☆グラナティオ
ネクロノームに連れられ、やってきた中学校でカッシェーラと対峙した。
相手は黒々とした鎧に身を包み、弱点を視ても短剣で突破できるほどやわらかくはなかった。
つまりグラナティオでは分が悪い。勝機がないとは言わないが、きっと苦戦は免れられない。
まず先に、グラナティオの望む答えが帰ってこないだろう言葉から投げ掛けた。
「パフェクトスイートを出せ」
カッシェーラは身構えもせずにかっこつけて答える。
「駄目だ。オレは彼女を守るヒーローだからな」
「そうか」
無論、これがグラナティオの望む展開ではない。
素直にパフェクトスイートを殺させてくれるならそれでよかった。
が、カッシェーラはそうもいかないらしい。
ギャーサはどうして殺されたのか、パフェクトスイートは何を思っていたのか、本当の裏切り者は彼女だったのか。
疑問は絶えず、それ故にカッシェーラとも戦わなければならない。
それに、パフェクトスイートを守ろうとする魔法少女がいることが嫌だった。
ギャーサのことだって、グラナティオは守りたかったし、きっとギャーサはパフェクトスイートのことを守ってやりたいと思ったはずだ。
なのに、ヒーローだなんて言葉を吐くのか。グラナティオは気分が悪くなる。
気分を悪くしている暇もないとはわかっていることだった。
隣では、ブロッサム+に対してプレーンが到着したようだ。プレーンの戦い方に巻き込まれるのはもう嫌だ。
グラナティオはカッシェーラの方に駆け寄り、2発ずつ互いに打ち合いすべてが空振りに終わりつつも中学校の屋上へ場所を移させた。午前中ここに訪れる人間はいないはずだ。
飛び上がって短剣を振り下ろし、手甲に弾かれ、その弱点を探る。
間近な方が無論精度は高くなる。すべてを把握したと判断すると、相手が動くよりも前に飛び退いた。
グラナティオのコスチュームは拘束具だ。それで十全に動けるだけの身体能力がある。
が、耐久力には自信がない。あんな破壊に特化した鎧を使われれば腹を砕かれるくらいすぐだ。間違いない。
身体的な損傷はなるべく避けたい。
剣闘奴隷は傷だらけでも戦うものだ。回復力は高くない。むしろ、魔法少女にしては低いかもしれない。傷はプレーンのほうがすぐに治っていた。
グラナティオが第3試験で様子見を選んだのはドラゴン戦のダメージが残っていたからだった。
が、今は関係ない。相手の攻撃を避け、自分の攻撃を当てればいいのだ。
この戦いに娯楽は必要ない。代わりに執念と憎悪に埋め尽くされている。
力のかかっていない位置に来る攻撃を狙って受け止め、そのたびに顔を合わせる。
相手も楽しみなどは抜きにして戦闘に集中している。
カッシェーラだって本当に戦う魔法少女なんだろう。これが本領だ。
また顔を合わせたとき、カッシェーラが呟いた。
「なぜ彼女を狙うんだ」
「……ギャーサを、友達を、殺されたからだ!」
グラナティオが吹き飛ばされ、貯水タンクに激突する寸前で踏みとどまった。
カッシェーラは首をかしげてみせ、考えるそぶりをする。
「ギャーサ。あぁ、あの女か? あいつに止めを刺したのはオレだな」
衝撃が走った。犯人は、パフェクトスイートでもタルタロッサでもブロッサム+でもなかったというのだ。
カッシェーラを目を丸くして見ると、あくまでも相手は平然としていた。
グラナティオは短剣を強く握り、叫ぶしかない。
「どうして私からあいつを奪ったんだ」
目的の相手は目の前にいた。こうしてわざわざ問う意味などはなかったが、聞かなければグラナティオの心は晴れなかった。
同時に、聞いたところで晴れることはなかったが。
「あの子に降りかかる災厄は、オレがこの手で払わなければならない」
パフェクトスイートを守るためだとの姿勢を、カッシェーラは崩そうとしなかった。
グラナティオの心は晴れず、むしろより暗く淀んでいく。
あんな奴のために、私の友人が殺された。初めて出来た全力でじゃれあえる相手にもう会えない。
プレーンだってギャーサが声をかけなければひとりのままだったはず。プレーンのことだって心配で、何よりも悔しかった。
同じような負の感情ばかりが渦巻いて、迷いとともに消えていく。より鋭く弱点を突く、勝機は他にない。
カッシェーラにとって、装甲の切れ目は弱点であるとわかりきっている位置だろう。
だが、関節を動かすだけの余裕があるとみていい。
さらに、一度再構成されたらしい影響か無理矢理に繕った形跡もいくつもあった。
何度だってぶつかり合って、互角を装い的確に繕った跡を狙う。
それを繰り返すうちに装甲にはヒビと呼んでいいほどの脆弱な場所が生まれ、グラナティオは狙いをそこへと定めた。
これで殺せる。安堵がすこしと、喜びがいくらかあった。
カッシェーラはヒビを認知しているらしい。しきりに気にしては、動きが遅れている。
「ちっ、しょうがないか。これ以上も覚悟しなければいけないらしい」
魔力が渦を作り、カッシェーラを取り囲んでいく。鎧が輝き、表層が弾け飛び、構成されなおした。
今度は無理のある修復ではなく、完璧な装甲の強度を取り戻していた。いや、それ以上かもしれない。
黒から赤混じりの色に変わって鈍く光る鎧の上を、装着者の眼から流れ出た鎧と違わぬ色の液体が伝う。
「やりすぎ、というわけだ。反動ありきの強化、いいだろう?」
返答を求めていない問いの後、衝撃波が放たれた。
ぎりぎりでグラナティオの身体のすぐ横を通過し、校舎の一部を広範囲に破壊、派手にコンクリートを飛び散らせた。
魔法によってあらゆるステータスが上昇している。
この状態だと何度弱点を突いても耐えられてしまうだろう。
歯を食い縛って、踏み込むしかなかった。
☆C/M境界
ネクロノームとともに行動し、真っ先に見つけたのは苺のぬいぐるみのような装飾が多数つけられた、見るからに甘ったるい生クリームの魔法少女衣装だった。パフェクトスイートである。
カッシェーラとも、ブロッサム+とも離れた場所に隠れて様子をみていたらしい。逃がそうとされてでもいるのだろうか。
運営側に立っている魔法少女は殺さなくてはならず、仮に生かしておけば更なる死者を呼ぶ。
時はすでに遅いのだ。ここで収拾をつけなければいけない。
しかもここは中学校だ。一般人を盾にするだなんて発想があっては困る。
まずは止まっていた自転車の一台を不意打ちにパフェクトスイート目掛けて落とし、茂みのすぐ近くで潰れると同時に目標が木々の群れの中へ逃げていくのが見えた。
次の自転車の位置を確認、把握して後を追う。
幸い、パフェクトスイートよりもC/M境界の方が攻撃的で高い身体能力を持つようだった。森の中で徐々に距離が縮まっていく。
やがて森を抜け、二撃目の自転車が彼女の背中を強く打ち、血を吐かせた。身体が放り出され、血液は宙を舞う。
パフェクトスイートの流す血はまるでスイーツにかけられた調味料が溢れたようだった。
C/M境界は首を振った。これから殺す相手だ。そんな感慨を抱いていていいわけがない。
咄嗟に体勢を直すことができず後退りすら行わぬパフェクトスイートへ、何も言わずに近付いていく。
「来ないでっ、やめて……!」
ネクロノームから間延びした口調だと聞かされていたが、もはやそんな余裕もないらしかった。
これではまるで、こちらが悪者ではないか。
いや、それで構わない。
人殺しを殺し、その罪を背負うのが悪の運命というのなら、C/M境界には悪となる他になかった。
C/M境界は止めとなる武器を探すべく、パフェクトスイートがいるよりも奥を見た。何やら棒らしきものが落ちている。
そう認識した瞬間、視界が陰り、急いで視線を戻した。
パフェクトスイートの魔法だった。一瞬の隙を見せたのが間違いだった。
位置を確認する必要のあるC/M境界は、逃げるための一瞬が足りなくなった。出現した大型の車両は周囲を覆っている。
ここで無理にでも逃亡する選択肢をとれば、足を持っていかれるであろう。残る選択肢は、立ち向かうだけだった。
パフェクトスイートの不意打ちは有効打になったのだ。
C/M境界をこの車両によって拘束し、身体能力で劣るパフェクトスイートに逃亡のチャンスが巡ってくる。
パフェクトスイートは中学校の壁を駆け登り、屋上へと逃げていこうとする。残されたC/M境界はというと、その身体でこの落下物と激突しなければならない。
魔法少女の中では低いC/M境界の耐久力で生きていられるかが問題だった。
どうせ抉れる地面を構わずに蹴りつけ、落下物に拳で迎え撃った。
激突の衝撃があたりの植物を吹き飛ばし、草原を剥き出しの土に変え、土煙を巻き上げる。
自分の皮膚が軋み、内臓が壊れかけていくのがわかる。喉の奥から血液がこみあげ、塊となって口から噴き出した。
幸いだったのは、衝撃がそれ以上の損傷を招かなかったことか。
衝撃のあとに出来た半ばクレーターじみた爪痕に辛うじてC/M境界は立っていられた。
周囲には草の残骸と土煙が舞い、とても視界は劣悪だった。
が、その先にひとつだけ見えるものがあった。さきほどの棒らしきものである。
ふらつく足で近寄って、それが長柄武器らしいと初めてわかり、C/M境界はどうしてかそれを届けなければいけないものであると感じた。
☆グラナティオ
いくら鎧を削ろうとて、グラナティオの短剣では刃を犠牲にして、欠けさせまでしてやっと少し傷がつく程度だった。
それに、相手は魔法少女だ。グラナティオの方が速くても力を込めて打ち込むには危険が大きすぎた。
まず、リーチがなさすぎる。いつも戦ってきた動物どもと違って、相手の攻撃が一撃ですでに命取りだ。
思考の時間を取るため、グラナティオは一歩引いて動向を窺おうとした。
その時である。校舎の下より爆音が響き、屋上にいても空気の震えが感じられるほどの衝撃が走ったのだ。
グラナティオは校舎下で交戦するプレーンのことを心配し、屋上の端まで駆ける。
中途で、視界の隅に新たに少女が顔を出すのが見えた。
覚えのある綺麗な顔立ちで、魔法少女で間違いない。あの女は、求めていた相手。パフェクトスイートだ。
「あ、あのですねぇ、カッシェーラ。助けて、いただけませんかぁ」
誰かと交戦中だったのだろうか。パフェクトスイートの身体には打ち付けたような傷がいくつかみられ、必死な様子だ。
すがりつかれたカッシェーラは考える素振りも見せず即時肯定し、パフェクトスイートを庇うようにこちらへ身構えている。
その光景を見せつけられたグラナティオは、吠えて突っ走るしかなかった。
ただ無策に突っ込んでいけばカッシェーラに殴られるとわかっていても、抑えられなかった。
頭でわかっているとおりに事が運び、グラナティオは腹部への殴打を受け吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられた痛みも、殴られた痛みも、きっとギャーサが味わった屈辱より遥かに些細なものだ。
グラナティオは立って、戦い続けることを選ぶ。
「待て」
声が聞こえて、幻聴を疑って視線を向けるとそれは現実だった。C/M境界だ。
「これを使え」
渡されたのは刺々しく、グラナティオの血も吸った武器だった。
ギャーサのコスチュームについていた槍だ。
「なんでお前が」
「パフェクトスイートが持っていた」
向こうでは二人が驚いた表情でいる。この槍を所持していたのがあの女なら、あいつらは共犯だということか。
ただ一人の好敵手が持っていた槍を手に、グラナティオは飛び出した。
さっきまでとは違う。カッシェーラの鎧を前にして捌けるだけの技術と距離がある。
使い方はグラナティオの中にいるギャーサが教えてくれるから、一度打ち合ったから、強い場所も弱い場所もわかっている。
時折パフェクトスイートが行使する魔法はC/M境界が妨害してくれる。
頭上の衝撃など今は関係がない。この程度ならプレーンの爆撃の足元にも及ばないだろう。
次第に手応えがあると思えてきた。今までの武器では明らかに負けていた鎧だが、弱りつつある一点が見えた。
この上ないチャンスだ。最後の一撃を叩き込むべくグラナティオは防御を捨てて動き、カッシェーラは釣られて振りかぶり、そしてその腹部の装甲へ槍の穂先が食い込んだ。
次に響いたのは骨が折れる嫌な感触だった。
折られたのは肋骨。グラナティオの骨だ。
衣装の拘束具のひとつごと砕かれ、恐らく中で臓器に刺さっている。
装甲へは食い込んでいる。それより先へは進んでいなかった。カッシェーラの肉体そのものへは到達できていない。
そこまでがグラナティオの限界だったようだ。血液を気管から吐き出し、霞む頭で必死に考えるしかなくなっていた。
「本当にそれしかない?」
あぁ。手詰まりだ。このまま、ギャーサの復讐もできずに死ぬしかない。
「グラナちゃんのばか」
グラナティオは馬鹿だ。選択を誤り、殺せる相手を殺せなかった。
それ以前に、大切な、はじめての友人を守ることもできていない。馬鹿で、敗者でしかない。
「……思い出して。そんで、声に出して」
グラナティオの脳裏には確かな記憶が蘇ってくる。
それは地下で刃を交えた日のことだった。
この槍が、グラナティオに血を流させたときのことだった。
「破裂しろ、獣ッ!」
あのときの友人の叫びを真似て、声を張り上げた。
槍の穂先からは多量の棘が展開され、肉を抉る。
カッシェーラの腹部を蹂躙し、頬しか切らなかったあのときとは違い殺意を剥き出しにした一撃であった。
カッシェーラの身体から力が抜け、支えを失ったグラナティオは地面に倒れかける。
また新たな血を吸った槍が支えてくれて、もう一度敵を見ると、相手が守ろうとしていた者の隣で倒れていた。
「残り、ひとりか」
身体は十全じゃない。でも、ああして怯えている魔法少女ひとりなら殺せるはずだ。
パフェクトスイートに近寄ろうとして、数歩踏み出し、死に損なっていたカッシェーラが動いた。
「言っただろう。オレは、彼女を守るヒーローだ」
グラナティオは立ち止まった。声も出ないほど戸惑う様子のパフェクトスイートに語りかけるカッシェーラの眼前で、自分がギャーサに伝えられなかったことを思い浮かべながら。
「何があってもお前を守るって、オレは誓ったんだ。だから逃げてくれ」
パフェクトスイートはいきなり強く押され、バランスを崩すと校舎から落ちていった。
C/M境界でさえ彼女を追うつもりはないらしい。黙ってカッシェーラを見ている。
「やるがいい。オレは最期まで抵抗しながら死んでやる」
自分の腹から体液が流れ出ようとも、カッシェーラはグラナティオと互角に立ち回ろうとした。
無論、槍の一撃のもとにカッシェーラは刺し貫かれて息絶えることとなる。
稲村張子に戻り、死に様を晒すことになる。
それでもこの日、パフェクトスイートは生き延びた。