。お互いの魔法、知らなくない? ほら、協力するなら自分の手の内明かしてたほうが連携とか取れるし安心もできるじゃんさ」

 

 思い出したように提案される自己紹介の続き。

 プレーンは驚いた。親しげに話していたこの二人は元々知り合いなんだと思っていたのだが、魔法のことも知らないあたりそうではないらしい。

 気難しそうなグラナティオと初対面でこうも仲良くできるなら、彼女の性格を物怖じしないとか表現すべきだろうか。

 

 そうしてプレーンが固まっているうちに、当のギャーサ本人が「名乗るなら自分からってやつだよね」と紹介を始めようとしていた。

 

「よぉし、私の魔法はね……あー、ちょっとグラナちゃん。私のこと殴ってみて」

 

「なに?」

 

「効果がわかりにくいから実践しようと思って。ほら、遠慮なくどーぞ」

 

 言われたとおりに遠慮なく、グラナティオは本気の目になり、魔法少女の身体能力をもって右ストレートを放った。

 対するギャーサの目もまた戦場に置かれた者のそれで、拳を槍の柄で逸らしてしまう。

 

 が、グラナティオもこれでは終わらない。四肢が次々に繰り出され、槍捌きと衝突するたびに空気が震えた。

 まわりの魔法少女たちも何事かとふたりを見ているがお構いなしだ。

 

 徐々に本気を出していったのか、プレーンの動体視力でも捉えきれなくなりはじめたころにギャーサが槍を捨てた。

 余計な投げるという動作のせいで対応が遅れ、剥き出しの腹部に思いっきり拳が突き刺さる。

 きっと彼女の魔法は、このような状況で使う魔法なのだろう。プレーンはその変化を見逃さぬよう集中した。ギャーサは腹をおさえてうずくまった。

 

 それ以上は何も起きない。周囲は喧嘩を嘆く声や彼女を心配する声で騒がしくなる。グラナティオはきっと居心地が悪いだろう。

 

「何だ、殴られても平気な魔法とかじゃないのか」

 

「いったぁ……違うよぉ、こうした方がわかりやすいかなと思って……」

 

 玉のような汗がにじんでいる。腹部への会心の一撃が入ったなら、それはそれは痛いことだろう。

 だが青い顔でふらつきながらも彼女は立ち上がって、ここからが私の魔法だと言うと高らかに宣言した。

 

「よおし、次の一撃! 私、ぜったいにお腹で受けまーす!」

 

 しかも、グラナティオに向けて、さっきの惨状を見ていた魔法少女に見られているままで、だ。この宣言こそが本命だろうか。

 

「いいのか? 行くぞ?」

 

 殴る側は驚いていたが、確認を取るともう一度振りかぶった。綺麗な軌道を描くそれは相手の宣言どおりの場所、つまり腹部に激突した。

 勢いは変わらないどころか、増しているようにも見えた。だがめり込んでいかない。

 

 ギャーサは歯を食い縛って耐えている。拳は受け止められたのだ。

 

「どうよ、これが私の魔法!」

 

 本人曰く、ギャーサの魔法は『誓うほどに強くなれる』というものだという。

 見物魔法少女のうちからおぉという歓声が上がって、ギャーサが得意げに鼻を鳴らした。

 気に障ったのかグラナティオがもう一発の腹パンで沈めていた。魔法の効力は切れていたようだ。

 

 うずくまっているギャーサをよそに、グラナティオはプレーンへ自分の魔法を伝えようと口を開いた。

 

「こいつは放っておくとして。私の魔法は、弱点を見抜くことだ。ひと目でどこが効くか、どうすれば効くか、どのように効くかまでわかる」

 

 例として、彼女がプレーンを指す。

 

「……耳。舐めるとぞわってする」

 

 その程度の弱点でもありらしい。プレーンはなんとなく自分の耳を触ってみた。

 変身後で人助け以上に人に関わっていないので、舐められた経験なんてなかった。

 

「試してみる?」

 

 驚いて振り返ると、いつの間に復活したのかギャーサだった。いきなり囁かれれば、思わず頬が染まってしまう。

 

「あはは、無表情だと思ってたけどそんなかわいい顔するんだ」

 

 グラナティオの言っていたとおり、彼女に目をつけられたのは災難かもしれない。プレーンは痛感した。

 

 冗談めいて笑うギャーサに次はあんただよ、とプレーンが呼ばれたが、自分の魔法について話し始めるよりも先に草原にステージが運び込まれてきた。

 比較的控えめでラフな格好の魔法少女が、どこかの成人向けのゲームに出てくる胸が強調されるデザインな制服の少女のお付きらしい。

 

 控えめなほうがステージを用意して、羽がつけられ可愛らしくなっているマイクを取り出すと、制服のほうに渡した。

 ステージに上がった彼女は数度のマイクテストを声でした後、にこっと営業スマイルに切り替えて全体にその声を響かせた。

 

「これより魔法少女選抜試験、説明会を始めます。司会は押し付けられたこの私、ラヴリンスが参加者と兼任します」

 

 観客の魔法少女たちが静まった。

 

 ついに始まるということで、プレーンはギャーサにまた後で、と告げて周囲の静寂に混じりラヴリンスに視線を移した。

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