1.プラトニック・ラヴ
☆プレーン・プレーン
誰からも連絡が来ないまま、プレーンは日課の送迎活動を続けていた。
警戒しつつのため回数こそ少なくなっていたが、やめるつもりは全くなかった。
グラナティオも姿を見せないし、特に変わったこともない。
数日が過ぎて、週末になっていた。
日曜日の朝のことだった。ひとりの子供を送り届けようとドアを空けてやったとき、彼が見覚えのある容姿をしていることに気がついた。
見覚えがあるに決まっているだろう。彼は植野空の知り合いだ。
それどころか、幼稚園、小学校、中学校とずっと一緒で知っている彼だった。
プレーンは一瞬どきりとした。しかしよく考えれば、プレーンの姿でいれば空と気づくことはない。
じっと見られているが、彼の目は知り合いと疑う瞳でなくて見とれているようなものに思える。
魔法少女の姿でいればさして珍しくもない反応だ。と同時に、彼がすると不思議な気持ちになる反応でもあった。
なんだか、青空に雲がもくもく現れるみたいにもやもやする。
とりあえず乗客を後部座席に乗せようと思ったけれど、今回だけは特別に隣に座ってもらうことにした。
彼は遊びに行こうと考えていたのか、ショルダーバッグなんかを携えていた。
のに、彼の趣味に使うカメラやボールは見当たらない。何の用件だったんだろうか。
「どこに行けばいい?」
聞いても黙ったままだった。いきなり話しかけられて困っているだけなのか、緊張しているのか。
こんな姿は初めて見る。何年も一緒にいても、意外に見たことがない一面というものはあるらしい。
「僕は、噂を確かめたくて」
と、いうことは、プレーンに会いに来たのか。
クラスメイトに噂されるまで有名になっているのは嬉しいようで、ちょっぴり恥ずかしい。
少年は申し訳なさそうに続ける。
「とくに行きたいところとかなくて、せっかく乗せてもらって悪いんですけど」
なんと、彼の目的地はここだった。もう達成されているではないか。
でもせっかく知り合いがここまで来てくれたのだ。このまま帰してしまうのは、相手にとっても物足りない。
ふだんの植野空だったならここで飲み込んでいただろう提案だが、プレーンなら言える。隣の席の彼にこう言った。
「じゃあ、一緒にドライブしようか」
「え?」
「空の旅。上空から自分の住んでる町って、意外と見たことないでしょ」
少年は頷いた。まだ修学旅行もバスで行ったことしかないし、こんなところから町が見えるほどの高度で飛ぶものに乗ったことはないだろう。まず飛行機だって乗ったことがあるかないかだ。
機体を動かしはじめ、ある程度人混みから外れたところまでまず移動する。
そこで、これから離陸すると告げたときの目の輝きは、明らかに乗り慣れた人間にはないものだった。はじめて見るものに向ける特有のキラキラだ。
プレーンは少年のはじめてをもらった、ということに優越感を覚え、すこしだけ誇らしくなった。
このあたりについてはプレーンの方がお姉さんだ。
機体が持ち上がり、大空へと飛び出していく。
気持ちいい風は機内にはなく、どう浮かんでいるのかもわからない。故に感動もない。いつもならそうだ。
けれど、隣にくうちゃんと呼んでくれる少年がいる。それだけで、E市の景色は新鮮で、雲が桜色にほんのりいろづいているように見えた。
少年は窓にへばりついて下を見て、歓声をあげている。
つられてプレーンの口角も上がる。彼が楽しそうにしていたら、こっちも楽しいのだ。
さっきまでは特に行きたい場所とかはないと言っていたのに、童心に還ったようにいろんな場所を推してくる。
いや、まだまだ彼もこどもだ。プレーンは彼の言うことに合わせて動いて、いろんな景色を見せてやった。
気づけばもうE市から外れている。合併でできた近隣の大都市であるN市の港周辺まで来てしまっていた。
かつて黒い噂が流れていることもあったけれど、数年前の、魔法少女ゲームの人気が落ち着きはじめてからは少なくなったかもしれない。
あのときは朝の子供向け番組でしかなかった魔法少女になるなんて考えてもみなかったことだった。
プレーンはあのころの、少年と一緒にダークキューティーに憧れていたころの植野空を思い出す。
飛行機の影絵を人の身で作ろうとした覚えがある。ダークキューティーのあれは、チビッ子に真似できるものではなかったが。
N市の埠頭に着陸し、二人で降りて潮風にあたる。
あまり好きになれないカモメの鳴き声も思い出の一部になってくれるだろうか。
プレーンだって、海に来るのも片手で数えるほどだ。
少年は船を止めておくのに使うあの出っ張り、名前は知らないが、それに足をかけていて、映画のワンシーンみたいに振る舞っている。
小さな体躯が不似合いで、可愛らしかった。
プレーン・プレーンとしての肉体は植野空よりいくらか年上だから、弟のように見えるのかもしれない。
あるいは、彼がいまはしゃいでいるだけか。
でも、彼のことはカッコいいと思ったことは特に印象にない。可愛い、なら今回を含めて何度もある。不思議なものだ。
そうして海風に吹かれていると、誰かがいると嗅ぎ付けたらしい黒服さんたちと高級車が視界の隅に見えた。すこしまずいかもしれない。
プレーンは少年に「帰ろうか」と提案し、さすがに飽きはじめていたらしい彼はプレーンの飛行機に再び乗り込んでいった。
再び離陸して下を見ると、誰かいたはずなのに消えてしまったと混乱する黒服が見える。
ちょっとおかしかったのか、機内で二人の笑い声が小さく響いた。
その後は、歪なN市の観光を続けることにしていた。
とはいっても見るような場所なんて思い付かなくて、ひたすら上空から景色を見ているだけだったが、歪な街だけあって意外にも飽きないものだった。
森の奥にあって使われていなさそうな小屋なんて見つけて、何か噂になるようなものが出そう、なんて談笑していた。
ただ、少年はずっと笑ってくれていたわけでもない。ふと言葉を止め、プレーンのことをじっと見つめている時があった。
見ていても何も面白くないだろうに、じっと見つめてくる。どうしてかと聞こうとすると目を逸らしてしまい、話題も逸らされるから聞こうにも聞けず、やがてN市を一周してE市に戻ってきていた。
もうすぐ空の旅も終わってしまうのかと思ったらしい少年が口を開く。
「あの。運転手さんって、なんていうか、お綺麗ですよね。男の人と付き合ったこととかあるんですか……なんて」
思わず目が丸くなった。プレーン・プレーンが惚れられているのだろうか。
嬉しいような、悔しいような、この気持ちもフクザツだ。だが、プレーンが聞いてみて返ってきたのは別の用件だった。
「あの、僕、好きな子がいて。どうやって伝えたらいいのかなって思ってて」
驚いた。確かにそろそろそういう年頃かもしれない。
植野空には無縁な話だったから記憶にかすかにしかないけれど、彼は友人に彼女ができたらしいだとか言ってたっけ。
そう、恋愛相談において中身が植野空であるプレーンが気の利いた答えを返せるわけがなかった。
すこし考えさせて、と時間をもらう。申し訳なさそうにする少年とふたりで、しばらくはきまずく大空を飛んでいた。
ふと、魔法の端末が鳴った。
運営のお知らせと称したネクロノームからの連絡だった。
内容にざざっと目を通し、もう一度読み直したかったが運転しながらは危険だからやめようと思っていったん適当な場所に着地させた。
『ラヴリンスのこともあって、狙われている可能性は大いにある。幸いなことに向こうの居場所はこっちが一方的に入手できた。明日にも決着をつける』
なるほど。戦いの日がすぐそこまで迫っているのなら、これはいい機会なのかもしれない。
プレーンは植野空としての心を決めて、彼の恋愛相談に乗ることにした。
屈んで彼と同じ目線になって、用意した答えを声に変える。
「君が素敵に思うんだから、きっと大丈夫。いい人だよ。君が伝えてくれたっていう事実があれば、その子も答えてくれるかもしれないよ」
少年はこの言葉に何度も頷いた。これでよかったのかはわからない。
けど、明日死ぬかもしれなくなった。帰ってこれないかもしれなくなったんだ。
少なくとも、彼だけでも幸せになってほしいと願っていた。
元から、植野空は話を聞いているだけで、彼の心のどこかに有ることはできていなかったのかもしれない。きっといなくなっても変わらない。
この一日楽しかったことは確かだけど、プレーンは渦を巻く復讐にケリをつけさせてやらなければならないのだ。
彼を自宅まで送り届けて、楽しいドライブの日は過ぎ去っていこうとしていた。
別れ際にせめて名前だけでも、とせがまれた。けど、プレーン・プレーンと名乗れば不都合が生まれる。
プレーンはかわりに、クウとだけ教えることにした。何かはっとした表情はあったが、プレーンと植野空の容姿はまず結び付かないだろう。
プレーン・プレーンは少年と別れた。これからはグラナティオたちに目を向けなければいけない。
彼の人生の幸福と魔法少女たちの闘争の終結を祈り、プレーンはまた自分の魔法で作った飛行機で帰路についた。