☆プレーン・プレーン
翌日、E市の中学校では2年生ふたりが無断欠席した。
特に先日転校してきたばかりの虹ヶ路織姫は、はじめにできた友達が現在行方不明になっており、心が耐えられなかったもしくは探し回っているのではとささやかれている、らしい。
プレーン・プレーンとなって集合場所へ行くとき聞こえてきた噂話だ。話題の転校生がこのタイミングで無断欠席をしたということは、つまり彼女も魔法少女ということだと思う。
ふたりの片割れはきっと植野空なのだから、どちらも魔法少女だろう。
通勤通学からすこし時間を置いてから出発・到着し、そこにいたオルタナティヴに話すまで認識はその程度だった。
だから、返答を聞き、まさかオルタナティヴが同級生でしかもあの織姫だとは思っていなくて、驚くことになった。
もうじきテストだとこぼし、先生の名前が通じ、話がやや弾む。幸運にも仲良くなれそうだった。向こうの人がいいのもあるんだろう。
とはいえ、同級生だからといっても空は幼馴染みの彼のこと以外はとことん疎いし、その彼のことだって昨日はじめて知ったことがたくさんある。
ひょっとして、一番無知なのではないか。
そんな空でも織姫と話していられたのは、彼女が話し相手を求めていたからかもしれない。
彼女ができたらしいだとか組んでいたらしい魔法少女はことごとく死んでいた。
トランホルンは第2試験よりも前に、曙ヒトミもアンチルもミルキーシューティングも、きっと裏切り者に殺されてしまった。
オルタナティヴが消されていないのが不思議なくらいだったが、きっとその身体能力から避けられているのだろう。
ギャーサやグラナティオのような戦士の魔法少女と肩を並べて巨大ドラゴンを倒したのは彼女である。
そんなオルタナティヴが真っ先に集合してくれているとは、頼もしくもあった。
プレーンと話しているうちにオルタナティヴの表情が無理をして作る笑いからやわらかくなっていく。
けれど、どこか抜けていきすぎているようでもあった。このままではいけないのかもしれない。
いまはもうギャーサがいない。オルタナティヴが憔悴していてはつらい展開になるだろう。プ
レーンは話を変えるべく、同じ学校に魔法少女がいたなんて、という流れでトランホルンのことを思いだしかけているところに別の質問をした。
「オルタナティヴは、どうして魔法少女を続けるつもりでいられるの?」
いきなりの話題転換に驚いたらしいが、プレーンの顔を見て、くすっと笑って口を開いた。
「それ、話題変えるために使うようなものじゃないよ」
意図を汲まれたうえ、選択を間違えてまでいたようだ。
プレーンの「失敗した」表情に、オルタナティヴはまた笑い、聞き返してきた。
「じゃあ、プレーンちゃんはどうなの?」
その質問は……困ったものだった。
プレーンにこれといった動機は見当たらない。ただ、なんとなくで流され続けてこんなところにまで来てしまった。そして死に直面している。
そう考えると、きゅうに足元がすくむような感覚に襲われて、でも振り払って思考を継続させた。
ギャーサのことはグラナティオがやってくれる。プレーンが手出しできることじゃない。
少年のことは、それもプレーンには関係なくなった。想い人に任せてしまえばいい。空なんていなくたって彼がいい人なのに変わりはない。
これまで死んできた魔法少女たちだってプレーンの知り合いではなく、困った。戦おうと思う理由は特にない。
「それで、人を殺しにいくの?」
たしかに、そうなる。
みんながやろうとしていたからでは済まされないモノだ。
けど、彼女たちを殺さなければ、みんな死ぬ。そう話すと、オルタナティヴはまた笑った。
「それはね、立派な理由なんだよ。少なくとも、私なんかよりずっとね」
なんかとは、逆にオルタナティヴの理由が気になる言い方だった。
不純な動機で、人助けに勤しんでいたというのか。それでも、目的があるだけまともだと思うが。
もう一度彼女に聞いてみると、こう返ってきた。
「すこし、昔話をしてもいいかな?」
もちろんうなずいたプレーンに向けて、オルタナティヴは話をはじめた。
☆オルタナティヴ
魔法少女オルタナティヴがまだこの世界にいなかったころ。織姫が誕生日を迎えたばかりの冬の出来事だった。
虹ヶ路織姫は魔法少女のことを知り、その後の深淵たる人生に呑み込まれていくきっかけとなる出来事が、その冬に起こったのだ。
織姫には、ちょっと家は遠いけれどいつもつるんでいる一番の友人と、ちょっと年は遠いけれどいつも振り回している近所のお姉さんがいた。
本当は、織姫という点がなければ繋がれないはずだったふたり。
だが彼女たちは、それぞれ魔法少女として陰ながらに活躍していったという共通点があった。
はじめて魔法少女のことを知ったとき、心底羨ましかったし、かっこいいと思った。
特に一番の友人は、織姫なら大丈夫だと思ってくれたのか、まだ小学生で口が軽かったのか、魔法少女のことを教えてくれた。
でも、織姫自身が魔法少女になることだけは許してくれなかった。かわりに、管理者の目を盗んで魔法少女の姿で遊んでくれた。
織姫がはじめて負けたのもこのときだったろうか。
およそ万能であった織姫は、運動も勉強も、友人にもお姉さんにも負けたことはなかったのが、魔法少女には負けたのだ。
はじめて織姫に勝てたお姉さんと友人は楽しそうだったから、負けず嫌いにならずに済んだのだが、それからというもの、織姫は自分の力量を弁えて動こうと心がけるようになったのだった。
みんな魔法少女が好きだったし、みんなお互いのことが好きだった。
なのに、いつしか彼女らは姿を現さなくなり、やがて葬式に出ることになってしまった。
先に友人が逝ったと聞いた。
まだ小学生だった。のに、突然の交通事故だった、とそのときは聞かされた。
死に顔を見ることは出来なかった。大人たちがむごいだとか話していたから、きっとそれは見るに堪えないものだったんだろう。
次に、お姉さんと死別した。
お姉さんといっても、高校生になったばかりだった。
今度は遺体まで見ることができて、とても安らかには見えない表情で眠っていた。
どうしてふたりが死ななければならなかったのか、理解できなくて、残された織姫は考えた。
魔法少女を殺そうとしている人物がいるかとも考え、答えはなかった。
ほんとうの答えを知ったのはそれから数年後だった。
中学校に上がった昨年の織姫には、好きな人が出来ていた。
あの友人たちとは違う感情だ。彼女となら何でも許せてしまうだろう気までする女の子である。
彼女はいつも帰宅が早く、悠長に歩いていてはいつの間にか見失っており、追い付けない。
だから、なんとかして一緒に下校しようと誘いたくて策を巡らせていた。
待ち伏せ、ダッシュで追跡、好物の下調べからのお土産。
それらストーカーじみた行為にうんざりしてやっと織姫のわがままに彼女は付き合ってくれた。
そんな想い人は魔法少女だった。数年ぶりに聞いた単語で、あの死に顔がフラッシュバックする言葉だった。
どうしても嫌な予感しかしなかった。
これから魔法少女同士の用事があるから、とどこかへ向かおうとする彼女を追いかけ、止めようとして、振り切られて、なんとかして魔法少女たちが集まる場所にまでついていった日もあった。
思えば、それが転校が決まるより前に外へ出た最後かもしれない。
到着した場所で行われていたのは、テストや面接のような平和な行為ではなかった。
血を血で洗う殺し合いでしかない。魔法少女たちが常識を越えた身体能力で戦い、散っていく地獄の光景だ。
想い人は、やっと仲良くなったはずなのに、一瞬で身体を裂かれて、道端に無造作に捨てられてしまった。
最期になにか呟いて、それも殺し合いの音にかき消されて聞こえなくて、それ以降動かなかった。
無論、魔法少女について知っていて、こんな殺し合いを目撃した少女を放っておくはずがない。
織姫だって主催者の魔法少女に襲われて、消されかけた。
つまり、今こうして生きているのは、あの人のおかげだった。
織姫が狙われていて、振り上げられた血まみれの凶器が突き刺さろうというとき、薙刀に似た武器が差し入れられたのだ。
押し返されて、殺そうとして来た魔法少女は吠えた。
乱入者に表情はなかった。ただ学生服らしいスカートとそこに付いた花を揺らし、武器をもってあらゆる攻撃を事前に対処し、ただ織姫を助けてくれた。
その助けてくれた魔法少女こそが今のオルタナティヴのモチーフである、魔法少女狩り……スノーホワイトだった。
スノーホワイトは殺し合いを行わせていた魔法少女をあしらい、やっつけてしまった。
でも、生存者はいなかったという。織姫だけが助けを受けていた。
またしても魔法少女だった親しい人を失い、織姫は絶望の淵に立たされた。
転校にまで追い込まれるほどにはあの血まみれの殺し合いが脳裏にこびりついて取れなかった。
あらゆる景色が赤く染まって見えて、何度吐いたかなんて数えてない。
「こんなことがあったから。こんな思いをする人を、私がなくせたらなって。魔法少女になったときに思ったの」
ここまで話して、やっとプレーンのいる今の時間に戻ってきた。
昔話についてこれていたかは微妙だけど、とにかく重い話で、最後のまとめの言葉が理由だとはわかってくれただろう。
「その、聞いてありがとね。ちょっとすっきりしたかも」
このことは、まだE市の魔法少女には話していなかった。
けど、自分のことを知って貰えている者がいるのは、とっても心の支えになってくれる気がする。
気まずい顔をしたプレーンとふたりですこし待っていると、突然魔法の端末が鳴り響く。
いっこうに来なかった残る三人は、すでに敵と接触しているとのことだった。
プレーンの名前を呼び、その魔法で乗り物をつくってもらう。
大急ぎで乗り込んだあとは、ただ知らされた場所である市内の中学校が見えてくるのを待つしかなくて、ひたすらにもどかしかった。